時枝誠記における「対象の展開」論 3


「心的過程としての言語本質観」から『原論』への転載


 鈴木一彦氏の「言語過程説の成立と文法」によると、《この論文(「心的過程としての言語本質観」−−引用者)の全文は、部分的修正を加えられてはいるが、殆どそのまま『国語学原論』に収録されている。この論文の全貌を明らかにし、『国語学原論』との関係を示すとつぎのようになる》(1)として、次のような転載の詳細を示しています。左が「心的過程としての言語本質観」、右が『原論』の見出しです。

《「一 国語研究と言語学の立場」→「第一篇 総論、一 言語研究の態度」

「ニ 国語研究より見たソシュールの言語理論の批判 a 言語対象の分析と「言語」(langue)の概念の成立について」→「六 フェルディナン・ド・ソシュールの言語理論に対する批判、②言語対象の分析と langue概念の成立について」

「ニ b 「言」(langage)と「言語(langue)」との関係について」→「六 ③ 「言」(parole)と「言語(langue)」との関係について」「九 言語による理解と言語の鑑賞」

「ニ c 社会的事実( fait social )としての「言語」(langue)の概念について」→「六 ④ 社会的事実としての「言語」(langue)について」

「三 言語構成観より言語過程観へ」→「七 言語構成観より言語過程観へ」

「四 言語研究の課題−−国語に於ける実践的研究の例二三 a 複合語(合成語)の説明について」→「第二篇 各論 第三章 文法論 一 言語に於ける単位的なもの」

「四 b 国語用字法の組織について」

「四 c 概念語と観念語の区別について」→「ニ 単語に於ける詞・辞の分類とその分類基礎」

「四 d 文の解釈に於ける語の意味の把握について」→「第四章 意味論 ニ 意味の理解と語源」》(鈴木一彦「言語過程説の成立と文法」、松村明など編『講座 日本語の文法 第一巻』【明治書院、1967年】所収)


 一読して分かるように、「四 b 国語用字法の組織について」だけ、転載先が示されていません。そこで『原論』を調べてみたところ、用字法についての所論は、『原論』の「第二編 第ニ章 ニ 国語の文字記載法(用字法)の体系」に転載されています。ただし、内容がかなり発展的につけ加えられており、本質的に考え方は大きく変わってはいませんが、「転載」というより、「発展的修正」というべきものかもしれません。

 以上のような「転載」において、ほとんどの場合においては、量的な変化はあるものの、内容的に大きな変更はありません。けれどもすでに見てきたように、「四 d 文の解釈に於ける語の意味の把握について」から「第四章 意味論 ニ 意味の理解と把握」への転載においては、大きな内容的な変更が見られました。すなわち、伝達過程における模写論は削除され、「主体的意味作用」を重視する機能主義的な解釈が大胆に導入されています。また、「ニ b 「言」(langage)と「言語(langue)」との関係について」から「九 言語による理解と言語の鑑賞」への転載においても、若干内容的な変更が見られます。言語の理解過程において、《…聴手の受容し得るものは、単に音声或は文字であつて、限定された「言語」(ラング)ではない。聴手は彼自らの主体的な連合作用によつて、これを或る特定事物に結合して理解するに過ぎない》(『原論』122頁)と、言語理解における「主体的な連合作用」の重要性が強調されています。また、語論全体としては、主体論、立場論、敬語論などの導入によって大きく発展させられてはいますが、「四 c 概念語と観念語の区別について」から「ニ 単語に於ける詞・辞の分類とその分類基礎」への転載においては、大きな変化はないといってよいでしょう。
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(続く)






(2020/9/3 脱稿  2025/9/24 gooブログより転載)

 

2025年09月24日