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「なので」と〈形式名詞〉論

三浦つとむの〈形式名詞〉論

 

 最近、というよりもう5年くらい前から、日常会話の中で、文頭に「なので」を使う表現のかたちが急速に一般化してきた印象があります。この表現は一部では、文字言語の中でも使われる傾向があります。先日、ネットのある掲示板を見ていたら、文頭の「なので」と「だから」を比べて、「なので」の方が因果関係が緊密でなければならないと主張している人がいて、かつて三浦つとむが取り上げていた永野賢氏の学説を思い出しました。

 

《 「から」は、後件に対する理由や根拠を主観的に説明するものであり、言わば、後件がテーマで、前件がその解決である。すなわち、「から」で結びつけられる前件・後件は、元来二つのものであって、それが話し手の主観によって原因結果、理由帰結の関係で結びつけられる、さらに言えば、その結びつきは話し手の判断作用によるものであるから、それについては話し手の主観が充分の責任をもつ、という意味あいのものである。

 

 これに対して、「ので」は、事がらのうちにすでに因果関係に立つ前件・後件が含まれていて、それをありのままに、客観的に描写する場合に使われる。因果関係に立つ事がらは二つのものであっても、その全体を一つの事態(一連の事件)として、なんの主観的な変更をも加えずに叙述する、裏から言えば、「ので」で結びつけられるものについては、主観の責任がない、という意味あいのものである。

 

 これをひと口に言えば、

 

 「から」は、表現者が前件を後件の原因・理由として主観的に措定して結びつける言い方、「ので」は、前件と後件とが原因・結果、理由・帰結の関係にあることが、表現者の主観を越えて存在する場合、その事態における因果関係をありのままに、主観を交えずに描写する言い方、 である。 》(太字は原文では傍点。永野賢『「ので」と「から」とはどう違うか』【『国語と国文学』昭和27年2月号】)

 

 たとえば、

 

 晴れているから、散歩に出た。

 晴れているので、散歩に出た。

 

という例文において、「から」は「話し手の主観によって原因結果、理由帰結の関係で結びつけられる」ものであり、「ので」は「事がらのうちにすでに因果関係に立つ前件・後件が含まれていて、それをありのままに、客観的に描写する」ものである、と考えられるでしょうか? むしろ、逆のように感じられるのではないでしょうか? 多くの人は、「から」は普通の助詞であり因果関係の表現で、「ので」は「だ」という判断辞(助動詞)の連用形「で」が使われており、話し手の主観が強く関わった表現のように感じられるのではないでしょうか?

 

 以上は、根本となる文法論の違いが、そのまま「から」論「ので」論の違いに出てきているといえます。永野氏の文法論=学校文法が形式重視の文法論であるのに対し、三浦の理論は内容重視の文法論です(現在では「ので」の内容的説明に関しては、永野氏の説が学校文法にとり入れられています)。三浦つとむは、話し手の主体的な感情や意志などの表現である主体的表現と、客体界の表現である客体的表現とを区別して、〈助詞〉〈助動詞〉などは前者、〈名詞〉〈動詞〉〈形容詞〉などは後者として規定しています(三浦の理論は時枝誠記の文法論を批判的に継承しているものです)。三浦の文法論で特徴的なのは、独特の判断辞論、〈形式名詞〉論などです。「ので」という表現は、〈形式名詞〉の「の」と判断辞(〈助動詞〉)の「で」が連結した表現であり、まさに三浦の得意分野であり、ここでもきわめて説得力のある叙述を展開しています。

 

 まずは三浦の〈形式名詞〉論から見てみましょう。

 

《 いま、〈普通名詞〉を使って表現するならば

 

 青いリンゴはすっぱく、赤いリンゴはあまい。(a)

 私が干渉した行為は、よくなかった。 (b)

 

というところを、初出以後はもっと抽象的に、〈形式名詞〉を使って

 

 青いものはすっぱく、赤いものはあまい。 (c)

 私が干渉したことは、よくなかった。 (d)

 

と表現することも多いし、さらには「もの」と「こと」との段階をも超えてもっと抽象的にとらえて

 

 青いはすっぱく、赤いはあまい。 (e)

 私が干渉したは、よくなかった。 (f)

 

とどちらも同じ形式の「の」で表現することすら、しばしば行われている。

 

 表現の直接の基盤は表現主体の認識なのだから、認識で比較してみればこの種の語のちがいも簡単に説明できる。「晩のおかずはどんなものにしようかな。」とまず〈形式名詞〉的に考えるところから出発して、「今晩はにするか。」「ひさしぶりにのさしみにしよう。」と、抽象的な発想をだんだん具体化していくのは、右の例のちょうど逆の場合であり、われわれの認識はこのようにある場合は抽象的なところへのぼったりある場合は具体的なところへくだったりする、のぼりくだりにおいて発展している。このようなダイナミックな展開の中で、〈形式名詞〉ないし〈形式名詞〉的な発想の役割を理解しなければならない。右の例では、対象それ自体のありかたは何ら変化していないのだが、認識がヨリ抽象的ヨリ普遍的になったために、次第にその具体性・特殊性が後にかくれてしまったのであり、その抽象的な概念を表現するために適当な言語規範がつくり出されて「もの」や「こと」が生れ、ついには「の」が使われることになったのである。

 

 (a)の「リンゴ」や(b)の「行為」ならば、誰でも口をそろえて〈名詞〉だというにちがいない。だとすれば、これらに代って使われる(c)の「もの」や(d)の「こと」も、具体と抽象とのちがいこそあれ、やはり〈名詞〉だと考えなければならない。通説も、先に山田が論じて以来、これらを〈名詞〉と認めて、いまでは〈形式名詞〉とよんでいるわけである(「山田」とは山田孝雄のこと。山田は、『日本文法論』の中で、「ほど」「ころ」「事」「物」など抽象的な意味内容の副詞的な、接続詞的な一連の語を「体言」として規定した−−−−引用者)。さらにすすんで、(e)(f)の「の」にしても、文法の教科書に縁のない素朴な人びとなら、これも「もの」や「こと」と同じ性格の語と受けとって、やはり〈名詞〉だというであろう。極度に抽象的で、対象がどんな実在かよくわからないけれども、客観的なものごとを扱った客体的表現であるぐらい、見当がつくのである 》(三浦つとむ「日本語の〈形式名詞〉----『の』とその使いかた」『日本語の文法』【勁草書房、1975】所収。傍線は原文では傍点。太字−−−引用者)

 

 ここでは、認識の発展に伴って〈普通名詞〉から〈形式名詞〉がつくり出される過程がわかりやすく述べられています。三浦は、ここでの「の」を、「もの」や「こと」と同じく〈形式名詞〉としてとらえていますが、学校文法では、〈格助詞〉の「の」から派生した〈準体助詞〉なるものだとされています。〈準体助詞〉とは、先行する表現を〈体言〉に準ずるものにする機能をもつという〈助詞〉です。学校文法では、単独で「文節」を作られる語を「自立語」、単独で「文節」を作ることができす、「自立語」に付いて「文節」を作る語を「付属語」と規定しており、〈名詞〉は「自立語」、〈助詞〉は「付属語」であり、両者は別々の種類のものであるとされています。しかも〈名詞〉は、文の先頭に来て主語になることができるものとされています。それで学校文法では、三浦のいう〈形式名詞〉の「の」は、文の先頭に来て主語になることもできないし、〈格助詞〉の「の」と同じ形式だということで、〈助詞〉の仲間にされてしまったのです。こうして、通説では、内容的に明らかに〈名詞〉であるはずの「の」が〈助詞〉とされており、さらには現在では、「ので」全体が〈接続助詞〉とされてしまっています。

 

 三浦の「の」という形式の語についての考え方をまとめると、「の」には〈格助詞〉と〈形式名詞〉とがあり、さらに〈形式名詞〉の「の」には(e)の系列に属する語と(f)の系列に属する語の2種類が存在します。(e)の系列に属する語とは、対象から直接に把握した実体概念を表現する語であり、(f)の系列に属する語とは、表現された対象をいま一度媒介的にとらえなおして実体的に表現する語です。

 

 スマホは日本製のを買う。 (e)系

 スマホを買うのは彼だ。 (f)系

 

   ここでいう(e)系の「の」はスマホという実体を抽象的に表現した語であり、(f)系の「の」は「スマホを買う」という行為を実体的にとらえなおして表現した語です(実際には、〈形式名詞〉の「の」はそのほとんどが(f)系です)。さらに三浦は、《この二種類の区別は、「のだ」「のです」「のである」などについても、〈接続助詞〉と解釈されている「ので」「のに」などについても、同じように問題にされなければならない》(同前。傍線は原文では傍点)といいます。

 


「で」について

 

 「ので」の「で」を〈格助詞〉と受けとるか〈助動詞〉と受けとるかによって、「ので」全体の解釈も大きく変わってきてしまうので、つぎに「で」について考えてみようと思います。

 

《 〈格助詞〉「で」について、国語調査委員会の編になる『口語法』(大正五年)はつぎのように四つの場合を区別した。

 

(一) 動作の行われる場所を示すもの

    うち仕事をする。

    こちらはじめて聞きました。

    切符を三ケ所買つてゐる。

 

(ニ) 動作をするときの道具・手段などを示すもの

    筆書く。

    これこしらえる。

    指二本もつ。

    木ばかり造る。

 

(三) 動作の行われる縁由を示すもの

    お蔭都合よくまいりました。

    これ難儀しました。

    試験いそがしかった。

    何やかやとりこんでゐた。

 

  (四) 指定の意味をあらわすもの、第一類の「で」と同じものであるが、ここでは、上のことを指定して下へ言い続けるだけの用をする。

      あれは桜、これは桃だ。

      売ったのは君、買ったのは僕だ。

      牛が一匹、馬が二匹だ。

 

 (一)(ニ)(三)と(四)とは意味に大きなちがいがあるが、〈名詞〉に結びつくという形式的な共通点から、これも同じく〈格助詞〉だと見ているわけである。ここで「第一類」の「で」というのは、「これは熊の皮である。」のように、「ある」「ない」に伴って使われる「で」であって、これも〈助詞〉と規定されている。山田文法や橋本文法も、ここにあげられた(四)の場合を、やはり〈助詞〉と説明している。

 

 これに対して松下文法は、(四)を断定の意味を持つものとして、〈動助詞〉の系列に入れた。一般のいいかたでは〈助動詞〉である。時枝文法も「で」に〈格助詞〉と〈助動詞〉の二種類を認めて、(四)の例に似た

 

 体は健康、性質は愉快だ。

 

の「で」と「だ」はどちらも「指定の助動詞」で、連用形と終止形とちがうだけだと規定する。私は、どちらも判断表現と見るから、時枝に賛成である 》(三浦つとむ、同前)

 

 三浦の言うように、明らかに(四)の「で」と(一)(ニ)(三)の「で」とは異質でしょう。(四)の「で」は、「あれは桜である」ことや、「売ったのは君である」ことや、「牛が一匹である」ことの話し手の判断を、それぞれ表現していると見るべきでしょう。ちなみに永野賢氏は判断辞を「だ」しか認めなかったため、「で」に判断辞の場合があることを想定することができず、このことがのちの「ので」論「から」論に大きく影響を及ぼすことになります。

 


「ので」について

 

 「ので」の「で」は、〈格助詞〉の場合もあれば、〈助動詞〉の場合もあります。山で出発したばかりのケーブルカーを見ながら、

  つぎに来る、行こう。

 

  という場合は、先に三浦が示した(e)系の「の」と上の(ニ)の場合の「で」であり、〈形式名詞〉と〈格助詞〉とが連結されたものです。

 

《 そんな風に、家のなかのことはすべてお内儀さんが切り盛りして行くので、汚い風采をして玄関の机に向って坐っている亭主はいわば飾り物みたいなものでしたが、これがまた無類の好人物、退屈しているせいかフランス語の稽古になるという口実、しきりに人をつかまえて話しこみたがるので、初めのうちは煩さくて閉口しましたが、だんだん気心が知れて見ると、話の仕方が少しくどくてもフランス人には珍らしく見え透いたお世辞や嘘は絶対に云わないし、なかなか親切にこっちの為を思ってくれるような所もあるので、暇なときにはなるべく相手になることにしました 》(中村光夫『戦争まで』中公文庫。傍線は引用者)

 

 これは文芸批評家中村光夫のフランスでの生活の一場面ですが、「切り盛りして行くので」の「の」は〈形式名詞〉の「の」、「で」は〈助動詞〉で、前件の結果当然後件のようなことになるという書き手の強い主観的な断定が感じられます。「飾り物みたいなものでしたが」の「もの」は〈形式名詞〉、「でし」は〈敬辞〉とよばれる〈助動詞〉で、「飾り物みたい」という低い評価を「もの」で実体的にとらえなおしてから、「でし」でこれまた断定を下し、過去をあらわす「た」に続いて〈接続助詞〉の「が」を使うことによって後件にまた前件の反対の意味内容が来ることをあらわしています。「無類の好人物」の「で」は、〈助動詞〉の「で」で、「亭主」の人物観についての著者の判断をあらわしています。

 

 「口実」の「で」は、先ほどの(三)に該当する、「動作の行われる縁由を示す」〈格助詞〉の「で」です。「話しこみたがるので」の「の」は〈形式名詞〉、「で」は〈助動詞〉で、前件の内容を実体的にとらえなおしてから「で」で前件を原因として強調して判断辞を加えて表現し、後件のさらに発展させた具体化した表現へとつなげています。「所もあるので」の「の」は〈形式名詞〉、「で」は〈助動詞〉で、これも前件を原因として重視・強調して後件のさらなる具体的な表現へとつなげるかたちとなっています(中村光夫は、「ので」を多用した文芸批評家として有名ですが、戦後のある時期から「です・ます」体を採用してこの「ので」を多用することになったのは、前件の思想内容を抽象的に大きくわくづけする意識で確認し強調し、それを原因として後件の具体的な思想内容へとつなげ、論理的整合性の強くとれたところの、ダイナミックな思想的展開を意図したためと思われます。また、日本語は判断辞がしばしば零記号化されることが規範化されているために判断表現が弱くなりがちですが、「です・ます」を採用すると判断辞がつねに言表化されることになり、強い明確な判断表現の実現が可能となり、論理的表現の充実につながリます。中村はある時期からそのことに気づいていた可能性があります。『風俗小説論』以降の彼の評論を読むと、『戦争まで』や青春論・幸福論あたりまでのいわば普通の「です・ます」体を脱皮して、明らかに彼が意識的に「エラボレートして」評論に適した独特の文体を構築したことが分かります。詳述はまた別の機会に行いたいと思います)。

 


「ので」と「から」の違いについて

 

 ここで、前に紹介した永野賢氏の「から」と「ので」の違いについての定義をもう一度読んで見ましょう。

《 「から」は、表現者が前件を後件の原因・理由として主観的に措定して結びつける言い方、

 「ので」は、前件と後件とが原因・結果、理由・帰結の関係にあることが、表現者の主観を越えて存在する場合、その事態における因果関係をありのままに、主観を交えずに描写する言い方 》(永野賢『「ので」と「から」とはどう違うか』【『国語と国文学』昭和27年2月号】)

 

 ここまで読んでこられた方であれば、以上の永野氏の定義が必ずしも正しいとは限らないことを理解していただけると思います。

 

 キャッチャーがボールをそらしたから私はホームへ走った。 (g)

 

 という例では、後件に対する理由や根拠を話し手が主観的に説明しているといえますが、たとえば、

 

 キャッチャーがボールをそらしたから彼はホームへ走った。 (h)

 

 という場合は、「彼」は話し手の主観を越えて行動していることは明らかで、話し手は前件の内容と後件の内容を結びつけただけにすぎません。明らかに永野氏の結論と異なっています。なぜこうなってしまったのかというと、やはりその〈助動詞〉論(=判断辞論)の弱さと形式主義的発想が影響しているものと思われます。彼は〈助動詞〉の「だ」のみが判断表現であると見なすことにより、「ので」の「で」を原因をあらわす〈格助詞〉と見なさざるをえなくなり、そのため「ので」の判断表現の側面を過小評価することとなり、ひいては判断表現の存在しない「から」にそれを押しつけることとなってしまったのです。「から」は本来、出発点・起点の意識を表現する〈格助詞〉と、そこから派生して二つの事柄を因果関係で結びつける〈接続助詞〉とに区別されます。さきの(h)は後者の例です。

 

 ここで、「から」と「ので」の認識構造に着目しつつ、その使いわけかたについて調べてみようと思います。

 

 Aという人が観客席から野球の試合を観戦していました。状況はツーアウト、ランナーなし。投手が投球モーションに入ったところ、打者はバントの構えをし、その直後、1塁手と3塁手は打者めがけて走ります。この場合、Aが1塁手と3塁手の心の動きがわからずに現象的にとらえれば、「打者がバントの構えをして、それから1塁手と3塁手は走った」と、二つの別の事実を単なる時間の流れにそって結びつける〈格助詞〉を使うことになるでしょう。けれども、1塁手と3塁手の立場に立ってみれば、打者がバントの構えをしたことで二人とも走る意志が出てきたので、二つの事実の間には因果関係があります。ただし、ツーアウト、ランナーなしという状況から考えてみても、それはどうしても走らなければならないという理由があってのことではありません。走る構えだけをしてバスターエンドランに備えるという選択肢もあるでしょうし、走る走らないはそれぞれの意志でどちらにも決められることです。が、実際には二人とも走ったので、別の話し手であるAが、これを単なる継起ではなく原因であったという意識で、

