時枝誠記「国語に対する山本有三氏の意見について」
先日、書類整理をしていたら雑誌『文學』(昭和13年7月号)に載った「国語に対する山本有三氏の意見について」という特集記事のコピーが出てきました。これは、同『文學』(昭和13年4月号)に載った山本有三の振り仮名廃止論に対する安倍能成や島崎藤村、柳田國男など諸家の意見を掲載したものです。その中に時枝誠記の意見も掲載されていたので、短いですが紹介しておきます。
※ちなみに、この短文の執筆時期は、時枝にとっては「場面と敬辞法との機能的関係について」(1938年1月30日脱稿)を書き終え、「菊澤季生氏に答へて」(1938年4月29日脱稿)や「国語のリズム研究上の諸問題」(1938年8月9日脱稿)などを執筆していた頃になると思われます。
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時枝誠記「国語に対する山本有三氏の意見について」
《 山本有三氏の「国語に対する一つの意見」を拝見しましたので、二三の感想を記して意見に代へたいと思ひます。実の処、私は平生自分で筆を執る時には、ルビの必要を考へて居ませんので、山本氏の御意見を見て、今更の様に国語の一の重要な問題として考へて見た次第です。日頃国語について色々考へ、又研究もしなければならない自分として、誠に迂闊なことだと思ひました。
明治の国語学者は、総てを国語政策の立場から割出して研究を始めたのに対して、反動的といふ訳でもありませんが、我々の立場は余りに国語の現象を現象として冷やかに見る傾向が強くなつた様な気がします。ルビの現象も私がそれを問題にした時には、一つの興味ある用字法の現象として眺めてゐたことは事実でした。坪内(逍遥ー引用者)さんの書生気質にある洋書(ブツク)、デツト(負債【しやくきん】)などは随分念の入つたものだと思ひました。併し、かう云ふ凝性も、国語の理想を考へ、国語政策の立場に立つ時、当然改められねばならぬ事実と思います。実際日本の新聞は、何段抜きかの大見出しとルビによつて、世界一に見苦しいものであるに違ひありません。又少年少女がルビを頼りにして雑誌を読んで居るのは、保健上からもゆゆしいことでせう。学校で教へる国語の記載法と社会で適用するものとの間に懸隔のあると云ふことも考へねばならぬことです。
山本氏の御意見が実現出来れば、誠に結構なことだと思ひます。たゞ私は――自分の癖かもしれませんが――文学者の方々が、ルビを使つて居られる心理をもう少し知りたいと云ふ欲求を持つて居ります。それは山本氏の云はれる様に、文字の上の成金気分或は漢文まがひの美辞麗句を使用するからと云ふ理由ばかりでせうか。私の様に狭い範囲を相手にして筆を執つて居る者の先づ知りたいことです。さう云ふ処に、国語の表現の長短を考へる鍵がある様な気がします。それから又執筆者と読者との中間に立つて、さういふ記載法を要求する出版社の考へももつと知りたいと思ひます。植字や校正に莫大な犠牲を払つても猶かう云ふ状態を続けようとする事情について知りたいと思ひます。右の二の事柄は、ルビの問題を考へて行く場合に、私にとつては一応考慮しなければならないことだと考へられたことでした。
意見を求められて、重ねてこちらから注文を持ちかけるのはどうかと思ひましたが、私の立場から率直に申述べた次第です》(『文學』昭和13年7月号掲載)
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戦前までは当用漢字や常用漢字もなく、送り仮名も多用されていない時代だったので、ルビが多用された時代でした。そういった時代に、作家の山本有三氏は「振り仮名がなくても、誰でも読める文章を書く」と宣言し、振り仮名廃止論を展開しました。ルビの問題を考える場合、国語学者としてはいたずらに国民の側に規制をかけて不自由な思いをさせたくないという理由からでしょうか、時枝はすぐに答えを出すことはせず、まずは作家の「心理」や出版社の「考え」についてもっと知りたいと忌憚なく問いかけています。
(2025年9月14日)