三浦つとむ「映画は言語に属さない」

三浦つとむ「映画は言語に属さない」(『映画評論』22巻10号、1940年10月)について

 私は以前、三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」において三浦が言及していた「昭和十五年秋雑誌に発表した論文」が1940年10月号の『映画評論』に掲載された「映画は言語に属さない」ではないかと予想していました(1)が、先日この雑誌を手に入れ、該当論文の内容を確認してみたところ、言語を「一般的な表現形式」と規定しており、この論文が当該論文であることはほぼ間違いないものと思われます。今回は、この論文について簡単に紹介してみようと思います。

 この論文は、映画評論家の今村太平による、映画を高次の身振り言語と見なす考え方に対する批判として書かれたものであり、弁証法を駆使して、「一般的表現形式」である言語と他の諸表現とのちがいについて具体的に論じた内容となっています。また、これは「三浦つとむ」の前の筆名「高木場務」名で書かれており、三浦が言語について書いて公表した最初の論文でもあります。さらにはこれは、三浦つとむによって書かれた数少ない歴史的仮名遣いの論文としても、貴重なものだと思います。

《……言語学が現在どの様な段階にあるか、その理論水準は果して如何なるものであるかについては、ここに述べるのを遠慮する。しかしブルュル(2)が未開社会の言語についての実際的な研究も、その結論や研究方法に於て甚だ疑問を持つものであり、近年邦訳の出版されたヴァンドリエス(3)の名著は、その内容に於て推賞を惜しまぬ大著でありながら、それをまとめ上げ発展させるための方法論は、正しいかたちを隠見的にうかがはさせるにとどまつて、積極的な足場を築いてゐるといふには、やや物足りない憾みがあると言はざるを得ない。言語の本質について、ただ概念を音や文字で代置しただけでは分析が極めて不充分なのであつて、人間の思惟が言語の基礎をなし、いはば言語は観念の上部構造としての存在であつてみれば、その基礎としての思惟に関する正しい研究なくしては、言語学の正しい発展のありやう筈がなく、一般の言語学が本質的な検討を避けて枝葉末節の研究に傾くのは、この難関を突破出来ないためであると考へるのである。この「思惟に関する学」をわれわれは「論理学」と呼ぶ。ところが、これを普通に「認識の単なる形式」とのみ考へ、形式論理学が教壇からプロフェッサアによつて研究者に与へられてゐて、思惟形式を、単に内容に付いてゐるに過ぎぬ形式として扱はれてゐるのである。勿論、この形式論理学が認識の中にその適用さるべき分野を持つてゐると云ふことは正当であり、忘れてはならないけれど、思惟的考察にあつては、単に形式のみならず内容をもそれに引き込まねばならないのであつて、人間の思惟も、外界の事態も、共に発展するものであり、この世界の具体的な事態を、頭脳が如何に捉へ、如何に人智が進歩してゆくか、その必然的な自己発展を研究することが要求されるのである。換言すれば、思惟を弁証法的発展に於て把握しなければならない》(高木場務【三浦つとむ】「映画は言語に属さない」)

 このように、まず最初に三浦は、言語の分析の際は、形式論理学の枠組みにとどまるのではなく、言語と人間の思惟を、さらには対象世界すなわち「外界の事態」を結びつけて研究すべきことを説いています。29歳にして三浦は、すでに言語表現の背後に「対象→認識→表現」という目に見えない過程を想定していることが分かります。