 

 打者がバントの構えをしたから、1塁手と3塁手は走った。 ( i )

 

 と、〈接続助詞〉の「から」を使って因果関係を表現しても違和感はないでしょう。

 

 次に、状況はノーアウト、ランナー3塁、バントが成功すれば得点が入ってしまう場面を考えます。しかも同点で迎えた9回裏の場面とします。この場合も、打者がバントの構えをしたことが1塁手と3塁手が走る契機になるので、二つの事柄の間には因果関係があるといえます。けれどもこれは( i )とはちがい、下手をすれば得点が入り試合に負けてしまうという現実からの強制を受けていて、走るか否かを二人の意志で勝手に決められるものではありません。バントの構えをして1塁手3塁手が走るという関係は必然的ともいえるでしょう。この場合、打者がバントの構えをしたら二人とも走るということはあまりにも当たり前のことなので、あえて因果関係を表現する必要もない、別の話し手であるAが、その意味で( i )とちがった意識で、

 

 打者がバントの構えをしたので、1塁手と3塁手は走った。 ( j )

 

 と、原因それ自体を重視・強調して打者の行動をとらえなおし判断辞を加え、「ので」と表現しても、不思議はないでしょう(以上、(g)〜( j )の例示とその説明は、三浦の『日本語の文法』【118頁〜121頁】における内容を私なりに表現し直したものです)。

 

 ここまで「から」と「ので」の背後にある認識の構造についてみてきましたが、最後にまとめとして三浦のつぎの言葉を引用しておきます。

 

《 永野の論文のまえおきには、

 

 空気がきれいだから、健康によい。

 空気がきれいなので、健康によい。

 

 という例があげられている。たしかにこの種の例は、「から」と「ので」とが大体同じ意味だと結論づけるにふさわしい。けれども前者は「だ」というだけなのに、後者は「な」「で」と判断辞が重加され、ヨリ強調されていることを見なければならない。どちらも因果関係をとりあげている点では同じなのだが、前者はいわば常識的な知識として説いているのに対して、後者は自分や家族の経験から得られた確信であるとか、科学的な調査で得られた結論であるとか、そこに必然的な関係のあることを把握し強調する場合に使われることを、反省する必要があろう》(三浦つとむ『日本語の文法』122頁〜123頁。太字は原文では傍点)

 


「なので」について

 

 以下、『TRANS.Biz』というwebマガジンに載っていた記事です。

 

《 最近、若い層の人を中心に、「なので」を文頭の接続詞として使う人が増えています。また、ビジネスメールで「なので、〜です」と「なので」を使うことも増えています。

 年代によっては昨今の「なので」の使い方に違和感を覚える人も多いようです。「なので」の正しい使い方について紹介します。参考にして下さい。

 そもそも「なので」はどのような意味なのでしょう?

 (中略)

 古くは「なので」の意味は、断定の助動詞「だ」+接続助詞「ので」ので2つので語が連結した「連語」とされており、接続詞としては認められていませんでした。(中略)

 「なので」の意味は、接続詞「だから」と同じ意味です。「だから」は「前に述べたことを原因・理由として、あとに述べる事がらが結果・結論となることを示す」順接の接続詞です。(中略)

 従来の文法では「なので」は接続詞とされていませんでしたが、近年は接続詞の現代用法として、辞書などで解説される事例も出てきました。次のような使い方です。

◯「昨日は遅くまで残業をした。なので、今朝は寝坊をしてしまった。」

○「デスクワークは運動不足になりがちです。なので駅まで歩くようにしましょう。」 》(lismIle「『なので』の敬語と言い換えは? ビジネスでの使い方を例文で紹介」。【2019.8.31】。傍線は引用者)

 

 ここでは、「なので」はもともとは《指定の助動詞「だ」+接続助詞「ので」》の連結したものであったと説明されていますが、実際は〈助動詞〉「だ」の「連体形」「な」と、( f )系の〈形式名詞〉「の」、および〈助動詞〉「だ」の「連用形」「で」が結びついたものです。「の」の前にご丁寧に「連体形」の「な」がついているというのに、なぜ素直に「の」を名詞として認めない人が多いのでしょう? ともかく、「なので」は、名詞に直接「で」を結びつけるのではなく、判断辞プラス( f )系の〈形式名詞〉から成る「なの」を加え、対象を実体的にとらえなおして「な・で」のかたちの判断の重加表現が可能となっています。《つまり、独自の対象を持たない「の」を媒介することで、判断をさらに強調したり、主体的意識が生れた根拠の断定を行ったり、している》(三浦つとむ『日本語の文法』138頁。傍線は原文では傍点)のです。ここでは「なので」は「だから」と同じ意味だとされていますが、すでに指摘したように、「なので」は主体的意識に基づいた表現、判断が重加されて判断それ自体が重視・強調された表現であり、客観的な因果関係の表現である「から」に判断辞が一つついた「だから」とはその内容を異にするものです。

 

 一方、冒頭の「なので」が近頃口語的場面でよく使われているということは、私もテレビやラジオなどをとおしてよく知っています。たしかに以前に比べて、「なので」の使用頻度は高まっていると思います。これは、インターネットやスマホなど、さまざまなコミュニケーションツールの発展とともに、おのおのが自らの見解を明確な根拠とともに強調して伝える必要から徐々に浸透してきたのではないかと思われます。

 

 先の記事は、次のようにまとめられています。

 

《「なので」は、(中略)文頭に使う用法はのぞましくないものの、間違いではないという見解も出ています。また、ビジネスシーンや履歴書などでの文語表現では、他の表現に言い換え、さらに状況に応じて、言い換え方の配慮も必要でした 》

 

 「なので」を文頭に使うのは望ましくないというのは、文語的場面ではたしかにそうでしょう。けれども、口語的場面では、たとえば会社でプレゼンをするときなどは、重宝する言葉だと思います。すでに表現された事柄を、「なので」と続けることにより、その内容をいま一度媒介的にとらえなおして、そのこと自体を重視・強調しながら、次の展開へ向けてダイナミックに入っていくことができます。ただし、ここでも指摘されていますが、文語的場面でも口語的場面でも、かしこまった場面・目上の相手の場面では、冒頭でのこの種の表現は他の表現に言いかえることが望ましいと思います。まだそれほど定着した表現ではないからです。ただし、自分の意見を主張することが善とされる場面、たとえばプレゼンなどの場面では許されるのではないでしょうか。

 

 今回、「なので」について調べるために、インターネットていろいろ調べていると、「なので」を論じる際についでに「ですので」と「ですから」のちがいについても触れているものが少なくなく、しかもそのほとんどが学校文法的理解なのには驚かされました。実際、いまとりあげたwebサイトでも、「ですので」を使った表現は、「曖昧」な「柔らかい」であり、「ですから」は、「曖昧さが」ない「断固とし」た表現、「明確な意思を伝え」る表現だとしています。一度定説になってしまうと固定してしまってなかなか訂正することができないのだなあ、とつくづく思った次第です。最後に、これもネット上ですが、一応書き言葉の記事として、堂々と使われている冒頭の「なので」を紹介して、とりあえず終わりにしようと思います。

 

 《 ・・・ではなぜ他国との条約を、本来の担当である国務省ではなく、軍人が書くことになったのか。その理由は旧安保条約が調印された1951年の、前年(1950年)6月に起きた朝鮮戦争にあった。

  この突如始まった戦争で米軍は当初、北朝鮮軍に連戦連敗する。その後も苦戦が続くなか米軍は、それまで一貫して拒否していた日本の独立(=占領集結)を認める代わりに、独立後の日本との軍事上の取り決め(安保条約)については、本体の平和条約から切り離して軍部自身が書いていい、朝鮮戦争への協力を約束させるような条文を書いていいという、凄腕外交官ジョン・フォスター・ダレスの提案に合意したのだ。 

  なので先の(1)【なぜ、これほど異常な(日米間の)状況が生まれたのか】への答えは非常に簡単だ。日米安保条約や地位協定は、もともとアメリカの軍部自身が書いたものだった。しかも平時に書いたのではなく、戦争中に書いた。だから米軍にとって徹底的に都合の良い内容になっているのは、極めて当然の話なのだ 》(矢部宏治「対米従属から脱却するために、いま日本がやるべき『3つのこと』」【2019.5.19】講談社オフィシャルウェブサイトより。太字は引用者)

 

※新型コロナで「巣籠っている」間に書いたもので、いわば「巣籠もり論文」ともいえるものです。よって、家から一歩も出ておらず、資料も持っている本と、あとはネットを利用して書いたのでそのへんはご容赦ください。 (2020-05-12 脱稿)

 

※中村光夫の文章の引用部分の内容を分析している部分について、誤りがあったので修正を加えました。(2023/12/26 更新)

2023年12月26日

「外来語」の〈転成〉について

はじめに


 日本の「国際化」や、IT関連用語の普及などに伴って、最近、「外来語」の濫用が一部で問題視されている。大野晋氏などは、《紀元二000年というのは、日本がカタカナ語化した、突出した区切りの時期になると思う》(1)とまで述べている。「外来語」に関する問題についてはすでにさまざまな意見が提出されているが、私は、「外来語」の種類および「外来語」の<転成>という現象について、三浦つとむの言語理論の立場から、言語および日本語の特質に言及しつつ論じてみようと思う。


<外来語>と<和製外来語>

 一般に「外来語」とよばれているものの中には、元となった外国の原語とほぼ同じ意味・用法・形式で使われているものと、元となった外国の原語とは異った意味・用法・形式で使われているものと、大きく分けて二種類がある。ここでは便宜的に、前者を<外来語>、後者を<和製外来語>と表記することにする。

 <外来語>には、「フォーク」「ナイフ」「スプーン」「ビール」「ワイン」「ステーキ」「タバコ」「カメラ」「レントゲン」その他多くの固有名があり、<和製外来語>には、「リフォーム」「オーダーメイド」「ナイター」「ワープロ」「ワイシャツ」「セクハラ」などがあるが、もちろん、両者の中間に位置するような語もたくさんある。両者の区別はあくまで相対的なものである。

 よく問題視されるのは、<和製外来語>の方である。次に紹介するのは、大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫の諸氏が故・小渕首相の私的諮問機関である「21世紀日本の構想」懇談会が提出した「英語第二公用語論」(『日本のフロンティアは日本の中にある』二000年一月)という報告書について、語り合った中からの抜粋である。


《 森本 僕は、この報告書を読んでいて、実に腹が立った。なぜ「日本には開拓すべき分野がまだたくさんある。と、だれもが一読してすぐ理解できる文章じゃいけないのか。「グローバル・リテラシー」だの「ガバナンス」だの、やたらにカタカナばかりの文章もひどい。まず第一に、「フロンティア」というのは、西部に未開の地があった西部開拓時代のアメリカにとってこそ、歴史的に意味を持つ言葉でしょう。タイトルからして、この報告書がいかにアメリカ的幻想から生まれたものであるかが、よくわかる。だから、タイトルそのものが、ということは主題自体がバカげているということですよ。

大野 僕にもわからない。(中略)……フロンティアという単語は知っていても、この文は、ほとんどの日本人が理解できない日本語ですよ。こういう表現を平気で使いながら、日本語が乱れているだの、日本人に英語を使えるようになれというのは、基本的な姿勢として間違っていると思う。

鈴木 いやもう、お二人が燎原の火のごとく怒られたのは、本当にその通り。この報告書にはいい点もあるんだが、いまお怒りになられたのは悪いほうですね。これは戦後の若い人たちの言葉の使い方によく似ていると思うんですよ。なんとなく気分としてわかるという表現です。みんなわかったような気になるけれど、具体的には何もわからない。こういうカタカナ英語が使われると、一番困るのは英米人なんですよ。多分、この「フロンティア」には、「夢」「将来」といった意味が込められているんじゃないかと、私は思うんですが……。

森本 だったら、そう日本語で言えばいい。だいたい「フロンティア」は「辺境」とか「未開拓の領域」という意味で、「夢」なんて意味はない。》(『日本・日本語・日本人』大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫著、新潮社、二〇〇一年九月)

 ここでは、原語にはない独特の意味を担わされた「フロンティア」という<和製外来語>がやり玉にあげられている。たしかに、「日本のフロンティアは日本の中にある」という表現は日本語としては不明瞭の感が否めない。かりに「フロンティア」に鈴木氏の言う「夢」とか「将来」とかいった意味が込められていたとするならば、それはまだ定着していない語の使用法であり、しかもそれが公の文書の中で使用されたとなっては、批判されても文句は言えないであろう。けれども、一方で、「リフォーム」「オーダーメイド」「イメージアップ」「ウィークポイント」「カルテ」「ポンプ」「オンエア」「バックミラー」「フロントガラス」「ルポライター」のようにすでに日本語の体系の中に定着している<和製外来語>があるというのも、事実である。私は、この種の問題を論じるときは、<和製外来語>のすでに定着したものとそうでないものとを相対的に区別して論じるべきだと思う。<和製外来語>のすべてが批判されるべき理由は何もない。巷には、両者を区別せずただ右のような不適切な事例を見て、「外来語一般の使用は好ましくない」とも取れる発言をする人がいるし、またすでに日本語の中に定着している<和製外来語>を取り上げこれが外国の原語の意味と違うということをわざわざ指摘して悦に入っている御仁などがしばしば見られる。彼らの言うがままにさせておくと、現在われわれが享受している言語表現の自由は侵害されかねない(2)。言語学者あるいは日本語学者は、「外来語」の問題に関して論理的な・明確な説明を示しておくべきであろう。

 

「外来語」の転成と言語の内的構造

 「外来語」が日本語に移入されるときに不可避に起る現象のひとつに、品詞の〈転成〉という現象がある。「エコロジカルな」「フィジカルな」「アクシデンタルな」「スリリングな」「ファジーな」「ポジティブな」などのように<助動詞>の「連体形」「な」が連結されて表現される語は、日本語特有の品詞である<静詞>に転成した語であるし、「アピールする」「ファックスする」「リフォームする」「イメージアップする」「オンエアする」「リストラする」などのように<抽象動詞>の「する」が連結されて表現される語は、上田博和氏言うところの<無活用動詞>に転成した語である(3)。これらは、すでに日本語の体系の中に組み込まれた語群であり、たんに<意義>が違うだけでなく品詞としてもすでに原語とは違うものとなってしまっている。

 なぜこういうことが起るのかと問われるならば、ここから先は言語の内的構造に立ち入った議論が必要になってくる。

 現実に言語として表現された個々の語の背後には、それぞれ異った内的な過程的構造が存在している。その内的な過程的構造には単純なものもあれば、複雑で容易に理解しにくいものもある。日本語では、実体概念を表現するのは<名詞>、属性概念を表現するのは<動詞><形容詞>、判断概念を表現するのは<助動詞>、語と語の間の関係概念を表現するのは<助詞>というように文法で定められている。また、同じ属性概念の表現でも、表現主体が対象の属性を運動し変化するものとして把握して表現した場合は<動詞>となり、対象の属性を静止し変化しないものとして把握して表現した場合は<形容詞>となるということは、山田孝雄や三浦つとむがつとに明らかにしたところである。さらに、「山」「走る」「美しい」などのように実体概念・動的属性概念・静的属性概念がそのまま表現された単純な内的な構造を持つ語もあれば、「勉強する」「打倒する」などのように、一見<名詞>と見えるが実は動的属性概念のあらわす<動詞>(<無活用動詞>)である「勉強」「打倒」のような語も存在するし、「カール・ルイスの走りの美しさ」という場合の「走り」「美しさ」のように<動詞><形容詞>を<名詞>に転成させて表現した語もある。

 言語はすべて表現であり、そこには表現主体の頭脳における内的な過程的構造が存在する。その過程的構造には、かくかくしかじかの概念にはかくかくしかじかの形式を割り当てるということに関する一種の法則である言語規範、この言語規範による概念の媒介過程が存在する。言語規範は永遠不変のものではない。言語規範はあくまでも人間の頭脳の中で対象化された認識として存在し保持されているものであるから、表現主体の対象認識が変化すればそこに登録されている語彙の内容も当然変化することになる。そこで、語の<転成>が生じることになるのである。語の転成には、品詞の転成だけでなく、(経験上誰でも知っていることだが)<意義>の転成(転化)もある。これら語の<転成>は、「外来語」の移入の際にも当然起るべくして起る現象であるといえよう。

 ところで、文法を論じるときと同じように「外来語」の問題を論じるときにも、日本語の特質である「裸体的」性格を考慮する必要があろう。日本語は、西欧の諸言語とちがって、個々の語それ自体は比較的単純な・平面的な内容のものが多い。それで、<助詞><助動詞>とよばれる語が数多く存在し、これらが<名詞><動詞><形容詞>に連結して判断の認識や関係の認識などを表現し複雑多様な現象や思想も表現することが可能となっている。日本語の<名詞>の多くは純粋に実体概念を表現するにとどまっており、<格>や<性>や<数>を含ませることはできないし、また<冠詞>がつくこともない。そこで、<名詞>に<助詞>や<接尾語><接頭語><代名詞>を連結させることが必要になってくる。三浦のいうように、日本語は、まさに《内容における「裸体的」性格と形式における「粘着的」連結とを相伴うところの言語形態》(4)なのである(太字−−−引用者)。

