電脳文字対話一覧

電脳文字対話 27(『タイタニック』とカタストロフィ)

彼:ずいぶん久しぶりじゃないか。


私:いやあ、悪かったね。実はこれまで使っていたGooブログにログイン出来なくなってしまっていたんだよ。それで更新ができなくてね。今回、このホームページを新たに立ち上げることにしたから、また過去作なんかもいろいろと再アップしていこうと思っているところさ。


彼:今日は何の話だい?

私:映画『タイタニック』の話をしようかと…


彼:どうしたんだい? 君と『タイタニック』なんて、また意外な取り合わせじゃないか。


私:いや、2カ月ほどまえにテレビで2週にわたって再放送されて録画していたものを最近観て、いろいろと感じたり考えたりしたことがあったから、喋っておこうと思ってね。


彼:まあ、もうみんな観てるとは思うけど、一応言っておこうよ、ネタバレありだよね?


私:もちろん、ありさ(笑)


彼:やっぱりな。ちなみに、『タイタニック』という映画を理解するにあたって参考した動画とかもあるんじゃないの?


私:そうそう、岡田(斗司夫)さんのYouTube動画「2121/05/02 土曜プレミアム『タイタニック』徹底解説 前編 美しい映像で描かれるエグい現実」および「2021/05/09 同 後編 ローズという女 ジェームズ・キャメロンという男」を参考にさせてもらったんだけど、タイタニックの模型を使って船の構造や区分けされた階級社会のリアルな状況、映画に出てきたいろいろな小物のことなどをくわしく説明していて、面白かったよ。


彼:で、君は何が言いたいんだい?


私:いろいろあってね。ひとつは多種多様な人間ドラマがあれだけリアルに描かれることになった背景について。岡田斗司夫さんによると、もともとタイタニック号は1985年に発見されたあと、すでに誰の所有物でもなくなり財産権もなくなっていたので、盗難なんかもはびこり、このままでは船自体がなくなってしまうという状況にあった。そのことに危惧を抱いたジェームス・キャメロン監督が1994年に着想をえて、タイタニック号を舞台にした映画を作ろうと企画した、というわけさ。


彼:なるほど。


私:で、そうはいっても、映画にするとどう考えても予算が80億円以上はかかるし(実際には、約260億円かかっている)、おまけにシリーズ化もできない。なぜならタイタニックは沈んでしまうから。これを映画でやっても儲かるのかどうか、疑問に思う部分がキャメロン監督にはあったらしい(以下の内容は、岡田斗司夫のYouTube動画「2121/05/09 土曜プレミアム『タイタニック』徹底解説 後編 ローズという女 ジェームズ・キャメロンという男」に拠ります)。


 そこで、キャメロン監督はETのような規模の小さいけれども人びとの心に残るような作品を作りたいと思ったらしい。これは『タイタニック』の映画化が決定する前の調査の段階の話だけれども、彼は1930年のジョージア州を舞台にした、ろうあ者の女の子を主人公にした物語を映画化しようとし、自ら脚本を書いて、友人の映画監督デル・トロに見せた。


 デル・トロは、「おいおい、ちょっと待ってくれよキャメロン。ジョージア州の話なのに、なんでこれ舞台がタイタニックなの? おまえは規模の小さい話が作りたかったんじゃないのか?」
 デル・トロが笑いながらそう突っ込むと、キャメロンは真剣な顔をして語り出したらしい。1994年当時、潜水艇で沈没したタイタニック号を調査に行ったキャメロンは、10時間かけて潜って、ロシア人のスタッフに協力してもらって、カメラで撮影しまくった。いろいろなシーンを想定して、いろいろな場所をいろいろな角度から撮影しまくったらしい。
 で、その撮影した日の夜、キャメロンはなぜか夜中に目が覚めて、体が震えて止まらなかったらしい。しかも涙がポロポロポロポロ出て来る。その話を聞いたデル・トロがわけを聞くと、キャメロンは次のように言う。

「いや、タイタニックは本当に存在したんだよ。一緒に潜ったロシア人たちは、あの窓の中から人が見てる気がするって言っていた。俺は最初そんなの気にしなかったんだ。迷信深いな、ガラスだから光が反射してそんなふうに見えたりもしたんだろうって思ったんだ。だけど、今になってみると、ロシア人たちの気持ちが分かるんだ。
 あそこに、勇敢な人も卑怯な人も、みんな居たんだよ。タイタニックが沈む時には、勇敢な振舞いをした立派な人もいっぱい居たし、卑怯な振舞いをした嫌な奴もいっぱい居た。でも、その人たちは、全部まだあそこにいるんだ(実際、1513人ものひとが亡くなっている)。
 で、俺らは何をしていたんだ。彼らのお墓の上で良いものが撮れたとか、このショットはこっちから撮ればよかったとか、大騒ぎしていたんだ。人の墓の上で俺たちは大騒ぎしていたんだよ。」


 つまり、タイタニック号の上に、実際に勇敢な人も、卑怯な人も、いろんな人がいたんだ、彼らは実在したんだ、というところをしっかり撮らなければならない、ということを、キャメロンは実際に潜ってみて強く自覚した、というわけだ。タイタニックの上で実際に繰り広げられた「人間活劇」を、リアルに描き切ろうと、キャメロンはここで決断したわけだ。ャメロンのこの自覚から、超大作映画『タイタニック』というのは、現実的に完成に向けて力強く動き始めたというわけだ。この映画の「核」の部分は、キャメロン監督のこの自覚、決断にあるということ、このことを知ることができたのが、ぼくにとって今回岡田斗司夫さんの動画を見た最大の収穫だった(ここのところは、映画の中で、タイタニックに眠るダイヤをめぐり右往左往していた人たちが、最後に自分たちが結局お墓の上で大騒ぎしていたことの滑稽さに気づくシーンに投影されている)。


彼:なるほど、SF好きの冒険家であるキャメロンは、もともと船のテクニカルな部分に興味があり、海に潜った時はそういう撮影ばかりしていたが、実際に潜った日の夜から、まるでそこで亡くなった人たちの霊に導かれるように、そこで散っていったたくさんの命に想いを馳せるようになり、タイタニックの上で繰り広げられた「人間活劇」を、階級社会の差別構造や実際にいた決死の楽団員の様子なども含めて、リアルに描こうと決心した、というわけか。そんな「人間活劇」の主要なひとつが、ローズとジャックの恋愛だったというわけだね。


私:船の席に見られる階級社会的構造については、ちょっと前に神田伯山がラジオで日本の地方のフェリーにそういう(2等・1等・特等というように)構造があからさまにまだ残っていることに乗じて、面白い話を展開していたことが印象に残っているんだが、まあいいや。


彼:あの特等の伯山さんが2等にいた弟子の青之丞さんいじってたやつだね(笑)。


私:そうそう(笑)。ごめん、話がそれた。で、ローズとジャックの恋愛は、最初の出会いがローズの自殺未遂シーンであったということが象徴しているように、男性の立場からいうならば騎士道的なものだったといえるだろうね。


彼:ローズの立場からいうならば、嫌いな男と結婚させられそうになっている私を救いにきた王子様との恋愛ということになるんじゃないの?


私:かもしれないけど、ちょっと待って。最近、三島由紀夫の「新恋愛講座」を再読して、やはりこの二人の恋愛は騎士道精神にあふれたものだったと思ったんだよ。三島によると、騎士道的恋愛は純愛である。それは動物的欲望からまったく離れたものである。マリア信仰も少し入っている。三島は次のように述べている。


《……騎士というものは、何も求めることのない誠実さと忠実さとをもって、自分の仕える貴婦人に尽さなければならない。そして、それには絶対の奉仕、まるで神に対するごとく、絶対の奉仕で、男たるものは、自分のまことを尽し命を捧げて恋愛する。ですから、騎士道時代の、騎士の自分の主人たる貴婦人に対する気持は、ほとんど、マリアに対するのと同じ気持があったと思います。そして、やはりキリスト教的に欲望を離れ、しかも最高の美――美という言葉は、キリスト教ではきらうのですが、美しいものにまことを捧げるという結果が出てきたのであります。これが今でも、ヨーロッパの恋愛にはどこかひそんでいるので、女性に対するあこがれが、マリアに対するあこがれに帰着する、そしてマリアに対するあこがれは、自分の欲望を押えつけて、最大のまことを捧げ、時には命を捨てることもあえてするような恋愛であります》(三島由紀夫「新恋愛講座」【『三島由紀夫評論全集 第四巻』より】)


 ジャックは、肉欲からローズに迫っているのではない。自殺をしようとまで追い詰められていたローズの精神的疲弊を心から心配しているのである。望まない結婚と社交界の退屈から彼女を救ってあげようとしているのである。そのことは、自死の衝動に駆られていたローズをジャックが助けた場面や、その後、ジャックがローズに対し、ローズの今の環境が彼女の心を苦しめているのではないかと心配している、と伝えるシーンで知ることができる。


彼:なるほど。


私:この旧時代の騎士道的恋愛がなぜこれほどまで世界中で受け入れられたかというと、やはり船の沈没というカタストロフィのお陰だとぼくは思う。ローズはもともと、好きでもない人と結婚させられるということと社交界の退屈という精神上の危機を抱えていたんだけど、ここにもう一つ沈没に伴う生命の危機という第二の危機が加わって、そこへさらには拳銃を持った婚約者に追いかけられるというハチャメチャな危機が重層的に折り重なり、心身に迫る絶望的な状況が加速してゆく。


 けれどもジャックは、渾身の力を振り絞って騎士道精神を発揮して、ローズを救うことに成功する。このときジャックは、ローズを肉体的に救うことに成功すると同時に、自らがローズの最愛の人となることによって、ローズを精神的に救うことにも成功したのである。ジャック自身は死んでしまうが、このことによってローズは逆に自らはジャックの言づてどおりに、自由奔放に、子どもをたくさん作って、いろんなことに挑戦して強く生きていくことを誓うのであった、というわけだ。


彼:身分の違いや沈没カタストロフィ、婚約者の発狂というもろもろの障碍が騎士道的恋愛をより美しく魅力的なものに見せているわけだね。


私:そう。でも、そういう今となっては稀な騎士道的恋愛を、これだけエンタメ要素満載の大ヒット映画に仕上げたキャメロン監督の手腕には感服するほかないね。


彼:まったくだ。


私:ところで、この映画は人間ドラマや恋愛的側面も面白く、感動もするけれども、一方で、コロナ騒動を経験したぼくらにとっては、迫りくる危機的状況に対する対処の仕方についても、参考になる場面がいくつかあった。たとえば、アンドリューズが郵便室の浸水状況を確認し、タイタニック号が沈没することを確信したにもかかわらず、これをパニック防止の観点から船長など一部の人にのみ伝え、そして一部の上流階級の人たちから安全のためボートに乗るように促しているのを見て、一般の人たちはやはり危機察知に関して常にアンテナをはり、政治家や役人などの不審な動きを敏感に感じとるようにしなければ初動が遅れてしまうなと思ったし、ローズが、盗難の疑いで地下に閉じこめられたジャックを探しにいくときに、「エレベーターは閉鎖されました」という船員に対し、「こうなったらマナーなんかクソくらえだわ」と言い放ち、力ずくでエレベーターを下へ降ろさせるシーンなど、危機を察知したあとの優先順位を間違えないことの大切さや、人の命を救うときに必要とされる「力技」の重要性などについて、あらためて認識することができたと思う。


彼:危機的状況に対する対処の仕方か…。いまの俺たちの直面してる危機的状況はまたちょっと種類がちがうんじゃないかい?


私:たしかに、「タイタニック号が沈没する!」といくら言っても、「へっ? 何言ってんの? そんなはずないじゃん!」という返事が返ってくることが多いからね。いまぼくらが直面している危機は、それが「巧妙に準備し構築されたカタストロフィ」であるという点にあるのかもしれない。つまり、可視化が難しい側面もあると思うんだ。


彼:たとえば?


私:ワクチン騒動なんかはそうだよね。コロナ感染後のもろもろの体調不良や「コロナ後遺症」といわれるもののなかには、ワクチンの影響を否定できないものも含まれているはずだと思うんだけれども、医者や調査する側から因果関係を否定されると、なかなかワクチン原因説は認められない、という事態がいま現実に起きていると思うんだけれども、どうだろう?


彼:なかには接種後13分で症状が出ているのに因果関係認めれらずという例もあったようだね。


私:そう。予防接種健康被害救済制度の認定件数は増えてきてはいるけれども、まだまだ圧倒的に少ないという状況だ。あと、あるYouTuberの人の話では、イタリアではもうワクチンの有効性を疑っている人が多くて、4回目以降打つ人はほとんどいないが、日本では6回目になっても相当数が打っている、大丈夫か、と疑問を呈していたね。


彼:俺なんかも君と違って協調性があるから、3回目まで打っちゃったじゃないか。今のところ大丈夫だけどね。


私:ワクチンに関しては、今から約11カ月前に欧州で衝撃的な事実が判明したのだけど、君は知っているかい?


彼:なんだい? まったく分からん。


私:2022年10月、欧州議会に参考人として招致されたファイザーの幹部、ジャニーン・スモール氏は、ワクチンの予防効果について聞かれて、「いえ、我が社のこのワクチンは、販売前に感染予防効果のテストなどはしていません」と答えた。

 で、すでに45億回分のワクチンを購入していた欧州の議員のひとりが「大切な人を守るためにと言われて国民に勧めてきたのに、感染予防効果が不明? いったいなんのために巨額の税金を費したのでしょうか?」と問いただすと、スモール氏は、
「あのときは、科学のスピードで動くことが何よりも大事でしたから」と答えたそうだ(堤未果著『堤未果のショック・ドクトリン』【2023年、幻冬舎】より)。


彼:恐ろしい話だ。「科学のスピードで動くこと」のために俺は死にたくないよ。


私:より恐ろしいのは、日本の主流メディアがこのことを一切報道しなかったことだね。


彼:たしかに、そんな重要な事実について俺はまったく知らなかったよ。


私:さらに恐ろしいことは、いまだに公には、あくまでも「公」には、「ワクチンを打つことは善」とされていることだ(政府、役所、医療機関などはそういうスタンスだ)。いまぼくらの目の前にある「危機」がいつ終わるのか、まったく分かっていないことだ。タイタニック号の沈没の危機は、沈没したあとでは消えているし、第二次大戦の危機は戦争が終了したあとでは基本的には終わっている。けれども、2021年2月頃に始まったワクチンによる危機は、徐々にその危機に気づいている人が増えてきているとはいいつつも、いまだに「公」には続いているんだ。1945年8月15日を境に人びとは「戦争は終わった」とは言えたけれども、いまぼくらは「ワクチン接種は終わった」とは言えない。


彼:たしかに、うちの親戚にも2回目や3回目を最後に打たないと決めた人は多いけど、打たないことについて喋るときは声をひそめて喋る人が多いな。


私:そう。ぼくらはワクチンの悪い側面について喋るとき、いわゆる「ヒソヒソ話」になっていることが多い。戦時中は「非国民」と言われることを恐れて「ヒソヒソ話」が行われていたけれども、いまは「陰謀論者」「反ワク」などと言われることを恐れて「ヒソヒソ話」が行なわれているんだ。
 次に1944年に行われていた「ヒソヒソ話」について一つ紹介しよう。これは三島由紀夫の「わが思春期」という回顧録の一部分なんだけれども、三島はその当時学生で、友人に面会するため軍のある部隊へ行った際、その待たされているわずかな時間に、「青い顔をした、ハムレット的な容貌をした」ある一人の学生と戦争の行方について、ちょっとした議論をしているんだ。


《……彼は実に深刻な表情で、
「もう戦争はだめだ。われわれはもう死ぬほかはない」と言いました。おそらく彼は胸の病気か何かで、兵隊にとられないでいたのでしょうが、やはり友だちのところへ面会に来ていたものと見えます。
「とにかくもうおしまいですよ。もうガタが来てますよ。戦争は永いことはないですね。大きな声じゃ言えませんが……」
「つまり負けるってことですか?」
と私はダメを押しました。


 学生はひときわ青い顔で、シッと言って、あたりを見まわしましたが、幸いあたりに憲兵の影はありませんでした。
「そうですよ」
「まあ、多分、……僕もそう思うな」
「それならですよ。それなら、積極的に日本を敗戦へ、一日も早く引っぱって行ったほうがお国のためだと思いませんか。それで、徒死(むだじに)をする何万、何十万、いや何百万という人が救えるのだとしたら……」
「そうですね。……しかし僕は、どっちみち個人の意志じゃどうもならんと思うな」とそのころから私は懐疑派でした。
「勝つほうへ引っぱってくのも、敗けるほうへ引っぱってくのも、どっちもむつかしいんじゃないかな」
 少し話すと、われわれはぞんざいな言葉遣いになって、学生らしくしゃべりました。しかし、あんなに声をひそめてしゃべらなければならなかった議論は、今の若い人たちには想像ができないでしょう。私たちはこそこそと、自分たちの運命がもう結末に近づいていること、何もかもむだごとで、何の努力のかいもないこと、そして、どんな平和主義も、どんな人類愛もむだごとであること、そんなことを語り合いました。彼は言うのでした。


「われわれのようにある時代に生まれ合わせた人間は、別に誰の罪でもないんだが、ネズミのように生まれて、ネズミのように死んでいく運命をしょっているんだ。ネズミも、ときどきは馬だの虎だののように生きてみたいと思うことがあるが、そういう夢を持てば、それがまた軍閥に利用されて、戦争意欲にかり立てられるにすぎない。虎や馬のような気持に一瞬間でもなりたいと思っている若者たちの夢を、彼らがうまく利用して、虎のつもりのネズミたちを突撃へと、戦死へと引っ張り込むのだ」三島由紀夫「わが思春期」(1957年)》


 私は、本当に仲の良い友人とは、最近はいつものように、「あの人が倒れたのは、やはりアレのせいかな?」などと「ヒソヒソ話」をしているよ。戦時中と同じ状況がすでに到来してしまっているといえるだろう。


彼:あれか、このあいだ議論したけど、爆笑問題太田の炎上騒ぎの原因なんかも怪しいとか言ってたよな…


私:2021年10月のTBS選挙特番での太田光の炎上騒動ね。あれは、たしかに異様な光景だった。太田光はこの番組でれいわ新選組の山本太郎代表と対談している。そこで、バブル期に地価が暴落したように日本の国債も破綻するのではないかという太田の疑念に対し、山本太郎が日本政府の借金について、国債と変動相場制の仕組みと絡めて分りやすく説明していたのだが、そのさなか、憮然とした態度で横から茶々を入れ、あからさまに話の腰を折り、山本太郎を露骨に怒らせた。私は太田光らしくないな、と思った。太田光は「太田総理」のときも、たとえ相手が誰であろうとここまで幼稚な怒らせ方をする人物ではなかった。このとき私は、あの太田光が、なぜ人の話を聞かず、こんな言動をとるようになってしまったのだろう、と不思議に思った。


彼:それがワクチンによる「ブレインフォグ」によるものじゃないか、というのが君の見解だろう。


私:そう、あくまで推測だけどね。時期的にそんな感じだったし、そうでもないと説明がつかないことだったからね。ブレインフォグに関しては、ある作家も、自分の書いた原稿に問題があって編集者から質問された際、そこに書かれていたのは、自分の書いた覚えのない内容だったことを正直に告白しているひともいたね。本人はワクチンの影響を露ほども疑っていない様子だけど、私は疑っている。


彼:そういうことを言うと、「反ワク」扱いされるよ。


私:ぼくは家族の前でも職場でも最初から非接種を公言しているからね、問題ないよ。ただ、太田光は、最近はもう大丈夫みたいだね。漫才だって完全に復活したみたいだし。たいがい、哲学の話はすぐに退屈になってしまいがちだけれど、ちょっと前に深夜ラジオで太田がベルクソンについて延々と喋っていて、これが面白くて、ワクチンの影響をほとんどないなと思ったぐらいだよ。


彼:ワクチンに対して懐疑的な人たちが気をつけるべきことって何かあるかい?


私:そうだね、ワクチンに懐疑的な人たちのなかで、特別に影響力をもついわゆる「インフルエンサー」とよばれる人たちの一部に、過激な行動に走る人たちがいるけれども、そういうのは分断工作によるものかもしれないと、一旦冷静になることが必要かもしれないね。


彼:例のあのインフルエンサーが逮捕された事案ね。


私:よく知ってるじゃないか。このワクチンの接種誘導を行なっている元の元のほうの勢力を仮に「闇の勢力」とするならば、「闇の勢力」はいろんなところに「工作員」を送りこんで、「反ワク」の人たちが「危険な分子」「陰謀論者」であることを際立たせ、印象付けようとしているみたいだから、気をつけなければならない。彼らにしてみると、そうでもしないと、みんな打たなくなってしまうから困るんだよね。ようするに、分断工作に注意すること。


彼:君がそんなにワクチンに懐疑的な理由を教えてくれないかい?


私:ひとことでいうなら直感だね。ちょっと考えてみてもらいたんだけど、ある商人がこれから新しい商品を売ろうというときに、「さあさあさあ、これが話題の新商品、××でございますよ。どうぞどうぞお早めにお買い求めください。ただしこの商品に関して当社は免責、何かあったら日本政府を訴えるようにしてください」と言っていたら、君は買う気になるかい? 


彼:買うわけないだろ!


私:それから細かくいうなら、厚労省が緊急承認した書類は黒塗りだらけ。接種を奨める側が接種のメリットばかり強調し、デメリットをしっかり伝えてくれないこと。接種後の副反応・体調不良の多さ、その内容の苛烈さ。そしてこれは少し時間がたってからのことだけれども、各国における超過死亡の異常な推移。そして接種後体調不良や免疫不全と思われる症状で病院へ行き、ワクチンによるものではないかと訴えても、邪険にあしらわれることが多々あるときくことも。あと、今ざっと街を歩いてみただけでも、救急車が異常に出動していること、足の悪いひとが極端に増えたこと、など普段何気なく見ていることも、あれが原因じゃないかと思うと、腑に落ちる部分があるんだ。ただ、基本的には、ぼくは自分の直感に従っているだけさ。


彼:もうだいぶ長くなっちゃったから、そろそろ終わりにしよう。その他の危機については、また別の機会に取り上げることにしよう。最後に、何か言っておきたいことはあるかい?