《 弁証法は、簡単に云へば「対立の統一に関する学」である。即ち統一物の分裂とそれの相矛盾した成分の認識がその根本の一つであつて、すべて対立した存在の背後に統一を、事態の内部に矛盾した傾向(方向)を認識しなければならない。簡単な例をあげるならば、必然と偶然と云ふ対立は、全く関係ないやうに考へられ勝ちである。西南学派、即ち新カント学派に属するリッケルトンの如き、自然科学に法則性を認め、人間の行為の偶然性を主張して文化科学の法則性を否定し、この越えざる垣を主張してゐるが、必然と偶然を表面的に観察して自然法則の偶然的な面と、人間の行為の必然的な面とを看過してゐるのである。百万人に一人当る富籤は何人に当るかは偶然だが何人かが当籖することは必然であるし、動物は何時如何なるかたちで死ぬかは偶然であるが、その死は必然である。先人の頭脳の成果を伝へ伝へて人類の知能が上昇してゆくことは必然だが、個々の人間に愚者と賢者の生ずるのは偶然だし、科学の発達で生産力の発展は必然的だが、戦争、饑饉、交通の便、不便、その他で部分的な地方や国家の停滞や逆行は偶然的である。今、物を、一般的なものと個別的なものとの対立の統一に於て考へてみるならば、人間の住宅は個別的に無数に存在し、また存在し得る。その大きさ、形、色、位置、すべて相異つたものである。しかし、その「住宅」と云ふ本質に於てはみな一般的共通的なものである。一軒の家の屋根が「赤く」塗られてゐる。しかし、赤いものは屋根だけでなく、到るところに無限に、一般的に存在する。その一般的な存在のただ一つの個別的な部分に過ぎない。音楽、映画、演劇などの個別な多くの存在は、一般的な本質(芸術)を持つてゐる。この様に、個別的なものは普遍的なものに導く連関のうちに於てのみ存在する。普遍的なものは個別的なものに於てのみ、そして個別的なものを通じてのみ存在する。(芸術は、個々の芸術品以外に存在するものではない。)すべての普遍的なものは、個別的なものの一部分、または一方面、あるひはその本質である。(モンタアジュ論は、正しくここから出発すべきである。)

 このやうに、存在するものを眺めると、それは個別的な面に於ても、普遍的な面に於ても無限であることが理解される。すべての普遍的なものは、すべての個別的なものをただ近似的にのみ捉へ、すべての個別的なものは完全に普遍的なものの中には入り込まない。

 すべての個別的なものは無限の連結に依つて、他の種類の個別的なもの(物、現象、過程)とつながつてゐる。われわれは感覚器官を通して外界のイメエヂを受けとり、頭脳はそれから概念を抽象する。「家」とか「盗賊」とか云ふ概念は、まつたく、この感覚を通して受けとつたイメエヂから、その感性的な、個別的な、偶然的な部分を捨象してつくり上げたものである。形式的に物を見ると、これ等の表現形式は、さうした概念をあらはす形象(符号)でしかないのであるから、何人が書いた文字であらうと、一般的に同じ内容を持つてゐるに過ぎないのである。しかし、その一般的なものを抽象した源である各人の個別的なイメエヂは、それぞれ異つたものであつて、形式上表はれてゐないとはいへ、その背後に隠されてゐるとはいへ、内容に於てその一面に厳として存在してゐるものである。百軒長屋の子供の云ふ「家」と百万長者の主人の言ふ「家」とはかけはなれた内容を個別的な面に於て持つてゐる。さらにまた、同一人の書く「家」の文字にあつても、それが個々の家を指示する場合と、一般的な本質的な「家」を指示する場合と対立した性質の内容を同一語で示すもので、むかし「きのどく」の意味に文字通り解されてゐた「笑止」といふ文字が、笑を止めるどころか「滑稽」といふ反対の意味を持つものになつてしまつてゐる。徳富蘇峰が某名士の逝去に際して昔式に「まことに笑止である」と書いて読者を怒らせたと云ふ喜劇さへあつた。閑話休題、作者が今、個別的な住居にせよ、或は一般的な住居と云ふ本質をもつものの総称にせよ「家」と云ふ名で呼ぶなら、それはすべてその存在の一般的な面をとらへて個別的な又は一般的な存在を表現してゐるのである。(「面」と「存在」との違ひに注意すべきである。)すなはち、字は形式に於て一般的な表現形式でありながら、その内容は対立的なものをすべて含んでゐて、個別的なものをも一般的なものをもあらはし、対立的な傾向の「意味」を持つものである。さらに作者の抽象にあたつて、捨象されたところの具体的な感性的な個別的なものは、ただ隠れてゐるだけで、内容の一面として存在するのである。