 この日本語の「裸体的」な性格が「外来語」の膨大な移入を可能にしているひとつの大きな原因であることは事実であろう。ある統計によれば、世界で<外来語>を多用する国の1位と2位が日本と韓国であるらしい(5)。実はこれは、朝鮮語も日本語と同じ膠着語であり「裸体的」性格を持っている言語であるから、うなずける話である。なぜ膠着語においては「外来語」の移入が比較的簡単に行われうるかというと、日本語や朝鮮語における<名詞>の多くは実体概念のみを表現する語であり、<数>や<性>や<格>のような内容が<名詞>と結びついて表現されるということが文法化されていないことがひとつの原因であろうし、また属性概念を表現する語と判断概念を表現する語とが明瞭に分かれている点も「外来語」の移入に有利に働いているものと思われる。「する」とか「ハダ」といういわゆる<抽象動詞>とよばれる語が独自に発達しているところも日本語や朝鮮語の特徴を論じるときに見逃してはならない点であろう。<無活用動詞>化した「外来語」であれば、それらはすべて「する」「하다(ハダ)」を連結させて「アルバイトする」「ファイトする」「プレゼントする」「쇼핑한다(ショッピングする)」「샤워한다(シャワーする)」「컘프한다(キャンプする)」などのように<動詞>化して表現することができるのである。また、「大変な」「殊勝な」「神妙な」「高尚な」などのように漢語でできた<静詞>に<助動詞>の「連体形」「な」を連結させて表現することも文法として定着したかたちであるから、<外来語>もそれが<静詞>化したものであれば「ナイーブな」「ハイセンスな」「ブリリアントな」と比較的抵抗なく表現することが可能なのである。

 このように、日本語(および朝鮮語)には、もともと言語の性質上、「外来語」を比較的容易に受け入れる下地が存在したのである。「外来語」の濫用の原因を役人や若者の節操のなさにのみに求めることは一面的にすぎるといえよう(6)。

 

「外来語」の<転成>にも二種類ある

 以上論じてきたことから、「外来語」の転成のあり方にも二種類あることが分るであろう。一つは、品詞としての転成である。英語では<名詞>としての用法しかない「meeting」が日本語では「ミーティングする」というように<名詞>のほかに<無活用動詞>としての用法もある(7)といった例はいうまでもないが、それだけではなくたとえば英語の「reform」と日本語の「リフォーム」は一見同じ<名詞>と<動詞>の用法があると思いがちであるが、同じ<名詞><動詞>でも日本語のそれらはそれぞれ純粋な実体概念および純粋な動的属性概念の表現であり、すでに英語のような屈折語における多面的な内容を持った<名詞><動詞>とは違う性格を帯びているのであり、これも一種の品詞の<転成>といえるであろう。「外来語」の<転成>のもう一つは、<意義>の転成(転化)である。この<意義>の転成にもさまざまな種類がある。最初に述べたように、この<意義>の<転成>によって成立した「外来語」が、いわゆる<和製外来語>とよばれる語群である。

(A) 先に挙げた「フロンティア」のように、原語の<意義>の上にさらに独特の意義・用法を含ませたもの。あるいはまた「何某と何某がニアミスした」という場合の「ニアミス」などのように、原語の<意義>からスライドさせて原語における場面とは異なる場面での用法を含ませたもの。

(B) 「プロポーズする」(英語の propose は結婚以外の様々な提案をする場合にも使われる)のように、原語の<意義>の一部分だけを<意義>として使用しているもの。

(C)「フォローする」や「アベック」(フランス語の avec の転)「バイク」(英語では motorcycle )「ハンドル」(英語では wheel あるいは handlebars )のように、原語とはまったく違う<意義>で使われているもの。

(D)「ナイター」「フリーター」(freeとドイツ語のArbeiterの合成語)のように外国の単語を借用して作り上げたほぼ完璧な造語となっているもの。


 (A)の語群は、われわれが実際に表現を行う際、もっとも注意深く使い方に気をつけなければならない語群である。なぜなら、(A)の語群は、(C)や(D)の語群のように、たとえ原語からかけ離れたものであってもその使用法が割と定着しているものとは違って、原語の<意義>を保持したまま、その上にさらに日本語特有の<意義>を含ませ、それが定着しつつある語群であるからである。もちろんその「定着」の度合いは個々の語によってさまざまである。先の「日本のフロンティアは日本の中にある」という表現における「フロンティア」は、「夢」や「将来」という意味が含まれているように思われるが、この用法は、たしか若者向け雑誌を中心にわりと定着しつつあったものなのかもしれない(おそらく「フロンティア・スピリット」からの転化であろう)。だが、少なくとも、まだ公の文書においては、このような用法を用いることは差し控えるべき段階であったと思われる。

 (B)の中には、よく「酒場」の意味で使われる「バー」( bar )があるが、英語では「棒」「弁護士」「牢獄」といった多様な使い方があることは周知のとおりである。

 (C)の中には、たとえば「ナイーブ」という<静詞>も挙げることができるであろう。英語の「naive」は、「愚かな、世間知らずな」といった侮蔑的な意味で使われる語であるが、日本語の「ナイーブな」は、たいてい「うぶな、純真な」といった肯定的な意味で使われることが多い。また、「リフォーム」という語も、英語の「reform」のように「改革する、改善する」といった意味で使われることは稀で、ほとんどが「住宅を増改築する」という意味で使われる(すなわち英語の「remodel」)ので、これもこの類の語といえるであろう。

 (D)の中には、「リストラ」(英語の restructuring を約めたかたち)・「アフレコ」(英語の after と recording を繋げたものを約めたかたち)のように、原語( after recording のように<和製原語>も含めて)を省略した語も含めることができる。これらの語の多くは、その成立のあり方からみてもまさに日本語特有の語であるから、その使用法も確立されており、(A)のように使用法を間違えて混乱を招くようなことは比較的少ないといえるであろう。

 ――以上見てきたように、日本語の体系に組み込まれた「外来語」の中でも、<外来語>と<和製外来語>とは区別して論じうるし、またその両者の中にもさまざまな異る性質のものがあり、それらも個々に区別して論じることが可能である。また、「外来語」の転成にも品詞の<転成>と<意義>の<転成>(転化)という2種類のあり方がある。私は、「外来語」の問題は、われわれの言語表現上の自由を守るためにも、そうしたさまざまな区別と性質を考慮した上で慎重に論じられてしかるべきであると考えている。

 

 




(注)
(1) 大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫著『日本・日本語・日本人』(二○○一年、新潮選書、一八五頁)。
(2) すでに定着した<和製外来語>でなおかつそれが原語と意義が違っていてわずらわしいというのであれば、辞書などで<和製外来語>の項目を設けて、それぞれの日本語独特の意義を明確に記しておけばよいであろう。また、しばしば、「外来語」ではなく日本語の単語を取り上げ、その古語における<意義>に関する薀蓄を述べつつ「この言葉はこういう使い方をするのが望ましい」と結論づける人を見かけるが、この手の主張にも正当な場合と眉唾の場合と二通りあるので注意が必要である。個々の単語の<意義>は、その時代において、その言語を共有する共同体の圧倒的多数の人びとの言語規範が規定しているところの<意義>が基準となるのである。たとえ過去の人びとの多数が認めた<意義>であっても、現在そうでなければ、誰もわれわれに過去の<意義>を強制することはできないのである。
(3) かつて三浦つとむは、活用の有無に関らず静的属性概念を表現する語を<静詞>と名づけ、その中の活用のある語を<形容詞>とした。上田博和氏は、活用の有無に関らず動的属性概念を表現する語を<動詞>と名づけ、その中の活用のある語を<活用動詞>(あるいは単に<動詞>)、活用のない語を<無活用動詞>とした。「運動(する)」「労働(する)」「結婚(する)」「反対(する)」「祝福(する)」「スリップ(する)」「ペイ(する)」「ドライブ(する)」「スタート(する)」「ファイル(する)」など、多くの「漢語」「外来語」が<無活用動詞>に相当する(もちろん、「はっきり(する)」「大慌て(する)」「うつらうつら(する)」などの「和語」もこれに相当する語であることはいうまでもない)。上田博和「『無活用動詞』論」(「第一回LACE研究会」所収、一九九六年)参照。
(4) 三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』(勁草書房、一九七二年、一○四~一○五頁)
(5) 井上史雄『日本語は生き残れるか』(PHP新書、二○○一年、一四一頁)
(6) もっとも、日本のポップスに代表されるように、日本の若者が「外来語」を曖昧に使うことによって「クール」さ(かっこよさ)を表現しようとしていることはある程度は事実であろう。もしかすると役人は、そういった若者の風潮を利用して「外来語」を多用し、国家意志の間接的な・目立たない表現を企図しているのかもしれない。
(7) 韓国では、「meeting」(미팅)が日本語の「コンパ」と同じような意味で使われている。

 


(2002/3/19 脱稿)

 

2024年07月17日

言語と記号の差異について 1

○私独自の解釈︰言語と記号の差異について 1


 言語と記号の差異についての議論は、20世紀半ば以降、欧米の学者によって様々に論じられてきました。たとえばフランスの言語学者、A.マルチネは「二重分節」があるかどうかというところに、言語と記号を区別する基準を見出しました。「二重分節」というのは、たとえば「音楽(おんがく)」という単語は、最初の分節において、「音(おん)」と「楽(がく)」という二つの面を持った最小単位を弁別することが出来ます。次に、これらはさらに「お」「ん」「が」「く」というより小さな弁別的な機能を持つ単位に分けることができます。マルチネは、最初の分節における最小単位を「形態素」、第二の分節におけるこれ以上分割できない最小単位を「音素」と呼んで、このような二重の分節はすべての言語に見られるものであり、これこそが言語と記号とを区別する基準である、と主張しました。

 これに対して、三浦つとむは、日本語の現実が以上のようなマルチネの二重分節論が誤りであることを雄弁に物語っており、「二重分節」の有無が言語と記号の差異を特徴づけるものではない、と明確に反論しました。つまり、たとえば日本語の音韻「こ」には、「古」「小」「故」「濃」「庫」「湖」「個」…といったように、かなりな数の一重音節の語が存在しており、マルチネの考え方によると、これらは「言語」ではないことになってしまう、として、次のように述べています。

《……「二重分節」があろうとなかろうと、言語が音韻すなわち音の人工の種類において概念を表現していることに変りはない。それゆえ、「二重分節」の問題は語彙の数にかかわる問題で、言語と非言語との間に「明確な一線」を引く問題でも何でもない》(『言語学と記号学』p.67)(太線――原文)

 では、言語と記号の区別に関する三浦自身の考え方は、どうなっているのでしょうか? 三浦は、言語と記号はそれぞれ言語規範と記号規範を媒介とする表現である点で共通するが、言語規範が「開かれた規範」であるのに対して、記号規範が「閉された規範」である点が違う、と述べています。

《言語規範は、言語の用いられる一定の集団にあって――国家とか民族とか地方とか――それぞれ普遍的な規範として社会化されている。職業集団たとえば遊廓の遊女たちが、廓言葉を使ったとしても、それはそれなりにこの社会として普遍的な規範であり、また語彙としていろいろ特殊なものが使われてはいても、外の社会と完全に断絶しているわけではなく、文法や文章法などの規範も外の社会のそれと本質的に同じものが使われたのである。犯罪者たちの使う隠語にしても、語彙としての特殊性以上に出ていない。これに対して記号は、個人が自分の覚えに使ったり、二人の間にその場限りの暗号として使ったり、閉された規範でしかない場合が多く、同じ種類の線でも、ある地図では私鉄一般に使いある地図ではロープウェイに使うというように、ひろく社会に提供される場合でも規範はその場限りのものである。元素記号を用いて物質の構造を示すような特殊の場合を除いて、記号相互を組み合せる文法的な規範を持っていない。規範の恣意性が、個人に任せられていて、地図の作者はそれぞれの地図に「凡例」の欄を設けてその地図としての独自の記号の内容を説明すればよいのであるから、とりもなおさず個人がその場限りの辞書を自由につくれるわけである。温泉マークや寺院を示す卍の記号などは、どの地図にも共通に使われているから、言語と同じく普遍的な規範であるかに思われるが、それらを使うように強制されているのではなく、別の記号を使っても「凡例」の中で説明しておけばよいのであって、規範の恣意性が個人に任せられていることに変りはない》(『言語学と記号学』p.131~132)(太字――原文、下線は原文では傍点)

 このように、三浦は、言語と記号の差異を、それぞれの表現を媒介する規範の性質の差異に求めました。


 以上、言語と記号の差異についての三浦つとむの考え方を紹介しました。これは別に、「私独自の解釈」ではなく、三浦の著書を読む誰もが認めるであろうと思われる三浦の見解です。この見解と違う見解をお持ちの方のご投稿を募集します。


 


(2001/6/18 脱稿)

 

2024年07月28日

言語と記号の差異について 2

〇言語と記号における「場の表現」について

 


小川さんの問題提起


 以前、私は、言語と記号の差異に関する三浦つとむの見解を「言語と記号の差異について1」において紹介しました。それは、言語表現と記号表現はともに規範を媒介とする概念の表現である点で共通しているが、言語規範が「開かれた規範」であるのに対して、記号規範が「閉ざされた規範」である点が異なる、というものでした。

 ところが去年の夏、ある研究会で小川文昭さんは、この問題に関連した次のような見解を発表されていました。ここに、その見解の一部を掲載します(小川さんからの承諾は得ています)。


《3.場の表現の意義

 記号表現では、「場の表現」なしには、個別の対象を表現することができない。表現内容の個別性は「場の表現」としてしか現れない。

 言語表現では、文の場合は、主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現されるから、「場の表現」が目立たない。「場の表現」がはっきりするのは語の場合で、語順による表現は、語の「場の表現」である》(小川文昭氏「場の表現の意義」第6回LACE研究会、2002.8)

 ここには、言語と記号の差異に関するきわめて示唆に富んだ見解が示されているように思われます。たしかに、記号表現は、それだけをとってみると、記号規範に媒介された概念が表現されているだけであり、そこから全体的な「意味」を把握することは困難であるように思われます。「場の表現」を伴ってはじめて、われわれは個々の記号の個別性をも含めた全体的な「意味」を理解することが可能なのではないでしょうか。

 たとえば、「車両進入禁止」という意味の交通標識(○の中に太い横線を1本引いただけのもの)がありますが、この記号の意味は運転免許を持っている人であるならば誰でも知っていることですが、ただ現実の記号表現では、それは必ずどこか特定の場所に設置されているものです。そして、そうでないならば、この記号表現はそれ自体意味をなさないということができるでしょう。いいかえれば、記号表現は、その表現がどこか特定の場所に置かれることによってはじめてその表現が完成する、ということができるのではないでしょうか。ちなみに、「場の表現」とは、三浦によると、次のような表現のことをさします。


《……ある事物がそれ自体として表現であるかないかに関係なく、それをある特定の場所に置くことが、特定の存在を指示するための目的的な行為となり、そこから一つの表現になっている場合はすくなくない。たとえば、死骸を埋めた場所に死者の持ち物や石塊や木片の十字架を置いて墓標にするとか、幼児が事故のために死んだ場所に石の地蔵を置くとか、偉人の生誕の地に銅像を立てるとか、作家が好んで遊んだ名勝の地に歌碑や句碑を立てるとかいう行為は、それらの事物自体にどんな思想が表現されているかということと直接関係なしに、それらを他の場所ではなくその場所に置くということ自体が一つの認識を示すことであり、一つの表現になっている。これらを<場の表現>とよぶことにしよう》(三浦つとむ『言語学と記号学』p.9)(太字は原文では傍点)

 もちろん、「場の表現」は、記号にだけ伴うものではありません。言語にも「場の表現」は伴う場合があります。たとえば、隊列を組むためにその基点となる人が手を挙げて「集合!」と叫ぶ際、その叫んだ人はただ単に「集合せよ」と要求しているのではなく、自分のいる場所を起点にして隊列を組め、ということも要求しています。文字言語でいうならば、トイレのドアに掛けてある「使用中」という札は、まさに目の前のその特定のトイレが「使用中」であることを示しています。これらはいずれも言語表現と「場の表現」との複合表現であるということができるでしょう。

 ここでは、上のような小川さんの問題提起をもとに、言語と記号の差異について、「場の表現」という概念を中心に論考を進めてみようと思います。



広義の「場の表現」と狭義の「場の表現」

 まずはじめに、「場の表現」の定義を明確にしておこうと思います。なぜなら、およそ表現とよばれるものは、見方によってはすべてある意味「場の表現」であるということができるからです。表現とは、表現主体が自らの認識を外部の物質的な実体に<像>として固定化したもののことをさします。ということは、表現はすべて、表現主体が或る時、或る場所で、或る物に対して為すものですから、それらはすべて広い意味で「場の表現」であるともいえるのです。たとえば、音声言語のほとんどすべては、言語規範に媒介された認識を表現していると同時に、その言語を表現しているの表現主体は今まさにそこでそうして物理的な音声を発しているところのその人ですよ、ということも表現しています。面と向って話しているのではない場合、たとえば放送で不特定多数の人間に対して音声言語を表現するときなどは、一見「場の表現」と縁がなさそうですが、これも実はよく考えてみると、その放送内容を表現しているのが放送の係りの人間であり、放送室や受付からその言語を表現している、ということを放送内容と同時に表現しています。これらは、広義の「場の表現」ということができるでしょう。

