電脳文字対話 11(『沖縄と核』)
私:つい最近、今年(2017年)9月にBSNHKで放送した「沖縄と核」を再放送で観たんだけど、きみは観たかい?
彼:俺は9月にすでに観ていたよ。2015年、アメリカ国防総省が本土復帰前の沖縄に米軍が核兵器を配備していたことを認め、機密を解除して、数々の極秘文書が開示されることになり、それをNHKが独自に入手してドキュメンタリーを作成したんだよね。土地を収奪され、核の爆撃訓練場が作られ、子どもたちの遊び場の上で核爆撃の訓練をされ、核模擬爆弾で殺され、迎撃用核ミサイルを誤射され、核兵器を配備され、キューバ危機の際に核戦争で破滅する瀬戸際まで追い込まれた沖縄の姿に、本土の人間として頭を垂れて見入るしかなかったね。
私:それはぼくも同感だよ。それと同時に、ぼくは今回機密文書で明らかになった日本の政治家の相も変らぬ隠蔽体質にも強い憤りを感じた。ぼくが憤りを感じたのは、1961年、メースBというミサイルの持ち込みの際(実はこれは核弾頭搭載ミサイルだが、住民はそれについてうすうす感づいていた)、箱根で当時の小坂善太郎外務大臣とラスク国務長官、ライシャワー駐日大使の3人で会談がおこなわれたシーンだ(米軍はミサイルの持ち込みについて、いちいち住民に発表をおこなっており、それについて日本側では危機感があった)。
『 小坂:沖縄にメースなどの武器を持ち込まれる際、事前に一々発表されるため、論議が起きているが、これを事前には発表しないことはできないか。
ラスク:アメリカの手続きとして何らかの発表を行うことは必要と思われるし、いずれにせよ隠しおおせることはできないと思う。
ライシャワー:何も発表しないで後からわかっては、一層具合が悪いのではないか。
小坂:事後に判明する場合には、今さら騒いでも仕方がないということで、論議は割合に起きない。事前に発表されると、なぜ止めないかといって日本政府が責められる結果となる 』(NHKスペシャル「沖縄と核」より。太字は引用者)
彼:こりゃたしかにひどいね。米軍のほうが「フェア」というなんたる皮肉。
私:当時の外務大臣の言っていることと同じことを、今の日本の支配層も考えていそうだよね。だからこそ、ぼくらは権力を継続的に監視することが大切なんだ。事後に判明したことをうやむやにしたり、大して問題にしないという態度をとっていては、悪がしこい政治家や役人たちの思うつぼになってしまう。不当なこと、違法なこと、人権無視の結果を招きかねないようなこと、ぼくらの生存を脅かすようなことには批判や抗議がぜひとも必要な所以だ。ぼくが矢部宏冶氏などの仕事について大きく取り上げたのも、密約など誰もがスルーしがちな不当な事柄についてひとつひとつ丁寧にフォーカスをあて、説明をくわえて、改善を要求しているからなんだ。権力者の思うつぼにさせないためにも、ぼくら社会の構成員は、つねにこういう丁寧な検証作業を怠らないようにしていかなければならない。
彼:きみの話を聞いていて、俺は矢部氏の本で読んだ、フランク・コワルスキー大佐の話を思い出したよ。彼はかつて日本の警察予備隊を軍隊として仕上げるために教育訓練する仕事をした人だが、彼は次のように語っている。
『 警察予備隊については、アメリカからも連合国からも、また共産圏からも厳しい抗議がなかったので、われわれは気をつけながら、おそるおそるまずカービン銃とM1ライフル銃、そして口径30(8ミリ)の機関銃を警察予備隊に支給した。それでも国外からも国内からも反対の声があがらなかったので、少し大胆になって口径50(13ミリ)の機関銃、60ミリ迫撃砲、さらには81ミリ迫撃砲、武器修理車、戦闘工兵器材、通信器材なども支給した。
このようにしてわれわれは、米軍のあまった武器を警察予備隊に押しつけるようなかたちで、着々と再軍備を進めていった。一方、吉田首相はそうした事実を否定し、警察予備隊は警察力以外のなにものでもないと、断固として主張しつづけていた 』(矢部宏冶『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』【集英社インターナショナル】201~202頁。コワルスキー著『日本再軍備――米軍事顧問団幕僚長の記録』【サイマル出版会】から引用したもの。太字は原文)