私:まず、この「巧妙に準備し構築されたカタストロフィ」は決して終わったものではなく、それが現在進行中のものであることをしっかり認識すること、それから分断工作に乗っからないで冷静に対応すること、徐々に気づいている人は増えてきているので、最後まであきらめないで信念を堅く持ちつづけるようにすること、などかな。
 さて、眠くなってきたし、…米津玄師の『POP SONG』のMVでも観てから寝るかな。


彼:「巧妙に準備し構築されたカタストロフィ」をかいくぐる米津さん…ってか⁈



(2023年9月7日)

2023年09月07日

電脳文字対話 28(パパはつらいよ)


私:アタァー!!

彼:どうしたどうした? 頭でも打ったか? 文字だけじゃ伝わらないかもしれないから言っておくけど、いわゆる「怪鳥音」だよね?

私:いや、ちょっと前にブルース・リーの『燃えよドラゴン』のリバイバル上映をやっていたんで、観に行ってきたんだよ。

彼:どうだった?

私:なんだかんだいって、ブルース・リーの映画を映画館で観たのは初めてじゃないかな? もちろん迫力満点で素晴らしかったよ。しかも4Kリマスター版ということで、映像の解像度など全体的にクオリティの高いものを観ることができたわけで、満足の内容だったよ。今回あらためて思ったのは、ブルース・リーの凄いところは、アジア人の肉体の敏捷性を世界中に知らしめたところにあるんじゃないかなということ。

 とくに際立っていたのは、やっぱり妹の敵(かたき)を討つシーンかな。

彼:あのオハラとの勝負のシーンね。

私:そう。あのシーンの初めにお互い構えあった姿勢から二度もリーが目にもとまらぬ速さでオハラの顔にパンチを入れるシーンもそうだし、大人数を相手に闘うシーンも含めて全体的にブルース・リーの格闘シーンはその敏捷性の凄まじさがとくに印象に残った。

 オハラを倒して最後に上に乗っかり、目を見開き悲しそうな顔で表情筋をプルプル震わせる、あのシーンはやはり最高だったよ。知らぬあいだにぼくも表情筋をプルプル震わせていたぐらいさ。

彼:あんたがやる必要はない(笑) まあ、妹の仇を討つシーンだからね、それは感情が入るだろうよ。

私:ところで、ぼくはたまに思うことがあるんだけど、もしも三島由紀夫がブルース・リーの映画を観ていたら、おそらく大ファンになっていただろうと。

彼:は? ブルース・リーの映画の中には、日本人が悪役として出て来るものも何本かあるけど、そうかな? 何を根拠にそう思うんだい?

私:いろんな意味で西欧コンプレックスをもっていた三島は、まず(アジア人であるにもかかわらず)ブルース・リーの彫刻のように美しいその肉体に憧れるはずだし、しかもその肉体は力強くて敏捷性もあり、実践的にも無敵なんだよ、三島由紀夫が憧れないはずはずはない(実際にリーは映画の中だけでなく、喧嘩も相当強かったという証言がある)。

 おまけに、顔も男前だし、哲学者としての側面ももっているし、しかも何といっても美しくて強いまま数本の主演映画を残して夭逝しているので、ほぼ三島の男としての願望をすべて叶えた存在であることはまちがいない。こんな神的な存在の前では、国籍なんて関係ないだろう。

彼:…不思議だ、いわれてみればそんな気がしてきたな。『からっ風野郎』の主演俳優と世界のヒーロー、ブルース・リーとのあいだには埋めることのできない溝があるってことか…。

私:そんなに卑下する必要はない、三島は文学の世界では、(若干形容矛盾するかもしれないが)英雄並みの存在なんだから。

彼:たしかにそうだな。

私:映画館を出るとき、まわりを見渡したらやはり中高年が多かったけど、武道やってるらしい若者もけっこういたね。やはり若者のあいだでもブルース・リーの存在は特別なんだろうなと思ったよ。で、そのときぼくにはなぜか、みんな帰路につきながら表情筋をプルプルさせてるように見えたんだよ、不思議なことに。

彼:プルプル見えたのは、思い過ごしだろう、ヤクザ映画を観たあとのルーティン的なやつ(振舞い)じゃあるまいし(笑)

私:三島由紀夫つながりでいうならば、最近、文芸批評家の中村光夫の本を再読しているんだけど、そのなかで、三島由紀夫が晩年の永井荷風のことを「青年のミイラ」みたいだと形容したというエピソードが紹介されていて、印象に残ったんだ(『近代の文学と文学者(下)』朝日新聞社、1980年)。永井荷風は、お金もあり文学者としての潔癖さを保ちつづけるための好条件が揃っていたのだろうけども、外国から帰った後も日本の世間から学ぶということをほとんどしなかったらしい。そのため、そのまま中身も変わらず年老いてしまった感があり、そういったところから「青年のミイラ」説が出てきたようだ。

 中村光夫は、荷風の、漱石や鴎外とのちがいについて、次のように述べている。

《 こういう荷風の江戸時代への回帰は、考えてみれば、彼が精神的に日本の国籍を失ったということで、少なくとも同時代の日本には何らの同情を感ぜず、意識の上のコスモポリット(世界人)として自分と社会とのつながりをすべて束縛と感じていたことと無関係ではないでしょう。彼の江戸時代の事物に対する憧れ、ないしは好奇心は、西洋人が浮世絵その他日本の固有な事物に対して感じる興味と共通のものであったかもしれません。『紅茶の後』などで、浮世絵を論じている彼の文章は大変バタ臭いものです。

 彼と並んで、明治文学者のうち文明批評をその文学の根底においたといわれる、森鴎外や夏目漱石は国籍喪失者ではなかったといえます。彼らの同時代に対する評価がどれほど激しく否定的なものであろうとも、彼らは日本とのつながりを、その意識からなくすことはなかった。彼らを苦しめ、文学に駆り立てたのは、その連帯感であったと言えます。彼らは国民としての意識を離れることはなく、その意味で丁髷(ちょんまげ)を頭に載せていた、というふうに批評することができます。

 荷風はその丁髷を切ってしまった世代に属すると言えるのです》(中村光夫『近代の文学と文学者(下)』太字は引用者)

 ぼくはこの部分を読んで、「丁髷(ちょんまげ)を頭に載せる」って素晴らしい比喩表現だなと思った。たしかに荷風と鴎外や漱石ではそういう違いがあるかもしれないと思ったんだ。

 ここで少し話は脱線するけども、以前ラジオで神田伯山が弟子の若乃丞さんから「(講談の世界って)武士じゃないっすね」と言われたことをネタにして騒いでいたんだけれども、ぼくは伯山先生は「丁髷を頭にしっかり載せている」武士だと思っているから、この若乃丞さんの表現は少し意外に思ったんだよね。伯山先生は、ラジオのパーソナリティを務めていることももちろんそうだけど、しょっちゅうコンサートや芝居や美術館、防災館のようなところへ行って、いろんな人と関わり、伝統芸能の世界にいながらもこの現代日本社会と積極的に関わろうとしてるひとだから、すなわち現代の日本社会とのつながりを大切にしているひとだから、明らかに「丁髷を切ってしまっ」てはいないと思うんだよね。そこのところは若乃丞さんも評価してあげてほしいところだと思うんだけど…

彼:なるほど、言いたいことは分かった、でも、おまえさんがそんなに語っちゃあ、伯山先生に色がついちまう、もういいだろう、そのへんにしときな。

私:へい、そうですね、私に関わると「色がつく」、スンズレイしました(笑) でも、ぼく自身も、「頭に丁髷を載せた」ひとりではありたいとつねに願っているけど、なかなか難しいね。

彼:「頭に丁髷を載せた」状態というのが心の状態をいうのであれば、俺もそうありたいと思っているけどね。

私:ここでまた『燃えよドラゴン』の話に戻るけど、最後に独裁者ハンに囚われ牢獄に入れられていた黒い道着のひとたちがブルース・リーたちによって解放され、ハンの手下の白い道着の武道家たちと戦い、最終的に勝利をおさめるんだけれども、このシーンは、この映画がつくられた1970年代以降のアジア諸国の発展を見るようでもあり、見ていて爽快だったね。

彼:敵のハンもアジア人じゃないのかい(笑) まあいいや、言いたいことは分かる。いま流行りのDSみたいなもんだろ。

私:時枝誠記編の文英堂国語辞典に「野暮」という見出しがあってだね、「世間や人情に通じていないようす。気がきかないようす」とあるね。

彼:そういう返しのほうが野暮だろ(笑)

彼:ところで、きみは最近、高校生の娘さんに勉強を教えていると聞いたが…

私:そうだよ。本屋とカフェが一緒になってるところで、たまにね。質問があれば聞くというやりかたで教えてるんだけど、英語や国語ならどんとこい、と思っていたぼくに対し、数学の質問ばかりで冷や汗の連続だよ。

彼:ははは。

私:ずいぶんと古い笑い返しだな(笑) ところで数学を教えていてあらためて気づいたんだけど、「公式」というものは便利だなと。そして、そういえば文法論の領域における公式ってなんだろう? あったとしても形式主義的なものばかりだから、内容重視の立場からする公式って誰も作ってないんじゃない? ってね。

彼:それはきみのやるべき、というか、やりたい仕事なんじゃないのかい?

私:そうだね。もちろん、時枝誠記や三浦つとむ、山田孝雄などによって文法上の公式のようなものはある程度はつくられているけどもね。やっぱり、これから日本語を学ぶ人びとに役立つものが望ましいよね。

 そういえば、このあいだ娘に勉強を教えるときに気になることがあってね。

彼:なんだいなんだい。

私:その日もいつものように、カフェと本屋が一緒になっている店へ行ったんだ。娘と二人でまずカフェのレジへ行って、コーヒーなどを注文していたときのことさ。そこの店員さんはいつもだいたい笑顔で心地よい対応をしてくれるんだけど、その日の店員さんはちょっと不機嫌そうな様子だったんだよ。

彼:ほう。

私:はじめは「まあ、なかにはそういう人もいるよな」と考えて気にしていなかったんだけど、支払いのときにその店員さんのぼくらを見る目を見て、気づいたんだよ。
「ああ、パパ活を疑われてるな」と。

彼:なるほど(笑)

私:そうか、いまどきは学校帰りの制服姿の娘に外で勉強を教える父親はあまりいないのか、と(私は、平日の昼間、暇なときもある)。

彼:昔からあまりいないだろ。

私:そう思った瞬間、ぼくはちょっと前に見たテレビドラマ『下剋上球児』の中のある場面を思い出していた。『下剋上球児』というのは、ついこのあいだまでTBS系列で放送していたテレビドラマで、問題を抱える熱血教師が野球部監督となり、弱小高を甲子園出場まで導く過程を描いたものだ。主演は、南雲監督役を演じる鈴木亮平さん。

 このドラマの第五話に、こんなエピソードがある。南雲が新米教師のころ、「パパ活」をしていたある女子生徒の生徒指導を任されることになった。(本来は校外での指導は不可だが)熱血教師だった南雲は、放課後にその女子生徒の後をついて行き、カラオケ店など「パパ活」の現場に入って行って、男性に向かって「あなたお父さんですか? ちがいますよね。私はこの子の担任です」と言って、片っ端から「パパ活」をぶち壊しまくる、ということをするのであった。その甲斐あってか、その少女はしばらくして「パパ活」をやめ、健全なバイトを始めて南雲に感謝の言葉を伝えることに…。

彼:美談だな。

私:そう。それで、自分もそうした「パパ活」を疑われているのかと思うと、嫌な気持になったんだよね。そうかといって、聞かれてもいないのに、店員さんに向かって「私はこの子の父親です」というのも不自然だしね…。

彼:じゃあ、ドラえもんにタイムマシンを出してもらったと仮定して、一度そのレジのシーンへ立ち戻ってみよう。俺がいいタイミングで南雲先生役をやってやるから。

※→タイムマシンでその日その時刻へ戻る。なぜか場所もカフェのレジになっている(しかしなんでもありの対話になってきたな…)。

私:(店員に対して)「ダークモカチップフラペチーノ」をトールでお願いします。…

※南雲先生(彼)、現れる!

彼:はあ、はあ(走ってきたので息を切らしている)。あなた、この子のお父さんですか? ちがいますよね?

私:いいえ、ちがいません! 私はこの子の父親です!!

彼:ははあ~! なるほど親子だったのですね、恐れ入りました! 許してちょんまげ! 失礼します~。

※現在に戻る。


私:せめて名乗ってから失礼してくれよ(笑)
  ああ、でも、すっきりしたよ、ありがとう。

彼:あともう一つ案があるんだけど。甲子園の開会式で選手が入場するときのプラカード、あれを二つ用意して、ひとつに「父親」と書き、もうひとつに「娘」と書いて、店の入り口から二人でそれぞれのプラカードを持って入店するっていうのはどうだい?

私:そりゃたんなる嫌味だろう。もういいよ!

彼:お後がよろしいようで…。

私:今日は「おちゃらけモード」ということでした。 m(__)m

 


(2023年12月21日)

2023年12月21日

電脳文字対話 1


:とうとう夏本番だね。

:とうとう来たね。ここ数年、ぼくは夏が来るともう思考回路がストップしてしまうくらいダメだね。この異常気象は地球の終りが近い事を暗示しているのかもね。

:科学的な検証もしないでそう決めつけてしまうのはどうかな、と、あえて野暮を言ってみる。夏は昔から暑かったろう。

:実はこのままいくと深刻な事態を招くという科学的なデータはいろいろと出ているのだが…。まあ、いいや、ところで、思想漫画家の小林よしのりが『沖縄論』を出したね。

:ああ、今のところ賛否両論のようだが、結構売れてるみたいだね。

:思想的な好き嫌いは別にして、ぼくはいい本だと思ったよ。第一に、少なくとも彼が自分でいろいろ調べて、自分の頭で考えて書いたところの――しかも多くの学者や評論家が避けたがるやっかいな問題を取り扱っている――独自の問題提起であるということ。第二に、戦後60年たっても実質的にアメリカに軍事支配されているこの擬似独立国家日本の現下の状況を憂い、日本の真の独立のためにきわめて重要な問題である、米軍基地問題及びそれと不可分の沖縄問題について、真正面から取り上げ一般の人々の関心を呼びかけたこと。以上の2点は、イデオロギーや立場の問題を離れて単純に評価できることだろう。恥かしいことに、ぼくは沖縄における基地財政のあり方や、強姦など米軍人の犯罪の実態や、政治家・瀬長亀次郎の業績など、沖縄の歴史について、知らないことばかりだった。

:でも、結局彼の主張する自主防衛論は日本の軍事大国化に繋がる危険な思想だと思うんだがな。俺は日本を徴兵制が敷かれる国にはしたくないけどね。

:君は今のイラク戦争の状況やイスラムと西欧の対立構造の悪化について分っているのかい? アメリカ軍が日本にいることの方がよほど危険な状況じゃないか。アメリカへの義理から、行きたくないイラクに自衛隊を派遣させられ、なおかつテロの脅威にさらされているのは、日本が実質的にアメリカの従属国であることから来るのじゃないのかい? それなら自主防衛体制を確立して、中立的な平和志向国として世界に向かって意思表明した方がよっぽど世界のためにも日本のためにもなると思うよ。経費の問題は、米軍基地への思いやり予算とか、バカ高い最新兵器を買わされたりしてる今の状況を考えたら、十分やっているける、むしろ安く上がるくらいだろう。それから、核を日本が持つ持たないという議論は別にして、結局今の日本は、アメリカの核の傘に守られている状態だから、パキスタンやインドや北朝鮮に核を持つなといっても、まったく説得力がないよね。たとえば、刀を持っていない村民が安全のために刀を持とうとしているとき、横から強大な刀を持つ村に守られている村民が「おまえら、刀を持つな、危ないじゃないか」といったって、一笑に付されるだけだろう、というより姑息な奴ということでむしろ軽蔑の目でみられるだろうね。

:君もまたずいぶんな反米論者になったものだね。

:今の時代、もうレッテルやイデオロギーで人を判断する時代じゃないよ。この日本という国をどうするか、自分たちはどういうふうに生きていきたいか、というところから考えを進めていかないと、何も変らないよ。

:でもまあ、小林の主張の中には独断が多くて、とてもじゃないけど、全部賛成する気にはなれないよ。

:ぼくだって全部賛成なわけじゃない。が、あえて取り扱いにくい問題を勉強して取り組んで、独自の論を展開したことは認めてあげないとね。かつて三浦つとむは、日本のマルクス主義者が自分で認識論を作ろうともしないのにブルジョア学者の認識論を馬鹿にしているのをみて、「わたしは何もしない・失敗しない・怠け者よりも、努力はしたが失敗した学者を尊敬する」(『この直言を敢てする』109頁)と言った。そういう意味で、ぼくは小林を尊敬する。

:ところで、話はまったく変るけど、この間ラジオのある討論番組を聴いていたら、「煙草は本当に毒か?」という特集をやっていて、そこに愛煙家の代表で木村某という人が出ていた。彼の主張は、煙草を吸わない人が受動喫煙の被害に文句を言うのはよく分る、けれどもだからといって、喫煙者を根絶する方向に向っている今の国ぐるみの運動のあり方は間違っている、それよりももっと社会的に分煙の体制を確立してほしい、そうすればより迅速により確実に受動喫煙の被害を食い止められるし、喫煙者も禁煙場所で吸わなくて済む、というものだ。ぼくも愛煙家のひとりだが、彼の意見はきわめて真っ当だと思うな。

:でもまあ、煙草が身体に害を及ぼすというのは事実だし…。

:木村さんは、あまり「害がある、害がある」と喧伝してしまうと、喫煙者を心理的に圧迫して、最終的に本当に喫煙者の身体を害することになってしまうかもしれない、という意味の事も言っておられたよ。煙草の警告文の表示を法律で規制して大きくするなど、やりすぎじゃないのかい、善良な市民をあんまり脅さないでくれよ。

:喫煙者一般が「善良」かどうかは置いといて、たしかに脅しすぎは良くないだろうね。まあ話をきいたかぎりでは、その木村某氏の言ってる事自体は理路整然としていて、嫌煙家にもよく理解できる内容だと思うよ。

:それだけじゃない。彼はユーモア精神が豊かで、実に愉快だ。ラジオ番組の終りに、彼はナビゲーターから嫌煙家に向けてひと言、と言われて、こう言った。「あんまりヒステリックにならないで、まあ一服しながらゆっくり話し合いましょう」。すると、すかさずナビゲーターが「お茶を飲みながら話し合いましょう」とつけ加えていたが、深刻な議論の最後をこんな風に締めくくる事が出来るなんて、ほんと、イカシテるじゃないか。

:ナビゲーターは、そこは真面目にフォローする場所じゃなかったね、一緒に笑うべきところだろう(笑)。

:また話はかわるけど、ついに浜省が新譜『 MY FIRST LOVE 』を出したね。

:うん、今回は浜省にしては珍しく大掛かりなプロモーションをしてるようだね。

:ラジオとか、頻繁に出てるみたいだね。さっそく買って聴いてみたが、素晴らしい出来だと思うよ。五十を過ぎても創作力にまったく翳りがみえないね、すごい人だね。「 I AM A FATHER 」なんか、まさに自分の応援歌という感じがして、思いっきり感情移入が出来るし、「君と歩いた道」「光と影の季節」「初恋」なんか浜省の中でも名曲の部類に入ることになるんじゃないかな。

:俺はパーティー・ソングの「この夜に乾杯!」とか、社内恋愛を描いた「デスク越しの恋」なんかが好きなんだけど、やっぱりバツイチなだけに、「花火」が一番好きだね。妻子を置いて逃げたああいう救いようのない男にも、憐れみの情を投げかけてくれている。人間の行動の源泉には言葉で説明できない複雑なものが絡み合っているってことだね。

:君は協議離婚じゃなかったっけ。「花火」は、浜省によると、「 I AM A FATHER 」と対になっている曲で、典型的なお父さんとちょっとドロップアウトしたお父さんとを対比で描いているらしい。まあでも、ぼくもあの曲を聴いている間は、ああいう男の心情が分るような気がするよ。そこがまた浜省の歌の魅力なんだよね。

:なるほど。ところでこの間、福山雅治のやってるラジオに浜省がゲストで出てたんだけど、福山は十代の頃から浜省のファンだったらしい。意外だね。

:意外じゃないだろう、役者とかアイドルの中でも浜省のファンはたくさんいるし。ただ、ぼくもそのラジオは聴いていたけど、福山のアイドル性が抜けきらない発言になんか違和感を感じたね。浜省のように音楽でやっていく覚悟があるのなら、もっと堂々とした言動をしてほしいところだ。

:なんだい、その発言とは?

:浜省が結婚が話題になったときに福山に聞いたんだよ、「福山くんは今彼女いるの?」って。そしたら軽く無視して話題転換だよ(笑)

:言うことないよ(笑)





 


(2005年7月21日脱稿  2025年9月22日gooブログより転載)

2025年09月22日

電脳文字対話 2


:しかしまあ、本当に時の流れるのは矢のごとしだね。まいったよ。

:ずいぶん忙しそうだね。

:そうだね、話したいことはいろいろあるんだが、貧乏暇なし話す暇なしってところだね。そこで今日はちょっとだけ気になったことについて語っておこうと思う。

:何についてだい?

:この間、読売新聞の投稿欄に、言葉の使い方に関して疑問を投げかけているものがあった。

 《数年来、テレビ、ラジオのインタビューなどで不思議に感じていることがあります。

 それは、芸能人やスポーツ選手から、近ごろでは一般の人たちに至るまで、会話の後に必ずと言っていいほど、「はい」と付け加えていることです。

 本来、この言葉は相手側から話の内容を確かめられたり再質問された時に、「はい、その通りです」などと言うのが会話の流れと思うのです。なぜ、これが相手より先回りして発せられるようになったのでしょう(以下略)》(読売新聞、8月31日朝刊 投稿欄より)

 というものだけど、君はインタビューされる人がなぜ会話の終りに「はい」とつけ足すか分るかい?