 先に紹介した三浦つとむの定義は、これら広義の「場の表現」とは異なります。それは、《…ある事物がそれ自体として表現であるかないかに関係なく、それをある特定の場所に置くことが、特定の存在を指示するための目的的な行為となり、そこから一つの表現になっている場合》(三浦つとむ『言語学と記号学』、太字――川島)のことをさします。ですから、先に挙げた「集合!」の例やトイレの「使用中」の例はまさにこれに当てはまりますが、あとに挙げた広義の「場の表現」の例はこれに当てはまりません。この三浦のいう意味での「場の表現」、つまりある事物をある特定の場所に置くということそれ自体が「目的的な行為」となっており、その結果として表現された「場の表現」は、狭義の「場の表現」ということができると思います。ここでは、この狭義の「場の表現」について、考えてみようと思います。以下、特に断り書きのないかぎり、「場の表現」とは、このような狭義の「場の表現」をさすものとします。

言語と記号における「場の表現」

 記号の多くは、先の交通標識の例のように、「場の表現」を伴っているといえます。酒や清涼飲料水の商標は瓶やペットボトルに貼りついており、その中の物がそれら特定の企業の商品であることを示しています。また、地図や図表の中で使われる諸記号も目的的な「場の表現」といえるでしょう。郵便局やお寺や神社を示す記号は決して図の中のどこでもよい場所に記されているのではなく、それらはある特定の図の中においてそれらが占めるべき場所に記されています。つまりそれらの記号は、現実の空間的配置の近似的な反映として地図の中のしかるべき場所に配置されているのです。

 「場の表現」を伴っていない記号としては、数式における記号や化学の構造式における記号を挙げることができるでしょう。これらは、他の諸記号のように、その場所にあること自体がある特定の対象を指し示すことになっているわけではありません。ですから、これらは数少ない例外であるということができます。けれども、ほとんどの記号が「場の表現」を伴っているという事実に変りはありません。

 言語においても、先の「集合!」やトイレの「使用中」の例のように「場の表現」を兼ね備えているものはたくさんあります。教室で教師が出席をとる際に、呼ばれた生徒が発する「はい」という表現は、主体的表現に属する<応答詞>の表現ですが、これも個々の生徒がそのときその場所で(教室内というある限られた場所で)表現することそれ自体が、「今日私は出席しています」というある特定の認識を表現することになっており、「場の表現」の性質を備えています。けれども、その他多くの言語表現は、そのときその場で表現することそれ自体が目的的な行為となっているというようなものではなく、先に説明したようなたんなる広義の「場の表現」であることが多いものと考えられます。その原因は、言語では、文法体系が高度に発達しており、個別の対象でも<代名詞>を使ったり、主体的表現と客体的表現を組み合せて表現することによって、比較的容易に表すことができるからだと思います。言語は、表現主体の思惟の働きをそのまま近似的に表現することが可能なので、個別の対象を表すのに対象そのものに密着して表現する必然性がないのです。ですから、言語においては、「場の表現」を伴うものより、むしろ「場の表現」を伴わない表現の方が多いのです。

 もっとも、より巨視的な立場からいうならば、記号は、言語のように必ず継時的に読まなければならないわけではなく、ぱっと見てすぐに理解できるものが多いので、てっとり早くある特定の事物や事柄の性質が何であるかを受け手にひと目で理解させるためにきわめて便利な表現だから、その表現が個別の対象と密着したかたちで表現されることが比較的多いのだ、ということができましょう。

 以上のことから言えることは、記号においては、ほとんどの場合「場の表現」が伴っているのに対して、言語においては、「場の表現」の伴わない表現が比較的多い、ということがいえるでしょう。小川さんの指摘されたように、これも、言語と記号の境界線を分つ重要な要素ということができます。


言語と記号における主体的表現・客体的表現

 ここで私は、小川さんにひとつお聞きしたいことがあります。先に引用した小川さんの記述の中に、《言語表現では、文の場合は、主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現されるから、「場の表現」が目立たない》とありましたが、《主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現される》とは、いったいどのようなことを言い表しているのでしょうか? 具体的な例を出して説明していただけないでしょうか? 

 私は、言語において認識の個別的な側面が比較的容易に理解できる理由は、言語が特定の事物や事象を<代名詞>を用いて表現できることが大きいと考えています。また、言語においては、受け手が個別の言語の背後に存在する――時枝誠記いうところの――「場面」(注1)を理解することによって、言語によって表現される抽象的な概念の個別性を正確に理解する道が開かれているとも考えます。たとえば、同じ部屋の中にいるAさんがBさんに「万年筆とってもらえます?」と言う場合、Bさんは同じ部屋の中にいるAさんが自分に対してそういうお願いをするのだから、必ず自分の近くにある特定の万年筆があるはずだ、とAさんの立場に立って推測をめぐらせるでしょうし、また多くの場合、表現主体であるAさんもBさんの近くにある特定の万年筆が存在することを確認してから表現することにもなるでしょう。このように、言語においては、<代名詞>の存在や、受け手が言語の「場面」を逆推することによって、対象の個別性を理解する道が大きく開かれている、ということができると思います。また、先に少し述べたように、言語においては、表現主体の思惟の働きを、対象・判断・意志・感情も含めてすべてを総合的に近似的な反映として表現することができる、ということも言語が個別性の表現に適していることの一因になっていると思います。

 もっとも、受け手が言語の「場面」を理解できることの背景には、言語が主体的表現と客体的表現とを統一して表現することができるということがあるので、その意味で対象の個別性を理解する上で主体的表現が大きな役割を果している、ということはたしかに言えるでしょう。また、小川さんの問題提起から私がここで認識を新たにしたことは、記号それ自体では主体的表現をすることができず、それはつねに客体的表現しか表現することができない、ということです。先の交通標識の例でいうならば、この記号それ自体は、「車両進入禁止」という客体の反映としての認識しか表現することができず、表現主体の「意図」や「判断」も含まれた総合的な認識は表現することができません。小川さんのいうように、記号では、そうした総合的な認識の表現は、記号をある特定の場所に置くことによって、すなわちそれが「場の表現」と融合することによって、初めて可能になるのだと思います。たとえば、「車両進入禁止」という記号は、ある特定の物質的な媒材に付着して、どこかある特定の場所、すなわちある具体的な道の入り口に置かれることによって、初めて受け手は表現主体の全体的な認識、すなわち「ここから先は車両進入禁止ですよ」という認識を理解することができる、ということができるでしょう。

 以上のことから、言語は客体的表現と主体的表現とを統一して表現することができるが、記号それ自体としては客体的表現しか表現することができない、記号が表現主体の「意図」や「判断」をも含めて理解可能となるためには「場の表現」と融合しなければならない、ということができるでしょう。これも、言語と記号を分つ重要な指標の一つであるといえましょう。

まとめ

 以上のことをまとめると、次のようになります。
1.記号においては、数式や化学の構造式のような数少ない例外を除いて、ほとんどの場合「場の表現」を伴うが、言語においては、「場の表現」を伴わない場合が比較的多い。
2.言語は客体的表現と主体的表現とを統一して表現することができるが、記号はそれ自体としては客体的表現しか表現することができない、記号が表現主体の「意図」や「判断」をも含めて理解可能となるためには、「場の表現」と融合しなければならない。

 これに、「言語と記号の差異について1」で私が紹介した三浦の見解である、

3.言語規範は「開かれた規範」であるのに対して、記号は「閉ざされた規範」である。
という説を加えると、ほぼ言語と記号の差異に関する説は言い尽したことになるのではないでしょうか。

 ――ちなみに、いうまでもないことですが、上の「1」「2」は、どちらも小川さんの見解を私なりに表現したものです。小論は、小川さんの問題提起に基いて、それを私なりに敷衍して論を展開したものです。よろしければ、小論に対する小川さんのご意見をうかがいたく思います。もちろん、その他一般の方でも、何かご意見・ご感想等ありましたら、投稿を歓迎いたします。

【注1】 時枝誠記は、主著『国語学原論』において、言語が現実に表現されるためには、必ず「主体」「場面」「素材」の三要素が存在しなければならない、と主張しています。その理由は、言語は、《誰(主体)かが、誰(場面)かに、何物(素材)かについて語ることによつて成立するものである》(p.40)からです。時枝は「場面」について、次のように説明しています。

《……場面の意味は、例へば、「場面が変る」「不愉快な場面」「感激的場面」などと使用される様に、一方それは場所の概念と相通ずるものがあるが、場所の概念が単に空間的位置的なものであるのに対して、場面は場所を充す処の内容をも含めるものである。この様にして、場面は又場所を満たす事物情景と相通ずるものであるが、場面は、同時に、これら事物情景に志向する主体の態度、気分、感情をも含むものである。(中略)……我々は、常に何等かの場面に於いて生きてゐるといふことが出来るのである。例へば、車馬の往来の劇しい道路を歩いてゐる時は、我々はこれらの客観的世界と、それに対する或る緊張と興奮との融合した世界即ちこの様な場面の中に我々は歩行して居るのである。従つて我々の言語的表現行為は、常に何等かの場面に於いて行為されるものと考へなくてはならない。言語に於ける最も具体的な場面は聴手であつて、我々は聴手に対して、常に何等かの主体的感情、例へば気安い感じ、煙たい感じ、軽蔑したい感じ等を以て相対し、それらの場面に於いて言語を行為するのである。しかしながら、場面は只単に聴手にのみその内容が限定せらるべきものではなくして、聴手をも含めて、その周囲の一切の主体の志向的対象となるものを含むものである。例へば、我々が厳粛な席上で一人の友人と相対する時と、他の打寛いだ席上で相対する時とは、聴手は同じでも、言語的場面としては著しく相違してゐると考へなければならない。以上の様に、場面は必ず主体の存在を俟つて始めて成立するものであつて、主体を離れて言語の場面を考へることが出来ないと同時に、場面が言語にとつて、不可欠のものであることは、言語が常に我々の何等かの意識状態の下に表現せられるものであることによつても明かである》(時枝誠記『国語学原論』p.43~45)

 三浦つとむが「場の表現」というときの「場」とは、その表現が行われるある特定の地点・場所をさしますが、時枝のいう「場面」は、このように、その表現が行われるある特定の場所の意味のほかに、その場所にいる人や事物や景色なども含み、またそれらに対する表現主体の抱く観念的なあり方をも含むものです。私たちは、このような表現主体の「場面」を追体験することによって、個々の表現の意図の全体像を理解するという作業を普段から無意識のうちに行っているといえるでしょう。



 


(2002/3/13 脱稿)

 

2024年07月28日

言語と記号の差異について 3

〇小川文昭さんより(2002/3/21)

 


川島 正平 様

 今回は、わたくしの「場の表現」論を取りあげてくださり、ありがとうございます。おかげでわたくしも、半年以上眠らせてきた問題を、あらためて考えなおすことができました。

 「場の表現」の全貌はまだつかめませんが、考えていることをまとめてみました。また御意見をうかがえればありがたく思います。

 川島さんから、「主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現される」とはどのようなことかという問いかけをいただきました。

 これは、具体的な問題としては、日記に「快晴」と書くのと「○」の記号を書くのとはどう違うのかということがはじまりです。実際には、どちらでも同じことなのですが、理論的には違いが説明できなければならないと思い、話はすぐに、言語と記号の区別の問題に飛躍しました。

 「快晴」と「○」の違いは、言語と記号の違いであり、その違いとは、零記号の主体的表現(判断辞)の有無だけではなかろうか、だとすれば、主体的表現の有無が意味するところのものは何か、ということを考えた結果、先の「主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現される」ところに違いがあるのであろうということになりました。具体的には、下に引用した時枝誠記の詞辭論の、わたくし流の解釈です。

 そもそも、対象の普遍性を把握・表現する点では、言語と記号は同じです。

 しかし、言語は「普遍性を把握している個別」である話し手の認識が、対象の普遍性を把握したものでありながら、それ自体は話し手個人の個別の概念であるものとして、そのまま表現されるということです。

 この、個別性の表現という内容は、言語表現の全面に浸透しているのですが、辭は、はじめから話し手の個別に属する表現として特殊です。

 記号には、言語の辭に相当する表現がありません。しかし、記号表現も個別の表現であるわけで、言語の辭に相当する内容がどこかにあるはずです。

 それは、記号表現自体に潜在的にあるのだと思います。記号表現の、それが特定の個人により作りだされたものであるという側面に、個別性は結びついているのだと思います。

 「主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現される」のではあるが、しかしだからといって、「記号では、認識の個別的側面が個別性として表現されない」のではないかと考えたのは、いきすぎでした。

 記号表現における「認識の個別性」の表現は潜在的なものにとどまっていて、その記号表現が特定の個人が作り出した個別の形であるという側面は、「認識の個別性」が結びついている、しかし、具体的な内容としては「認識の個別性」の表現は、記号表現そのものには存在しない、こういうことではないかと思います。

 そして、個別の対象を表現する記号における「場の表現」は、その潜在的なものが顕在化する形の一つではないかと思います。

 結論としては、言語と記号との区別は、記号規範においては、潜在的であるにすぎない・認識の個別性の表現が、言語規範においては、詞辭の表現構造として顕在的なものとなっているということではないかと思います。

 次に、時枝誠記『國語學原論』から、辭は、話し手の認識の個別性の表現であるということに関連する部分をいくつか引用します。

 《言語が、特定個物を、一般化して表現する過程であるといふことは、言語の本質的な性格である。こゝに於いて、一般的表現を以て如何にして特定個物を表現することが出来るかの表現法の問題と、一般的表現より、如何にして特定の個物を認知し得るかの理解上の問題が起つて来る》(88頁)

 《言語は如何なる場合に於いても一般的、概念的表現しか爲すことが出来ない。たとへ特定の現場或は文脈に於いても、「今、子供が死にました」といふ様な切實な表現すらが、概念的一般的表現に過ぎない。聽手が話手の氣持に同情の念を起こすことが出来るのは、これらの一々の語が、特定の意味に限定されてゐる爲でなく、かゝる一般的概念的表現を通して、話手の具體的な感情を理解するからである。理解は、現場や文脈によるのであつて、これらの語自身が限定されてゐる爲ではない》(89頁)

 《辭によつて表現される處のものは、主體的なものの直接的表現であるから、それは表現主體の主觀に属する判斷、情緒、欲求等に限られてゐる。即ち話手の意識に關することだけしか表現し得ないのである。例へば、「嬉し」といふ詞は、主觀的な情緒に關するものであるが、それが概念過程を經た表現であるが故に「彼は<嬉し>」といふ風に第三者のことに關しても表現することが出来る。處が推量辭の「む」は、「花咲か<む>」といふ風に、言語主體の推量は表現出来ても、第三者の推量は表し得ない。「彼行か<む>」といつても、推量してゐるものは「彼」ではなくして、言語主體である「我」なのである》(<*>は原文では傍線)(234~235頁)

 《詞は「山」「川」「犬」「馬」「喜び」「悲しみ」等の様に、客觀的なるもの、主觀的なるものの一切を客體化して表現するのであるが、それのみを以てしては思想内容の一面しか表現し得ない。これに對して、辭は、これ亦主體的なものしか表現出来ないのであつて、具體的な思想は常に主客の合一した世界であるから、詞辭の結合によつて始めて具體的な思想を表現することが出来るのである》(238~239頁)



 時枝は辭を概念の表現とは考えませんでした。しかし、三浦つとむの、それを概念の表現と考える立場からいっても、上に引用した、時枝がいう辭の内容の特徴については、大きな異論はないのではないかと思います。

 三浦つとむの考え方によれば、辭も、概念の・規範を媒介にした表現であって、「概念的一般的」な表現の一種になるはずです。

 しかし、話し手の認識の個別性が「概念的一般的」にとらえかえされるとはいえ、それが「話し手の認識の個別性の表現」であることがはじめから決っているのが、辭の特徴です。

 つまり、辭も、詞と同様に記号的な性質を持つものではあるが、辭は、話し手の認識の個別性のみの表現という条件をはじめからせおって規範化された表現であるということがいえます。

 それから、川島さんによる「場の表現」の「広義」と「狭義」の区別を読み、言語がすべて広義の「場の表現」であるということは、重要な把握であると思いました。

 たとえば、英語では、助けを求める「Help ! 」のような文に「主語」は要りません。言語表現がすべて広義の「場の表現」であることを、英語では、このような場合に利用することができるということができると思います。

 また、「賛成!」と声をあげるだけで、その発言者が「賛成」なのだと想像できるのですから、日本語のように、話し手が、自分自身の動作について「主語」を表現しなくとも許されるというのは、それなりに合理的だということになります。

 さらに、わたくしが考えたのは、滝村隆一の真似ですが、<表現―即―「場の表現」>と<表現―内―「場の表現」>の区別です。

 交通標識の「場の表現」のようなものは<表現―即―「場の表現」>ですが、わたくしが、文の中の語順は、語から見れば「場の表現」であるといったのは、<表現―内―「場の表現」>です。

