フィリピンはいかにして米軍を撤退させたか

 

◇以下、矢部宏治氏『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』より

 《…しかしいったいどうすれば国家主権をとりもどし、正常な国にもどれるかという問題を、さまざまな切り口から検討していっても、最後は必ず憲法の問題に収斂していくことになるのです。沖縄や福島で起きている重大な人権侵害を、どうすれば食い止められるかという問題も同じです。

 ここで重要なのは、第二次大戦後の世界において、主権国家が憲法に条文として書きこんでしまえば、それほど強いものはないということです。(中略)「主権平等の原則」は、国連憲章でアメリカ自身が示した戦後世界の大原則でした。ですから一度憲法に書きこんでしまえば、いくら超大国でもどうすることもできない。憲法は、力の弱い国が強い国に立ち向かうための最大の武器なのです。

 私(矢部宏治氏――引用者)の米軍基地の本(『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』)のなかに書きましたが、フィリピンはその武器を使いました。憲法改正で一九九二年に米軍を完全撤退させています。フィリピンという国は、戦前はアメリカの本当の植民地で、だから独立したあとも、沖縄などくらべものにならないほど巨大な米軍基地が、いくつもありました。PART1で沖縄本島の地図をお見せして、二八ある米軍基地が面積の一八パーセントを占めていると言いましたが、フィリピンには、たったひとつで沖縄本島の四四パーセントもあるような空軍基地や、二〇パーセントある海軍基地などがゴロゴロあったのです。

 ところがそのフィリピンが、マルコス政権が倒れて民衆革命的な政権交代があった翌年の一九八七年に、今後、新たな条約を結ばないかぎり、フィリピン国内に「外国の軍事基地、軍隊、施設」は置きませんという憲法をつくったわけです。さらにそうした「新たな条約」を結ぶためには上院議員の三分の二の承認が必要として、強いしばりをかけました。

 もちろんアメリカは激怒し、激しい圧力をかけました。アメリカ側の交渉担当者は、日本でもおなじみの、あのプロレスラーのような体格をした強面のリチャード・アーミテージです。しかし、フィリピン側はふんばった。そしてピナツボ火山の爆発などの偶然も作用して、結局一九九二年に米軍を完全撤退させることに成功したのです。

 重要なのはその時点で、東南アジア一〇カ国(ASEAN諸国)に外国軍基地はひとつもなくなったという事実です。それはつまり、一六世紀以降つづいた欧米列強による東南アジアの植民地支配の歴史に、ついに終止符が打たれたということでもありました。

 しかしこうした事実もまた、日本の圧倒的主流派である安保村にとって非常に都合の悪い情報ですので、日本人には絶対に伝わらないようになっているのです》(矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』【集英社インターナショナル、2014年】155~157頁。太字は原文)

 矢部宏治氏の指摘するように、国連憲章に「主権平等の原則」があるかぎり、フィリピンのように憲法を使って外国軍を追い出すことは可能なはずです(統治行為論問題をどうするかという問題が存在するにせよ)。米軍の駐留自体が他国からの攻撃の危機を招いているといえる現状、米軍駐留問題について、私たちはヨリ切実に真剣に議論していかなければならない段階にきています。

 

 

 

 



(2026年5月25日)

2026年05月25日