 口から出た同じ格言でも大人と子供とはその含蓄に格段の差あることを想起せよ》(同上。太字は原文では傍点)

 ここで三浦は、自然科学にも「文化科学」(今でいう人文科学)にも、偶然的な面と必然的な面との両面が存在するのであり、その両面を統一してとらえることの必要性を説いています。また、個別的なものと普遍的なものも対立物の統一においてとらえる必要があるとして、《個別的なものは普遍的なものに導く連関のうちに於てのみ存在する。普遍的なものは個別的なものに於てのみ、そして個別的なものを通じてのみ存在する》と述べているあたりは、「個々の具体的な言語活動以外に言語は存在しない」「個別言語の研究は言語の本質の解明に通じる」とした時枝誠記の考えかたを想起させます。続いて三浦は、人間が外界のイメージを受けとり概念を抽象し表現した場合も、その背後に捨象された具体的・感性的・個別的なものは「内容の一面として」隠れて存在するのであると、概念に連なる認識・感覚の豊富さを認める立場から言語論を展開しています。また、対象の一般的な面をとらえて個別的な又は一般的な存在を表現する場合についての叙述の部分は、1932年頃三浦がラジオ会社にいたときに抱いた「浪花のアシも伊勢のハマオギ」的疑問(4)、すなわち言語学者は同じ対象を異なる名称で表現している事実についてどのような立体的・構造的な説明を与えているかという問題についての、1940年における自分なりの解答ではないかと思われます(この段階では、まだ言語規範についての言及はありませんが)。

《 原始社会の身振り言語もまた、この一般的な表現形式を持つたところの、すなはち言語としての本質を持つたところの表現方法である。この時代にあつては、人間がその視覚的な「富」を、すこししか持つて居なかつたし、自然の内部へつきすすんで、多くのものを発見し多くのものを創作するに至らなかつたことが、その表現方法をして、形象的な身振り言語の数を多くさせ、形象的な模写の域を脱せしめなかつたのである。人間の思惟能力の発達は、自然の中に更に多くのものを発見し、異つた多くのものを自らつくり出し、表現さるべき種類のものが多くなるのと並行して交互関係に於て発達し、言語の量的増加が質的な転換を招いたのであつた。象形文字から音標文字への発展は、自然と人間の関係、社会の歴史と思惟の歴史から説明されるべきであり、人間の社会関係と切離して考へらるべきでない。ともあれ、身振り言語に於いては、演者は手をはじめ身体全般をいろいろなかたちに変へ、それ等の接続の中に連続した意味を伝へたのである。しかし、その一つのかたち−−例へば水を表現するのに、すくつて飲むかたちをする−−は、何人が表現しようとも、やはり一般的な表現形式として、その対象の一面を、一般的な面をとりあげて形象としてゐることに何等変りない。個別的な水の模写でなく、一般的な水の模写である。この一般的な水の模写である、この一般的な表現形式は当然個々の人間によつて演じられるが、文字も発音も、個々の人間によつて記され発音される個別的な存在が一般的な形式を持つと云ふ本質には何等変りない。(存在と形式を混同するべからず。)》(同上。太字は原文では傍点)