 また、数式や記号でも、分数のように、横線の上下に数字を書くのは<表現―内―「場の表現」>を含んだ表現であり、化学のベンゼン基の構造式も、六角形に記号を結びつけて書きますから、ここにも<表現―内―「場の表現」>があると思います。



〇筆者の応答(2002/3/26)


私の質問の意図

 小川さん、久ぶりのご投稿、ありがとうございます。私の拙い問いかけに丁寧に答えてくださり、恐縮です。実は私自身、「言語と記号の差異について 2」で行なった小川さんに対する問いかけの仕方があまり適切でなかったのではないか、とあとで少々後悔しておりました。あの問いかけでは、私の意図するところを理解するのは難しいのではないかと自分でも感じたのです。ですから、私の問いかけの意図をまず最初に確認しておこうと思います。



《…「主体的表現によって、認識の個別的側面が個別性として表現される」とは、いったいどのようなことを言い表しているのでしょうか》(「言語と記号の差異について 2」)という私の問いかけは、そもそも言語表現においては、主体的表現だけでなく、表現全体に個別性が一般性とともに浸透している、という言語本質論上の認識が前提として私の中にあったからです。ですから、主体的表現のみが個別性を表現している、とも取れる小川さんの言葉に対して、少し違和感を感じたのです(もちろん、ああいった短いレジュメなので仕方ないと思いますが)。そこで、あの問いかけが出てきたというわけです。けれども、今回の小川さんのご投稿の中の《この、個別性の表現という内容は、言語表現の全面に浸透している…》というくだりを読んで、小川さんも基本的には私と同じ認識を持っておられることがよく分りました。



言語における一般性と個別性

 言語学の領域における時枝理論・三浦理論のおもな功績のひとつに、「言語の普遍性」を追究することに偏った構造言語学の過ちから脱して、言語の普遍性・個別性を統一して理解しようとしたという側面を挙げることができると思います。一般の人にも分りやすく言いますと、つまり、時枝理論・三浦理論には、構造言語学の陥った過ち、すなわち「言語に関わる領域においては、個別的なもの・個物にかかずらっていては、言語の普遍性に到達することができない。それでは、言語学はいつまでたっても科学となることはできない…」といった謬見を一撃のもとに打ち砕いて、新しい理論的なモデルを打ち出したという実績があります。それはどういうことかと言いますと、時枝理論・三浦理論は、具体的・個別的な表現行為そのものを論理的・過程的に分析しているのです。つまり彼らは、言語表現行為・言語理解行為を本質的に個別的な行為でしかありえない行為としてとらえ、そうしてその個別的な行為そのものの普遍性を分析・追究すべきことを主張して、これらの行為の背後に存在する過程的構造を理論的に取り上げたのです。その結果、――もちろん、理論の細部においては時枝と三浦はその見解を異にしていますが――、言語には表現主体の認識の一般性と個別性が統一して表現されていることを正しく喝破しえたのです。



言語と記号における主体的表現の特質


 さて、言語と記号はともに表現の一種ですから、両者ともに主体的表現と客体的表現とを併せ持っていることは自明でしょう。言語における主体的表現の特質は、小川さんのおっしゃるとおりだと思います。



《そもそも、対象の普遍性を把握・表現する点では、言語と記号は同じです。

 しかし、言語は「普遍性を把握している個別」である話し手の認識が、対象の普遍性を把握したものでありながら、それ自体は話し手個人の個別の概念であるものとして、そのまま表現されるということです。

 この、個別性の表現という内容は、言語表現の全面に浸透しているのですが、辭は、はじめから話し手の個別に属する表現として特殊です

《 時枝は辭を概念の表現とは考えませんでした。しかし、三浦つとむの、それを概念の表現と考える立場からいっても、上に引用した、時枝がいう辭の内容の特徴については、大きな異論はないのではないかと思います。

 三浦つとむの考え方によれば、辭も、概念の・規範を媒介にした表現であって、「概念的一般的」な表現の一種になるはずです。

 しかし、話し手の認識の個別性が「概念的一般的」にとらえかえされるとはいえ、それが「話し手の認識の個別性の表現」であることがはじめから決っているのが、辭の特徴です

 つまり、辭も、詞と同様に記号的な性質を持つものではあるが、辭は、話し手の認識の個別性のみの表現という条件をはじめからせおって規範化された表現であるということがいえます》(太字――川島)

 このような、辭、すなわち言語における主体的表現が個別性のみを表現するものであるという小川さんのご指摘は、私もそのとおりだと思います。言語における主体的表現は、表現主体の判斷・意志・感情など能動的な・個別的な認識を概念として表現したものです。

 問題は、記号における主体的表現はどのように表現されるかということです。小川さんは、次のように述べておられます。

《 記号には、言語の辭に相当する表現がありません。しかし、記号表現も個別の表現であるわけで、言語の辭に相当する内容がどこかにあるはずです。

 それは、記号表現自体に潜在的にあるのだと思います。記号表現の、それが特定の個人により作りだされたものであるという側面に、個別性は結びついているのだと思います。(中略)

 記号表現における「認識の個別性」の表現は潜在的なものにとどまっていて、その記号表現が特定の個人が作り出した個別の形であるという側面は、「認識の個別性」が結びついている、しかし、具体的、具体的な内容としては「認識の個別性」の表現は、記号表現そのものには存在しない、こういうことではないかと思います。

 そして、個別の対象を表現する記号における「場の表現」は、その潜在的なものが顕在化する形の一つではないかと思います》(太字――川島)

 非常に分りやすい、明快なご説明で、ようやくこれで小川さんのお考えの全体像を把握することができました。私はもともと、記号表現は、――それがたとえ言語と同じように規範の媒介を受けた概念の表現であるにしろ――、絵画や彫刻や音楽などと同じように、主体的表現と客体的表現が未分離の・両者が融合した表現ではないか、と考えていたのですが、上の小川さんの解釈もだいたいそれと同じことを言い表しているのではないかと思います。ようするに、記号には、主体的表現も客体的表現とともに内在しているが、主体的表現そのものが表面化してはいない、と。さらに小川さんは、記号においては、「場の表現」が、主体的表現が顕在化する形である、と主張されておられます。これは、卓見だと思います。

 記号は多くの場合、「場の表現」を伴っていますが、これによって受け手は、記号における主体的表現を顕在的なかたちで容易に追体験することが可能となっています。これはなぜなのかというと、やはり、記号は、言語(とくに実用的表現)と同じように、伝達の手段として、あるいはコミュニケーションの手段として、利用されることが多いので、概念のほかに、受け手に強く訴えかける面が現実的に必要とされているためでしょう。そして、小川さんのおっしゃるとおり、この記号における「場の表現」は、言語における辭に相当するものなのではないかと思います。

 ――小川さんは、以上のような解釈を、《下に引用した時枝誠記の詞辭論の、わたくし流の解釈です》と述べておられますが、少なくとも、記号における「場の表現」が言語における辭(主体的表現)に相当する役割を果しているのではないか、ということを指摘したのは、小川さんがはじめてだと思います。私も、非常に勉強になりました。



<表現―即―「場の表現」>と<表現―内―「場の表現」>


 <表現―即―「場の表現」>と<表現―内―「場の表現」>という区別も、小川さんの独創に属する・優れた見解だと思います。<表現―内―「場の表現」>には、ほかに、言語における記号表現の浸透の一形態である句読法も含めることができると思います。こうしてみると、実際、記号はすべて「場の表現」を伴っているということがいえるのではないかと思います。

 ――今回も、小川さんのご投稿から、いろいろと学ばせていただくことができました。今後とも、よろしくお願いいたします。


おたより、ありがとうございました。


 


(2002/3/26 脱稿)

 

2024年07月28日

〈概念の二重化〉説 1

 私は、拙著『言語過程説の研究』第二章第四節において、三浦つとむの言語表現論を論じる際、三浦の言語表現論の核心部分のひとつとして、<概念の二重化>説という考え方を三浦の引用を交えつつ、紹介しました。この解釈は、私としては、三浦の諸著書を丁寧に読むと、誰もがこのような解釈に到達するのではないかと考えていたところのものなのですが、実際には、この問題について、三浦理論に関心を持っておられる方々の中の少なからぬ方々が私とは違う解釈を持っておられるようです。私は、この<概念の二重化>という考え方は、三浦の言語表現論のなかのきわめて重要な、きわめて独創的な考え方のひとつだと考えておりますので、ここではこの問題について詳しく論じてみようと思います。まずは、拙著にある私の叙述を以下に抜粋して掲載します。それから、実際に私がこれまで見聞したことのある疑問や反論を私なりの言葉で掲載して、さらにまたそれに対する私の応答を掲載してみようと思います。

〇私の解釈:<概念の二重化>説
※以下、拙著『言語過程説の研究』からの抜粋です。

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<概念の二重化>現象
 三浦は、その遺稿の中で、自らの言語表現論が形成される経緯を次のように要約して述べている。

 《…言語にしても、音声や文字はその具体的なかたちで表現しているのではなく、人工の種類としての側面で表現しているのだと推定できた私が、概念とよばれる認識が対象の種類という側面を反映している事実と結びつけて、種類としての認識が同じように種類として表現されるこの対応関係を反映論の正しいことの証明として扱ったのは、当然のことである。残った問題は、超感性的な概念を感性的な音声や文字で表現しなければ、耳や目に訴えることができないという、矛盾のありかたであったが、これはマルクスの『資本論』が調和する矛盾は矛盾を実現しかつ解決するための運動形態をつくり出すと指摘しているのに示唆されて、言語規範による表現の媒介がこの運動形態であると理解することができた。こうして言語の謎は解明されたのである。》(三浦つとむ『唯物弁証法の成立と歪曲』p.255)

 ここで注目すべきことは、三浦が言語規範の媒介を受ける前の概念の存在を認めていること、およびそれを超感性的な存在として規定していることである。つまり三浦も、時枝と同じように、言語表現の過程的構造の中に、表象を伴わない概念の存在を認めていたのである。ただ、三浦が時枝と違うのは、この表象を伴わない概念が、言語規範の媒介を受けて感性的な性格を付与される過程をも取り込んでいるところである。三浦は、この過程のあり方を《概念の二重化》と呼んでいる。

 ソシュールが、ラングにおける概念、すなわち《聴覚映像》と結びついてシーニュを構成する《概念》以外の概念の存在を認めない考えの持ち主であったということは、おそらく『講義』を読む者の誰もが承認するところであろう。ソシュールにとって、《概念》と《聴覚映像》とは一枚の紙の表裏に比せられるような統一体だったのであるが、これに対して、三浦は次のように反論している。

 《…ソシュールは思想を「不定形のかたまり」にしてしまったから、この学派の学者の発想では音声言語で表現されている概念も、langueの一面である非個性的な概念が思想と結合することによって具体化され個性的になったものと解釈されている。だが実際には言語規範の概念と、現実の世界から思想として形成された概念と、概念が二種類存在しているのであって、言語で表現される概念は前者のそれではなく後者のそれなのである。前者の概念は、後者の概念を表現するための言語規範を選択し聴覚表象を決定する契機として役立つだけであって、前者の概念が具体化されるわけでもなく表現されるわけでもない。概念が超感性的であることは、この二種の区別と連関を理解することを妨げて来た。言語規範の概念は、ソシュールもいうように聴覚表象と最初から不可分に連結されている。連結されなければ規範が成立しない。これに対して、表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである。》(『言語学と記号学』p.27~28)(傍線は原文では傍点)(太字――引用者)

 このように三浦は、言語に表現される概念は、ラングすなわち言語規範のそれではなく、表現主体が表現の際そのつど認識する個別的・特殊的な概念であり、言語規範の概念は、表現される概念の聴覚映像を決定する契機として役立つにすぎない、というのである。この考え方によると、橋本の理論において不可知論的に指摘されていた、言語表現の持つ個別性・特殊性をきわめて合理的に説明することができる。そして同時に、時枝の理論において機能主義的に解釈されていた、言語表現の持つ社会性・普遍性も合法則的に説明することができるのである。三浦のこの考え方を、前三者と同じように私なりに図式化すると、次のようになる。


<対   象>

   ↓

<概   念>

   ↓

<概念/聴覚映像>

   ↓

<表   現>


<三浦つとむの図式>



 …三浦にとって、現実の具体的な言語とは、このように表現主体が<対象>から認識した超感性的な<概念>が、言語規範によって規定された<概念/聴覚映像>(つまり、ソシュールのいうシーニュ)との照応をへて、感性的であると同時に超感性的でもある物質的な形式として、<表現>にまで高められたもののことをいうのである。表現主体の認識した<概念>は、すべて実践的に抽象的であり、その点においてつねに感性的な表象とともにある<概念/聴覚映像>とは区別されるべき存在なのである。(『言語過程説の研究』p.82~86)(※p.85の図は省略しました)

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 以上のように、私は、三浦つとむの言語表現論の中の核心的な部分、すなわち表現主体の認識した超感性的な概念がいかにしてその聴覚映像(表象)が結びつけられるかという問題構成において、それを解決するものとして、<概念の二重化>という考え方が存在すると考えています。

 これに対して、次のような疑問が出てくることが予想されます。


〇疑問1
 三浦つとむが概念に性質の異なる二種類が存在すると言っていることは本当か? 私にはそうは思えない。実際は、言語規範の概念なるものは、表現主体の認識した概念が、特定の表象と関係づけるために言語規範の媒介を受けるとき、その社会的な規定の面から見られたものなのではないのか? つまり、実際はひとつの概念が異なる二つの側面から見られたものが、「二種類の概念」として表現されているのではないか? 「概念の二重化」なるものは、本当は、「概念の二面化」として捉えるべきものなのではないか?

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〇筆者の応答1

 三浦つとむが概念に異なる性質の二種類の概念が存在すると述べていたことは事実です。以下に、三浦つとむが、表現主体がそのときどきに独自に認識する概念と、言語規範における感性的な表象を伴った概念とを、別々に考えていたことを示す叙述を、引用します。

 《……ソシュールは思想を「無定形のかたまり」にしてしまったから、この学派の学者のでは音声言語で表現されている概念も、langueの一面である非個性的な概念が思想と結合することによって具体化され個性的になったものと解釈されている。だが実際には言語規範の概念と、現実の世界から思想として形成された概念と、概念が二種類存在しているのであって、言語で表現される概念は前者のそれではなく後者のそれなのである。前者の概念は、後者の概念を表現するための言語規範を選択し聴覚表象を決定する契機として役立つだけであって、前者の概念が具体化されるわけでもなく表現されるわけでもない。概念が超感性的であることは、この二種の区別と連関を理解することを妨げて来た。言語規範の概念は、ソシュールもいうように聴覚表象と最初から不可分に連結されている。連結されなければ規範が成立しない。これに対して、表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである》(三浦つとむ『言語学と記号学』勁草書房、1977.p.27~28)(傍線は原文では傍点)(太字――引用者)

《……時枝氏は、「言語(ラング)」の正体を、「個物を通し帰納せられた普遍的概念に相当するもの」と見た。これは正しかったのだが、惜しいことに検討がここで挫折して、あとは個人の整序能力であると解釈されてしまっている。すでに「辞書は……言語的表現行為、或は言語的理解行為を成立せしめる媒介となるもの」と見たからには、ここから「言語(ラング)」の正体が媒介のための認識ではないか、具体的な表現のための具体的な概念とは別に「普遍的概念」が存在するのではないか、を疑うべきだったのである。この概念の二重化は、実に、超感性的な認識が感性的な形象によって表現されなければならないという矛盾を原動力として媒介されつくりあげられた、言語表現に特有の概念形態である》(三浦つとむ「言語における矛盾の構造」、『スターリン批判の時代』勁草書房、1983.p.109~110)(太字――引用者)

《……ところが、規範がとりあげる概念はその内容いかんと関係ない概念一般であるのに対して、個々の言語表現の場合の概念はすべてそれなりの内容を持ったそれぞれ別個の概念であるから、区別と連関においてとりあげねばならないにもかかわらず、聴覚ないし視覚の表象が結びついている点では規範のそれと共通しているために、これがまた<言語材料>であるかのように解釈されてしまう。そこで、たとえ規範の存在を認めたとしても、規範と表現される概念との媒介関係を正しく説明することができなくなる》(三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』【勁草書房、1972年】.p.13~14)


 このように、三浦つとむは、表現主体が逐次的に認識する独自の概念と、言語規範における一般的な概念とを区別して考えていました。そして、言語表現の過程的構造においては、前者の概念が後者の概念と二重化することによって感性的な表象が決定され、そうして得られた感性的な表象がインクの線描や空気の振動に模写されて言語表現が遂行される、と考えていました。

 もちろん、両者は一方が他方を媒介する関係にあるのですから、その過程において相互浸透の関係を持つことも事実でしょう。けれども、だからといって、両者を同一の概念の二面化と見ることはできないと思います。なぜなら、両者の間には、明らかに次元の相違があるからです。