:……たしかに謎だな。

:実は僕も以前、このことに関して「おかしいな、何だろう、この表現は?」と思っていた時期があるんだけど、しばらくそうした場面を観察しているうちに疑問が解けたんだ。結局、日本人同士の会話のぎこちなさがそうさせているんだよ。

:どういうことだい?

:たとえば大リーグの試合やヨーロッパのサッカーの試合の後などで、外国人のインタビュアーが選手にインタビューしている場面を見ていると、インタビュアーが選手に対して、矢継ぎ早に質問をしたり、激励の言葉をかけたりして、またそれに対して選手も生き生きと言葉を返していたりするよね? つまり、そこでは有機的な・躍動的な言葉の受け答えが成立しているわけだ。反対に、日本ではそういう場合、インタビュアーの力不足のせいもあるとは思うんだけど、多くはぎこちない会話のやりとりになってしまっている。たとえば、「見事な20勝目の勝利、おめでとうございます」「有難うございます」「今、どんなお気持ちですか?」「いや、ほんと嬉しいのひとことです……、はい」「途中、苦しい場面もありましたよね?あの場面ではどんなことを考えていたんですか?」「いや、もう、せっかく味方が点をとってくれてたんで、絶対に打たれちゃいけないと思って頑張りました……、はい」「リーグ最速の20勝です」「いや、もう、個人の記録より、とにかくチームが勝つことが一番大事なんで……、はい」「多くのファンの皆さんが集まっておられます。最後に、何か一言お願いします」「今日は暑いなか、球場に足を運んでくださって有難うございました。これからも頑張りますんで、応援よろしくお願いします!」「有難うございます。見事20勝目を飾りました、某投手でした!」てな感じが典型的だろう。

:ずいぶん類型的だと思うけど、まあいいや、で?

:ここで使われている「はい」は、明らかに応答や諾否の意味で使われているものではない。相手に向かって、「今の質問に対する俺の話はここで終りだ、次の質問に行ってくれ」という意味で使われているのだよ。

:ははあ、なるほど。

:つまり、三浦つとむのいう<応答詞>的な用法ではなく、相手の注意を喚起するという本来の<感動詞>的な用法だね。なぜこの用法が一般化したのかはよくわからないが、おそらく質問べた、話しべた同士が会話をしているうちに自然成長的にこんな表現が生れてきたのじゃないかな?

:まさに必要は発明の母だな(笑) でも、投稿者によると、それはいらぬ発明のようだが。

:僕もいらぬ発明だとは思うが、とりあえず話し言葉としてしか定着していないし、そんなに目くじら立てる必要もないんじゃないかな。でもまあ、一番大事なのは、もっと躍動感にあふれる生き生きとした会話をすることだよね。

:そういえば、俺の知り合いで、自分が話したあとで、ちょっと間をおいてから、自分の言葉に対する周囲の反応がなかった事を打ち消すかのように、「…うん、うん」とか「ああ、ああ」とかうなずきながら何か意味のない言葉を発する人がいるんだけど、それと同じようなもんかな?

:それはちょっと違うな(笑) ここでいう「はい」は、あくまで相手に注意を喚起している<感動詞>であって、君のいう例はむしろ自分に対する「励まし語」だろう(笑)


 


(2005年9月14日脱稿  2025年9月24日 gooブログより転載)

2025年09月24日

電脳文字対話 4

:僕はアメリカをいつも批判してばかりいるけど、例のアメリカのCIA情報漏洩事件に関して、連邦大陪審がチェイニー副大統領の首席補佐官(ルイス・リビー)を起訴し、アメリカ国民がイラク戦争の正当性を根幹から覆しかねないこの事件の推移を非常な関心をもって見守っている光景に、言葉と論理を大切にするアメリカ社会の健全性を見た気がする。

:ああ、その事件ね。日本の新聞を読んだだけでは事件の経緯がよく分らないんだが、そもそもどういう事件なんだい?

:2003年のアメリカによるイラク侵攻前、アメリカ政府とCIAはイラクの核兵器開発疑惑に関して、まったく異なる認識を持っていたんだ。ネオコン政府はイラクが核兵器を開発していると言い、CIAはその根拠は薄弱だと主張していた。その後2003年7月にウィルソン元ガボン大使がイラクがニジェールからウランを入手したという文書が偽物であることを明かにしてアメリカ政府を批判したもんだから、政府は頭にきて、マスコミにウィルソンの妻(バレリー・プレイム)がCIA工作員であることを漏らし、ウィルソンの主張がCIAのバイアスのかかった信用できないものであることを印象づけようとした、というわけだ。

:なるほど、にしてもそんな過去のことが今ごろ大きくクローズ・アップされ、大統領の信用が大きく揺らぐとは…。日本ではあまり考えられないことだね。

:日本では、ポチの日本政府はもちろん、大量破壊兵器を破棄しないイラクが悪いのだから先制攻撃やむなし、と当時社説で息巻いた読売新聞など大手マスコミは、いまだにひとこともお詫びや訂正をしていないからね。読売はそれだけでなく、このCIA情報漏洩疑惑事件に関してほとんど報道していない。すでにアメリカ政府と日本政府の御用新聞と化しているといってよいだろう。

:つまりTBSのサンデー・モーニングに出てくるあのチョビヒゲおじさんと同じようなもんか。いつもアメリカ様の都合の良いことしか話さない。

:日本のマスコミは気楽なもんで、アメリカでは、情報漏洩事件で取材源を明かさなかったニューヨーク・タイムズのミラー記者が退職にまで追い込まれている。「大量破壊兵器を廃棄しないイラクが悪い」というネオコンの根拠薄弱な主張を記事として載せることと、その主張に便乗してだからイラク侵攻はやむをえないことだ、とプロパガンダすることとの間には、きわめて大きな飛躍がある。ネオコンの主張が嘘であったことが判明した今、どう考えても、読売新聞など当時プロパガンダしたマスコミどもは謝罪なり訂正なりしなければならないはずだ。最近有名になったフランスのサルコジ内相を真似ていえば、すでに「読売は【社会の木鐸】などではなく、【社会のクズ】だ」ね。また、最近アメリカでは、イラクのフセイン政権がアルカイダのメンバーに爆弾製造の訓練をしていたという元アルカイダ幹部の供述が嘘であったということも明らかになりつつある。どういう形であるにせよ、日本がイラク戦争に加担したということは、もうすでに恥ずべきこととなったといえるだろう。

:小泉首相は、自衛隊の派遣を延長するみたいだが、狂気の沙汰だね。

:外相と官房長官を新たにポチ保守で固めた小泉政権は狂気街道をまっしぐらってわけだ。今日は時間がないからここまでにするけど、次回は米軍再編問題について考えてみることにしよう。



 


(2005年11月23日  2025年9月24日 gooブログより転載)

2025年09月24日

電脳文字対話 5

:君は三島由紀夫の「オー・イエス」というエッセイを知ってるかい?

:知らないけど。

:三島のユーモラスなエッセイ集『不道徳教育講座』に収められているもので、外国人(白人)には卑屈で日本人には傲慢な態度をとる近代日本の知識人のひとつの典型を風刺したエッセイなんだが、最近、この典型がまだ過去のものでないことをまざまざと見せつけられた気がしたよ。三島は、アメリカに滞在中、アメリカ人の教授の家に食事に招かれて、そこで日本のある地方大学の総長と同席になった際、この総長が英語が苦手なくせにアメリカ人からの問いかけにはすべて「オーイエス!」と答え、満面の笑みを浮かべニコニコ愛敬をふりまく一方で、三島に語りかけるときには「あ~ん、君は何かね…」と戦前の憲兵のような態度をとることに愕然として、このことをユーモアたっぷりに戯画化して描いていたんだが、僕は先日の日米安全保障協議委員会後の記者会見の席で、大野前防衛庁長官が「米軍再編には相当な財政が必要だ。(日本の支援については) 『オー・ノー』と言わずに、『オー・イエス』と答えた」という記事(朝日新聞10月30日朝刊)を読んで、まっさきに三島のエッセイを思い出してしまったよ。記事の横には、満面笑みの大野氏の写真が載っており、しかもどうやらこの言葉は自分の名前(オーノ)に掛けた駄洒落らしい。記事には、「大野防衛庁長官の軽口が、ライス国務、ラムズフェルド国防両長官の笑いを誘った」とあり、大野氏のはしゃぎぶりが伝わってくる。が、しかしだ、僕はすぐに思った。ラムズフェルドとライスは本当に笑ったのだろうかと。アメリカ人はこの手の卑屈な駄洒落をユーモアとは思わないだろうと思われるからだ。

:ラムズフェルドらが笑ったのはたしかもしれないが、それはもしかしたら別の意味の失笑だったのかもしれないね(笑)

:たしかに、「こいつ、うまく丸め込まれてるのにもかかわらず笑ってやがる」と、してやったりという意味での笑いだった可能性が高いね。在日米軍再編に関する中間報告では、キャンプ座間にアメリカ陸軍の統合作戦司令部が置かれること、沖縄の普天間飛行場の移転先にキャンプ・シュワブ沿岸が選ばれたこと、沖縄在住の海兵隊将校ら7000人をグアムに移転する莫大な費用を日本が負担すること(犯罪率の高い一般の海兵隊員の移転ではない)、横田基地に日米の「共同統合運用調整所」を設置すること、また横須賀に原子力空母を配備することなどが盛り込まれている。どの案も、地元住民と自治体は反対している。地元との話し合いもなしに、こんな地元を無視した軍隊の再編案が勝手に決められていったのでは、不合理きわまりない、彼らが怒るのも無理ないよ。

:そういう意味では、さっきの大野氏の駄洒落は、日本人も笑えないね。こんな不利益を飲み込んでおいて、その上さらに「オー・イエス」とアメリカにおべっかを使ってるんじゃあ、話にならないね。とりあえず俺達も住民の反対運動を応援しようじゃないか。

:各自治体に第2、第3の瀬長亀次郎が出てきてほしいところだね。これで、小泉政権が完璧に米軍の世界戦略のために軍レベルでも協力しようとしていることが明らかになったね。

:だいたい、冷戦終了後に米軍が日本にいてどういう意味があるのかが俺にはよくわからない。抑止力? 対中国、対ロシア対策のために本当に彼らが必要なのかな?

:いや、むしろ逆効果だろう。日本としては、アメリカがいない方が、中国ともロシアとも、さらには韓国とも仲良くなれるだろう。結局、アメリカがアジアを押えておくための本拠地なんだろうね、日本は。アメリカとしては、日本や韓国から軍隊を撤退して、日本・韓国・中国で軍事同盟でも作られたら、恐ろしくて仕方ないのかもしれない。だから、ある意味アジアを分割統治するための戦略のひとつなのかもしれない。実際、ある意味、アメリカは日本と表面上仲良くしておいて、裏で中国と手を結んでいる可能性もある。あとはもちろん、中東やイスラム国家に対して睨みを利かしておくためにも日本あたりに基地を置いておくことが重要であることはまちがいないけどね。

:裏を勘ぐりはじめたらキリがないけど、もしも日本の政治家がアメリカから恫喝されて米軍の拡大案を押しつけられたり金を搾取されたりしているんだったら、そのことを俺達国民に知らせてほしいよな。知らせない、隠していることは、それこそ本当の意味で「非国民」だよな。

:一説に、田中角栄がアメリカに潰されたのは、そういうアメリカの恫喝に屈せず独自外交をしようとしたからだ、というのがあるが、もしそれが本当だとしたら、今の日本の政治家の総ポチ化現象はうまく説明がつくよね。しかし、それが真実だとしたら、明治維新をやってのけた志士たちのような若い人たちが革命を起こさないかぎり、この国の未来が暗いことはたしかだろうね。

:君にしてはめずらしく言うことが過激だね(笑) でも、まあ、俺たち一般の国民も、そろそろそれくらいの危機意識を持ったほうがいいのかもしれないね。


 


(2005年11月23日記す  2025年12月4日再掲)

2025年12月04日

電脳文字対話 6

:引越ししたらしいね。

:うん、2月の初めにね。歳をとるたびに引越しがキツくなってくるよ。前回の引越しでだいぶ本を処分していたから、今回はあまり処分する本がなく、手持ちの本はほとんどそのまま移動させたんだけど、しかしまあ、なんで引越しの荷造りのときって箱詰め中に気になって書類とか本とか手紙を中途半端な姿勢で長々と眺めてしまうんだろうね。あれがなければもっと作業がはかどるんだろうけどね。引越しの合間に、柴崎律さんの『養老教授、異議あり!』(社会評論社、2004)を読んだけど、三浦理論を学んだ人間が、現代のタレント学者による保守派に受けの良いタダモノ論的トンデモ本を真向から批判していて、面白かったよ。

:養老先生は最近、『バカの壁』の続編を出したらしいね。

:柴崎さんも今度は読みやすい新書にして批判の続編を出せばいいんじゃないかな。ところで、最近久しぶりに面白い小説を読んだよ。奥田英朗の『最悪』(講談社文庫)という本なんだけど、最初から最後まで一気に読みとおすことが出来たよ。いわゆる純文学ではないけれど、映画やテレビという娯楽に匹敵するエンターテイメント性を保持しつつ、それなりに人物の心理描写に鋭いところがあったり、人間性の本質に迫る場面があったりして、秀逸な作品だと思ったよ(和也が仲間にあっさりと二回も騙されてしまったり、川谷が地獄のような不幸を一挙に背負い込んでしまう描写など、リアリティに欠ける面が多少あったとしても、それが気にならないくらいの娯楽性のある)。

:君が娯楽小説を読むなんて知らなかったな(笑)

:僕だってたまには読むよ。ところで、昨年末から社会を騒がせている耐震偽装問題だけど、すでに大手メディアも取り上げているように、この問題で真相究明につながる情報を提供し続けているブログに「きっこの日記」というのがあるんだけど、この現象をみて、本当に時代は変ったと思ったよ。マスコミが権力にすり寄ればすり寄るほど、一般市民の不満が高まり、IT化社会の波に乗り、こういう一市民の立場から真相を究明していく活動がどんどん広がりをみせていくんだろうね。今も意図的かどうなのか、耐震偽装の問題そっちのけで、マスコミはライブドア問題とトリノ五輪一色の報道になっているけど、僕らは小嶋とつるんでいるとされる伊藤公介と、国交省に口利きをしたとされる安倍晋三の秘書・飯塚の証人喚問を要求し続けなければならないだろう。

:いまだに安倍晋三が次の自民党総裁候補だといって褒めそやしている新聞があるが、バカげているね、まずは疑惑にはっきり答えろといいたいね。

:『週刊ポスト』は安倍晋三の偽装に関わる疑惑も取り上げているし、ライブドア問題で沖縄で不審死した元エイチ・エス証券副社長・野口氏の死にまつわる疑惑にもメスを入れており、比較的骨があるね。しかしあとは全滅だね。

:君の好きなモーリー・ロバートソンはどうだい? 最近何かいいこと言ってるかい?

:うーん、先日のラジオで岡田尊司著『脳内汚染』という本を絶賛していて、ちょっと疑問に思ったね。著者は脳神経学者で、ゲームやネットが子供に与える悪影響についての彼の見解は納得するところが多々あるんだけど、一方でゲームやネットが脳の発達に与える影響に関する彼の見解については、賛同しかねるところがあった。もっとも、ちゃんと本を読んでないからまだ何ともいえないけどね。おそらく柴崎さんが読んだら養老先生と同類に見えるんじゃないかな。

:なるほど、モーリーさんも木から落ちる、か(笑)




(2006年2月26日記す  2025年12月4日再掲)

2025年12月04日

電脳文字対話 20(久米宏、ラジオをやめる)

︰ やあ、久しぶり。きのう、録画していたドラマ『アメリカに負けなかった男〜バカヤロー総理 吉田茂』(テレビ東京、再放送)を見たんだけど、予想どおりの展開だったね。

︰ 何が?

︰ 1951年、吉田茂がサンフランシスコ講和条約を結んだ際、同時に旧安保条約と「吉田・アチソン交換公文」も結んでいるんだけど、この「吉田・アチソン交換公文」についてはドラマではいっさい触れていなかったね。

︰ なんだい、その何とか公文ってのは?

︰ 日本が1951年当時、朝鮮戦争に関して行っていた米軍への軍事支援を、独立後も変わらず継続しますという条約だよ。

︰ そういうことは歴史の教科書に書いておいてくれよ。そんな話、まったく聞いたことないぞ。

: ここまで日本が属国化させられたことの背景には朝鮮戦争の勃発が絡んでいた、というのが矢部宏治氏の見解だ(『知ってはいけない』)。

︰ その戦争って実はまだおわってないんだってな。

︰ そう。だから日本はいまだに独立できていないんだよ。日本が米軍の桎梏を脱して本当に独立したいのであれば、休戦中の朝鮮戦争を終わらせるように韓国や北朝鮮に働きかけるような外交をしなければならないんだけれど、現実はその逆を行っている。日本の指導者は、過去も現在も、日本が米軍の支配下にあることを継続させる道を歩もうとしている。三島由紀夫はそのことを直感で分かっていたみたいだね。もともと安保条約というのはジョン・フォスター・ダレスが国連憲章106条の暫定条項を基礎として結ばせたものなのに、いつのまにかそれが永続化してしまっているのがおかしいんだ。「占領の目的が達成され、日本国民自身が選んだ平和的な傾向をもつ政府が成立したら、占領軍はただちに撤退する」とポツダム宣言には書かれているが、狡猾なダレスはこの暫定条項を(正確には国連憲章43条【軍事協定条項】と組合せて)使って米軍駐留の永続化を図り、それに成功したわけだ。

︰ たしかサンフランシスコ講和条約にも、「連合国のすべての占領軍は、この条約の効力が発生したあと、なるべくすみやかに、かつ、いかなる場合にも90日以内に、日本から撤退しなければならない」とあったよね。

︰ ああ、ただし、講和条約のその条文の次に、「ただしこの条文の規定は、二国間で結ばれた協定(つまり、安保条約)による外国軍(つまり、米軍)の駐留をさまたげるものではない」と書かれているのだけどね。

︰ なかなかそこまで読みこんでる人はいないだろうね。

︰ ドラマで白洲次郎や池田勇人など「吉田学校」のメンバーが必死になって和訳し作成していた講和条約の条文には、戦後の沖縄でアメリカがやりたい放題できる条文がコムツカシイ言葉で表現されている(アメリカは沖縄や小笠原などを信託統治にすると見せかけて、あえてせず、宙ぶらりんな状態を作ることで米軍が司法行政立法すべてを牛耳ることが可能となるように仕組んでいる(矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』220〜221頁)。

︰ ドラマの最後の、あの感動的なシーンのもとになったあの演説文にはそんなことが書かれてあったのかい。

︰ この件に関しては矢部宏治氏の次の言葉で締めくくっておきたい。
《 最大の問題は、そもそも1952年に日本の占領を終わらせた「サンフランシスコ平和条約」が、じつは普通の平和条約ではなかったことだ。

 たしかにそれは、「政治」と「経済」においては占領状態を終わらせた「寛大な」条約だったが、逆に「軍事」に関しては、安保条約と連動するかたちで日本の占領を法的に継続し、固定するためのものだった。

 その結果、「戦後日本」という国は21世紀になってもなお、「軍事面での占領状態がつづく半分主権国家(Half sovereign state)」であり続けている−−。》(矢部宏治『知ってはいけない』【講談社現代新書、2017年。189頁】強調は引用者)

︰ なんだか、その時期はいろいろ大変だったんだな。俺はそんなことより、あの麻生お坊っちゃんのカワイコちゃんアピールが気になってしかたなかったよ。

︰ あれは見なかったことにしよう(笑)。

︰ 総理復活でもねらってるんじゃないか(笑)。そういえば、久米さんがとうとう唯一のレギュラー番組「久米宏 ラジオなんですけど」やめるんだってね。

︰ その話はぼくも驚いたね。久米さん本人は「衰えた」っていうけど、聞いてて全然そんな感じしないけどね。また後任がバービーってのが明らかに局の方針転換みたいなものを感じるよね。

︰ たしかに。

︰ 久米さんの「ラジオなんですけど」は、もともと人気のある番組だったけど、コロナ騒動になってからまた一段とかがやきを増した番組のひとつだったからね。

︰ 俺は後任はダースレイダーさんとプチ鹿島さんにやってもらいたかったな。

︰ ああ、あのyoutube配信番組の『ヒルカラナンデス』だね。いま一番面白くてためになる番組かもね。単純に面白いから聴いてるんだけど、1時間なり2時間なり聴き終わってみると、いつのまにか知識が増えている。それは選挙リテラシーについてだったり、税金の仕組みについてだったり、民主主義の本来のあり方についてだったりいろいろなんだけれども、とにかくためになる。

︰ 基本的なスタンスもいいよね。いまの大手メディアは強きを助け弱きをくじく、的なところがあるけど、この二人は逆だからね、信用できるよ。

︰ 本当にこういう人たちこそ、まっとうな対価の与えられる仕事についてほしいよね。僕はもう子どもたちにも聴かせようと思っているよ。いい勉強になるよ。

︰ じゃあ最後に、今年の流行語大賞は、「久米さん、辞めるってよ」ということで。

︰ ぼくは「瀬戸際の瀬戸際」に一票ということで(笑)!