ここでコワルスキーたちのおこなったことの個別具体的な是非はとりあえず置いておいて、ここには周囲からの監視のないところでは権力は大胆になって何でもしてしまいかねないことが見てとれる。
私:たしかにそうだね。ところで、今でも重要なことなのに比較的問題とされていないことの一つに、基地権密約文書(1959年12月3日、マッカーサー駐日大使と藤山外務大臣が合意)があると思う。これは、それまで維持されていた植民地の領主のような米軍の特権ついての実質的な変更はしないという密約なんだけれども、これなど1960年当時の安保闘争の当事者たちが知ったら、ほんとうに卒倒しかねない内容だよね⑴。暴動が起きて、その時点で自民党政権が終わっていた可能性すらある。それくらい衝撃的な内容の密約だよ。ドイツやイタリアやフィリピンの米軍は、それぞれの政府から「許可」をとらないと、軍事演習や武器の持ち込みもできないようになっているが、日本では米軍が好き放題にやっている。それは、この基地権密約文書によるものだということがまだ常識となっていないんだろうね。米軍が何かやって野党が抗議すると、「それは日本がどうこういう問題ではない」というよくある日本の政治家の言葉の背景には、この密約と日米地位協定があるんだけどね。
彼:1957年の米国大使館が作成した「在日米軍基地についての極秘報告書」では、米軍は日本のどこにでも基地を作ることができ、なおかつどんな軍事演習もできることになっていた。それが1959年に密約で継続が確認され、今にいたっているわけだから…、
私:そう、現代を生きるぼくたちも、ほんとうは本気で怒らなければならないはずのものなんだよ。
【註】
⑴この安保改定によって、日本における米軍の特権は次のような図式によって維持された。
「行政協定」=「地位協定」+「密約」
(矢部宏冶『知ってはいけない』116頁)
(2017年12月31日記す 2026年4月10日更新、再掲)
彼:俺は9月にすでに観ていたよ。2015年、アメリカ国防総省が本土復帰前の沖縄に米軍が核兵器を配備していたことを認め、機密を解除して、数々の極秘文書が開示されることになり、それをNHKが独自に入手してドキュメンタリーを作成したんだよね。土地を収奪され、核の爆撃訓練場が作られ、子どもたちの遊び場の上で核爆撃の訓練をされ、核模擬爆弾で殺され、迎撃用核ミサイルを誤射され、核兵器を配備され、キューバ危機の際に核戦争で破滅する瀬戸際まで追い込まれた沖縄の姿に、本土の人間として頭を垂れて見入るしかなかったね。
私:それはぼくも同感だよ。それと同時に、ぼくは今回機密文書で明らかになった日本の政治家の相も変らぬ隠蔽体質にも強い憤りを感じた。ぼくが憤りを感じたのは、1961年、メースBというミサイルの持ち込みの際(実はこれは核弾頭搭載ミサイルだが、住民はそれについてうすうす感づいていた)、箱根で当時の小坂善太郎外務大臣とラスク国務長官、ライシャワー駐日大使の3人で会談がおこなわれたシーンだ(米軍はミサイルの持ち込みについて、いちいち住民に発表をおこなっており、それについて日本側では危機感があった)。
『 小坂:沖縄にメースなどの武器を持ち込まれる際、事前に一々発表されるため、論議が起きているが、これを事前には発表しないことはできないか。
ラスク:アメリカの手続きとして何らかの発表を行うことは必要と思われるし、いずれにせよ隠しおおせることはできないと思う。
ライシャワー:何も発表しないで後からわかっては、一層具合が悪いのではないか。
小坂:事後に判明する場合には、今さら騒いでも仕方がないということで、論議は割合に起きない。事前に発表されると、なぜ止めないかといって日本政府が責められる結果となる 』(NHKスペシャル「沖縄と核」より。太字は引用者)
彼:こりゃたしかにひどいね。米軍のほうが「フェア」というなんたる皮肉。