 表現主体が独自に逐次的に認識する概念は、多くの場合、現実の世界の反映として成立する生きた・具体的な認識であり、言語規範における概念は、規範と相対的に独立して存在してはいるが、規範から規定されているところの一般的・抽象的な認識です。三浦つとむは、言語規範と、言語規範における概念と、表現主体が独自に認識する概念と、この三者の関係について、次のように述べています。

《……現在のわれわれの頭の中では、言語表現のための規範とこれから相対的に独立してはいるが規範から規定されている感性的な手がかりのついた概念とが、表現および思惟に際して役立てられるように、いわば「心的実在体」として存在している。(中略)言語規範は社会的に成立するのであり、個人の頭の中にありながら観念的に対象化されて個人の「外部」から表現を規定するかたちをとるものであり、表現を媒介する認識にすぎないから表現と切りはなして研究できるし、ラテン語のような死語の規範をわがものにして学名に生かすこともできる。だが規範と「概念と結合した記号」とは別であり、さらに新しく対象を認識して表現するときにこの概念に新しく規範から媒介された感性的な手がかりが結合することも別であって、この三者の関係を正しく説明しなければならない。ソシュールは前二者をいっしょくたにし、また新カント主義的に最後の問題を切りすててしまったのである(4)》(三浦つとむ『言語過程説の展開』【勁草書房、1983年】.p.429~430)(太字――引用者)

 ここで、三浦が《…新しく対象を認識して表現するときにこの概念に新しく規範から媒介された感性的な手がかりが結合すること…》というときの《概念》とは、表現主体が逐次的に認識する独自の概念のことであり、《感性的な手がかり》とは、言語規範における概念のことです。表現主体が逐次的に認識する独自の概念は、現実の世界が反映したところの生きた・具体的な概念であり、言語規範における概念は、すでに頭の中に観念的に存在する対象化された意志すなわち言語規範に規定された一般的・抽象的な概念であり、両者の間には明らかに次元の相違が存在します。そもそも、その出発点が違うのです。前者の出発点は現実の世界であり、後者の出発点は頭の中に登録されている「実在体」です。ですから、私はこの両者を一つの概念の二面化と見ることはできない、と考えます。

 私は、表現主体が逐次的に認識する独自の概念を言語規範における概念と同一視することは、ソシュール=小林英夫的な概念ア・プリオリ説に陥る可能性があると思います。三浦は、上の引用文の終りの注(4)において、次のように述べています。

《現実の世界がつねにわれわれに新しい概念をもたらすという考えかたは、唯物論を排する不可知論者として認めるわけにはいかない。彼らとしては概念はア・プリオリに頭の中に発生するのだが、これはすでに「社会的事実」として記号とかたくむすびついてしまっているから、新しい概念に感性的な手がかりを新しく結合させなければならぬという問題も、概念と感性的な手がかりとがすでに結合しているという別の問題に解消させられてしまう》(『言語過程説の展開』p.432)

 表現主体が逐次的に認識する独自の概念と、言語規範における概念とを同一視することは、前者を、後者のような、はじめから頭の中に登録されて存在するある意味ア・プリオリな概念と同一視することにつながるので、ひいてはそれが、現実の世界が私たちにもたらす新しい概念の存在を否定してしまうことになりかねないのです。

 もちろん私も、言語規範における概念が、表現主体が逐次的に認識する生きた・具体的な概念を成立させる一つの契機となるということは、あると思います。けれども、やはりここでも、両者の間には、言語規範に規定された概念と、自らの意志によって自由に運用できる概念というように、次元の相違が存在するのですから、両者は明瞭に区別するべきだと私は考えます。

 ただ、表現された言語においては、両者の媒介過程は止揚されてしまっているので、いいかえれば、両者は直接的同一性として現象しているので、以上述べたような私の見解(あるいは、私が把握した三浦つとむの見解)は、理解されにくいかもしれません。

 私は、この二つの概念が言語表現の過程的構造において媒介関係を持つ構造を、拙著の85ページに図示していますので、拙著をお持ちの方はそちらをご覧いただければ、この問題に関する私の考え方がさらにわかりやすくなるのではないかと思います。


※上記の文章は、公開日時が不明になってしまいましたが、他の論文との前後関係からおそらく2001年の上半期頃だったと思われます。








(2002/3/26 更新  2025/9/19 gooブログより転載)

 

2025年09月19日

〈概念の二重化〉説 2


〇疑問2 小川文昭さんより

「概念の二重化」(三浦つとむ)の重要性

 三浦つとむの「概念の二重化」説は、言語過程における概念の二重化の事実を指摘したものです。三浦がこのように、現実の言語過程と、それから相対的に独立したかたちで存在する言語規範との間の区別と連関の問題を取りあげたことは、言語学上の大きな業績であり、いわゆる現代言語学はもとより、時枝誠記の言語過程説の水準から見ても、画期的な理論的進展の一つだと考えます。

 しかし、三浦は「概念の二重化」という事実の存在を言ってはいますが、それが実現する過程については具体的な説明をしていません。私は川島さんの問題提起のおかげで、この問題の重要性に気がつきました。そこで考えを進めてみた結果、私は、「概念の二重化」を「直接的同一」と見る点では川島さんと同じですが、それが実現する過程についての理解はすこし違うということが分りました。

 そこで、以下、「疑問1」で述べられている「概念の二面化」の観点から、「概念の二重化」がどのように実現されるのかの私の考えを説明してみたいと思います。


●個別的概念と普遍的概念との区別
 川島さんの引用によると、三浦は言語の背後の概念に、次のような二種類を区別しています。

(1)個別的概念:「現実の世界から思想として形成された概念」
(2)普遍的概念:「概念一般」

 問題は、両者の関係である「二重化」とは具体的にはどういうことかです


●個別的概念と普遍的概念との連結の過程的構造(二重化即二面化)

 川島さんによる<三浦つとむの図式>を見ると、まず個別的概念が成立し、その後で、それに規範の規定する普遍的概念が結びついて二重化するように読みとれます。私の考えは、それとはすこし違っています。

 現実の表現された言語の背後には、表現の原型として概念(=個別的概念)が存在しています。この概念は、「表現主体が逐次的に認識する独自の概念」(川島)であり、生成・消滅の過程の中にあります。

 一方、それとは独立に、固定的なものとして、個別具体的な対象からは相対的に独立した、言語規範に規定された普遍的な概念が存在しています。

 この個別的概念と、規範の規定する普遍的概念とは、はじめは別々の二つの実体であったものが、後で一つに連結されるという形で二重化するのではなく、実は、一つの個別的概念が成立する過程が、同時に、規範の普遍的概念とその個別的概念との間の対立が止揚される過程でもあって、この過程の結果として成立する個別的概念は、それ自体がその内部に普遍的概念を含んだ構造体となることにより、普遍的概念と個別的概念との一体化が実現する。これが、二種類の概念が一つになる(=二重化する)過程の具体的な構造だと、私は考えます。

 この過程は、二つのものが一つになる「二重化」の成立であるだけでなく、同時に、一つの個別的概念が直接に普遍的概念の面を持つ二面的存在になるという「二面化」の成立として見ることもできると考えます。

 したがって、三浦のいう「概念の二重化」は、二重化即二面化であるという・両者の統一において把握する必要があると考えます。


●個別的概念の成立から聴覚表象の連結への過程

 言語に表現される個別的概念が成立する過程は、概念が直接に対象から抽出されることもあれば、媒介的に抽出されることもあります。媒介的に抽出する場合、媒介するのが言語規範の普遍的概念です。

 対象から個別的概念をつくりだすこの過程は、対象への問いかけと対象からの反映との往復運動的過程として存在し、その際、問いかけに用いられるのが言語規範に規定された普遍的概念です。そして、その結果として、成立した個別的概念の内部には「個別―特殊―普遍」の構造が成立します。

 そしてさらに、この「個別―特殊―普遍」(個別・特殊が直接に普遍を孕む)という構造を持った個別的概念が形成されることにより実現した、二種類の概念の一体化(=二重化)を通じて、はじめに普遍的概念に連結されていた・表現のための表象が、個別的概念に結びつくことになります。


●三浦つとむの「二重化」論の内容
 次の『言語学と記号学』からの川島さんの引用

 表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである。(強調は省略)

を見ると、先に個別的概念が成立し、後から聴覚表象が連結されるということが述べられていますが、その間の過程で、個別的概念に、規範が規定する普遍的概念がどう結びつくのかは述べられていません。

 『認識と言語の理論第三部』からの引用では、「規範と表現される概念との媒介関係」の存在が述べられていますが、それがどういう媒介関係なのかは述べられていません。

 この媒介関係は、先にまず個々の言語表現の個別的概念が成立し、後から、規範の成立する普遍的概念がそれに結びついて二重化するのかどうか、三浦つとむはなにも言っていませんが、私は、上に述べたように、そうではないと思います。


●『日本語はどういう言語か』の図解の問題点

 『日本語はどういう言語か』p.67の図では、個別的概念と、規範の普遍的概念とが実体として別々なまま存在するように描かれています。これは図解のもつ限界によるもので、現実には、表現される認識の「普遍的な面」に「個別―特殊―普遍」の構造が存在し、その中の「普遍」として、規範の普遍的概念の存在は止揚されるのであると考えます。

 以上です。ご批判をいただけると幸です。




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〇筆者の応答2(2001/3/20)

 まずは、小川さん、ご投稿ありがとうございます。これが当ページの記念すべき初めてのご投稿ということになります。初めから、きわめて高度な内容のご投稿(ご論考)で、筆者としては嬉しいかぎりです。今回の小川さんのご論考を通して、いろいろと勉強させていただきました。以下、私の小川さんに対する応答です。

(1)個別的概念の二面化的成立=小川さん独自の主張

 小川さんの個別的概念の二面化的成立という考え方は、三浦つとむの考え方ではなく、小川さんのおっしゃるとおり、小川さん独自の考え方です。このページは、三浦つとむの理論的な叙述の正確な把握を目指していくとともに、三浦理論の(おそらく存在するであろう)過ちを正しく修正すること、および三浦が言及しなかった(あるいは、三浦が言及することができなかった)言語や認識に関する理論的な諸事項を解明していくこと、などを目的とするものです。ですから、小川さんの主張は、私たち三浦理論の批判的継承を目指す者にとっても、吟味するに値するものであり、また歓迎すべきものでもあります。

 三浦つとむは、概念に異なる二種類が存在するとは述べていますが、個別的概念(表現主体が逐次的に認識する独自の概念)の成立する過程が同時に普遍的概念(言語規範の概念)とその個別的概念との間の対立が止揚される過程でもあって、一つの個別的概念は、不可避的にそれに対応する普遍的概念をそのうちに含む、という考え方を述べてはいません。

 以下、前回引用した三浦の言葉をもう一度引用します。

《……だが実際には、言語規範の概念と、現実の世界から思想として形成された概念と、概念が二種類存在しているのであって、言語で表現される概念は前者のそれではなく後者のそれなのである。前者の概念は、後者の概念を表現するための言語規範を選択し聴覚表象を決定する契機として役立つだけであって、前者の概念が具体化されるわけでもなく表現されるわけでもない。概念が超感性的であることは、この二種の区別と連関を理解することを妨げて来た。言語規範の概念は、ソシュールもいうように聴覚表象と最初から不可分に連結されている。連結されなければ規範が成立しない。これに対して、表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである》(『言語学と記号学』p.27~28)(傍線は原文では傍点)(太字――引用者)

 上に私が強調した部分の考え方をつなげ合せて考えてみてください。おそらく次のようになるでしょう。

 普遍的概念(言語規範の概念)は、個別的概念(表現主体が逐次的に認識する独自の概念)が成立したあとに、その個別的概念の聴覚表象を決定する契機として役立つにすぎない、と。

 この考え方は、明らかに、小川さんのおっしゃる個別的概念の二面化的成立の考え方とは異なる考え方です。少なくとも、上の考え方、すなわち個別的概念が成立したあとで普遍的概念がこれを媒介するという考え方から、個別的概念の成立する過程が同時に普遍的概念とその個別的概念との間の対立が止揚される過程であるという考え方が導かれるということは、常識的に考えるかぎりありえません。そして、小川さんのご指摘のとおり、三浦つとむは、個別的概念そのものの成立の具体的な過程については何も述べていないのです。ですから私は、「筆者の応答1」で引用したような三浦の叙述に従って、きわめて常識的な推測をめぐらせて、個別的概念が普遍的概念とは別のものとして形成されるという考え方を導き出したのです。

 小川さんは、私と異なって、三浦の叙述とはまったく別の観点から、個別的概念の二面化的成立という独自の解釈を提出されました。問題は、この小川さんの考え方が現実の個別的概念の成立過程を相対的に正しく説明したものであるかどうか、です。次に、この問題について検討してみようと思います。



(2)個別的概念の二面化的成立と聴覚表象の連結のあり方について

《●個別的概念と普遍的概念との連結の過程的構造(二重化即二面化)
 川島さんによる<三浦つとむの図式>を見ると、まず個別的概念が成立し、その後で、それに規範の規定する普遍的概念が結びついて二重化するように読みとれます。私の考えはそれとはすこし違っています。

 現実の表現された言語の背後には、表現の原型として概念(=個別的概念)が存在しています。この概念は、「表現主体が逐次的に認識する独自の概念」(川島)であり、生成・消滅の過程の中にあります。

 一方、それとは独立に、固定的なものとして、個別具体的な対象からは相対的に独立した、言語規範に規定された普遍的概念が存在しています。

 この個別的概念と、規範の規定する普遍的概念とは、はじめは別々の二つの実体であったものが、後で一つに連結されるという形で二重化するのではなく、実は、一つの個別的概念が成立する過程が、同時に、規範の普遍的概念とその個別的概念との間の対立が止揚される過程でもあって、この過程の結果として成立する個別的概念は、それ自体がその内部に普遍的概念を含んだ構造体となることにより、普遍的概念と個別的概念との一体化が実現する。これが、二種類の概念が一つになる(=二重化する)過程の具体的な構造だと、私は考えます。

 この過程は、二つのものが一つになる「二重化」の成立であるだけでなく、同時に、一つの個別的概念が直接に普遍的概念の面を持つ二面的存在になるという「二面化」の成立として見ることもできると考えます。

 したがって、三浦のいう「概念の二重化」は、二重化即二面化であるという・両者の統一において把握する必要があると考えます。》

 このように、小川さんは、個別的概念と普遍的概念という二種類の概念が存在することは認めるのです(これは、私の解釈と小川さんの解釈の一致点です)が、個別的概念の成立する過程が同時に普遍的概念とその個別的概念との間の対立が止揚される過程でもあって、一つの個別的概念には、不可避的にそれに対応する普遍的概念がそのうちに含まれている、すなわち個別的概念は普遍的概念との二重化において成立する、そしてそれは同時に、個別的概念が直接に(同時に)普遍的概念の側面をも併せもつという、概念の二面化の成立でもある、と考えておられます。

 私は、上の小川さんの叙述を読んで、いろいろと考えさせられました。私は、この問題について、ともすると、三浦つとむの叙述に固執するあまり、個別的概念と普遍的概念とを明瞭に切り離して考えすぎていたのかもしれません。

 そこで、私はここに、もともと私がなぜ、「疑問1」の「個別的概念の二面化的成立」という考え方に反対していたかということを、明らかにしておこうと思います。それは、以下のような理由からでした。

※「疑問1」の考え方に私が反対した理由

①三浦つとむの著書には、個別的概念が成立したあとで、普遍的概念がその個別的概念の聴覚表象(映像)を決定する契機として役立つということが述べられていること。

②普遍的概念は、あらかじめ言語規範に規定されて存在する頭の中の一種の心的実在体であり、個別的概念とこの普遍的概念とが同じ一つの概念の二面化であるという考え方は、(無意識的に)概念が現実の世界の反映として成立するという唯物論的な考え方を否定してしまう可能性が多分にあること。

 ①に関しては、すでに述べたように、三浦はこのように個別的概念と普遍的概念とが明らかに別のものであるとも取れる発言をしているけれども、彼自身、実は個別的概念そのものの具体的な成立過程について何も述べていないので、今のところ私は、三浦つとむの言葉を盾にして、今回の小川さんの解釈を否定することはできません。三浦は、個別的概念の成立する具体的な過程については何も述べていないけれども、もしかすると、彼自身の頭の中には、上の小川さんのご主張と同じ考え方が存在していた可能性があるからです。

 ②に関しても、今回の小川さんのご主張には当てはまらないように思われます。その理由は、以下の「個別的概念の成立から聴覚表象の連結への過程」を読めば明らかになります。以下の叙述によると、小川さんが概念が現実の世界の反映として成立するという唯物論的な考え方を否定していないことは、明らかです。


 小川さんは、個別的概念が成立する過程には直接的媒介的という二通りのあり方があるということを主張され、個別的概念の媒介的な成立の場合における、その個別的概念に聴覚表象が連結される過程について、次のように述べておられます。

《●個別的概念の成立から聴覚表象の連結への過程

 言語に表現される個別的概念が成立する過程は、概念が直接に対象から抽出されることもあれば、媒介的に抽出されることもあります。媒介的に抽出する場合、媒介するのが言語規範の普遍的概念です。

 対象から個別的概念をつくりだすこの過程は、対象への問いかけと対象からの反映との往復運動的過程として存在し、その際、問いかけに用いられるのが言語規範に規定された普遍的概念です。そして、その結果として、成立した個別的概念の内部には「個別―特殊―普遍」の構造が成立します。