(2020年6月10日記す  2026年3月23日再掲)

2026年03月31日

電脳文字対話 7


:民主党の永田寿康議員が衆院予算委員会で、ライブドアの堀江前社長が部下に対し、自民党の武部幹事長の次男に資金提供をするよう指示したとされるメールのコピーを公表して、武部幹事長を詰問したことに関連して、永田氏及び民主党が立証責任を果していないということでマスコミ及び自民党が大騒ぎしているけど、僕はこの問題でこんなに大騒ぎする必要がどこにあるのかと思うね。自民党は現在政権与党であり、いわば権力の権化のような存在だ。野党が少し失敗したからといって、全マスコミが集中的に与党の味方をして、耐震偽装問題における伊藤公介問題などいわば与党の闇の部分を押しのけてまで優先して報道することではないだろう。

:911選挙の時と同じように、マスコミは明らかに自民党の戦略に意図的にかどうかは分らないが乗せられてしまっているね。たしかに、マスコミは本来ならば、野党による伊藤公介の証人喚問要求をつっぱね続けている自民党を批判することの方を優先するべきだろう。

:マスコミの論調とは逆に、民主党はこれからも武部幹事長の闇の部分を徹底的に調べあげ、多少拙速な行動に出てしまったかもしれない永田議員の名誉のためにも頑張ってほしいね。僕は正直いって政権交代のない日本の政治にいいかげんうんざりしている。この数年間の小泉政権は、「改革!」「改革!」と連呼するだけで、既得権益を守ろうとする勢力との癒着の構造は一向に改善されていない。それは、今も自民党が道路特定財源を一般財源化しようと目論んでいることからも明らかなことだろう。特定財源に余剰金が出てきているのに、自動車取得税など今まで余分に取ってきた税金をなくしてそのお金を国民に返すというのではなく、それを財務省が懐に入れ他の用途に使おうとしている。これは国家が泥棒しているようなもんだろう。

:ところで、トリノ五輪の女子フィギュアスケートで荒川静香が金メダルをとったね。

:あれは快挙だね。僕は女子フィギュアの世界で、日本人などアジア人が金メダルを取れるとは全く考えていなかったから、本当にびっくりしたよ。ああいう美的な面も評価の対象になるような競技では、白人による白人至上主義の採点基準が暗黙のうちに前提されているものだと勝手に思い込んでいたからね。今回はそういう意味で認識を新たにしたよ。やっぱり偏見はいけないね。

:ただ、荒川さんは、アメリカで練習したり外国人のコーチをつけたりして、欧米的な習慣をよく理解していたんじゃないかな。欧米的な美的センスにかなうものを知らず知らずのうちに身につけていて、僕はそれが演技にも出ていたような気がするよ。
私 :なるほど。もちろん、それに加えて、肝腎要のスケート技術の方もトップレベルだったことはまちがいないね。今回彼女が金メダルを獲得した演技は、僕はビデオ録画で観たんだけど、フリープログラムで彼女が選曲したイタリア歌劇『トウーランドット』は、お姫様が氷の心を溶かしていくストーリーだけど、彼女がこの曲にのって優雅に華麗に氷上を舞う姿が、これまで封印されていたアジア女性の美が開花され、それが全世界に認められる画期的な過程のようにも思えて、何だか爽快な、馥郁たる感動がこみ上げてきたよ。かつて『グリーン・ホーネット』でアジア人の裸は見せられないと差別され、上着を着るよう監督から指示されたブルース・リーも草葉の陰から喜んでいるんじゃないかな。

:そこまで話を拡大させてしまう君も凄い(笑)





(2006年2月26日記す  2026年3月31日再掲)

2026年03月31日

電脳文字対話 8

:北朝鮮のミサイル発射に関して日本が国連に提案した制裁決議の採決が当面先送りされることになったね。

:それはなぜなんだろう。北朝鮮のやったことの違法性は明らかだろうに。

:それはアメリカが北朝鮮と対話中の中国に対して気をつかっているからさ。日本人の中には、小泉さんがブッシュと仲が良いからアメリカはもっと日本寄りの対応をしてくれるのではと思っていた人も多いみたいだが、それは大きな間違いで、ポチはあくまでもポチであって、アメリカが自国の国益にならないことで日本に特別に目をかけてくれることはありえないってことだよ。今日テレビに出ていた民主党の小沢代表も、日本の現政権はアメリカにべったりで独自の外交戦略というものがないからダメなんだということを言っていたね。

:なるほど、日本が騒いでも相手にしてもらえないってことだね。とりあえず、この問題はどうなっていくんだろうね。

:中国に頑張ってもらって、北朝鮮に協議の場に出てきてもらうしかないだろうね。

 ところで、この間またモーリー・ロバートソンのラジオを聴いていたんだけど、今の若者にアジアなど旅費の安くてすむ「発展途上国」へのガイド無し旅行を薦めていて、面白かったよ。

:なんでまた「発展途上国」へのガイド無し旅行なんだい?

:まず、欧米へ行くとなると、旅費が高くつく。若者にはこれがネックとなるし、わざわざ欧米に行くために長期のアルバイト(という名の低賃金労働)、つまり企業のために長期にわたって搾取されて、貴重な時間を無駄にすることもあるまい、ということだ。それから、欧米だと、街がきれいにまとまっていて、アジアの街にあるようなエキゾチックな夾雑物がなく、旅としての面白味に欠けるということらしい。また、ガイドのついたツアーだと、自分で現地の人と直接触れ合う機会がなく、若くして養うべき国際的な感性やコミュニケーション能力が育たない、ということらしい。

:なるほど、それは一理あるかもな。

:ぼくは旅先は別に欧米でもどこでもいいと思うんだけど、ガイド無しの旅にするべきだという点は同感だね。もちろん、もう若くない人や、いろいろな事情から危険な目に絶対合いたくないという人はガイド付きの方がいいだろうけどね。モーリーが若者に体験してもらいたいと思っていることは、ようするに現地の人と直接触れ合って、言葉が分からなくても身振り手振りなどいろいろと努力して、何とかコミュニケーションを成立させ、ガイドブックには載っていないその土地土地の生の魅力を味わってほしい、あるいは多少危険な目に合って、逆境を乗り越える図太い神経を養ってほしい、ということだと思うんだ。

:そんなこといって、実際に若者がそれで危険な目に合ったりするかもしれないから、あまりそういうことは言わない方がいいかもよ。

:たしかに、ガイドなしの旅行を薦めるにあたっては、その危険性も十分伝えておくべきだろうね。最悪の場合は死ぬこともあるからね。でも、だからといって危険な旅はするな、と言ってしまうと、それはそれでまた極論になってしまう。備えあれば憂いなし、行く国のことを事前にしっかり勉強して、最低限の言語の習得と、トラブルにあった場合の対処方法などについてあらかじめメモっておくなどはしておくべきだろうね。

:そういえば、君もアメリカに1年間いたらしいが、何か面白い体験談とかないのかい。

:ぼくはカンザスの田舎の寮に住んでいたから、それほど変った体験はしてないけど、それでも、休暇を利用して、日本人の友達2人とレンタカーを借りて、ジャズの街ニューオリンズまで旅行したことがあって、そのときは行く先々でいろんな面白い体験をしたよ。

:たとえば、どういうの?

:まず、アメリカ大陸を車で走るっていうだけでも、ぼくにとってはかけがえのない体験になったな。日本では見たことのない大きな大きな夕日を見たり、見渡すかぎりの地平線の中を風を切って車を走らせるということの爽快感など、日本ではまず味わうことができなかったことろうね。あとアメリカの街というのは、それぞれ個性があって、行く先々で違う雰囲気を味わうことが出来て、面白かったよ(いま上映中のディズニー映画『カーズ』に出てくる「ラジエーター・スプリングス」のような街が本当にあった)。それから、あれはたしかダラスの近くの小さな街だったと思うんだけど、その夜ぼくらは泊まるホテルがなかなか見つからなくて、やっとその街で安そうなモーテルを見つけて、車を止めて友達とモーテルに入ろうとしたんだけど、そのモーテルの部屋をよく見ると、窓にところどころ銃弾の痕があって、これはどうもまずそうだな、と友達と話し合っていたところ、モーテルの中からいきなり、映画『シャイニング』に出てくるジャック・ニコルソンのような目つきの人物が出てきて、凄い形相で何か話し掛けてきたので、皆いっせいに走って逃げた、っていう体験はあるね。大声を出しながら全速力で走って逃げた、という体験は後にも先にもあれだけだね。

:うーん、それはなんだったんだろうね。たんに「安くしとくよ、泊まっていきなよ」って言いたかっただけなんじゃないの?まあでもたしかに、その状況では逃げた方がよかったかもね(笑) で、結局、どこに泊まったの?

:それがよく覚えていないんだよね。もう17年も前の話だからね。まあでも、その近くの安くてボロいモーテルだったと思うよ。やっぱり強烈な体験だけは忘れないもんだね、あのシャイニングおじさんの顔だけはいまだに鮮明に頭にこびりついているよ(笑)

:良い子の皆さんは決して真似をしないでください。アメリカの場合だと、冗談抜きで、逃げる背後から銃弾が飛んで来る場合がありますから(笑)




(2006年7月12日記す  2026年4月6日再掲)

2026年04月06日

電脳文字対話 9

:しかし今回の久間防衛大臣の「日本に原爆が落とされたのはしょうがなかった」という発言には驚いたね。

:それはそうだけど、俺はその暴言を吐いた大臣をかばう安倍首相にもあきれたね。被爆国の閣僚が取り返しのつかない暴言を吐いたというのにかばうかね、やっぱり近づいている参院選挙の方が大事なんだろうか。

:久間大臣は、以前ぼくがエッセイで取り上げた「はにかめる栗鼠」の典型例だろうね。自虐癖もここまでくればもはや手のつけようがない。アメリカによる日本への原爆投下の意味については、次の村上陽一郎の言葉をまずよく咀嚼してもらいたい。

《私たちは、アメリカが、事前に明確な警告も与えず、ほとんど戦力を失っていた日本に原爆を投下した、それも非戦闘員の都市である広島に続いて、三日の余裕しかおかずに長崎にも投下したことで、アメリカに対して強い批判を持っている。二つの爆弾は性質の異なるものだったから、そこには一種の「実験」が内包されていたことは明らかで、そのような実験が、白色人種ではない日本人を相手に行われたことにも、意味があることを指摘しなければならない》(村上陽一郎『科学者とは何か』126頁)

 つまり、アメリカは、戦況が悪化し疲弊しきっていた日本の中の、非戦闘員の住む町に、事前の通告なしに、性質の異なる二種類の原爆を連続して投下したのであって、仮に、(安倍首相がご丁寧に擁護していたように)、アメリカ側の立場に立って物をいったとしても、「しょうがなかった」と言える行為でなかったことはたしかだ。アメリカは、戦争を利用して、黄色人種を大量殺戮して核兵器の人体実験をしていたんだよ。全く擁護のしようのない極悪非道な行為だったんだよ。

:君のように今回の発言に激昂している人たちはたくさんいるだろうから、こうなってくると、参院選の予想においてもともと劣勢だった自民党は、ますます窮地に追いこまれたといえるだろうね。

:というより、ぼくはそもそも自民党に投票しようとしている人たちの気がしれないね。こんなに長い間、政権を握って官僚と企業と癒着して国民を搾取し続けてきている党に、そして安倍政権になってからは野党を無視して次々と法案を強行採決し続けているこの独裁的な党に、投票しようとしている人が、癒着の恩恵に与っている人以外にいるとはどうしても思えないんだけど。

:まあ、与党はマスコミや御用学者をうまく利用している面もあるからね。

:そうだね、ラジオはともかく、地上波のテレビでは、与党をあからさまに批判する人士が極端に少なくなってしまったね。ぼくは昔は久米宏はそんなに好きじゃなかったんだけど、最近、つくづく彼のような存在も必要だと思うね。

:国民を代表して政権批判をしてくれるジャーナリストの存在か。久米さんは今、TBSラジオの「久米宏 ラジオなんですけど」という番組でパーソナリティをしているだろう。

:うん、これがなかなかいい番組で、この間、ギャラクシー賞のラジオ部門DJパーソナリティー賞を受賞したみたい。懐かしの久米節を聴くことが出来て、楽しいよ。

:俺もその番組はよく聴いているんだが、番組の冒頭がいつもスタジオではなく、どこか屋外での中継から始まるんだよな。で、小島慶子が喋っている間に久米さんはスタジオに戻ってくるんだが、あれは、久米さんが前の番組担当の永六輔と会いたくないからなのかな、と毎回思ってしまうのは俺だけだろうか。

:君だけだろうね(笑)

:そういえば、岩波書店から時枝誠記の『国語学原論』の文庫版が出たね。君は手に入れたかい?

:ぼくは図書館で借りて見たんだけど、あのいかにも「学術書でござい」といった体裁の本が、あんなに手軽に読めるようになったことはいいことだと思うよ。ただし、下巻の最後に掲載されている前田英樹による解説はいただけないね。彼は、時枝がヨーロッパの言語学のような「構成主義的」態度を排して、言語を主体による言語活動をも含め総体的・動的に捉えようとしたことや、伝統的国語研究を発展させた時枝の斬新な詞辞論を評価しつつも、最後の方で、《時枝の言語過程説は、ヨーロッパの近代言語学に正面から対峙することを強いられた者が、魂の総力を挙げて展開したこの言霊学ではなかったか》(307頁)と、最終的に時枝の学説を「言霊学」と総括し、トンデモ学扱いしてしまっている。ぼくが解説者であれば、時枝誠記の言語学者として本質的に優れているところをまずあげて、それから具体的な各論では今日の学的水準からすると訂正すべき点もあるという書き方(その中には、彼の詞辞論や表現論における言霊信仰的な傾向も含まれるであろう)をするけどね。

:でもまあ、前田英樹は、無責任な時枝批判者のように、時枝を国粋主義者扱いしていないから、その点は評価してあげてもいいんじゃないの?

:まあ、その点はそうだね。でも、あと時枝の立場論や三浦つとむの継承について一言もふれていない点は、やっぱり不満だね。

:なんにしてもまあ、われら時枝フリークとしては、『原論』の安価版が出て、時枝理論が世に広まることは喜ばしいことではあるね。

 ところで、ずいぶん久しぶりだけど、私生活で何か変わったことはあるかい?

:そうだね、長女が産れたことくらいかな。

:そりゃおめでとう。知らなかったよ。3歳の長男の方は元気かい?

:元気すぎて困ってる。最近、お笑い芸人の真似をして、「欧米か! 欧米か!」といってぼくの頭を叩いてくるんだ。まったくテレビの影響は困ったもんだ。

:欧米崇拝論者の悪口ばかりいってたから天誅が下ったか(笑)





(2007年7月2日記す  2026年4月6日再掲)

2026年04月06日

電脳文字対話 10

:やあ、久しぶり。きみはついこのあいだNHKで放送されたETV特集「砂川事件 60年後の問いかけ」を観たかい?

:ああ、観たけど、とくに新しい発見はなかったね。

:たしかに、2008年に新原昭治さんが発掘したマッカーサーと藤山元外務大臣のやりとりなどアメリカの外交文書を紹介してはいたけれど、きわめてNHK的な、ニュートラルな紹介のしかたで、ちょっと違和感を感じたね。かつての駐日米国大使が日本の外務大臣を自ら関係のある裁判についての判決(伊達判決)が出た翌日に自宅に呼びつけ、跳躍上告にすることを今日の閣議にかけろとかいろいろな指示を出しているのだから、これはもう大事件と言ってよいだろう。なぜこのことに対する評価がないのだろう? もう少しはっきり発言できる学者さんを呼んだほうがよかったんでないの、と思わざるをえない ⑴。

:たしかに、ダグラス・マッカーサー2世による藤山や田中に対する働きかけによってこの裁判は結審したといってもよいだろうからね。この砂川最高裁判決によって、今も沖縄をはじめとする米軍基地周辺の人たちは現実に苦しんでいるというのに、そのことに対する明確な批判がないというのも、ドキュメンタリーの製作者サイドの基本的なスタンスのあり方に疑問を感じざるをえないよね。

:基地だけでなく、原発周辺の住民たちも、砂川裁判という安全保障関連の判例によってなかなか原発を止められなくて苦しんでいるからね。ところで、今回新たに、当時の裁判官のひとり、入江俊郎が統治行為論に対して投げかけていた疑問を示す資料を紹介していたが、そんな良心的な裁判官もいたのかもしれない、とぼくも何とか好意的に解釈しようと努めてはみたけれど、結局、原告の土屋さんたちの再審要求は簡単に突っぱねられてしまったわけで、そんな美談は関係ないさ、と思わざるをえない。

:そうしてみると、最近、社会派漫才で男をあげたウーマンラッシュアワーの方がよほど骨太ということになるのかな。

:ああ、「THE MANZAI」で演じたネタのことだね。「アメリカに思いやりをもつ前に、沖縄に思いやりをもて!」というのはきわめて正論であるけれども、地上波のテレビで人気芸人がそういうことを言った、ということが大きな反響を呼んでいるんだろうね。日本のメディアが基地問題、被災地問題、原発問題をあまり取り上げないで、くだらないニュースばかりたれ流していることの背景には国民の意識の低さが存在するという彼らの指摘も正論ではあるが、それだけじゃなくメディアの側も権力の犬になって能動的にそういうくだらないニュースや話題ばかり取り上げているという側面も忘れてはならないし、また本質的な議論に触れないようにしていつも適当なことばかり言っている御用コメンテーターや御用学者の存在も忘れてはならない。

:なるほどね。でもまあ、今回の彼らの漫才はインパクトとしてはNHKの特集より大きいだろうね。最近、きみは「言葉の乱れ」について少し書き始めたようだけど、このあいだテレビで今年のJリーグMVPの選手がその授賞式のインタビューで、自分の配偶者のことを


奥さん


と言っていて、驚いてしまったよ。そんなにこの言葉は市民権をえているのかと。

:ぼくもそれはニュースかなんかで見て、まったく悪びれる様子なく自然に言っていたんで、腰を抜かしそうになっちゃったね。でもそうしたら数日後、満面笑みの太川陽介が、芸能リポーターにかこまれて、同じく配偶者のことを「かみさんだから!」とはっきりと言ってて救われたよ(笑)。

:別に「妻」でもいいんだけどね(笑)


【註】
⑴ 一橋大学の山内敏弘氏が、マッカーサーに接触していた最高裁長官の田中耕太郎の守秘義務違反について「日本の司法権の独立、裁判官の独立の流れの中で非常に大きな汚点を残した」と表現していたのと、砂川最高裁判決によって、すなわち統治行為論によって人権を侵害することになってしまった、と批判をしていたのが唯一の例外である。もちろん、原告の土屋氏たちが一貫して強い憤りを表現していたことはいうまでもない。





(2017年12月22日記す  2026年4月8日更新、再掲)

2026年04月08日

電脳文字対話 11(『沖縄と核』)

:つい最近、今年(2017年)9月にBSNHKで放送した「沖縄と核」を再放送で観たんだけど、きみは観たかい?

:俺は9月にすでに観ていたよ。2015年、アメリカ国防総省が本土復帰前の沖縄に米軍が核兵器を配備していたことを認め、機密を解除して、数々の極秘文書が開示されることになり、それをNHKが独自に入手してドキュメンタリーを作成したんだよね。土地を収奪され、核の爆撃訓練場が作られ、子どもたちの遊び場の上で核爆撃の訓練をされ、核模擬爆弾で殺され、迎撃用核ミサイルを誤射され、核兵器を配備され、キューバ危機の際に核戦争で破滅する瀬戸際まで追い込まれた沖縄の姿に、本土の人間として頭を垂れて見入るしかなかったね。

:それはぼくも同感だよ。それと同時に、ぼくは今回機密文書で明らかになった日本の政治家の相も変らぬ隠蔽体質にも強い憤りを感じた。ぼくが憤りを感じたのは、1961年、メースBというミサイルの持ち込みの際(実はこれは核弾頭搭載ミサイルだが、住民はそれについてうすうす感づいていた)、箱根で当時の小坂善太郎外務大臣とラスク国務長官、ライシャワー駐日大使の3人で会談がおこなわれたシーンだ(米軍はミサイルの持ち込みについて、いちいち住民に発表をおこなっており、それについて日本側では危機感があった)。


小坂:沖縄にメースなどの武器を持ち込まれる際、事前に一々発表されるため、論議が起きているが、これを事前には発表しないことはできないか。

ラスク:アメリカの手続きとして何らかの発表を行うことは必要と思われるし、いずれにせよ隠しおおせることはできないと思う。

ライシャワー:何も発表しないで後からわかっては、一層具合が悪いのではないか。

小坂事後に判明する場合には、今さら騒いでも仕方がないということで、論議は割合に起きない。事前に発表されると、なぜ止めないかといって日本政府が責められる結果となる 』(NHKスペシャル「沖縄と核」より。太字は引用者)


:こりゃたしかにひどいね。米軍のほうが「フェア」というなんたる皮肉。

:当時の外務大臣の言っていることと同じことを、今の日本の支配層も考えていそうだよね。だからこそ、ぼくらは権力を継続的に監視することが大切なんだ。事後に判明したことをうやむやにしたり、大して問題にしないという態度をとっていては、悪がしこい政治家や役人たちの思うつぼになってしまう。不当なこと、違法なこと、人権無視の結果を招きかねないようなこと、ぼくらの生存を脅かすようなことには批判や抗議がぜひとも必要な所以だ。ぼくが矢部宏冶氏などの仕事について大きく取り上げたのも、密約など誰もがスルーしがちな不当な事柄についてひとつひとつ丁寧にフォーカスをあて、説明をくわえて、改善を要求しているからなんだ。権力者の思うつぼにさせないためにも、ぼくら社会の構成員は、つねにこういう丁寧な検証作業を怠らないようにしていかなければならない。

:きみの話を聞いていて、俺は矢部氏の本で読んだ、フランク・コワルスキー大佐の話を思い出したよ。彼はかつて日本の警察予備隊を軍隊として仕上げるために教育訓練する仕事をした人だが、彼は次のように語っている。


『 警察予備隊については、アメリカからも連合国からも、また共産圏からも厳しい抗議がなかったので、われわれは気をつけながら、おそるおそるまずカービン銃とM1ライフル銃、そして口径30(8ミリ)の機関銃を警察予備隊に支給した。それでも国外からも国内からも反対の声があがらなかったので、少し大胆になって口径50(13ミリ)の機関銃、60ミリ迫撃砲、さらには81ミリ迫撃砲、武器修理車、戦闘工兵器材、通信器材なども支給した。
 このようにしてわれわれは、米軍のあまった武器を警察予備隊に押しつけるようなかたちで、着々と再軍備を進めていった。一方、吉田首相はそうした事実を否定し、警察予備隊は警察力以外のなにものでもないと、断固として主張しつづけていた 』(矢部宏冶『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』【集英社インターナショナル】201~202頁。コワルスキー著『日本再軍備――米軍事顧問団幕僚長の記録』【サイマル出版会】から引用したもの。太字は原文)