 さらにこうして、身振り言語の歴史的社会的発展のありかたや、一般的な表現形式としての身振り言語のありかたについての叙述が続きます。

《 この「一般的な表現形式」は、人間の意識の形象的形式の表現である芸術の一分野をなしてゐると共に、他方に於て「個別的な表現形式」もまた存在する。これは、対象をその特殊的な、個別的な、感性的な部分に於て表現するところの、絵画、彫刻などのたぐひである。(この両者を兼ねそなへる表現形式もある。)そこに描かれつくられたものは、その作者が空想に於て組立て又は対象に見出したところの、感性的なイメエヂに発する模写である。そして、映画はこの分野に属することがあきらかであり、表現形式に於ては文字との間に一般的対個別的といふ対立にあるわけである。この個別的な表現形式を持つ映画は、その一般的な面として、観客の誰にも対して、その対象と近似的なイメエヂを直接感覚に於て与へる点を注意しなければならぬ。文字や言葉の示す視覚的、聴覚的なイメエヂは、読者の思惟に間接に記憶をよみがへらす役割を持つてゐる。思惟によつて構成されうごかされる。この観客に感性的な具体的なイメエヂを与へる映画や演劇のやうな芸術と、原始社会の身振り言語とは一見同じ本質のやうに考へられる。たしかに身振言語は演者自身視覚的に具体的なかたちを持つてゐるけれど、そのしぐさは前にも言つたやうに一般的なかたち(線)と動きに於てのみ観る者にとらへられるのであつて、演者自身の持つてゐる個別的な、感性的な、特殊なもの、たとへば衣服とか、色とか、大小とか、性的差異とか云ふものは、観る者の何等意識するところではなく、そのかたちの背後にある対象の実際の姿かたちを観る者は思惟するのである。今でも、親指と人さし指でマルをつくつて「金銭」を表現するやうな身振り言語が少くない。これは人間の身振りによる感情の表現の一種であつて、意識的な伝達の手段である。これは、小学生の遊戯や落語家が高座で幾人かの男女を演じ分ける実例を見て考へるなら明白であらう。身振言語には、「対象のかたちの模写」がある点で単なる感情の発露と区別される。ところが、映画の画像は、その登場者をたとへ立体や色彩を補足して考へるにしても、登場者の姿自身を個別的な具体的な存在として眺め、その背後を考へないのである。それが俳優であり扮装であつても、その形象的な存在は、映画の中の実際的な存在として受取るのである。身振り言語に於ける「作家」にあたるものは映画ではその形象の背後に、俳優又は演出者としてかくれてゐて、かたちをあらはさないのである。即ち、身振り言語の「具象」は観客によつて捨象されて一般的な部分だけが抽象され、映画は「具象」を全面的に受け入れて作者をその背後に思惟する。金語樓(5)の映画には時々オーヴァアクトの不自然な感じを受けるけれど、これは演者が無意識のうちに「具象」的な演技に加へるに高座式の「身振り」をつくりだすところにあるので、高座での訓練は映画に適した部分も適せぬ部分もあることを俳優も演出者も注意しなければならない。この言語と映画の形式上の対立は、個別と一般の相互浸透、反対物への転化と云ふかたちで、その発展のなかに自己否定を見ることができる。この否定は、普通誤解されてゐるやうな単なる否定でも、矢鱈な否定でも、絶対的な否定でもない。それは連結のモメント、発展のモメントとしての否定であり、それ自身の内的な発展に於る移行である。それなくしては、弁証法は単なる否定、遊戯、詭弁、懐疑論となる。絵画は対象の個別的な表現形式であるが、内的な一般的な性質の発展によつて、即ち絵画が一般的な存在をあらはすものとして使用されるに及んで、象形文字となり、形象は対象の感性的個別的な模写を脱した。十五夜の明月も三日月も同じ象形で表現されるに至つたのである。また、文字の個別的な表現形式を持たせられた例としては、『メトロポリス』(6)のバベルの塔の表現、また昔のスラップスティック喜劇に見たやうに、文字が震へたり燃え上つたりする例をあげられよう》(同上。太字は原文では傍点)