 そしてさらに、この「個別―特殊―普遍」(個別・特殊が直接に普遍を孕む)という構造を持った個別的概念が形成されることにより実現した、二種類の概念の一体化(=二重化)を通じて、はじめに普遍的概念に連結されていた・表現のための表象が、個別的概念に結びつくことになります。》

 このように、小川さんは、個別的概念が成立する過程を、対象から直接に概念が形成される直接的な過程(=個別的概念の成立過程①)と、表現主体や思惟主体の対象への問いかけと対象からの反映という往復運動的過程を通して概念が形成される・媒介的な過程(=個別的概念の成立過程②)との、二通りに分けて考えておられます。

※個別的概念の成立する二通りの過程(小川さん)
・個別的概念の成立過程①―概念が直接に対象から抽出される過程。
・個別的概念の成立過程②―概念が対象から媒介的に抽出される過程。

 小川さんの「個別的概念の二面化的成立」という考え方は、この個別的概念の成立過程②のような問題構成における考え方、すなわち表現主体の対象への問いかけと対象からの反映という往復運動的過程における考え方ですので、私は、先の「『疑問1』の考え方に私が反対した理由②」をもって今回の小川さんのご主張を否定することはできないことは、明らかです。

 ですから、ここから先は、私たち自身の問題です。いかにして私たちが現実の認識と言語の問題に取り組むか、いいかえれば、いかにして私たちが現実の対象と取り組んで、そこから答えを導き出すか、という問題です。

 結論から先にいいますと、私は、小川さんの「個別的概念の二面化的成立」という考え方を、条件つきで認めます。

 よく考えてみると、個別的概念といえども概念であるからには、それが類としての普遍的な性質を備えていることは自明のことですし、個別的概念が成立する過程において、今まさに形成されようとしているこの個別的概念に対してその普遍的な性質を付与する契機として言語規範の概念すなわち普遍的概念が関与していると考えることは、きわめて妥当な考え方のようにも思われます(もっとも、この個別的概念に普遍的概念が関与する過程は、実際には瞬時に行われていると思われますが、瞬時ではあるにしろ、純粋の個別的概念が存在していると言おうと思えば言えるような気もするのですが…)。

 実際、小川さんのご指摘された、『日本語はどういう言語か』p.67の三浦の言語表現の過程的構造図式を見ても、個別的概念が対象から形成される過程は、認識における言語規範の総体的な運動の中に包摂されるかたちで図示されています。

 ただし、このような「個別的概念の二面化的成立」は、小川さんご自身のおっしゃるとおり、上の「個別的概念の成立過程②」の場合においてだけ、妥当するものでしょう。逆にいうと、「個別的概念の二面化的成立」は、上の「個別的概念の成立過程①」においては、当てはまりません。なぜなら、この場合、概念は対象から直接に抽出されるので、そこに表現主体や思惟主体の対象への問いかけという過程が存在しないからであり、つまりは規範の普遍的概念がこの個別的概念の成立に関与する契機が存在しないからです。

 このように私は、小川さんのおっしゃるように、「個別的概念の成立過程②」の場合においてのみ、個別的概念の成立する過程にその概念としての普遍性を付与する契機として普遍的概念が不可避に関与する、それゆえ、ひとつの個別的概念の成立は直接に(同時に)個別的概念と普遍的概念との対立を止揚した概念の成立である、という考え方を支持します。もっとも、「個別的概念の二面化的成立」が「個別的概念の成立過程②」の場合だけ成立するという条件づけは、小川さんご自身がなされたことですから、私はこの小川さんの考え方にあとから賛成を表明したにすぎませんが。



(3)個別的概念の成立過程①②について

さて、今度は私から小川さんに質問をさせていただきたいと思います。概念が対象から直接抽出される過程、すなわち先の「個別的概念の成立過程①」は、具体的にどのような場合に該当するのでしょうか? そしてその場合は、私の把握した<概念の二重化>の図式が当てはまるのでしょうか? 

 私は、「個別的概念の成立過程①」は、次のような場合に該当するものと考えています。

 たとえば、ヘレン・ケラーがはじめてwaterという概念を水を触りながら認識した、というような場合です。この場合の個別的概念の成立過程は、その個別的概念の感性的な表象(water)を決定するために必要とされる普遍的概念が言語規範においてまだ十分に規定されていない段階における成立過程であり、それは、きわめて稀な・特殊な成立過程だと思われます。

 また、たとえば次のような場合もこれに該当すると思われます。

 《わたしたちは、ある対象を概念として認識しながらも、表現のための社会的な約束を知らなかったり、忘れたりすることがある。このときは、その対象を自分自身と一定の関係をもって存在するというありかたからとらえなおして、「あれ、なあに?」「これは誰ですか?」などと質問する。そのものズバリの概念でとらえはしたが、それを言語として表現できなかったからこそ、この質問がでてきたのである》(三浦つとむ『スターリン批判の時代』勁草書房、1983.p.110)(傍線は原文では傍点)

 これも、個別的概念が対象から直接に抽出された例だと思います。なぜなら、そこに規範の普遍的概念による媒介過程が存在しないからです。それにもかかわらず、そこに対象の普遍性における認識として概念(個別的概念)が成立したことはたしかです。ですから、この場合も、概念が対象から直接に抽出されたものと見るべきでしょう。

 上のヘレン・ケラーの場合は、私の<概念の二重化>の図式(つまり、<概念>→<概念/聴覚映像>という図式)が当てはまるものとは思いませんが、次の「あれ、なあに?」「これは誰ですか?」の場合は、私の図式が当てはまるものと考えています。

 小川さんはどのようにお考えですか?

 一方、個別的概念の成立過程②についてですが、これは、私たちが通常、対象を認識して概念を抽出する場合のほとんどにあてはまるものでしょう。小川さんのおっしゃるように、私たちは、たとえ目の前にある事物であっても、それを頭の中で概念として思い浮かべる場合、その事物をいかにして普遍的に概念としてとりあげるかという問いかけと、その事物からの反映という往復運動的過程において個々の概念を抽出していくことが習慣化しているからです。



(4)「運用概念」と「規範概念」

 私は、以上のような小川さんの問題提起をうけて、三浦つとむの著作をいろいろと読み返しているうちに、三浦が個別的概念と普遍的概念のそれぞれの成立過程の違いについて述べた、次のような叙述を再発見しました。

《…概念は個々の事物の持っている共通した側面すなわち普遍性の反映として成立する。すでに述べて来たように、個々の事物はそれぞれ他の事物と異っていてその意味で特殊性を持っていると同時に、他の事物と共通した側面すなわち普遍性をもそなえているので、この普遍性を抽象してとりあげることができる。たとえば私の机の上に文字を記すための道具が存在するが、軸は黒いプラスチックでつくられ尖端に金属製のペンがついていて、カートリッジに入っているインクがペン先に流れ出るような構造になっている。このような道具は多くのメーカーでそれぞれ異ったかたちや材質のものを生産していて、私の持っているものにも他のものとは異った個性があるけれども、それらは共通した構造にもとずく共通した機能を持っていて、ここからこれを「万年筆」とよぶわけである。それゆえ、概念にあっては事物の特殊性についての認識はすべて超越され排除されてしまっている。だがこのことは、特殊性についての認識がもはや消滅したことを意味するものでもなければ、無視すべきだということを意味するものでもない。特殊性についての認識は概念をつくり出す過程において存在し、概念をつくり出した後にも依然として保存されている。私が「万年筆」を持っているというときのそれは、私の机の上にあるそれであって、文房具店のケースの中にあるそれではないし、もし必要とあらばその概念の背後に保存されている特殊性についての認識をもさらにそれ自体の他の側面である普遍性においてとらえかえして、「黒い」「万年筆」とか「細い」「万年筆」とか、別の概念をつけ加えてとりあげるのである。

 この場合の「万年筆」は、机の上に個別的な事物として存在している。私はこの事物の普遍性を抽象して概念をつくり出したにはちがいないが、その対象とした普遍性はこの個別的な事物の一面として個別的な規定の中におかれている普遍性にすぎない。普遍性をとりあげてはいるものの、問題にしているのは個別的な事物それ自体なのである。しかしわれわれは、個別的な事物ではなく、この普遍性をそなえている事物全体を問題にすることも必要になる。このときにも同じように普遍性が抽象され概念がつくり出されるが、その普遍性はもはや個別的な規定を超えた存在としてとらえられるのであり、類としての普遍性が対象とされているのである。「万年筆はますます普及している」というときの「万年筆」は、個別的な存在ではなくて全体を問題にしている。さきの私の「万年筆」が個別的概念であるのに対して、この全体をとりあげた「万年筆」は普遍的概念あるいは一般的概念とよぶべきものである。これと同じことは、鉛筆やボールペンについても成立するのであって、「鉛筆」「ボールペン」などの概念にも、個別的な事物をとりあげた個別的概念もあれば、全体をとりあげた普遍的概念もあるわけである。(『言語過程説の展開』p.90~92)(傍線は原文では強調か傍点)(太字――引用者)

 ここで三浦は、先に小川さんが問題提起された言語表現過程や思惟に運用される二種類の個別的概念とはまた別の、表現主体や思惟主体が《普遍性をそなえている事物全体を問題にする》場合につくり出される《普遍的概念》の存在を指摘しています。

 ここで三浦のいう普遍的概念(あるいは一般的概念)は、おそらく言語規範の普遍的概念からそのままスライドされて、思惟や言語表現過程や言語理解過程に運用できるものとして成立した概念だと思われますが、たしかに私たちの現実の思惟や言語表現過程を反芻してみると、そのような普遍的概念の運用ということもたしかにありうることだと思われます。たとえば、「海は青い」というきわめて抽象的な・一般的な表現における「海」という概念は、「海」という対象の普遍性そのものに重点をおいて形成され運用された概念であり、これはたしかに規範の概念からつくられた概念には違いありませんが、規範の概念そのものではありません。これは、私たちが思惟において現実に運用した概念であり、現実の言語表現の原型となった概念です。ですから、この思惟や言語表現過程に運用された普遍的概念は、規範の普遍的概念そのものではなく、両者は相対的独立において存在するものとして理解するべきでしょう。少なくとも前者は、表現主体や思惟主体が自らの意志で自由に運用できるという点で、後者の規範に規定されて存在する・ある意味規範に拘束されている普遍的概念とは、異なる概念ということができるのです。

 そうしてみると、思惟や言語表現過程や言語理解過程に運用される概念には、三種類の性質の異なるものが区別されうる、ということになります。一つは、対象からの直接的な反映として成立する個別的概念であり(個別的概念の成立過程①によって抽出される概念)、一つは、表現および理解主体の対象への問いかけと対象からの反映という往復運動的過程の結果として成立する個別的概念、つまり媒介的に成立する個別的概念であり(個別的概念の成立過程②によって抽出される概念)、一つは、言語規範の普遍的概念が規範からスライドしてつくり出された普遍的概念です。

 つまり、思惟や言語表現過程や言語理解過程に運用される概念は、個別的概念だけでなく、上に三浦が指摘したような、対象の類としての普遍性に重点をおいた思惟過程において運用される普遍的概念も、その中に含まれることになります。

 そうしてみると、私は、概念の区別の仕方に、次のような大まかな二大別のあり方も考えうるのではないか、と考えます。つまり、私は、上の三種類の性質の異なる概念を思惟や言語表現過程や言語理解過程に運用される概念、すなわち運用概念と呼んで一括し、言語規範において規定されている、運用概念の成立や運用に役立つ普遍的概念を規範概念と呼んでこれを運用概念と区別する、という区別の仕方もあるのではないか、と考えます。

 以上の私の考えをまとめると、次のようになります。

〇運用概念―思惟や言語表現過程や言語理解過程において実際に運用される概念。それは、言語表現過程においては、表現の原型となる概念であり、言語理解過程においては、その表現の原型となった概念が表現を媒介として理解主体の頭の中に複製されたところの概念である。運用概念には、次の三種類が区別されうる。

 ①対象から直接に抽出された個別的概念(個別的概念の成立過程①による概念)。
 ②対象から媒介的に抽出された個別的概念(個別的概念の成立過程②による概念)。
 ③言語規範の普遍的概念からスライドしてつくり出された普遍的概念。

〇規範概念―言語規範に規定された普遍的概念で、運用概念の成立や運用に役立てられる概念。言いかえれば、言語表現の媒介をする概念であり、表現される概念の表象を決定する契機として利用される。それ自身は観念的に対象化された意志としての概念であり、あくまでも言語規範に拘束された存在であるから、表現の原型とはなりえない。規範概念が表現の原型となるためには、これが運用概念へと転化することによってのみ可能となる。

 ――私の<概念の二重化>論といい、私がなぜ、このように、言語規範における普遍的概念を、そのほかの表現や思惟において運用される概念と区別したかというと、それは、言語規範における普遍的概念はあくまでも、思惟において概念の表象を決定するする契機として役立てられたり、表現される概念を表現へと媒介するのに役立てられたりするという、この概念の非創造的な側面に着目しているからです。ソシュールの言語記号論(拙著のソシュールの図式②)においては、この非創造的な概念が表現主体の用い方によっていろいろな意味を持った個別的・特殊的な「記号」として表現されるということになっていますから、このような不可知論と一線を画すために、私は、そういう非創造的な概念とは別に、表現主体が現実の世界から認識する個別的・特殊的な・あるいはまた創造的な概念が存在するのだということを、明確化しておきたかったのです。

 このような私の概念の二大別の仕方に対して、小川さんはどのようにお考えですか? 


おたより、ありがとうございました。





(2001/3/11 脱稿  2025/9/19 gooブログより転載)

 

2025年09月19日

〈概念の二重化〉説 3

〇疑問3 小川文昭さんより

川島 正平 様

 前回の私の投稿を緻密に検討してくださり、また投稿で触れなかったことについて問題提起してくださって、ありがとうございます。

 川島さんから「概念が対象から直接抽出される過程、すなわち先の「個別的概念の成立過程(1)」は、具体的にどのような場合に該当するのでしょうか?(……)その場合は、私の把握した<概念の二重化>の図式が当てはまるのでしょうか?」と提起された問題は、前回の投稿時、後まわしにして触れなかったことでした。川島さんの問いかけをありがたく受けとめて、以下のように考えてみました。また、ご意見をうかがえるとうれしく思います。



●個別的概念の成立過程の例

 言語に表現される概念が、規範の媒介によらずに対象から直接抽出される場合としては

(1)「あれ、なあに?」「これは誰ですか?」など、新しく言葉を学ぶ場合
(2)新語を作る場合(=命名の場合)
が考えられます。

(1)(2)とも、「個別即普遍」の概念が成立することがあるのが、このような、規範の概念の媒介なしに対象から直接に概念が抽出される場合の特殊性です。



●●「個別即普遍」

 「個別即普遍」という論理は、牧野紀之『生活のなかの哲学』(鶏鳴出版、http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/6918/を参照)66~67ページと、イェスペルセン『言語―その本質・発達・起源―(上)』(三宅鴻訳、岩波文庫)218ページにある以下の記述によりました。

(牧野紀之より引用)
…、後にはある種(=普遍)に属する一つのもの(=個別)にすぎないと分るものでも、その種がそれとして知られていない段階で初めて現われる時には、個別としてはとらえられないということである。なぜならそれと比較して、それの個別的な性質つまり特殊性を知るための、同種の他のものがまだ知られていないからである。始めに現われる個別は普遍として、その種そのものとしてとらえられるということである。というより、そこではまだ個別と普遍は未分化なのである。(引用終り)

(イェスペルセンより引用)
しばしば、おそらくはきわめてしばしば、単語とは子どもにとって始めのうちは、固有名である。「森」とは森一般ではなく、食堂で子どもに指し示された特定の画のことである。(…中略…)ファーザーという単語は初めてこれを耳にしたとき、固有名である。つまりその子の父親の名前である。しかし程なく、この単語は広げられて、その子の父親となんらかの点で共通する他の個人にも適用されなければならなくなる。ある子どもはそれをすべての<男の人>(原文強調)に用いようし、ある子はおそらくあごひげをもつすべての男に用いようし(あごひげのない顔の画はぜんぶladyと呼ばれる)、また別の子はこの単語を父親、母親、祖父のみんなにあてはめるであろう。(引用終り)



●新語を作る場合

 (2)の場合の概念は、なにかに命名する時の・対象の概念です。固有名は対象の個別性を普遍的に把握した表現なので「個別即普遍」ですが、動植物の新種、新物質などの命名にあたっては「個別―特殊―普遍」の認識が成立してから命名されることもあるでしょう。
「個別即普遍」の概念の場合、表現過程の図式は<対象>→<概念>→<概念/聴覚映像>→<表現>ではないかと思います。



●二種類の「個別的概念、普遍的概念」

 川島さん引用の『言語過程説の展開』p.90~92では、類全体を対象としてとりあげた「普遍的概念あるいは一般的概念」について述べられています。この類全体を取りあげた普遍的概念が、言語規範の普遍的概念と同じものなのか違うものなのかは問題だと思いますが、三浦つとむはこれには直接触れていないようです。川島さんはこの区別を次のようにお考えです。