 ここでコワルスキーたちのおこなったことの個別具体的な是非はとりあえず置いておいて、ここには周囲からの監視のないところでは権力は大胆になって何でもしてしまいかねないことが見てとれる。

:たしかにそうだね。ところで、今でも重要なことなのに比較的問題とされていないことの一つに、基地権密約文書(1959年12月3日、マッカーサー駐日大使と藤山外務大臣が合意)があると思う。これは、それまで維持されていた植民地の領主のような米軍の特権ついての実質的な変更はしないという密約なんだけれども、これなど1960年当時の安保闘争の当事者たちが知ったら、ほんとうに卒倒しかねない内容だよね⑴。暴動が起きて、その時点で自民党政権が終わっていた可能性すらある。それくらい衝撃的な内容の密約だよ。ドイツやイタリアやフィリピンの米軍は、それぞれの政府から「許可」をとらないと、軍事演習や武器の持ち込みもできないようになっているが、日本では米軍が好き放題にやっている。それは、この基地権密約文書によるものだということがまだ常識となっていないんだろうね。米軍が何かやって野党が抗議すると、「それは日本がどうこういう問題ではない」というよくある日本の政治家の言葉の背景には、この密約と日米地位協定があるんだけどね。

:1957年の米国大使館が作成した「在日米軍基地についての極秘報告書」では、米軍は日本のどこにでも基地を作ることができ、なおかつどんな軍事演習もできることになっていた。それが1959年に密約で継続が確認され、今にいたっているわけだから…、

:そう、現代を生きるぼくたちも、ほんとうは本気で怒らなければならないはずのものなんだよ。




【註】
⑴この安保改定によって、日本における米軍の特権は次のような図式によって維持された。

 「行政協定」=「地位協定」+「密約」                           
(矢部宏冶『知ってはいけない』116頁)




(2017年12月31日記す  2026年4月10日更新、再掲)

2026年04月10日

電脳文字対話 12(米軍機の飛行再開について)

(2018年2月2日衆議院予算委員会質疑にて、小野寺防衛大臣の答弁)

『 昨年10月11日に発生した米海兵隊のCH53―Eヘリの事故につきましては、地元の皆さんの不安の声や事案の重大性をふまえ、私から飛行停止を申し入れ、実際に米軍は同型ヘリの飛行を停止させました。さらに米側は96時間飛行停止をおこなう旨公表しましたが、日本側の要請もふまえ、実際には約1週間かけて安全確認をおこなうなど、米側には一定の配慮がみられたところです。他方、安全性に関する米側の判断の根拠についての説明が十分とはいえない状況のなかで、10月18日にCH53―Eの飛行が再開されたことは、誠に遺憾であり、引き続き安全性に関する米側の判断の根拠について、説明を求めてきました。その際、専門的知見を有する自衛官を現地に派遣し、事故現場の状況を確認するとともに、安全性に関する米側の判断の根拠等について確認をしたところでございます。具体的には、米側の初期調査において、飛行中のエンジン火災がCH―53Eの機体の構造上の不具合に起因するものであったと判断する材料はなかったということ。日本にあるCH53―E全機について、エンジン火災に関係するエンジン本体、燃料系統等について、徹底的な安全点検が行われたこと。全搭乗員、整備員に対するマニュアル等の再教育、安全に関するブリーフィング等が実施され、内部規則で定める技能基準が満たされていることが確認されたこと、などを確認し、防衛省として、米軍がCH53―Eの飛行を再開するまでに飛行の安全を確認するための一定の合理的な措置が取られたと判断するに至り、その旨の公表をいたしました。私も12月25日に事故現場に行き、被害にあわれた牧草地の所有者の方にご意見をうかがいました。防衛省としては、適切な補償をおこなえるよう被害の実態調査や日米間の協議を進めて参ります。このようなことに関して、私どもとして、米側に対して、あらゆるレベルで申し入れをおこなっております。私からは、マティス長官に対して、昨年来、毎月のように事故が起きているということをお話ししました。マティス長官からは、謝罪の言葉がありました。また、安倍総理から、トランプ大統領に対して在日米軍の運用に対しては、安全の確保が大前提であるという我が国の立場をしっかり伝えたところであると思います。防衛省としては引き続き、米側に安全を求めてまいります』(太字――引用者)


:防衛大臣が長々としゃべっているけれども、これはきみ、どういう質問に対しての答弁かわかるかい?

:よくわからないけど、2017年10月11日に沖縄の東村(ひがしそん)で不時着炎上した米軍ヘリCH53―Eを含め、近年多発している米軍機の事故についての質問なのはまちがいないだろうね。

:まあおおざっぱにいうとそうなんだけど、質問をした立憲民主党の阿部知子議員は、10月11日のCH53―Eの事案に関して、飛行差し止めになっていた同型機が日本側に一切何も報告することなしに、10月18日に勝手に米軍側の意向だけで飛行を再開したことについて、①事故事案に関する日米間の話し合いは、どこで話し合いが行われているのか。②また、どのような話し合いが行われているのか。この二点について、質問したんだよ。

:すると、まず①についてはまったく答えてないよね。まさか「専門的知見を有する自衛官」が現地で米側と話し合いするわけでもあるまいし。というか、そもそもそのレベルで話し合いをしても意味がない。どこか分からない場所で、たぶん電話だろうけど、大臣がマティス長官と話し合った、としか言っていない。②についても、少なくとも、「なぜ、米軍機が日本側へ報告することなしに勝手に飛行を再開したのか?」については答えてないよね。「安全性が確認されたから」では不十分だろう。日本側への報告がないことについての理由が説明されていないのだから。

:そのとおり。小野寺大臣は、10月18日に米軍機が飛行を再開したことについて、『誠に遺憾であり、引き続き安全性に関する米側の判断の根拠について、説明を求めてきました』というけれども、その前にするべきことがあるだろう。

:断固とした抗議だな。

:そう。大臣は12月25日にはじめて事故現場に行くことになるが、少なくとも日本がまともな主権国家であるならば、10月18日に米軍機が飛行再開した時すぐに大臣が現地に乗り込んでまず抗議をしていなければおかしい。まず最初に「なぜ約束を破るのか!」と怒らなければおかしいだろう。なのに、「まことに残念です。飛行再開の判断の根拠を教えてくれませんか。」としか言ってない。

:それは昨年12月に発生した普天間第二小学校米軍ヘリ窓落下事件にも同じことが言える。米軍側は「普天間第二小学校を含むすべての学校の上空の飛行を最大限可能なかぎり避けるよう指示した」と言っているにもかかわらず、翌年1月18日に同小学校の上空を再び低空飛行している。ここから先は俺の憶測だけど、この同じ「18日」ということにも意味がありそうだな。米軍は日本人をおちょくってわざと確信犯的に同じ日にやってそうだよな。

:そもそも小学校の上の低空飛行を「最大限可能なかぎり避ける」という指示自体、主権国家をばかにしているものといえるだろう。この表現は、いいかえれば、「たまには飛ぶよ」ということを意味している。

 どこの世界に、小学校の上を外国の軍用機が低空飛行することを容認している国があるのか?



:日本以外にまずないだろうね。



:阿部知子議員は、上の大臣の答弁の後、まともな話し合いがおこなわれていないからこのような米軍の異常な行動が起きるのではないか、として、再びどこで話し合いがおこなわれているのか、と聞いたところ、小野寺大臣は「マティス長官と大臣レベルで話し合いをしている」と答え、河野外務大臣は「さまざまなチャネルで話し合いをしている」と答えた。どちらも明らかにはぐらかした答弁でしかない。なかなか「日米合同委員会」という言葉が出てこないので、阿部議員は業を煮やして自分からその言葉を口にすることになるんだけど、以下、そのやり取りの抜粋だ。

阿部:認識の違いについては、どこで話し合いが行われているのか? たとえば日米合同委員会で議題にあがってきているのですか?

河野:日米合同委員会を含むさまざまなチャネルで日ごろ調整をしているところでございます。

阿部:日米合同委員会の内容はいっさい国民に対して明らかになっていない。国民から信頼がえられるわけがありません。沖縄県民から信頼がえられるわけがありません。
日米合同委員会の内容の公表についてどう考えるか。また、日米合同委員会に地元自治体を話し合いに参加させるべきではないか。

河野:日米間の忌憚のない意見の交換や協議を確保するために、日米合同委員会やその下部での合意事項議事録については、日米双方の同意がなければ公表されないというのが政府の方針でございます。

阿部:そうやって公表しないから、よけい国民の不信を招き、日米関係は悪化するのではないか 』


:まったく阿部議員のいうとおりだな。密室で国民の生活に重大な影響を及ぼすことが次々と決められていっているわけか。ちなみに河野大臣は、日米合同委員会に地元自治体の人を何らかのかたちで参加させる仕組みの導入についての質問にはまったく答えていないね。ドイツでは義務化されていることなんだけどね。

:そのとおり。ようするに、阿部議員の質問に対する答えとしては、話し合いは日米合同委員会でおこなわれており、その内容は非公表だ、ということになるだろう。おそらく、日米合同委員会では、米軍側は、「基地権密約により、行政協定時代の基地権の内容が今も生きている」と主張し、「われわれが日本側の飛行差し止め要求に応じる法的義務はいっさいない」と答えて終わりだろう。そして、こんなひどい話し合いの内容を日本国民に公開するわけにいかないので、河野外務大臣は「日米双方の合意がなければ公表されないというのが政府方針」といって逃げているのだろう。

「それぞれの米軍基地についての基本合意に加え、地域の主権と利益を侵害する数多くの補足的な取り決めが存在する」
「すべてが米軍の決定によって、日本国内で大規模な演習がおこなわれ、砲弾の発射訓練が実施され、軍用機が飛びまわり、その他、非常に重要な軍事活動が日常的におこなわれている。それらの決定は、行政協定によって確立した[アメリカの]基地権にもとづいている」
(「在日米軍基地に関する極秘報告書」ホーシー公使作成。矢部宏治著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』【集英社インターナショナル】より)(太字――引用者)

 今の日本も、基本的にはこれと同じ奴隷国家状態にあることはまちがいない。逆に、そう考えると、「いいよっていう前に飛んでしまう。小学校の上を飛ばないといっているのに、飛ぶ」(阿部議員)ことが、彼ら(米軍側)にしてみれば当たり前であることがよくわかる。

:しかし、戦後何年たっているんだ? もうこうなってくると、これまでしっかりとした主権回復のための交渉をしてこなかった日本の政治家、官僚の無能さが際立つよな。フィリピンや台湾など米軍から主権を回復した国々から何か学んだほうがいいんじゃないかな。

:そうだね。かつて中村光夫は、あとから近代化した国々のほうが自分たちの中の大事なものを失わずにすむということがあるかもしれない、ということを述べたけれども、まさにそうなっている感じがするね。日本は「主権」という大事なものを失ってしまっている。日本はこのままでは永久奴隷国家状態になるしかないだろうね。





(2018年2月9日記す  2026年4月10日更新、再掲)

2026年04月10日

電脳文字対話 13(TBSラジオについて)

: やあ、久しぶり。

: ほんと久しぶりだね。君は何をしていたんだい?

: まじめに働いているよ。

: 労働者階級の鑑だな、と言ってやりたいけど、日本政府から見たら恐らく君は反日分子だろうね。

: そんなことは分かっている。だが、今の安倍政権のやっていることを見たら、実際はどっちが反日分子か分かったもんじゃない。

: そうだね、沖縄の県民投票で70%以上の県民が反対票を投じた翌日に辺野古に土砂を投入してみせるような政権だからね。

: ところで、僕はテレビよりもラジオが好きで、特にTBSラジオをよく聴いてるんだけれども、去年の番組大幅改編のせいで面白い番組が減っちゃってね、最近はつまらないよ。

: というと、君もやっぱり「強啓派」のひとりか?

: そうだね、平日夕方にやってた『荒川強啓 デイ・キャッチ』は、日々の社会の出来事やニュース、あるいは世界の流れ、社会問題などを理解するのにきわめて有用な番組だったからね。まあ久米宏や荻上チキの番組はまだあるけどね。

: 俺は特に宮台真司や青木理などの日替わりコメンテーターたちによる歯に衣着せぬ発言が好きだったんだけどな。

: たしかに、僕も宮台さんの「クソ〜」とか「ウヨ豚」といった過激な発言を含みつつも言ってる内容はマトモという、あの絶妙にバランスのとれたスタンスが好きだったんだけどね、それももう聴けなくなって寂しいね。

: 改編後の番組は、俺も君と同じで、どうもあまり聴く気にならないんだよね。

: たしかに、国会でマトモな審議も経ずに悪法が通ろうしているまさにそのときに、ワチャワチャ騒いでばかりのメディアっていう状況は、まさに法華経の説話「火宅」を想起させるよね。国民にとって死活の問題を含む重要な国会論戦の行われている日に、そのことを濃密に紹介したり、批判的に論及してくれる番組というものは、今では22時の荻上チキの番組まで待たなければならない(金曜ACTIONの武田砂鉄さんは例外)。

: お年寄りはもう寝る時間だよ! TBSラジオでのこれら一連の流れは、以前文化放送で政権に批判的な吉田照美が帯の番組を外されたことと似てると思うんだけど、TBSラジオの上層部の意図は何なの?

: 一応、TBSラジオの社長は、「新しいリスナー獲得のために!」という旗印のもと、番組全体の若返りを図りたいと言っているね。あと、元号が変わるんだし番組も変わらなければ、とも言ってるらしい。

: それって、「派遣労働サギ」と同じような論理でないの? かつて竹中平蔵や日本政府は、「多様な働き方を!」という旗印のもと、派遣法を改正して不安定な働き方をせざるをえない人びとを大幅に増やすという彼らにとっての「実利」を獲得したけれど、TBSラジオも「新しいリスナー獲得のために!」という旗印のもと、自らの最大の魅力である報道路線を捨て、日本政府(=アメリカ)にとって都合の良い3S政策に加担してみせる、という側面があるんじゃないの? ようするに権力者に対する忖度なのかもしれない。

: そうなのかもね。少なくとも、伊集院光のいうように、聴取率が良い番組をいきなり終わらせるというのは不自然だよね。ある意味リスナー軽視だしね。

: 地上波のテレビはどう?

: ワイドショー番組で言えば、『スッキリ』ではモーリー・ロバートソン、『モーニングショー』では玉川徹、『グッとラック!』ではせやろがいおじさん、がいることで、なんとか報道性を担保している状態だと思うよ。特に玉川さんは自分のコーナーに山本太郎や藤井聡先生を呼んだりして、幅広い意見を聞こうという心構えが素晴らしいよね。

: なるほどね。まあでも、地上波のテレビはほぼほぼダメだと思うよ。

: 君までそんな表現を使うのかい? 最近この「ほぼほぼ」という表現は市民権を得てきたようだけど。

: 俺も紳士なビジネスマンらしき人がこの言葉を使っているのを初めて聞いたときは素直に驚いたのを今でも覚えている。でも、そこからこの表現が一般的な市民権を獲得するまでのスピードは恐るべきものがあったね。ああ、そういえば、三浦つとむの理論で言うと、この表現はどうなるんだい?

: これはいわゆる〈副詞〉の「ほぼ」を使った重畳表現で、意味としては、「ほぼ全部」とか「おおよそすべて」といった意味で使われており、三浦つとむの理論として正確に言えば、〈副辞〉に該当するものだね(三浦つとむ『日本語はどういう言語か』講談社学術文庫版182頁)。山田孝雄のいう〈陳述副詞〉であり、学校文法でいう〈叙述副詞〉に当たるものだね。

: ああ、いわゆる〈副詞〉的表現の主体的表現バージョンともいうべきものだね。ところで、以前君が取り上げてた新しい表現としての「奥さん」(自分の配偶者をさしていう言葉)はどうだい? かなり定着してきたんじゃないだろうか?

: ほぼほぼ定着しちゃったね(笑)。

: もう少し君には物分かりの悪さを期待してたんだけどね。まあ、こうして俺たちも年をとっていくわけだよ(笑)。





(2020年2月9日記す  2026年4月10日更新、再掲)

2026年04月10日

電脳文字対話 14(新型コロナウイルスについて)

: 新型コロナウイルスが猛威を振るっているみたいだね。日本政府の対応はどうなの? いろいろと批判もされてるみたいだけど。

: まず、ザルすぎる「水際対策」が問題となっているね。チャーター便で帰ってきた武漢の帰国者を一部自宅へ帰したり、春節時に武漢からの外国人の入国を制限しなかったりしたからね。

: いま考えると、本当に危機感がなさすぎたね。その点、アメリカは2月2日から中国からの入国を禁止していて徹底してるよね。

: あと、日本は検査の基準に「武漢縛り」を採用したから、感染者の発見と把握に関して後手後手にまわることになってしまったね。

: クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号に対する対応ついてはどう思う?

: 1月25日に香港で下船した男性に陽性反応が出たことが、2月1日時点で分かっていたにも関わらず、乗客乗員約3,700名を適切なケアを欠いた状態で長期間船内に閉じ込めてしまったことは批判されても仕方ないだろうね。

: 一部のアメリカのメディアは「第2の震源地を作った」と批判していたね。

: もちろん日本へ感染者を入れないという面では良かったんだけれども、乗客乗員の不安のケアが不十分だった上に、停泊中に感染者がどんどん増えるなど、水際作戦としては雑な面が目立ってしまった感が否めないね。

: どうすれば良かったんだい?

: やはり出来るだけ早く全乗客全乗員の検査を行って、その結果陽性の人と陰性の人を分けて感染の拡大を防ぐと同時に、速やかにそれぞれの人びとに対して別個の対応を図るべきだったと思うよ。また、渡航に伴う感染症に詳しいある専門家は、「症状のない人は検査せずに全員下船させ、2週間の自宅待機を頼むのが一番良かった」と言っている(神奈川新聞2020年2月18日)。

: アメリカなんか業を煮やしてチャーター便を送ってきたもんね。

: 328人がチャーター便でアメリカに帰国したらしいね。いま現在、中国を除いた世界の感染者数は897人で、そのうち日本の感染者数は523人。日本の感染者数のうち、ダイヤモンド・プリンセス号内の感染者が454人という状態だからね。

: 約半数があの船のなかにいるのか。やはりもっと速やかに全員検査をするべきだったね。

: やっときのう、乗客乗員全員の検体採取が終了して、検査の結果を見て、今日以降順次離船が開始されるらしい。

: ところで日本政府は17日の会議で国内の状況は「発生早期」としたらしいけど、どうなの?

: ぼくは「感染拡大期」ではないかと勝手に思ってるけどね。

: 感染の仕方については、「飛沫感染(ひまつかんせん)」「接触感染(せっしょくかんせん)」「糞口感染(ふんこうかんせん)」の3種類だそうだね。

: そうだね。ただ気になる事例がひとつあって、クルーズ船の中で厚労省と乗客乗員との間の連絡業務を行っていた厚労省職員がマスクと手袋を装着していて濃厚接触もなかったにも関わらず感染してしまったという例だね(16日判明)。これなどは「空気感染」を疑いたくなる例かもね。

: それは「空気感染」を疑っちゃうよね?

: まあ、おそらくそれはないと思うけどね。ただ、もしもクルーズ船に入るならば、出来うるならば医療従事者のようにキャップ、フェースガード、マスク、手袋、ガウン装着で万全を期したいところだよね。

: 14日間という健康観察期間についてはどう思う?

: これも疑ってかかった方がいいかもね。1月18日に東京の屋形船で新年会に参加していた運転手の一人は、2月15日に陽性反応が出ている。しかもこの運転手は30日間無症状だという。

: ということはすでに「市中感染」を疑ってかかった方がいいのかな? 無症状ということは普通に仕事しているということだろう?

: そうだね、すでに街中も安全とは言えなくなっているのかもしれない。2月13日に感染が判明した千葉の20代男性などは、2日に発熱したあと、4日と7日に千葉から東京に電車で通勤したらしいからね。

: 厚労省は「不要不急の集まりは避けて」とか「風邪の症状が出たら学校・会社は休んで」と言ってるみたいだけど。

: ずいぶん雑な対応だと思うよ。今回の新型肺炎の感染者については、労働安全衛生法第68条(つまり、厚労省が定める疾病に労働者が感染した場合、事業者が就業を禁止させなければならないことを定めた法律)は適用されないらしいからね。ようするに、休業保証は基本的にないということだよ。

: それでか、SNSを見ると、「新型コロナウイルスに罹っても会社に行く! 」っていう人がけっこういたんだよ。日本人は上が止めないかぎり出社するだろうよ。

: そりゃ、悪循環の連鎖になりかねないね。奇しくも17日、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は、大会モットーを「 United by Emotion 」( 感動で私たちは一つになる )と決めたみたいだけど。

: このままじゃ「不安で私たちは一つになる」ってか? それだけは勘弁願いたい。





(2020年2月18日記す  2026年4月12日再掲)

2026年04月12日

電脳文字対話 15(消費税増税という失政)

: きのう、新型コロナウイルスの感染者が出てから初めて、安倍首相が記者会見を開いたね。

: でもあの内容ではあまり意味がないね。政府は2月25日に新型コロナウイルス対策の基本方針を発表したけれど、具体的な財政措置については説明がなかったので、昨日はその点についてや、検査体制の充実についての詳細な話が聞けるのかと期待してたんだけど、何も聞けなかったね。

: しかも質問はあいも変わらず「事前通告」方式で予定調和のやり取りしかされておらず、最後は記者の質問を遮って逃げるように会見を打ち切った。

: 山本太郎が代表を務めるれいわ新選組は、2月26日に、国会の「休会」と、休会前に新型コロナウイルス対策に係る大規模な(兆円規模の!)緊急補正予算の成立を求める申し入れを行っている。つまり、2019年度の補正予算はすでに編成されてしまっており、現在審議中の予算案は4月1日以降のものであるから、今のこの緊急事態に対応する必要な予算を2019年度の第二次補正予算として緊急編成するべきだ、というものだね。その上、例のクルーズ船対応をした政府関係者が普通に国会や役所に出入りしているという例によってザル対応が改まってない状況だから、政治家に感染者が出る前に休会にするべきだと、いう要望だね。

: こんな非常時に国会を休会にして大丈夫なのか?