 ここにおいて、絵画や彫刻、映画などの「個別的な表現形式」の表現は、受け手に対して直接感覚にイメージを与えるものであるが、言語などの「一般的な表現形式」の表現は、受け手の思惟に間接にイメージを与えるものであることが述べられます。また、《(身振り言語のしぐさは)一般的なかたち(線)と動きに於てのみ観る者にとらへられる》、《そのかたちの背後にある対象の実際の姿かたちを観る者は思惟するのである》、《身振言語には「対象のかたちの模写」がある点で単なる感情の発露と区別される》といった表現は、のちの超感性的な概念の種類としての表現が言語であるという三浦の言語本質論を早くも連想させるものといってよいでしょう。後半部分では、絵画の言語への転化や、文字における感性的な表現すなわち非言語表現について言及しています。

《 文字が一般的な表現形式であり乍ら一般的な且つ個別的な内容を表現するやうに、映画もまた個別的な表現形式であり乍ら一般的な且つ個別的な内容を表現するものである。今、撮影所内の池の表面をフィルムの断片にうつしとる。これは具体的な水面の表現である。これを一般的な水面として、一般的な存在として文化映画『蚊の一生』に挿入して〔ボウフラは水の中に棲む〕と云ふ一般法則を観者に伝へることも出来るし、又物語映画『母』で哀れな女性が投身するその個別的な存在としての池にして用ひることも出来るのである。この映画と文字の形式的な対立のみを重視すると、内容まで一般的と個別的と云ふ対立を延長して考へる結果となり、対象の対立と統一から由来するところのそれぞれの形式を有する作品の内容に於る内的な対立を看過して、「映画の内容は具体的で、文字の内容は一般的」と断定してしまふのである。そしてまた、この形式的な対立こそが映画と言語の本質的な区別であるに拘らず、意識の形象的表現であると云ふ共通な点のみを考へてこの区別を無視するところに映画が「具象言語」であると云ふ混同が起るのである。

 以上述べた様に、作品の内容は作者の思考から観者の思考に伝へられるので、表現形式の個別的か一般的かは内容の個別と一般に直接的な関連を持つて居ないのである。映画に於ても「反語」が存在する。警官の服装をした人間は、本物にも偽物にも使へる。警官を私服のピストルを持つた壮漢が追跡してゐる場面は、そのままとして見ても、また偽警官を変装の警官が追つてゐると見てもよい。朝日のシーンは夕日のシーンの逆回転によつて表現出来る等々。しかし、個別的な表現形式にも一般的な表現形式にもそれぞれ欠陥はあつて、形式から来る適当と不適当は、内容によつてその選択を吾人に迫るものである。文字が視覚的に直接空間を描けない欠点は衆知のとほりであるけれども、映画の欠点である空間、時間の広範な部分を包含せしめ得ぬことや、人間のいろいろな感覚を視覚的な形象にあらはすことの困難さや、感性を失つた現象の本質的な内的連関を伝へることの六ヶ敷さ(むずかしさ—引用者注)、一般的なものを伝へるときの具体的な描写能力の反対に妨害となることなどは案外看過されてゐるのではあるまいか。ここにもまた映画の形式を見て内容を考へぬ欠陥があらはれる。具体的とはデティルを視覚的に微細に描写することばかりではない。複雑な多種多様の存在を、その内的連関に於て正しく把握し、現象の奥深く分析のメスを入れて突き進んで行き、それを文字にあらはしたものは、人間の認識の前進であり発展であり、表面を撫でた文化映画の映像よりすぐれた紀行文のより「具体的」な理由が、より大きな感動と深い理解をあたへる理由が、映画の構成の重要さ(これは内的連関を示すに重要である)がここに存在するのである。映画が字幕やアナウンスを併用しインサアトを利用し、或は線画や模型を用ひる。文字が挿絵や図版や写真版を利用する。いづれも自己の欠陥を補ふための、他の面からする対象への接近としての対立した表現形式の利用である。しかしながら自然の存在と発展は無限であつて、人間の頭脳はこの自然全体を把握することは出来ない。人間は感覚をとほして、外界の像をとらへ、伝達の形式によつて他の人間の把握したものを自己のものとし、これ等の反復によつて抽象し、概念をつくり上げ、法則をさぐり出し、世界像を描き出し、実践によつてそれ等の正しさをたしかめながら、永久に自然に近づいて行くにすぎない。永久に近似的な、しかしながら発展してゆくところの把握である。そして言語も映像も、またその把握したものの近似的な表現でしかあり得ないのである。把握の発展が表現形式の発展を求め、その運動を促し、生産力の発展と相俟つて進んでゆく》(同上。太字は原文では傍点)

