日本語の〈動詞〉〈形容詞〉はどう違うか?

日本語の〈動詞〉〈形容詞〉はどう違うか?


 日本の学校文法では、「動詞は事物の動作・作用などを表し、形容詞は事物の状態・性質などを表す」などと説明しており、日本語の〈動詞〉と〈形容詞〉の違いについて明確な説明を与えているとはいえない状態です。一方、1936年に山田孝雄はこの問題についてすでに次のように述べていました。

 《(動詞と形容詞の区別について)吾人の求むる分釈の原理は結局その客観たる属性を吾人の主観に於いて如何様に取扱ふかといふことに存すといふべき(中略)…その属性が時間的に変遷すべき発作性のものとしてあらはされたる場合には動詞となり、又その属性が超時間に固定し、又は存続すべき性質のものとしてあらはされたる場合には形容詞となるといふことを得るなり》(『日本文法学概論』196~197頁)

 つまり、表現主体が属性を動作性・作用性を持つものとして、動的にとらえて表現したものが〈動詞〉となり、表現主体が属性を状態性を持つものや性質的なものとして、静的にとらえて表現したものが〈形容詞〉となるというわけです。三浦つとむはこの山田の説を継承して、《〈動詞〉は属性を運動し発展し変化するものとしてとらえて表現する。〈形容詞〉は属性を静止し固定し変化しないものとしてとらえて表現する》(『日本語はどういう言語か』159頁)と分かりやすく説明しています。私もこの山田孝雄や三浦つとむの説を採用する立場です。


〈静詞〉とは何か?

 学校文法では「重厚だ」「便利だ」などの表現を一語として、すなわち〈形容動詞〉として認めていますが、三浦つとむ(もちろん時枝誠記も)はこれらの表現を二語と見て〈形容動詞〉説を否定しています。三浦は、これらの表現の成り立ちから丁寧に説明して一語説を否定します

《そこ(歴史的に、〈動詞〉に比べて〈形容詞〉の発達が不十分だったところ)へ漢語が入ってきたのです。日本人は輸入された書物にある外国語の表現を、なんと読むか、日本語にどうとりいれるかの問題にぶつかったのでした。漢語には「綺麗」「堅固」「従順」「残酷」「誠実」「厳重」など、事物のこみいった属性を端的に表現するものがたくさんあります。「うつくしい」「かたい」「おとなしい」「むごい」など、形容詞の中で漢語に近い内容を表現するものもありますが、〈形容詞〉では表現できないものもすくなくありません。それで〈形容詞〉の不足を補うものとして、これらの漢語を音で読んで日本語にとりいれることになりました。これらは静止し固定し変化しない属性として対象をとらえているのですから、〈助詞〉の「に」と〈助動詞〉の「あり」とが熟合して生れた「なり」をむすびつけて

  これは本なり。
  彼を訪問せんとするなり。
  天候険悪なり。
  警備きわめて厳重なり。

 のように、〈名詞〉〈動詞〉の場合と同じような使いかたをすることになりました》(『日本語はどういう言語か』170~171頁)

 こうして、この種の表現が多く使われるようになったのですが、三浦は《漢語につけられたのは、それまでに使われていたままの日本語です。漢語の活用をこしらえたのでもなんでもありません》(同、太字は原文)と言い、「語尾」とされる「なり」や「だ」は普通の〈助動詞〉であると主張します。そうなると、残された〈形容動詞〉の語幹部分、すなわち「険悪なり」の「険悪」や、「厳重なり」の「厳重」などを品詞としてどう扱うかという問題が浮上してきます。

《 〈形容動詞〉を解消して二語にすると、「静か」「おだやか」「さわやか」「ほがらか」「つまびらか」など、〈形容動詞〉の語幹とよばれているものをどう分類するか、が問題になります。松下大三郎氏は〈形容性無活用語〉とよびましたが、性格的に見て正当な扱いかただと思われます。静止し固定し変らない属性として対象をとらえる語には、活用のあるものも活用のないものもあって、その中の活用のあるものを〈形容詞〉とよぶことにしているのですから、これと活用のない〈形容詞〉的な内容の語とを一括して、〈静詞〉とよぶこともできるでしょう》(同、175頁。太字は原文)

 〈形容詞〉を含む静的属性概念を表現する語をまとめて〈静詞〉とよぶことは、内容的に考えてもきわめて妥当な感じがします。「暗鬱」「安心」「意外」「有耶無耶」「艶麗」「億劫」「魁偉」「豁然」「奇矯」「屈強」「厳格」「幸運」「雑駁」「自然」「崇高」「清潔」「荘厳」「達者」「長大」「鈍重」「難解」「熱烈」「能弁」「漠然」「風雅」「平和」「脈脈」「無機質」「明瞭」「野卑」「幽玄」「幼稚」「冷静」など、実にたくさんの漢語が〈静詞〉に分類されることになるし、また、カタカナの外来語である「アカデミック」「インターナショナル」「カジュアル」「サスティナブル」「チャーミング」「ニュートラル」「ハッピー」「マイルド」「リズミカル」なども〈静詞〉に分類されることになります。その一方で、「大きい」「楽しい」「美しい」などの旧来の〈形容詞〉は、活用のある〈静詞〉ということになります。


 


(2024年9月16日)

2024年09月16日