: いや、国会内で感染者が発生してしまったらそれこそパニックになるだろう。しかも国会が休会することによって、その他の企業なども休業しやすくなるだろうし、とにかく今は感染の爆発的な拡大の防止に務めるべき時期だということだよね。とにかく今はみんな休んで下さい、政府はそのために財政出動をしますよ、という物質面精神面両面をケアした政策提案だね。休会中も緊急時には本会議を開くことは出来るし、今この時期に休会することによって、来年度予算案を次の参議院でじっくり審議することが可能となるのだから、れいわ新選組の提案は理に適(かな)っているよ。

: 参議院で審議が可能になるってどういうこと?

: 衆議院で予算案が可決したあと、参議院は30日以内に議決しなければならないという縛りがある。衆議院で予算案を通してしまったあとにコロナ対策をしていたら、あっという間に30日経ってしまい、参議院で議論しなければならないさまざまな議案が議論されなくなってしまう可能性があるということだよ。

: なるほど。

: れいわ新選組は、さらに休会が解けたあと、3月中に「暫定予算」を組み可決させ、本予算の可決は4月をまたぐことを容認してほしいと要求している。

: まあ緊急時だからそれくらいのことしていいのかもね。とにかくちゃんと休業補償しないと、日本人はなかなか休めないというのが実情だからね。

: あと、この際だから、テレワークの拡充も同時に推進して行くべきだよね。また、2月27日に安倍首相が要請した小中高校を3月2日から臨時休校にする件の中に保育所が含まれていないのは、親の休業補償を打ち出す気がないからと捉えられても仕方がないよね。山本太郎がツイッター(現X)で指摘していたね。

: ところで去年の消費増税の影響が指数として出たみたいだね。

: ああ、三橋貴明氏の『「新」経世済民新聞』によると、2019年の10月11月の景気動向指数は、先行指数も一致指数も両方とも落ち込んだらしい。しかも景気動向の方向性を示す指数である「一致DI ( diffusion indexes)」は、9つの経済指標すべてで改善がゼロ。三橋氏によると、すべてで改善がゼロということは、これまで次の5回しかなかったとのこと。

①91年のバブル崩壊期
②97年の増税時(デフレ突入期)
③2001年の小泉政権による緊縮財政時
④2008年のリーマンショック時
⑤2011年の東日本大震災時

そして今回の消費増税ということだね。

: たった2%の増税でこんなことになってしまうのか? すごいな。

: 三橋氏によると、景気の下降局面で増税してしまったことが大きく影響してしまったのかもしれないとのこと。

: まあでも、これで安倍首相や日銀の黒田総裁がよく言う「景気は緩やかに拡大している」という発言がまったくのウソだったことが証明されたね。

: また、2019年10-12月期の実質GDP成長率は、対前期比でマイナス1.6%、年率換算でマイナス6.3%だったということが明らかになった(3月9日、内閣府は実はマイナス7.1%だったと下方修正)!

: 新型コロナウイルスの影響の前だから、明らかに消費税増税の影響だよね。

: しかも中身が深刻で、個人消費(民間最終消費支出)、住宅投資(民間住宅)、設備投資(民間企業設備)のいづれもが、年率換算で二桁減となっている(三橋貴明『数字から分かるアベショック(前半)』)。
つまり、民間の需要が壊滅的な状況になっているということだよ。

: 2014年の時と同じように、消費増税が日本経済に大打撃を与えたってわけか。

: 新型コロナウイルス感染症による経済的損失がこれから想定されるだけに、今のうちに去年の消費税増税が明らかな失政だったことをしっかり確認しておくことは重要だよね。

: そういえば、きみは子どもがいたよね。やっぱり、休校かい?

: 3月2日から春休みまでね。残念なのは、娘は小学6年生なんだけど、卒業式も親無しで行うことになったことだよ。幼稚園を出たばかりの幼い頃から6年間お世話になった学校だからね、息子は中学卒業だけど中学の卒業式は親が出なくてもいいけど、小学校はやっぱり出たいよね。

: そんなことになるなんて、やはり今、「みぞうゆう」の事態が進行してるんだと改めて思うよね。

: 今ごろそんな「腐臭(ふしゅう)」のするギャグを披露してどうする。まあたしかに、感染が世界の五大陸すべてに広がっている今、ぼくらが「戦争」並みの非常な事態に直面していることは間違いないね。






(2020年3月1日記す  2026年4月12日更新、再掲)

2026年04月12日

電脳文字対話 16(新型コロナとパンデミック)

: とうとうWHOがパンデミック宣言出したね。

: ここへ来て新たな局面に入った感があるね。新型コロナウイルスの世界的な大流行を受けて、アメリカのトランプ大統領は、ヨーロッパからの入国の30日間停止を発表した。昨日のダウ平均株価は過去最大の2,352ドルの下落を記録し、米国立アレルギー・感染症研究所所長は、新型コロナの死亡率は季節性のインフルエンザの10倍だ、今後アメリカでは100万人単位の感染者もありうると発表した。

: オリンピックどころじゃなくなってきたね。

: IOCの会長は、オリンピックについて「中止・延期についてはWHOの勧告に従う」と言ってるね。また、アメリカのトランプ大統領は、東京オリンピックは1年間延期にしたらいいと言っている。

: 日本の組織委員会の森会長は、理事の延期発言に「激おこ」みたいだけど、、、

: 怒るのは勝手だけど、現実は受け入れないとね。ところで、3月10日の政府の専門家会議・尾身副座長が「これまで国内で確認された方のうち、約80%の人はほかの人に感染させていない」「実効再生産数(人が人にうつす数)はおおむね1程度で推移している」と発言しているけど、ひとりが一人にうつす程度でこんなに感染者数が拡大してるはずないよね。

: 具体的な根拠はあるの?

: いや、まったく言及も公表もされていない。また、PCR検査については、地方自治体で英断をする首長が出てきている。和歌山県の仁坂知事は、国の検査の受診目安である「37.5℃以上の熱が4日以上継続」してから相談するということに従わず、自らリーダーシップを発揮して積極的にどんどん受診、検査をさせているみたいだね。素晴らしいね。

: 他の自治体も見習うべきかもね。

: 検査をすることによって、はじめて対策が可能になるのだからやっぱり検査は重要だよね。

: ところでマスクは手に入るかい?

: うちの近所の薬局では、朝イチから並べばなんとか1点のマスクは手に入るよ。だけど、除菌スプレー系は手に入らないね。

: うちの近所もそんな感じだね。

: 話は変わるけど、世界の感染者数はどうなってるんだっけ?

: 3月12日時点で、世界の感染者数は12万7,863人、死者4,718人。感染者数の主な内訳は1位中国(8万932人)、2位イタリア(1万2,462人)、3位イラン(1万75人)、4位韓国(7,869人)となっている。

: なんかもの凄い、何らかの意図を感じるね。

: どういう?

: 中国の「一帯一路」構想に好意的な国ばかりじゃないか。イタリアは欧州ではじめて「一帯一路」にサインした国だし、反グローバリズムという点でも共通しているんじゃないかな。韓国は在韓米軍を撤退させて南北統一を志向しているし、イランはロシア経由で中国の武器をもらっている。

: なんだ、陰謀論か。

: 在野の僕らが陰謀論を語らずして誰が語るんだい?

: でもたしかに、世界地図を見ると、ウイルスの感染なのに、中国から飛び火的にイラン、イタリアを直撃してるのは不自然だよね。

: 地図を見ると一目瞭然、おかしすぎるだろう。僕が見聞きした限りでは、このことに触れていたジャーナリストやコメンテーターは、スッキリのモーリー・ロバートソンだけだね(モーリーによると、一帯一路に好意的なアフリカ、中東、中央アジアはこれから注意が必要らしい)。

: さすがもーりー!

: まあ、アングロサクソン・ミッションという陰謀論によるとロス○ャイルド系がやったことになるのかもしれないけれど、僕にはそのへんの詳しいことは分からないね。

: ぜひとも陰謀論に詳しい人に教えていただきたいね。

: いずれにしても、モーニングショーの玉川さんの言うように、僕らはこれがインフルエンザと変わらない大したことない感染症だと思わずに、最悪の事態を想定して、冷静に早め早めに打てる手を打ち、緊張感を持って日々過ごすべきだろうね。

: 息抜きも忘れずにね。







(2020年3月13日記す  2026年4月16日再掲)

2026年04月16日

電脳文字対話 17(感染力が高いのは発症前)

: やあ、久しぶり。相変わらずパンデミックは続いているけど、日本の専門家会議もようやくPCR検査の拡充の必要性を訴えかけるようになったね。

: 4月22日の「提言」の話だね。自治体の長が地域における「実務リーダー」を決めて、そのリーダーのリーダーシップのもと、PCR検査の拡充や医療機関の役割分担の促進、保健所体制の強化などの対策を迅速に進めるというものだね。PCR検査については、「医師の判断により、必要な者に迅速に実施されることが重要」と述べられている。

: 遅きに失した感はあるけど、いいことじゃないか。

: ところがどうもまだ心配な材料があるんだ。4月15日アメリカの医学誌『ネイチャー・メディシン』に掲載されたエリック・ラウ氏(香港大学)らが主導した研究チームによる論文によると、新型コロナの感染可能期間(感染者が他者に感染させることが可能な期間)について、《感染力が高い状態は症状が表れる2〜3日前に始まり、0.7日前にピークに達すると推察された》とある。潜伏期間は最大で14日間、平均で5.8日間とされる。つまり、平均的な潜伏期間(5.8日間)で言うと、感染したのち、4〜5日後が1番感染力が高いことになる(そしてそれは発症の直前である)。また、感染力の高い期間は、感染した日から2日後〜6日後ということになる(つまり発症の前2〜3日から直前)。先ほどの「医師の判断」後というPCR検査の基準では、これらの感染力の高い期間に検査を受けられないということになる。なぜなら、感染力が一番高い期間というのは、症状が表れる前なのだから、医師がPCR検査を受けるよう薦める可能性は低くならざるをえないというわけだ。

: それは大問題だね。医師の判断後に検査を受けさせたとしても、その前にたくさん感染させてしまっている可能性があるというわけだ。それこそ医療崩壊につながる可能性がある。

: そう。だから、本来ならば、無症状の人もどんどん検査させるべきなんだよ。なぜ、医師の許可が必要なんだろう?

: そりゃ、日本の場合、人手や検査キットが足りないみたいだよ。

: だったら、それを大々的に公表して、人手は何人、検査キットは何個足りません、ドライブスルー検査はこれだけ導入しましょうなどと、早急に政府に具体的な要望を出すべきではないのだろうか。

: たしかに。それこそ「実務リーダー」とやらにそういう柔軟な対応をしてもらいたいところだね。

: きのう亡くなった女優の岡江久美子さんなんかも発熱したときにすぐにPCR検査を受けていれば、3日ほど早く陽性の判断ができていたはずだし、もしかしたら助かったかもしれない。ただ、一方で医療の現場が人や物資が足りず大変な状況になっていることも分かる、だから各地域で早く「実務リーダー」を決めて、医療体制、検査体制の充実を促進して行っていただきたいところだね。

: そしてそれに対して政府やわれわれ国民も協力していかねばならないだろうね。

: もちろん。

: 君が毎日見てるテレ朝のモーニングショーは最近どうだい? 田崎史郎氏はまだ出ているのかい?

: いや、さすがに相手が悪いと思ったのか最近は出てないね。玉川さんはきのう、専門家会議はPCR検査を絞る政策から検査拡充へと方針転換したのなら、その理由の説明するべきだと相変わらず真っ当なことを言っていたよ。われわれ国民も、理由を説明してもらうことで納得することができ、さらに協力しやすくなるだろうしね。また、岡田晴恵教授の鋭い指摘も健在で、きのうも、緊急事態宣言から2週間経った東京都の感染者数について、北大の西浦教授が「増加というものが鈍化している」と述べたことに関して、「検査数が少なくて基礎データ上の問題があり、(鈍化しているかどうか自分は)評価できない。陽性率が分からない。エビデンスがほしい」という旨の指摘をされていた。

: 政府や専門家会議に対して一定の距離を置き、ニュートラルな立場を堅持してくれる番組はやっぱり必要だね。

: そうだね。ぼくはかつて、戦中朝鮮において朝鮮総督府の国語常用運動というものと対峙した、国語学者の時枝誠記の当時の戦いについて調べたことがあるんだけど、もう本当にニュートラルなメディアというものが一切ない中で孤独に戦い続けるということがどれほど大変なことか、思い知らされた気がするよ(『 言語過程説の研究』第5章)。モーニングショーは、ちょっと前に政府から名指しで批判されたりしたけど、ぼくらはそういうとき、しっかり議論の中身を吟味して、言うべきことは言ったほうがいいだろうね。政府の圧力で番組を潰してはならない。最近は政府に雇われたらしいネット民もいるようだしね。

: 時枝さんは戦中朝鮮において総督府と対立して、一時期奥さんに「大学をやめて、京都あたりで飲み屋をやろうと思う」とまで言ってたらしいね。

: よく知っているね。結局彼はその5年後に東大教授として帰国するまで朝鮮にいることになるんだけど、このエピソードは肩書きなんてどうでもいいという彼の学者魂を物語っているよね。

: そういえば有名人の訃報といえば、最近、映画監督の大林宣彦さんが亡くなったね。

: ああ、コロナ関連ではないけどね。ぼくは91年発表の『ふたり』という映画が大好きだった。バブル崩壊とともに失われていった独特の日本的情緒が作品を通して感じられるところや、作中の歌(草の想い)、主演の石田ひかり(※現在、子育ても一段落して俳優業に復帰されています。2026年4月現在放映中の『鬼女の棲む家』も面白いですね)、どれも好きでビデオを買ったほどだった。

: これからまだ観てない映画も観てみたいものだね。

: このあとのコロナ休暇、あえてそういう時間を作って、リラックスして、ストレスを解消しようではないか。

: 俺は別にストレスないよ。

: それはそれでお花畑すぎるだろう(笑)。




(2020年4月24日記す  2026年4月16日更新、再掲)

2026年04月16日

電脳文字対話 18(新型コロナと本質論)

: いやあ、まいったよ。

: どうしたんだい?

: きのう近所のスーパーに行ったらホットケーキミックスがすべて売り切れていたんだよ。俺の唯一の手作り料理を作ることができないなんて。

: そんな告白どうでもいいけど(笑)、うわさどおりみたいだね。

: うわさ?

: ああ、いま多くのスーパーで小麦粉、薄力粉、パン粉、ホットケーキミックスなどが売り切れらしい。それで、メルカリでそれらが定価の3倍とかの高額で売られていると。

: なんでまたそんなことになってるんだい?

: やはり外出自粛生活が長引いてるため、自宅で料理する回数が増えてるということがいえるだろうね。また、YouTubeのレシピ動画を見ながら新たに料理に挑戦する人も多いらしい。それから、れいわ新選組の山本太郎など一部の人がすでに警告を発しているように、食糧危機になりつつある影響ももちろんあるだろうね。

: 食糧危機?

: ああ。山本太郎によると、ロックダウン政策によって、世界的規模で国際貿易と食料品のサプライチェーンに深刻な影響が出ているらしい。封鎖命令と移動制限によって農業労働者の確保や食料品の市場への出荷が不可能となり、農業生産が混乱するリスクがあるとのこと。国連は、保護主義的政策と労働者不足で数週間以内に危機到来と警告してるらしい。

: そりゃまったく知らなかった。それでか、パスタもパスタソースも缶詰めも相当品薄だったよ。

: まあ、まだそれほど深刻ではないけどね。けれども日本はとくに食糧自給率37%だからね。小麦の備蓄は2ヶ月ちょっとらしいから、夏頃にはもっと深刻な状態になっているかもしれない。

: だろうね、当然、日本の小麦の主な輸入先であるアメリカやカナダ、オーストラリアなども国内需要を優先させるだろうからね。

: バカ高い兵器を買うかわりに自給率あげるためにその分のお金を使っていたら自給率50%くらいにはなってたかもしれないよね。

: そう考えると自給率を減らし続けた自民党政権の罪は重い。そういえば日本で新型コロナ治療薬レムデシビルが承認されたみたいだね。

: ああ、アメリカ様に気を使った「特例承認」でね。本来ならば、日本の特効薬ともいうべきアビガンを早めに「特例承認」すべきだったんだけどね。まあ、レムデシビルの承認をしたもんだから、義務は果たしたということでアビガンの5月内承認がどうやら成立しそうな見込みになったけどね。

: ああ、アビガンって、宮藤官九郎や石田純一、赤江珠緒なんかが投与されて回復した薬だね。ずいぶんと優秀な薬じゃないか。

: ただ、アビガンは発症から5日目までに投与するとウイルスの増殖を劇的に抑えて効果があると言われてるんだが、いま現在、一般の患者にそれほど早い段階で投与できる体制にはなっていない。

: どういうこと?

: ある動画でコロナにかかって入院して、そこから復帰した芸人の体験談を紹介していたんだけど、彼はある日の夕方、突然からだ中の関節に激痛が走り、熱はあっという間に40度を越え、すぐに41度にまで達したらしい。その後さらにひどい症状となり、夜中に救急車で病院に運ばれ、血液検査をしてもらったところ血中のリンパ球の減少が判明、典型的なコロナの症状と分かる。が、時間が遅くてもろもろの検査が出来ないからと解熱剤を処方してもらい自宅待機を勧められたらしい。

: 恐ろしい展開だな。

: ところが家へ帰っても解熱剤が効かず相当苦しんだあげく、そこから3日目にようやく予約がとれて病院に行ってCT検査をしてもらったところ、肺炎の症状が見つかり、ここでやっとPCR検査を受けることができる(ここではじめて陽性が判明する)。けれども、その段階でもまだ入院できず、さらに2日間自宅で待機を余儀なくされ、発症から5日目になってようやく指定の病院に入院できたらしい。ただ、その段階では彼の症状はすでに中等症から重症のあいだぐらいであり、いきなりICUに入れられたとのこと(その時の彼の症状はすでに熱、頭痛、全身の関節痛、せき、胸の息苦しさ、食欲減退、下痢などで苦しさこの上ないものだった)。ICUには5日間いたらしい。ようするに、現段階では、アビガンを投与してもらう環境に持っていくまでにかなり時間がかかってしまうということだ。

: そりゃひどい。

: しかもアビガンは、赤江珠緒がいうには、アビガンの研究を行っている機関と、その機関に研究対象グループとして申請した病院だけしか処方が許されていない上に、その申請は書類手続きが煩雑で難しいらしい。まあ5月に承認されたら一般の病院にも行き渡るとは思うけどね。

: ところで日本のPCR検査数は伸びているのかな?

: いや、相変わらずそれほど増えてはいないね。先日、5月4日の専門家会議の会見で、尾身副座長は検査が思うように進まない理由について、「保健所業務の逼迫」「感染防護具の不足」などを挙げていたけれども、「なんで今頃そんなこと言うの?」って感じだったね。そもそもかなり前から同じようなことは言われていたし、そういう状況が仮にあったのならば、その時点でそれを公にして、保健所に人があと何名必要とか、防護服はそれぞれいくつ必要とか、民間の活用を拡充していきたい旨を公表するとか、早急に対策を講じ行動すればよいだけの話だろう。結局、上のような発言は言い訳でしかないんだよね。

: まさに「できないと言うな、やりたくないと言え!」というレベルだね。

: そのとおり。そもそも日本には顔の見える旗振り役がいないし、結局、日本のエリートにありがちだけど、政府や「専門家」たちや官僚は、大きな視野から全体を見渡して本質を把握するという作業が苦手なんだよね。かつて三浦つとむは、日本の家庭について論じる際に、アメリカ人のルーズ・ベネディクトの論考があまたの日本の学者のそれらを凌駕していることに感服して、次のように述べている。

《 戦時中であったために、ベネディクトは在米日本人や映画や記録などを材料として、日本人を研究するにとどまった。これは諸種の文献をあさり井戸を深く掘っていく傾向の日本人の学者から、不十分と見られ幼稚と思われて批判されている。具体的歴史的な説明が欠けているとか、不当な一般化が行われているとかいわれている。だが私の見たところでは、山の頂上に存在するような真理をしっかり押え、全体としての大きな見かたをした点で、彼女はそれらの批判者を凌駕している。日本の家庭を論じる場合に、彼女の仕事を無視することはできない。

川島(武宜--引用者)は支配階級のイデオロギーの検討をすすめ、封建社会における封建的な恩を対象として、井戸掘り的な研究をすすめたのだが、ベネディクトはそうでなく、一般的な日本人の思想・感情のパターンをさぐり出そうとして、日本人大衆の社会的人間観という大きな見かたから出発し検討をすすめた。両者は問題に対する接近の方法が異っているのである。そのために、川島にとっては彼女の研究が不十分な幼稚なものに見え、「恩というものを理解することは、外人にはよほどむつかしいらしい」と評しているのだが、日本人大衆の恩の意識の理解においては実はベネディクトのほうがすぐれており、恩や孝についての本質的な理解へすすむための鍵はむしろ彼女によって提供されているということができる 》(三浦つとむ『生きる・学ぶ』【季節社】176~177頁、太字--引用者)

: ルーズ・ベネディクトといえば、あの名著『菊と刀』で有名な人だよね。

: そう。ところが彼女は、日本の学者たちがあまりに当たり前であるためになかなか自覚的に把握できないでいた、日本社会に隠然として存在する「相互債務の巨大な網状組織」について、明晰な理解に到達していたんだよね。

: なるほど。

: 三浦つとむの言語論もそういう本質的把握の典型な例だろうね。三浦つとむは、1回1回が別々の個人的行為であることを本質とする言語表現(理解)行為と、ラングや言語記号(シーニュ)などの社会的存在とがどのように関係するかについて、認識論を武器に統一的かつ合法則的な説明を与えた、つまり言語の本質的な謎を解いた、このことの栄誉は永久に彼(および時枝誠記)のものだと、ぼくは思っている。

: なんか話が脱線しすぎてないか?