 映画と言語それぞれの具体的なありかたをとおして形式と内容の相対的独立について論じつつ、究極的には内容が優位にあることが述べられます。そして、映画と言語の相互浸透について語りつつ、弁証法的世界観の立場から映画と言語を総括的に把握して終わります。最後に、次のような結論が提示されます。

《結論を言へば−−

(一) 映画を言語に包括するのは誤つてゐる。われわれが言語と呼ぶものの本質であり他と区別するものは、対象を一般的な面で捉へるその一般的な表現形式を有するところである。

(ニ) 身振り言語の高い段階に於る再現と考へるのは、表面的な形にとらはれた混同である。映画の人物の身振りは、あくまでその人間自身のものとして観察され、他の実在の形象的な模写として抽象されるものではない。意識の形象的表現をすべて言語に包括するときこの誤つた結論は不可避であらう。

(三) 「否定」が徒らな対立間の闘争と一者の優越による他者の滅亡とのみ考へられて、文字に対する映画の優越による「文字文化の否定」が結論されてゐる。

(四) 内容の対立を形式の対立から類推して同視してゐる。

(五) 文字の視覚的な空間描写能力を持たぬことが不当に誇張されて映画の欠陥が看すごされてゐる。
この偏向は、一言以てすれば、形式主義的偏向であつて、その克服には弁証法(論理学)の正しい研究と、自己の利用せんとする各種の文献の盲目的ならざる(批判的な)摂取、即ちそれに接する態度を更にきびしく自戒することが必要と考へる。弁証法も文献も、理解するのでなく棒暗記してゐるだけである。従つて物の正否を具体的に看破るには不充分なのである》(同上。太字は原文では傍点)

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 −−それにしても戦前の日本において、弱冠29歳の若者が言語の本質についてこれだけレベルの高い論文を書いていたということは、まさに驚きでしかありません(映画言語説を唱えてくれた今村太平氏に感謝です)。語彙の選択の仕方や表現の方法が戦後の三浦と異なる部分もあるので、その意味でも貴重な論文だと思います(7)。種類としての言語表現論の萌芽がすでにこの段階で見られたことも、確認できたのではないかと思います。なお、私のまとめの言葉は、高木場(!)の言葉のすべてを捕捉したものではありませんので、じっくりとお読みいただきたいと思います。

          〜〜〜

(1)川島正平「三浦つとむの言語理論、その形成過程について 6」。

(2)リュシアン・レヴィ=ブリュール(1857~1939)。フランスの哲学者、文化人類学者。

(3)ジョセフ・ヴァンドリエス(1875~1960)。フランスの言語学者。ケルト語の研究が有名。

(4)三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」(『思想の科学』1948年5月)

(5)柳家金語樓(1901~1972)。明治大正昭和にわたって生きた喜劇俳優、落語家。

(6)フリッツ・ラング監督によって1926年に製作されたドイツのSF映画。SF映画黎明期の傑作とされている。

(7)たとえば、結論部分の《映画の人物の身振りは、あくまでその人間自身のものとして観察され、他の実在の形象的な模写として抽象されるものではない》における「他の実在」は、おそらく「対象や概念、認識」などのことをさしているものと思われます。

 



(2020年11月9日脱稿   2026年6月16日更新、再掲)

2026年06月16日