私:当時の外務大臣の言っていることと同じことを、今の日本の支配層も考えていそうだよね。だからこそ、ぼくらは権力を継続的に監視することが大切なんだ。事後に判明したことをうやむやにしたり、大して問題にしないという態度をとっていては、悪がしこい政治家や役人たちの思うつぼになってしまう。不当なこと、違法なこと、人権無視の結果を招きかねないようなこと、ぼくらの生存を脅かすようなことには批判や抗議がぜひとも必要な所以だ。ぼくが矢部宏冶氏などの仕事について大きく取り上げたのも、密約など誰もがスルーしがちな不当な事柄についてひとつひとつ丁寧にフォーカスをあて、説明をくわえて、改善を要求しているからなんだ。権力者の思うつぼにさせないためにも、ぼくら社会の構成員は、つねにこういう丁寧な検証作業を怠らないようにしていかなければならない。
彼:きみの話を聞いていて、俺は矢部氏の本で読んだ、フランク・コワルスキー大佐の話を思い出したよ。彼はかつて日本の警察予備隊を軍隊として仕上げるために教育訓練する仕事をした人だが、彼は次のように語っている。
『 警察予備隊については、アメリカからも連合国からも、また共産圏からも厳しい抗議がなかったので、われわれは気をつけながら、おそるおそるまずカービン銃とM1ライフル銃、そして口径30(8ミリ)の機関銃を警察予備隊に支給した。それでも国外からも国内からも反対の声があがらなかったので、少し大胆になって口径50(13ミリ)の機関銃、60ミリ迫撃砲、さらには81ミリ迫撃砲、武器修理車、戦闘工兵器材、通信器材なども支給した。
このようにしてわれわれは、米軍のあまった武器を警察予備隊に押しつけるようなかたちで、着々と再軍備を進めていった。一方、吉田首相はそうした事実を否定し、警察予備隊は警察力以外のなにものでもないと、断固として主張しつづけていた 』(矢部宏冶『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』【集英社インターナショナル】201~202頁。コワルスキー著『日本再軍備――米軍事顧問団幕僚長の記録』【サイマル出版会】から引用したもの。太字は原文)
ここでコワルスキーたちのおこなったことの個別具体的な是非はとりあえず置いておいて、ここには周囲からの監視のないところでは権力は大胆になって何でもしてしまいかねないことが見てとれる。
私:たしかにそうだね。ところで、今でも重要なことなのに比較的問題とされていないことの一つに、基地権密約文書(1959年12月3日、マッカーサー駐日大使と藤山外務大臣が合意)があると思う。これは、それまで維持されていた植民地の領主のような米軍の特権ついての実質的な変更はしないという密約なんだけれども、これなど1960年当時の安保闘争の当事者たちが知ったら、ほんとうに卒倒しかねない内容だよね⑴。暴動が起きて、その時点で自民党政権が終わっていた可能性すらある。それくらい衝撃的な内容の密約だよ。ドイツやイタリアやフィリピンの米軍は、それぞれの政府から「許可」をとらないと、軍事演習や武器の持ち込みもできないようになっているが、日本では米軍が好き放題にやっている。それは、この基地権密約文書によるものだということがまだ常識となっていないんだろうね。米軍が何かやって野党が抗議すると、「それは日本がどうこういう問題ではない」というよくある日本の政治家の言葉の背景には、この密約と日米地位協定があるんだけどね。
彼:1957年の米国大使館が作成した「在日米軍基地についての極秘報告書」では、米軍は日本のどこにでも基地を作ることができ、なおかつどんな軍事演習もできることになっていた。それが1959年に密約で継続が確認され、今にいたっているわけだから…、
私:そう、現代を生きるぼくたちも、ほんとうは本気で怒らなければならないはずのものなんだよ。
【註】
⑴この安保改定によって、日本における米軍の特権は次のような図式によって維持された。
「行政協定」=「地位協定」+「密約」
(矢部宏冶『知ってはいけない』116頁)
(2017年12月31日記す 2026年4月10日更新、再掲)