: ごめんごめん。今回のことでいえば、韓国の新型コロナ対策は見事だったよね。徹底的な検査と徹底的な隔離という基本戦略を維持しつつ、漏れてしまった感染者たちは最新のモニターシステムを構築してその情報を市民と共有するというものだ。見事にウイルスの封じ込めに成功したよね。また、台湾もオードリー・タンという優れた担当大臣を起用することによって、水際対策や入国者の隔離措置を徹底し、医療用マスクの計画的な増産も行った。彼はまた、マスクの在庫管理のアプリを活用し、市民がつねにマスクの在りかを把握できる状況をつくり、これによって買い占めなどを防ぎ「安心」という市民にとってもっとも重要な精神的支えを提供した人だ。

: 素晴らしいね。ところで最近、パンデミックに関係したことなのかもしれないけど、先ほどの食料の問題や、一部でささやかれている大型地震の前兆の話など、世情が穏やかじゃいよね。きみの家は備えは万全なのかい?

: いや、それがね、ぼくも少し危機を感じて、普段はあまり見ない、CSのディスカバリーチャンネルのサバイバル関係の番組を見てサバイバルの練習でもしておこうかと思ったんだけど、番組冒頭の無人島でいきなりビル4階の高さに該当する断崖を木の蔓をつかって登るシーンを見てあきらめちゃったよ。高所恐怖症なんでね。

: そこは飛ばして見ろよ(笑)

 

 

 


(2020年5月9日記す  2026年4月18日更新、再掲)

2026年04月18日

電脳文字対話 19(新型コロナとラスボス)

: きのう(5/18)、NHKラジオのニュースを聴いていたら、今年1~3月期の実質GDP成長率は対前期比マイナス0.9%、年率換算でマイナス3.4%と出たらしい。

: 思ったより悪くないね。

: そりゃ、前期が消費税増税の影響でマイナス7.1%だったからね、そこまで悪くなるはずはないよ。NHKはこの前期の数字とそれが消費増税によるものだということについては、いっさい触れていなかったけどね。

: 政府としてはそれは言ってもらっては困るだろう、さすが越前屋NHK、押さえるべきところがよく分かっている。しかし、個人消費、輸出、設備投資など主要項目で落ち込み、来期は緊急事態宣言の影響も出てくるからさらに厳しいだろうね。

: 4~6月期は、20%を越える戦後最大のマイナスを予測する声も出ているね。

 ところで、今日、日本のコロナ対策についてのあるネット記事(上久保誠人「安倍政権のコロナ対策に募る不信、問題の本質が『専門家会議』である理由」ダイヤモンド・オンライン)を読んだんだけど、この記事は、安倍政権の意思決定プロセスに問題があったと考えており、とくに専門家会議が「有事」を想定せずに「平時」と同じパターンで発足されたことに問題の本質がある、結論としては、政策決定システムの抜本的見直しを考えるべきだと。

: おもしろそうな記事じゃないか。

: いわく、各省庁に設置される「審議会」では、基本的に官僚が議題設定を行う権限をもっており、その議題設定の段階でだいたい政策立案の内容と道筋がついており、「専門家」は官僚がやってほしいことにお墨付きを与える役割をしてあげるだけだと。で、今回のコロナ対策の場合、専門家会議の議題設定を行っていたのは、厚労省・健康局結核感染症課の医系技官らしい。

: そんなこと初耳だぞ。ようやくラスボスの登場ってとこか。

: 彼らが主体となって、2月14日前後に、「PCR検査を抑制的に行い、医療崩壊を防ぎながら感染拡大が終息するのを待つ」という日本のコロナ対策の基本方針が決められる。その理由はふたつある。1つは、コロナが「指定感染症」になったこと。これによって陽性患者は全員入院になってしまうので検査を拡充してしまうと医療崩壊を起こしてしまう。2つめは、SARSやMERSを経験しなかった日本の感染症医療体制の脆弱性を考慮したためというものだ。

: つっこみどころ満載だな。まず、そういう一国の基本方針は、記者会見でリーダーがうちはこういう方針で行きます。その理由はこれこれです、って国民に向かって公表するのが筋じゃないの? 俺は安倍首相の口からPCR抑制で行きます、って話聞いた覚えないぞ。

: たしかにそうだよね。日本の場合、PCR検査抑制で行きますって話はほとんど表に出てこず(それは文書で婉曲表現でなされる)、それでいて、そのあと、いつのまにかクラスター対策で行きます、って「えっ? いつ、誰が決めたの?」って感じだったもんね。

: 北朝鮮とやってることは変わらないじゃないか。国民に知らせず権力者が(金正恩か、官僚かが違うだけ)勝手にいろんなこと決めてるって。

: そもそも医療崩壊怖いのであれば、「指定感染症」からはずす努力するとか、SARS、MERS経験した台湾や韓国からいろいろ学ばせてもらうとか、発熱外来作るとか、軽症者用の宿泊施設作るとか、PCR検査用の試薬を自国で生産する手筈を整えるとか、そういったことをほとんどせずに、PCR拡充の話がでるたびに「医療崩壊ガー!」ってバカのひとつ覚えみたいに繰り返す、という異常な状態が長く続いたよね。

: まあ、それが結局「有事」の体制でなかったってことなんじゃないの?

: 少なくとも、学校休校を要請した2月27日の段階ではそれなりに「有事」だということは分かっていたはずだから、長いあいだ検査拡充のための努力もせずに検査を抑制してきたことは意味がわからない。

: それはきみが性善説に立っているから意味がわからないんだよ。

: どういう意味だい?

: つまり、日本政府は本当にバカなのではなく、バカを装って有事に平時っぽいことばかりして、意図的に病院や経済を疲弊させるようなことをしているのではないかということだ。

: まあ、たしかにそういう可能性も否定はできないけどね。あの加藤厚労大臣の「誤解」発言などは、あまりにもありえなすぎて、そういう「性悪説」を信じたくなるような、驚くべき発言だったね。あの、いつも政府寄りの石原良純がテレビで激怒していたくらいだからね。

: ところで、ストレス解消のために最近はなにかやってるかい?

: このあいだ、テレビでCOVERSっていう歌番組を見たよ。

: ああ、リリー・フランキーが司会やってる、アーティストがカバー曲ばっかり歌う番組だよね。

: それに、ROOTS66っていう、1966年生まれのアーティストばかり集まって結成したグループが出ていて、ジュリーの「勝手にしやがれ」を歌っていて、見てて楽しかったよ。

: それ、俺も見ていたけど、スガシカオ、トータス松本、田島貴男なんかが出ていて、豪華なメンバーだったね。ただ、一番はじっこにクレージーケンバンドの横山さんがいたようだったけど、意外と若いんだね。

: それは「SPARKS GO GO」の八熊慎一さんだよ、帽子のかたちが似ているとみんな一緒に見えるんだよ(笑) あと、横山剣さんは60年生まれ、6才しか違わないよ。

: イイね!



(2020年5月19日記す  2026年4月18日更新、再掲)

2026年04月18日

電脳文字対話 22(正直太郎の憂鬱)

: きみはドラえもんは観るかい?

: なんだい、唐突に。大人になってから観るひとはあんまりないだろう、ふつう。

: ということは昔は観ていたということだね。ドラえもんの秘密道具に「正直太郎」というのがあるだろう?

: ああ、たしか腹話術師が使うような人形で、それを持っている人の思っている、ありとあらゆることをあけすけに話してしまうという、世にも恐ろしい人形だよね。

: ずいぶん詳しいじゃないか(笑)。

: いや、あれはドラえもんの秘密道具のなかでも一、二を争うくらい恐ろしい道具だと思うよ。俺はとてもじゃないけど、あれを持って人前に立つ勇気はないよ。

: まあ、わかるよ。あんなもの現実にあったら人前に出られるもんじゃない。だけど、あれは実際、どういう仕組みになっているんだろう、ということを考えてしまうんだよ。持っている人の手の触覚を通してその人の脳へアクセスしているのか、あるいは脳波同士でコミュニケーションをとっているのか(機械に脳はないので正確には「脳波同士」はありえないが)、そしてどうやって他人の「思惟」にまでアクセスしているのか、当然そこには概念や言語規範やあらゆる感情、判断、表象などが関わってくるはずたからね。

: 昔、情報科学者の人間機械論では文字の意味をパターンから引き出そうとしているとして、三浦つとむが批判していたよね。

: それはかつて彼が〈情報科学〉やサイバネティックスのタダモノ論的解釈、すなわち人間の精神活動を数学的モデルや電気生理活動に還元してしまうというタダモノ論的解釈を正しく批判した通りだよ。生きた人間の表現の場合、「対象」→「認識」→「表現」の各過程は〈像〉として反映し合っており、中間に認識(非物質)をサンドイッチした三層構造から成る〈像〉の形成の論理が存在するのであって、物質的な論理で終始しているわけではないから、ここを技術者がどのように把握するかが重要なポイントになってくるのはたしかだろう。形式論理でこのことを理解することは無理だろうし。しかも言語の場合、主体的表現と客体的表現とがあって、主体的表現は話し手の自我に関係する認識の表現だから、これを別の実体である機械が表現するのはどういう仕組みになっているのか、ものすごく気になるところだよね。

: 話が難しくなってきたな。

: わるいわるい。でも、少なくとも規範のレベルでは、すべての単語を主体的表現、客体的表現、両者の中間的表現に分類し、整理することが必要になってくるだろうね。また、各国語ごとにそれを行なうことで、相互に翻訳もしやすくなるだろう。さらには、言語表現にともなう非言語表現についても同じことがいえるだろう。まあ、そういう難しい話はとりあえず置いておいて、正直太郎の話の流れは覚えているかい?

: いや、もう忘れたよ。もうテレビのドラえもんも観てないからね。

: のび太は、叔父が好意を持っている女友達に対して告白することができるような道具をドラえもんにおねだりするんだけど、そこでドラえもんは正直太郎という人形を出して、のび太に渡すんだ。すると、正直太郎は「ドラえもんはいつ見ても、おもしろいゆかいな顔だなあ」と言ってしまう。

: あ、思いだした。それでドラえもんが「きみはそんなこと思ってたのか!」って怒るんだよな。

: そうそう。正直太郎は「いま思ってること」だけじゃなくて、「ふだん思ってること」も喋るのか、って話だよね。

: 人形持っている側はたまったもんじゃないね。しかし、ドラえもんからすると、このネコ型ロボットを作った人間に言ってくれ、って感じだろうね。

: まあ、これは重箱の隅をつつくような指摘だったね、次なんだけど、のび太のママが「きのう学校でテストあったでしょ、見せなさい」というと、のび太は「先生が休んじゃって、テストなかったんだ」とウソを言う。そしたら正直太郎が「ホントはあったんだよ。でも、0点とったから。しかられるのイヤだから…」と言ってしまい、というコントみたいな流れになるんだよ。

: ホントに恐ろしい人形だな。そんなものホントにあったら、たとえば会社なんかに持っていった日には、同僚の間や、上司と部下の間、異性の間などで争いが起こり、社会の秩序が即座に保たれなくなることは火を見るより明らかだね。

: 満員電車なんかに持って入ったら、もっとひどいことになりそうだね。

: アメリカに持って行ったらすぐに銃弾が飛び交いそうだね。

: かりに世界中の人が一体ずつこの人形をもったとしたら、世界中がバトルロワイヤル状態になるだろうね。
でも、一方で、正直太郎だったらいろんなことが分かるんだろうね。たとえば、2019年11月15日に桜を見る会の前日の五千円夕食会について、銀座久兵衛の主人が「うちの寿司は出していない」と言ったときの「うち」の意味(〈運用概念〉)も分かるんだろうね。あの「うち」が「銀座久兵衛のみ」を意味するのか、「久兵衛全体」を意味するのかによって、国会の議論にも大きな影響があっただろうからね(プチ鹿島氏の記事【文春オンライン2020年2月18日】より)。

: たしかに、2020年1月27日、安倍首相はあの発言を「久兵衛全体」ととらえ、それを根拠に野党の発言を「デマ」よばわりしていたからね。正直太郎がいたら政治的にいろんな疑惑がはっきりしそうだね。
俺だったら、2019年6月4日の麻生太郎発言に使ってみたいね。

: なんの話だっけ?

: 「100まで生きる前提で退職金って計算してみたことあるか? 普通の人はないよ。そういったことを考えて、きちんとしたものを今のうちから考えておかないかんのですよ」。年金資金だけじゃ生活が成り立たなくなるって話なのに、どんだけ上から目線なんだよって普通のひとは思うよね。

: じゃあ、そこで観念的自己分裂をしてその時に戻り、麻生太郎に正直太郎を持たせてみよう。

: よしきた、麻生さん、ハイ!(観念的な世界の中で人形を投げる)
《 正直太郎「じつは公的年金資金の運用に失敗しちゃってさ、充分な年金を提供できなくなることは確実だからさ、なるべくみんな自分のことは自分でまかなえるようにしてほしいんだよね、これから話すのはそのための目安となるお話さ!」》

: あきらかに暴動が起こるな(笑)。ぼくは2020年2月28日の麻生発言に使ってみたいね。

: なんだったっけ?

: コロナ禍で、小中学校の臨時休校の際、学童保育などにかかる出費について政府は臨時支出するのかと質問がでたときの発言、「つまんないこと聞くねえ」だよ。なぜここで「つまんない」という言葉が出てくるのか知りたいんだよね。だから、このやりとりをメディアに批判されたときの麻生さんのところへ行こう。

: よしきた、麻生さん、ハイ!
《 正直太郎「俺には資産があるし、国会議員としての高い給料その他付随するものもあり裕福だから、一般の人びとの中に非正規雇用が4割いて、共働きでないと生活が成り立たないという現実や、学童保育に子どもを預かってもらえるかどうかが死活問題だというレベルにまで、庶民の生活はひっ迫しているということは分からなかったんだよ。だからつい〈つまんない〉って言葉が出ちゃったんだよね。」》

: なるほど、生活レベルが違いすぎて庶民の暮らしに想いを馳せることができなかったということか。ただし、世の中には、金持ちでも思いやりのある人はいるからね、誤解のないように。

: 了解了解。では、最後に、2020年2月12日、立民の辻本議員に対する安倍首相の「意味のない質問だよ!」という発言について、やってくれるか?

: よしきた、安倍さん、ハイ!
《 正直太郎「そんなに責めないで!」》

: やっぱりな(笑) 意味のある質問じゃないか。

: しかし、本当のことを言っているのに、忌み嫌われる正直太郎はかわいそうだな。

: 正直太郎の心のケアをしつつ、大事にして、またこれはという時には使わせてもらおうじゃないか。

: それはいい考えだね。三年寝太郎にならないようにしないとね。



(2020年7月20日記す  2026年4月20日更新、再掲)

2026年04月20日

電脳文字対話 23(TBSラジオ、改編)

: いやあ、久しぶり。

: ずいぶんと久しぶりじゃないか。

: いや、TBSラジオが改編するって言うから、それについていろいろ話してみようかと思って……

: ああ、ACTION終わるんだってね。俺もなんだかんだ言いながら聴いてたんだけどね。

: とくに武田砂鉄さんの金曜日は面白かったね。この間の伊藤政則氏との対談は最高だったね。政則さんがイギリスのクラブでアイアン・メイデンを見出したときの話は臨場感があって思わず聴き入っちゃったね。

: 政則さんのあの時代の話はすべてが日時までしっかり記憶されていて、ヘヴィメタルファンならずともあの記憶力にも毎回感心させられるよね。

: Masa - Ito は日本の「メタルゴッド」だからね。最近の長渕さんの回も面白かったよね。

: 今やTBSラジオで「武田」といえば「国会王子」の方ではなく、砂鉄さんだね。

: とりあえず金曜夜(22時〜23時55分)の「アシタノカレッジ」、注目だね。荻上チキの「Session 22」は平日の昼間(15時半〜17時50分)に移動するらしいね。なくならなくて良かったよ。

: 俺なんかは、これでやっと辛坊治郎のあの独特の話法に籠絡されないで済むかと思うと、本当に嬉しいね。

: 籠絡されるなよ(笑)。というか、辛坊さんニッポン放送だから、ACTION聴いてないじゃないか(笑)。

: ところで、サンキュータツオ、プチ鹿島、マキタスポーツの3人による東京ポッド許可局はどう?

: 毎回、学者やメディアが取り上げてくれないけれども気になるいろんなことどもを取り上げて、自由に語り合ってくれて聴いていて楽しいよ。マキタスポーツは、BSのテレビで音ネタで浜省のWOWOWの法則について語っているのを見て、只者じゃないなと思ったよ。浜省ファンの僕でもあんな法則があるとは思いもよらなかったからね。

: 話が専門的すぎてなんだかよく分からないけど、ああいうのは彼とスージー鈴木の独壇場だよね。ヒルカラナンデスも相変わらず聴いているのかい?

: 聴いてるよ。

: そういえば、ダースレイダーさんは3ヶ月くらい前に5日間くらいYou TubeからBanされてたよね?

: Banされる直前のヒルカラナンデスで、ダースさんとプチ鹿島さんで女帝本を持って二人で「小池百合子のソーシャルディスタンス」っていうちょっとしたおふざけをやっていて、僕は大笑いしたんだけど、あの配信の直後にBanされちゃったんだよね。

: じゃあ、そのすじか。

: いや、誰のせいでもなく、ダースさんの関係していたMXテレビの番組絡みで、なにがしかの自動的な手違いが発生したらしいよ。

: 何だかよくわからないけど、You Tubeっていきなりそういうのがあるから怖いね。

: まあでもヒルカラナンデスから教わることは多く、毎回そこで何かを学んで、さらに自分で検索して調べるという作業をやっているよ。

: 神田伯山の「問わず語りの神田伯山」はどう?

: ああ、面白いね。松之丞の時から聴いているけど、今どきあれだけ大田光をイジることのできる人もいないだろうね。

: 大田光にかぎらず、伯山先生の手にかかったら、志らく師匠でも誰でもイジられているよ。

: 僕は以前、ちょっと疑問に思ったことがあって、「問わず語り」のなかの笑い屋シゲフジくんのあの笑いはなぜあんなに面白いのか、と。しばらくして気づいたんだけど、昔のドリフ大爆笑なんかで流れされる録音された笑い屋と違って、シゲフジくんの笑いは生なんだよね、しかも伯山先生と気心の知れた人のナマの笑いなんだよね、そこに魅力の源泉があるのだろう、と。

: なるほど。考えてみたこともなかったよ。ナマで、二人の信頼関係あるからこそのおもしろさということか。

: 最近の「東海林さん」イジりも、なかなかツボにハマったよ。

: 将来、かつての談志師匠レベルに化ける存在かもね。

: そう期待したいね。それからTBSラジオといえば、爆笑問題の田中がコロナに感染して、ここ最近、代打出演なんかで大変だったみたいだけど、先週の日曜サンデーで復帰した田中がコロナに関して言ったこと、覚えているかい?

: いいや、覚えてないね。

: 今の国のルールでは、コロナで入院しても、退院するときにはPCR検査不要ということになっているらしい。なので、入院して1週間以上くらいたって、しかも熱が下がって72時間以上たっていれば、人にうつす心配はないので、PCR検査なしで退院してもらうらしい。

: 会社から検査してから会社に来いって言われる人もいると思うんだけど。

: そういう人は、自費で検査を受けなきゃならないらしい。

: 大変だな。

: こうなってくると、ソフトバンクグループの1回2千円で誰でも検査受けられる、という事業は助かるね。

: 今のところ受付け可能なのは、法人や自治体だけみたいだけどね。

: こういうことは、テレビでも言ってほしいことだよね。今日はここまで。

: TBSラジオさん、応援してまーす!

: お相手は、「神田正平」でした、ありがとうございま〜ッス!

: 伯山先生のマネをするでない。





(2020年9月27日記す  2026年4月20日更新、再掲)

2026年04月20日

電脳文字対話 24( note と一月万冊)

: いやあ、久しぶり。

: ほんとうに久しぶりだね。

: 最近、君は note とかいうサイトに論文のようなものを投稿してたけど、急にまたどうしたんだい?

: いや、別に深い意味はなく、このコロナ禍の生活が逼迫した苦しい時期に、少しでも収益化を図りつつ執筆活動のための環境を整えたい、という一心から、試しに有料で投稿してみたというわけさ。

: そうか。にしても、出版社に頼らずそういうことができるなんて、便利な世の中になったもんだね。

: ぼくもnoteについては最近知ったんだよ。最近よく視聴している、一月万冊というYou Tube番組に出てる烏賀陽弘道(うがや ひろみち)さんというジャーナリストが投稿していることからその存在を知って、ためしに投稿してみたら意外と簡単だったというわけさ(烏賀陽さんの原発記事はお奨めです)。

: ああ、あの番組ね。清水有高さんと平田悠貴さんが主宰していて、ゲストに烏賀陽さんとか安冨歩さん、斎藤章さん、今一生さん、本間龍さんとかが出演して、時事問題から政治、経済、社会問題などについて議論する、コロナ禍に突出した存在感を放ち続けている番組の一つだよね。

: もちろんぼくはダースレイダーさん、プチ鹿島さんたちのヒルカラナンデスも見てるけど、この一月万冊の最近のその仕事量の多さ(1日に4、5本)、内容の充実化ぶりなど、忖度しない姿勢の一貫性など、凄いものがあるね。

: とくに清水さん、働きすぎてぶっ倒れないように気をつけてもらいたいところだね。

: 清水さんの突出しているところは、やっぱりあの計算能力の異常な高さと、ネットを使った検索能力の高さだとぼくは個人的に思っている。本来ならばもうちょっとゆっくり時間をかけて調べるようなことをあっという間に番組の時間内にやってのけたりすることがしばしばあるけど、あれなど誰にでもできることじゃない。また、ゲストが何か専門的なことについて喋り始めると、清水さんはすぐに検索して、「それ、今はこうなってますよ」と逆に新しい知識をすぐに提供してくれたりする。無意識なんだろうけど、コンピュータの検索・分類機能をうまく使うことによって人間の悟性能力を拡張するという、本来そうあるべきコンピュータの使いかたを地でおこなっている感じがするね。

: 本来ならば、メディアの人間がそれをやるべきなんじゃないか。

: やる能力があっても忖度が働くと、できることができなくなってしまうんだろうね。

: でも、ダースさんも言ってたけど、地道に頑張ってる記者さんもいることはいるからね。

: もちろん、個別の記事では優れたものもあるし、それはそうだよね。しかしそれにしても一月万冊の突出ぶりは凄い。毎日数人のゲストと動画を撮るのだから、まず企画・構成の段階から大変だし、それから各ゲストの予定を聞いて調整した上での撮影だからね、半端ない仕事量だと思うよ。個人的には、安冨先生のアカデミックネタが好きなんだけど、あんまり視聴回数が稼げないみたいだね。でも、ぼくは視聴回数がすべてはないと思うし、一部のコアな視聴者のためにもアカデミックネタは定期的に続けてほしいと思っています。安冨さん、清水さん、どうぞお願いします。

: 清水さんなんかは、コロナ禍で、君子豹変したよい例だろうね。

: まあ、彼のいう「want to」をただひたすら推し進めただけの話なのかもしれないけどね。

: なんだいその「want to」って?

: 「本当にやりたいこと」の意味なんだけど、君はトゥイステッド・シスターの「I wanna rock」というミュージックビデオを見るといいよ。烏賀陽さんがツイッターでつぶやいていたけど、いま見るといろいろと学ぶところがあるし、だいいち面白い!

: たしかに、ぐうたらな俺にはコーチングよりロックから学ぶほうが性に合ってるかもね。





(2021年3月13日記す  2026年4月20日更新、再掲)

2026年04月22日

電脳文字対話 25(米津玄師 『死神』 MVについて)

: 「アジャラカモクレン テケレッツのパー!」

: いきなりなんだい? きみも今、米津玄師の新曲「死神」のMVにハマっているのかい? あの古典落語『死神』をモチーフにした歌で、3日前の夜に動画が公開されるやいなや凄まじい再生回数を記録して話題になっている、あのMVに。

: 「アジャ? アジャパー?!」

: それは『死神』とは関係ない、昔の若者言葉だろう(笑)

: スマンスマン、すっかり「死神」のMVの世界に入りこんでしまっていたよ。きみもハマっただろう?

: ぼくも、「Flamingo」のようなおちゃらけた独特の世界観が落語の和のテイストとうまく融合している傑作だと思ったし、そもそもサビで伴奏されるグルーヴ感のある、ディストーションの効いたヘヴィなギターサウンドにハマってもいるよ。だけども、この曲は、聞けば聞くほどいろいろな発見があるよね。

: 足音やろうそくを消す音など、いろんな音について興味を持ち、工夫をこらして音作りをしたみたいだね。

: あと、何人かいる客席の米津玄師もそれぞれに個性があって面白いね。これは「Lemon」の玄師で、これは「Flamingo」の玄師みたいだとか、いろいろと「考察」している人たちもいるよね。

: 俺はなんといっても、着物を着た米津玄師が呪文を唱えて手を叩くシーンが好きだね。

: たしかに、玄師ワールド全開の魅力的なシーンだよね。で、ここからは、まったく妄想的な「考察」なんだけどね…

: なんだいなんだい?

: 歌詞のしょっぱな「くだらねえ いつになりゃ終わる?」を初めて聞いたときから、直感的に、ぼくは気になってることがあるんだよね。

: なんだい、気になってることって? そんな勿体ぶっていうと、よけい気になる。

: いやね、米津玄師がこの曲を作っているときって、第3回の新型コロナウイルス感染者拡大にともなう、緊急事態宣言下だったと思うんだよね。

: まあ、時期的にかぶってはいるだろうね。

: それでだ、この曲の歌詞って、もしかすると、政府や自治体の拙いコロナ対策に対する皮肉も寓意されているのではないか、ともぼくは思ってしまうんだ。

: ははぁ、なるほど、「くだらねえ いつになりゃ終わる?」とは「緊急事態宣言」のことってか? そりゃ、勘ぐりすぎだろう。

: そう、たしかに米津玄師はあまり政治的な発言をする人ではないし、最近のラジオでも、《「重たいこと」や「シリアスなこと」、あるいはそういったことにまつわる「怒り」とか「自分の意志表明」だとか、そういうことばかりが前面に出ている世の中って不健全なのかもしれない。だからこそ、「シリアスなもの」をななめから見る、ヘラヘラしながら見る、っていう側面が実はもの凄く重要なんじゃないだろうか。重たい重たい残酷な日常があるからこそ、そういうヘラヘラした部分がないと、乗り越えられないのてはないだろうか。今の自分は、そういった「シリアスなもの」を、どれだけ笑い飛ばすことができるか、なんてことを思いながら、今は音楽を作っている》(You Tube動画「米津玄師 Pale Blue Radio」【2021.6.19】より。引用者による要約)と言っている。ぼくも勘ぐりすぎだとは思うんだけど、ただ、「ヘラヘラした」立場からであるならば、ひと通りそういう寓意の解釈も可能ではないか、ということは指摘しておきたいんだ。

: 言われてみると、3回目の緊急事態宣言が発令されたときに、Twitter でこれまでの政府のコロナ対応の杜撰さについて手厳しく批判した野田洋次郎は、米津玄師の親友だしね、ありうることかもね。ただ、それでもやっぱり俺は下衆の勘繰りだとは思うけどね。俺の玄師様は政府を批判するような野暮じゃないよ。

: いや、こういった「ななめ」から見たやりかたは野暮ではなく、洒落が効いていると思うけどね。まあ、もちろん、すべての歌詞にそういう寓意があるというわけではなく、基本は落語の演目「死神」に沿った内容になってはいると思う。

: そういえば、歌詞の「なんか死にてえ気持ちで ブラブラブラ」って、今の時代、落語「死神」に出てくる「甲斐性なし」男だけでなく、いろんな人がそうなってるかもな。営業を20時までと決められた飲食店などの人たちは、ただでさえ稼げないのに、持続化給付金がなかなか出ないし、やることがない、そういう意味でほんとうに「死にたい気持ち」になっている人もいただろうし、今もいるだろうしね。それ以外にも、結構多くのひとたちが収入が減って外出自粛も促されているのに、前回の宣言下には出た国民全員に配る給付金が出ないとかね、もうやけになっている人はそこそこ多いかもね。

: たしかにそうだね。このMVの舞台、新宿末廣亭だって、米津玄師に落語の所作を指導してくれた落語協会の人たちだって、ずいぶん大変な目にあっていると思うし、米津玄師自身、そういうエンタメ業界の困窮した状況についていろいろと熟知もしているし、意見も持っているとぼくは思うよ。

 ところで、また歌詞の話に戻るけど、歌詞の「悪銭 抱えどこへ行く」の「悪銭」なんかは、ぼくは新宿区であった、コロナ陽性になって申請したら見舞金10万円なんてことを思い出しちゃったよ。

: あったなあ、そんな10万円目当てに「申請者続出」なんて騒ぎも。

: 最後のサビの部分なんかもいろいろ解釈が可能だと思うんだけど、ぼくは、隠れて酒類を提供している店に、隠れて飲みに行った客の立場からする描写にも受けとれるんじゃないかと。

: 「プリーズヘルプミー」というのはビートルズに対するオマージュじゃないか?

: それはたしかにあるかもね。それに続く「ちっとこんがらがって 目が眩んだだけなんだわ」は、飲食店で夜に酒を飲んでいるところを、自粛要請をする「見回り隊」に発見され、言い訳をするシーンとも受けとれるんじゃなかろうか。

: ちと考えすぎな気もするがな。でも次の「そんなけったいなことばっか言わんで 容赦したってや」なんかはそんなシーンがしっくりくるな。「見回り隊」が酒を提供しちゃいけないじゃないかと店の主人に説教をたれていると、そんな「けったいなこと」言わんで許してあげて、と客が言う、とかね。

: ましてや、最後の「ああ 火が消える 夜明けを待たず」「ああ 面白くなるところだったのに」などは、「見回り隊」が店の主人に説教を垂れていると、いつの間にか20時になり、街中のネオンが一斉に消えるシーンのようでもあり、これから面白くなる飲み会を邪魔された客の不平不満の吐露とも、受けとれるよね。

: するってえと、都の「見回り隊」の職員が死神ってえわけか。それはちょっと可哀想なんじゃあねえか。でもたしかに、東京都は20時に夜の街のネオンを消すようにと、都知事が言っていたよな。それと、ろうそくの火が消えるのを掛けたわけか。

: 急に江戸っ子になるでない。極めつけは、この曲、2コーラスあるのに、このMVでは1コーラスしか収録されていない。こんなこと、これまでの米津玄師のMVにはなかったことだよね。

: たしかに、そうだね。それどころか、そもそも1コーラスしかないMVって、かなり珍しいだろ。

: もしかしたら、飲食店などが早く店を閉めるというのは、こういうことなんだよ、こんなに尻切れトンボな感じのする、切ない、つらいことなんだよ、そういうことが言いたかったんじゃないのかな? もちろん「妄想」の可能性大だとは自分でも思うけどね。

: そのとおり、妄想だろう。

: 妄想ついでにもう一点。「死神」のMVは総時間1分59秒でちょうど2分になる直前に終わっている。

: なるほど、「私、米津玄師は歌手ではありますが、そんな私もちょうど20時(2: 00)になる前に明かりを消して歌うのを止め、閉店しましたでございます。これでよござんすか?」という皮肉か…。考えすぎだよ!

: へい、こりゃまたスンズレイしました!

: おまえも江戸っ子じゃあないだろ(しかも志村けんが入ってるし)!

: 米津玄師は徳島っ子、ぼくは広島っ子だね(笑)

: お後がよろしいようで…。


(2021-06-26 脱稿)



(2021年6月26日記す  2026年4月22日更新、再掲)

2026年04月22日

電脳文字対話 26(旧悪露顕社会を生きる)

《 (巣鴨プリズンの−−引用者)第五棟では狭い独房に二人暮らしが原則である。これはかつて自殺を図った若い死刑囚がいたため、防止策としてとられた処置という。

 起床は朝五時、部屋の掃除、洗面、体操、冷水摩擦、読書や書き物ができるように寝具を丸める。終われば各自読経など。朝六時から朝食、食事当番が食事を配る。食後は新聞の回覧、週に二、三回、運動がある。三面をコンクリート棟に囲まれた中庭を三〇分ほど散歩する。衛兵に前後左右を取り囲まれ、二人ずつ手錠につながれて六人一組でぐるぐる回りをするだけである。見えるものは庭の中央のヒマラヤ杉と空、そして金網が張られた渡り廊下越しの広場を歩く人影、もちろん他棟の収容者である。月曜日と金曜日の午前には入浴。昼食、読経、読書、書きものに時をすごし、夕食、食後の訪問時間、就寝。

 この単調そのものの生活の重要関心事は食事である。朝食は、蒸しパン一個、スープ一杯、チーズかバター、クリーム、缶詰の果物であるが、鳥巣は砂糖たっぷりのコーヒーが楽しみだった。タバコの配給もあった。夕食には魚もつく。ときには刺身が出たこともあった。外の世界では刺身など食べられない時代である。

 「今夜は危ないですよ、お刺身があったから」と先輩死刑囚がささやく。刺身の日にはきっと死刑執行があるという。

 巣鴨での死刑執行は金曜日と決まっていた。執行される死刑囚はその前夜、房から出されて、プリズンの東北隅にある死刑場に移される。したがって木曜日は魔の曜日である。人々は朝から緊張し、兆候を窺う。

 花山信勝(しんしょう)教誨師(きょうかいし)から交代した田嶋隆純(りゅうじゅん)師の教誨は木曜日である。死刑執行があるとき師はそのままプリズンに泊まり、翌日の執行に立ち会う。したがって田嶋教誨師が「これから帰宅します」と言うと歓声が上がる。

 教誨師が泊まると決まった日は、全員が息をつめている。どんな物音も聞きのがさない。廊下に看守の足音が響きはじめる。「もしや自分の房か」。遠く、近く、ガチャガチャと錠を開ける音、「自分ではなかった」、ひそかな安堵。やがて、下駄の音、「お世話になりました」「お元気で」、交わされる別れの言葉、遠ざかる足音、湧き上がる念仏の声、ときに賛美歌。

 「あの人もやられるのか」、四十数人の心が凍る。ついで「自分はあと一週間生きられる」

 この年、一九四九年は死刑執行が続いていた。

 死刑囚はどんな気持で日々を過ごしたか、鳥巣は獄中日記で語っている。

 最初、悲嘆と絶望の真っただ中にのたうちまわる。感情も知性も一瞬にして打ち砕かれ、人間の最大の欲望である生存欲を奪い去られ、しかも日々周囲の人が処刑されていく。ここで教誨師から極楽浄土の有様を聞かされ、縋(すが)りつく。しかし、少し経つと疑問が湧いてくる。素直に教えを聞けなくなる。そして素直になれない自分を反省し、自らを責める、堂々巡りが始まる。果てしない動揺が続く。その間にも処刑は続く。月日を重ねるうちに心は波打ちながら落ち着くところへ落ち着いていく。こうして死を受容する》(熊野以素『九州大学生体解剖事件 七〇年目の真実』【岩波書店、2015年】172~174頁より)


: なんだいなんだい、いきなり。巣鴨プリズンって、たしか戦後連合国軍が接収した東京の拘置所で、戦争犯罪人として逮捕された政治家や軍人などが収容されていた所だろう。

: そう。この描写は、1945年春に九州大学で行われた米兵に対する生体実験手術の一部にはからずも参加してしまった、当時医学部第一外科の助教授だった鳥巣太郎という人が、何ら積極的加担者でもなかったにもかかわらず、さまざまな事情からいつのまにか首謀者のひとりとされてしまい、絞首刑を言い渡されてしまうという一連の出来事について書かれた本からの引用なんだけど、この本は、その裁判の後、鳥巣氏の妻の壮絶なまでの尽力奔走により減刑を勝ち取るに至る、という一連の出来事を、この二人の姪が新資料を紐解きつつ解き明かした本、というわけだ。

: 「戦犯」とはいえ(実際は「消極的参加者」と言うべきか)、絶望的な状況の中で自分の死を受容していく、その過程の描写には筆舌に尽くしがたいものがあるね。

: たしかに。もしや自分が明日、十三階段を登らされるかもしれぬ、という状況下で平静を保っていられる人などそうはいないだろうからね。ただ、この本の中に出てくる人物でひとりだけ例外的な人物・岡田中将という人がいて、この人は、1945年に起きた「東海軍事件」の全責任を負ってB級戦犯となり、軍事裁判で絞首刑を言い渡され1949年9月に巣鴨プリズンで処刑された人だけれども、早くから自分が事件の全責任を取って死ぬことを受け入れ(事件の背景をも含めた自説の主張は裁判にて行なったが)、死の2日前に鳥巣氏に「来なさんなや」と伝えたあと、泰然として十三階段を登って行って亡くなられた方だ。

: すごいね。なかなかそういう人はいないだろうね。

: たしかに、多くの人にとって、彼のように自分の死を従容として受け入れるのはなかなか難しいことだろうね。この本には、1948年8月27日、すなわち横浜軍事裁判の判決があった日の鳥巣太郎氏について次のような記述がある。

《 巣鴨プリズンに戻ると、裸にされ身体検査、第五棟に収容された。そこは誰もが恐れる死刑囚だけの棟だった。

 鳥巣の八月二七日の日記には、「判決の日なりし。法廷を出づる時、静かに合掌してゐる人が眼についた。いたく脳裡にやきついてゐて、いつまでもその人の姿が消えない、思へば思ふほど目に新にして、覚えず涙があふれ出る」(獄中日記)

 後の回想では、「この世の地獄とも恐れ、あそこだけには行きたくないとひそかに念じてゐた五棟の房に、夢にもあらず、この身自ら閉ぢ込められねばならなくなつて、私は、気味悪い暗雲のヴエールにでも被はれた重苦しい感じに」思い迷い、一方「やれやれとうとう来るところに来てしまつた」というあきらめに茫然とする。「愈々死ぬといふ日までには尚まだ半年余りはあるだらうが、それまでこのニ畳にこもつたまま……これからの一日一日がどんなに長く、そして又辛いことだらう」と案じる》(熊野以素『九州大学生体解剖事件 七〇年目の真実』159~160頁)

: そんな状況になったことがないけど、自分がもしそんな状況になったらと仮定するだけで、かなり精神的にしんどい気がするね。

: これとまったく同じ状況ではないとしても、何かこれと似たような状況を思いつかないかい?

: いや、思いつかないね。

: たとえば、死刑の判決を受けないまでも、あらゆる仕事を奪われ、世間から身を隠して生きていかなければならない人たちがいたとしたら、どうだろう?

: ああ、最近、過去に雑誌に陰惨な「いじめ体験」を大っぴらに告白していたことが話題となり、東京五輪・パラリンピック開会式の楽曲担当を半分強制的に辞任させられた小山田圭吾氏や、過去のユダヤ人虐殺に関することをお笑いのネタの中に使用したことが発覚し、同開会式の「ショーディレクター」を解任された小林賢太郎氏などのことか。でも、彼らのしたこと言ったことは、そう簡単に許されるものではないだろう。

: そう、人の過ちにはいろいろな種類があり、かつその罪の軽重にも個別にさまざまな深度があるけれども、彼らのしたこと言ったことは非常に重く、簡単に許されるものではない。だけれども、彼らは何も裁判で有罪となり刑に服するわけではなく、これからも私たちと同じようにこの社会で生きていかねばならないのだよ。

: まあ、たしかにそうだね。

: だとするならば、どこかの時点で何らかの「手打ち」をして彼らを社会に受け入れるようにしなければならないと思うのだけれど、どうだろう?

: たしかに、過去の悪行や過ちや心無い発言のために、裁判によらず、命まで捨てなければならないというのは、窮屈な社会で、それはそれで住みにくい社会だよね。

: そう。であるならば、どこかの時点で何らかの「手打ち」が必要だよね。

: たしかに。

: PCやスマホを多くの人が持ち、インターネットがこれほど普及した現在、ぼくはこの社会は基本的に「旧悪露見社会」だと思っている。かつてはしばらくすると忘れ去られたことも、忘れ去られずにデジタル検索網の中に記憶・記録され続け、いつでもすぐに検索されうるようになっている。今この現在も、身に覚えのある悪事や過ちが公になることに不安を覚え、ビクビクしている人は無数にいるだろうことは想像に難くはない。

: まあでも、SNSの発達により、かつては公にならず隠蔽されていたであろう犯罪や悪行が明るみになるという、良い面もあることはたしかだろう。

: たしかに、そういう面もある。たとえば韓国では、過去の性犯罪者の個人情報を一般市民がウェブやアプリで検索して簡単に知ることができる。ただ、日本のような匿名性の高いネット環境においては、嘘や「デマ」や「半分だけ正しい意見」のようなものが氾濫しているのも事実なんだよ(もちろん小山田氏や小林氏の例がそうだというわけではない)。

: で、その「旧悪露見社会」における「手打ち」って、たとえばどういうのがあるんだい?

: これは正確には「手打ち」ではないのだけれども、たとえば、社会学者の宮台真司氏はドイツの「贖罪」を例に出し、小山田問題に関して、「どこがダメだったから、今なにをしている」ということを永久に言い続けることによって信頼を回復することが重要だということを言っている(『Abema Times』2021.8.5)。

: ようするに一回の謝罪で済ませずに、誰かに問われたらそのだびに、何が問題だったから、今あれをしている、これをしている、と表明し続けるということだね。「手打ち」ではなく、継続性のあるものだね。

: そう。宮台氏の弟子筋に当たるダースレイダーさんによると、いまだにヨーロッパではホロコースト関連の新しい映画が作られており、その都度新しい事実が明るみになったり掘り起こされたりしているらしい(You Tube番組『ヒルカラナンデス』第66回【2021.7.23】)。で、加害者側はそれに対してその都度謝罪したり説明したり対応を迫られている、そういうことが当たり前となっているらしい。骨の折れることかもしれないけれど、非常に重い内容の過ちや行ないだった場合、普通に社会に適応して生きていこうとしたら、そういう営みが必要になってくるのではないだろうか。

: なるほど、それはそうかもね。

: ただ、今回ぼくが思ったのは、小山田問題にしても、小林問題にしても、ぼく自身を含めた社会にも多少の責任はあるのではないかということだね。おそらくぼく自身、当時小山田氏のインタビュー記事や、小林氏のコントを見ても、抗議の電話はしていなかったのではないかと思われるからだ。

: 日本の社会自体に、(たとえわずかであったとしても)、そういう行為や発言の存在する余地を与えてしまっていた面がある、ということか。

: そう。爆笑問題の太田光がラジオ(『爆笑問題カーボーイ』2021.7.20)で言っていたことはおそらくそういうことだと思うよ。これらの問題を個人を攻めることで済ませていては問題の解決にならない、無数の消極的加担者の存在を可視化する必要があるのではないかということを、おそらく太田は直感的に感じていたんだろうね。その意味では、小山田氏のその他の暴言について28年前のラジオ番組ですでに自省を促す発言をしていたバンド「SING LIKE TALKING」の佐藤竹善氏のような存在は貴重なのだよ(『東スポweb』2021.7.30)。

 また、今回の一連の発言は言語学的側面からも考察しうる問題であり、時枝誠記の理論からすれば、言語の「存在条件」である、「主体」「場面」「素材」の「場面」に深く関わってくると言えるんだけれど、これはまた別の機会に論じることにしよう。

: そうだね、俺ももう疲れてきたよ。

: 最後に、鳥巣太郎氏の「獄中日記」に綴られていた歌をニ句ほど紹介して終わりにします。

 《いつまでも生くる命と思はねどわが絞首刑いまだ信ぜず》(鳥巣蕗『再審査』【葦書房、1982年】238頁)

 《凍てし夜を永遠に死につく幾人か静かに廓を去り行きにけり》(同239頁)




(2021年8月9日記す  2026年4月22日更新、再掲)

2026年04月22日