(引用開始)
 ここで三浦のいう普遍的概念(あるいは一般的概念)は、おそらく言語規範の普遍的概念からそのままスライドされて、思惟や言語表現過程や言語理解過程に運用できるものとして成立した概念だと思われますが、たしかに私たちの現実の思惟や言語表現過程を反芻してみると、そのような普遍的概念の運用ということもたしかにありうることだと思われます。
(引用終り)

 これは私もそのとおりだと思います。
ところで、対象の類全体を把握した概念は、規範の概念から「スライド」されなければならないということは、逆にいえば、対象の普遍性の把握としての概念は、対象が類全体であったとしても、それがそのまま規範の概念になるわけではないということです。つまり、言語規範の規定する概念というのは、類全体を対象として、その普遍性を把握した場合の普遍的概念とも、区別されなければならないということです。

 では「スライドされて」という「スライド」の構造はどういうものでしょうか。



●対象の概念と規範の概念とはどう違うか

 規範に規定された概念を、私は、「対象超越的」(滝村隆一「マルクス主義の方法的解体―とりあえずの覚え書」『試行』72号、1993.12)な概念と考えます。そして「スライド」というのは、この対象超越的な概念が、対象から媒介された概念として、対象との関係(止揚関係)の中で把握しなおされることだと思います。
類全体をつかんだ概念であっても個別の対象をつかんだ概念であっても、対象を概念で把握するということは、対象についての認識を普遍的な認識の中に止揚することです。

 こうして成立した概念は、対象の普遍性の把握ですが、概念そのものとしては、個人の頭にやどった個別の認識であり、個別性という性格を持っています。

 一方、言語規範の概念は、対象からのこの止揚関係を捨象して、概念それ自体が、独立で存在するものであるかのように、一つの抽象物としてつかまれたものです。この概念は、表現のための表象以外には何も結びつくものがない・対象超越的な概念です。

 ただ、この概念は超越的であるといっても、他者の頭にやどった同じ種類の規範の概念との間の同一性が保たれなければならないという拘束を受けます。そういう意味での普遍的な性質を持つことが社会的に求められる概念です。



●「運用概念」と「規範概念」の関係

 言語規範による表現過程の媒介という論理は、三浦言語理論の要点です。川島さんによる「運用概念」と「規範概念」との区別は、三浦つとむの理論をよく説明するものだと思います。

 この二種類の概念の関係は、根本的には「運用概念」が基礎的な存在であって、そこから「規範概念」が抽象され、それが「運用概念」から相対的に独立した「対象超越的」な認識として固定化され、以後、「規範概念」は「運用概念」の内容を拘束するようにはたらきます。

 「規範概念」が独立した後も、「規範概念」は絶えず現実の言語行為での「運用概念」との相互浸透を通じて、対象の認識の止揚によって得られた「運用概念」の内容を受取りつづけます。

 この相互浸透の過程には、「規範概念」が「運用概念」の運用のなかで検証されるということも含まれます。もし「規範概念」の内容に誤りがあれば、それが「運用概念」の誤りとなり、誤った「運用概念」による言語活動で目的どおりの結果が得られないということになります。そのことによって「規範概念」の誤りが知らされるというわけです。

 こうして、各人は自分の「規範概念」を他者と共通なものに保つように絶えず気を配ることになります。



●言語規範とそのはたらき

 このように、「規範概念」が「運用概念」を通じて検証され、それによって社会的な共通性が維持されるということも、言語規範が言語行為を拘束するはたらきの結果であって、そのはたらきが現われたものだと思います。

 ただし、こう考えるためには、言語規範自体を、規範の普遍的概念からも表現のための表象からも独立した、第三の存在として考えることが必要です。

 言語規範の本質は、対象超越的概念と、それを表現するための表象との関係であり、この本質=関係を、社会的な共同の意志という形で実現することによって、超感性的な認識を感性的に表現するという言語の矛盾は解決されるのだと考えることができます。

 三浦つとむの言語規範観は、このように把握するのがいいと私は考えるのですが、三浦の言語規範観が本当にこういうものだったかについては、議論の余地があるでしょう。

 三浦つとむに発見されたこの言語規範は、個々の言語行為を規定する普遍的存在であることから、あたかも定規の目盛りが不変固定であるように、不変固定的存在としての面があるはずですが、それと同時に、言語規範の概念自体が個々の言語行為を通じて生成し、変化・成長していくものでもあるという面があることも否定できません。それをつかもうというのが、前回と今回を通じての私の投稿の意図です。

 私が述べた考えはまだ荒削りな仮説に過ぎません。誤りがすぐに見つかりそうな気がします。ご批判をいただけると幸です。

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○筆者の応答 3 (2001/4/6)

 まずは小川さん、いつもご投稿ありがとうございます。今回も、私は小川さんからいろいろと学ばせていただきました。

(1)個別的概念の成立過程①=「個別即普遍」の概念の成立過程

 前回、私は、「筆者の応答2」において、個別的概念の成立過程①、すなわち規範の普遍的概念の媒介によらないで、対象から直接に概念が抽出される過程は、具体的にはどのような場合に当てはまるのでしょうか、と小川さんにお尋ねしておりました。そして、これらの概念の成立過程は、私が拙著『言語過程説の研究』第2章において解説・主張した<概念の二重化>の図式が当てはまるかどうか、ということもお尋ねしておりました。

 それに対して小川さんは、今回のご投稿で、それは、

(1)「あれ、なあに?」「これは誰ですか?」など、新しく言葉を学ぶ場合
(2)新語を作る場合(=命名の場合)
などが当てはまるとお答えになりました。

 そして、さらにこれらの概念の成立過程は、「個別即普遍」の概念の成立過程である、と述べておられます。また、この「個別即普遍」の概念の成立過程は、私の<対象>→<概念>→<概念/聴覚映像>→<表現>という図式が当てはまるのではないか、と推測しておられます。

まずはこの「個別即普遍」という言葉ですが、小川さんが紹介されていた牧野紀之さんとイェスペルセンの引用文で、だいたいその意味をつかむことができました。

(牧野紀之より引用)
…、後にはある種(=普遍)に属する一つのもの(=個別)にすぎないと分るものでも、その種がそれとして知られていない段階で初めて現われる時には、個別としてはとらえられないということである。なぜなら、それと比較して、それの個別的な性質つまり特殊性を知るための、同種の他のものがまだ知られていないからである。始めに現われる個別は普遍として、その種そのものとしてとらえられるということである。というより、そこではまだ個別と普遍は未分化なのである。(引用終り)

(イェスペルセンより引用)
 しばしば、おそらくはきわめてしばしば、単語とは子どもにとって始めのうちは、固有名である。「森」とは森一般ではなく、食堂で子どもに指し示された特定の画のことである。(…中略…)ファーザーという単語は初めてこれを耳にしたとき、固有名である。つまりその子の自分の父親の名前である。しかし程なく、この単語は広げられて、その子の父親となんらかの点で共通する他の個人にも適用されなければならなくなる。ある子どもはそれをすべての<男の人>(原文強調)に用いようし、ある子はおそらくあごひげをもつすべての男に用いようし(あごひげのない顔の画はぜんぶladyと呼ばれる)、また別の子はこの単語を父親、母親、祖父のみんなにあてはめるであろう。(引用終り)

 牧野さんの引用文は、ようするに、ソシュールの用語でいうならばいわゆる「連合関係」(rapport associatif ;牧野さんご自身は、これを「連想関係」と言い換えておられます)のことを述べておられるのだと思います。つまり牧野さんがここで述べておられることは、ある対象がある種(A)に属する一つの特殊的なものであるということが分っている場合でも、それがその種(A)に属するものであるということを理解するために不可欠であるところの、その種と同列に扱われている(あるいは、その種と同一の範疇において扱われている)他の種(B、C、D、…)が知られていない場合、その対象はその種(A)に属する特殊性を伴ったものであるということが特定できない、ということです。この場合、この対象は、今、現に目の前に存在している個別的なものであるという認識とともに、その種(A)という存在が現実には同列に属するものとして扱われている他の種(B、C、D、…)をも包摂したある普遍的な存在として理解されることになります。

 たとえば、今、まったく野球というものを見たこともなければ野球に関する知識もない小学生のKくんが、ある日、はじめてプロ野球のジャイアンツと横浜の試合をテレビで見たとします。いうまでもなく野球には、プロ野球もあれば、高校野球もあるし、リトル・リーグもあります。また、野球には、硬式野球だけでなく、軟式野球もあります。そういうことをまったく知らないKくんは、お父さんから「これが野球だよ」と教えられて、「これが野球か!」と新語を覚えたとします。この場合、Kくんは、目の前の個別的な野球を、プロ野球としての特殊性や、硬式野球としての特殊性を抜きにして、野球としての普遍性として捉えたことになります。これが、牧野さんのいう《…目の前の個別は普遍として、その種そのものとしてとらえられる》ということの意味であり、「個別即普遍」ということの意味でしょう。

 また、イェスペルセンは、牧野さんと同じことを別の表現で示しています。すなわち、《単語とはしばしば子どもにとって始めのうちは、固有名である》と。上の野球の例は、少なくともものごころのついた小学生に、「これが野球だよ」と教えている例なので、目の前のジャイアンツと横浜の試合のみを「野球」だと思い込むことはないと思いますが、3歳の子どもに「これがママで、これがパパだよ」と教える場合は、まさにイェスペルセンのいうとおりでしょう。この子どもは、もう少し大きくなって、「あれが○○ちゃんのママで、これが××ちゃんのパパ」ということが分るまでは、「ママ」「パパ」という単語をそれぞれ自分の母親と父親の固有名として記憶していることでしょう。この場合の概念の成立過程も、小川さんのいう「個別即普遍」という論理が当てはまると考えられます。

 小川さんは、(2)の新語を作る場合も、《動植物の新種、新物質などの命名》の場合を除いては、この「個別即普遍」という論理が当てはまると述べておられます。これも私はそのとおりだと思います。

 新語を作る場合は、多くの場合、すでに複雑な言語規範を身につけた大人(多くの場合、学者や専門家)が、ある対象を、ある特殊な範疇において他の同種のものと区別するために命名することですから、この場合は、小川さんのおっしゃるとおり、《「個別―特殊―普遍」の認識が成立してから》の命名ということができるでしょう。たとえば、ペニシリンという抗生物質が発見され命名されたときは、これが抗生物質という範疇に属するある独自性を持ったものであるということはある程度分っていたはずです。ですから、この場合は、「個別―特殊―普遍」という認識のもとに命名された例のひとつということができるでしょう。

 また、小川さんは、以上のような個別的概念の成立過程①、すなわち(1)新しく言葉を覚える場合と、(2)新語を作る場合(動植物などの命名の場合を除く)には、<対象>→<概念>→<概念/聴覚映像>→<表現>という言語表現の過程的構造に関する私の図式が当てはまるということを承認されました。私もそうではないかと考えております。

(2)個別的概念の成立過程②の過程的構造図式

 問題は、個別的概念の成立過程②、すなわち概念が対象から媒介的に抽出される場合の過程的構造図式を果してどのように表現するか、ということがひとつあると思います。この場合、表現主体の対象への問いかけと対象からの反映という往復的運動過程が加わるので、過程的構造図式はより複雑になるものと思われます。とりあえず私は、次のような図式を考えてみました。

<対   象>

  ↓↑

<概  念>

  ↓↑

<概念/聴覚映像>

  ↓

<表  現>

<概念が対象から媒介的に抽出される場合の過程的構造図式>


 小川さんのおっしゃる個別的概念の二面化的成立ということから考えると、上の図式は個別的な<概念>そのものが独立して存在しているように見えるので、適当でないように思われるかもしれませんが、私としては、上の図式の交差する矢印によって個別的概念の二重化即二面化という構造を表現したつもりですので、一応これでよいのではないか、と考えております。もっとも、認識内部の事象をこのようにいちいち図式化して表現する必要はないのかもしれないですが、私としては、同じ言語表現でもこういう過程内の相違が存在するのだということをひと目見てわかる図式というものもそれなりに有用ではないか、と考えております。逆に、目に見えない過程の問題であるからこそ、こういう図式はあってもよいのではないか、とも考えております。もっとも、このような図式をそのまま絶対化して理解することが危険であることはいうまでもありませんが。小川さんにもし、私と違うアイデアがあるようでしたら、どうぞお教えいただきたいと思います。



(3)二種類の普遍的概念について

 私は前回、「筆者の応答2」において、三浦つとむの言葉を引用して、対象を類全体として把握して成立し運用される普遍的概念は、規範の普遍的概念からスライドして成立したものであり、それは規範の普遍的概念が運用される概念に転化したものだということを書きました。小川さんは、この私の考えに賛成されて、さらにその《「スライド」の構造はどういうものでしょううか》と問題提起され、次のように述べておられます。

《●対象の概念と規範の概念とはどう違うか

 規範に規定された概念を、私は、「対象超越的」(中略―川島)な概念と考えます。そして「スライド」というのは、この対象超越的な概念が、対象から媒介された概念として、対象との関係(止揚関係)の中で把握しなおされることだと思います。

 類全体をつかんだ概念であっても個別の対象をつかんだ概念であっても、対象を概念で把握するということは、対象についての認識を普遍的な認識の中に止揚することです。

 こうして成立した概念は、対象の普遍性の把握ですが、概念そのものとしては、個人の頭にやどった個別の認識であり、個別性という性格を持っています。

 一方、言語規範の概念は、対象からのこの止揚関係を捨象して、概念それ自体が、独立で存在するものであるかのように、一つの抽象物としてつかまれたものです。この概念は、表現のための表象以外には何も結びつくものがない・対象超越的な概念です。

 ただ、この概念は超越的であるといっても、他者の頭にやどった同じ種類の規範の概念との間の同一性が保たれなければならないという拘束を受けます。そういう意味での普遍的な性質を持つことが社会的に求められる概念です。》(太字――川島)

 小川さんはこのように、私が「スライドする」とか「転化する」といったように、その相互関係の具体的な記述を避けていたところの、二種類の普遍的概念の関係について、実に明晰に適切な説明をしてくださいました。すなわち、《「スライド」というのは、この対象超越的な概念が、対象から媒介された概念として、対象との関係(止揚関係)の中で把握しなおされることだ》、ということです。私もそう考えます。規範の概念そのものは、あくまでも観念的に対象化された意志の一形態である言語規範に規定された存在として、ある特定の表象との結びつきが定められた概念として、頭の中に固定的に存在する概念です。この固定的な概念が思惟や表現において運用されるときは、必然にそれが表現主体の思惟活動において対象との止揚関係において再度把握しなおされる、という考え方は、きわめて妥当なものと思われます。もっとも、私たちは普段それを意識せずに行っているでしょうが。前回私が「運用概念」と「規範概念」とを明瞭に区別したことは、このような概念の質の相対的な区別に基いています。

 また、小川さんは、規範の普遍的概念について、これを「対象超越的」な概念と呼んでおられますが、私は最近、この「対象超越的」という言葉が実際に使われている滝村隆一氏の論文(「マルクス主義の方法的解体」)を読む機会がありました。この論文の中でこの「対象超越的」という言葉は、個別科学の現実的な・具体的な実践とは異なる領域に属する、弁証法や論理学など、きわめて抽象的な・一般的な論理に対する形容として使われています。その意味でたしかに、規範の普遍的概念を「対象超越的」と形容することは、的を射た形容の仕方だといえるでしょう。



(4)「運用概念」と「規範概念」の関係について

 前回私は、思惟や表現過程において実際に運用される普遍的概念および二種類の個別的概念と、言語規範の普遍的概念(小川さんのいう対象超越的な概念)とを区別して、それぞれ「運用概念」「規範概念」と呼んではどうか、と問題提起しました。今回、小川さんは、それについて、次のように述べておられます。

 《 言語規範による表現過程の媒介という論理は、三浦言語理論の要点です。

 川島さんによる「運用概念」と「規範概念」との区別は、三浦つとむの理論をよく説明するものだと思います。

 この二種類の概念の関係は、根本的には「運用概念」が基礎的な存在であって、そこから「規範概念」が抽象され、それが「運用概念」から相対的に独立した「対象超越的」な認識として固定化され、以後、「規範概念」は「運用概念」の内容を拘束するようにはたらきます。

 「規範概念」が独立した後も、「規範概念」は絶えず現実の言語行為での「運用概念」との相互浸透を通じて、対象の認識の止揚によって得られた「運用概念」の内容を受取りつづけます。

 この相互浸透の過程には、「規範概念」が「運用概念」の運用のなかで検証されるということも含まれます。もし「規範概念」の内容に誤りがあれば、それが「運用概念」の誤りとなり、誤った「運用概念」による言語活動で目的どおりの結果が得られないということになります。そのことによって「規範概念」の誤りが知らされるというわけです。

 こうして、各人は自分の「規範概念」を他者と共通なものに保つように絶えず気を配ることになります。》

 《言語規範による表現過程の媒介という論理は、三浦言語理論の要点です》と小川さんは考えておられますが、私もそう考えています。この点も含めて、私は、拙著p.106において、三浦つとむの言語本質論上の功績を次の3点に大まかにまとめて書いています。

《(1)言語は、表現のための社会的な約束すなわち言語規範を必要とする。
(2)言語においては、客体的表現と主体的表現とを分離して表現することが可能である。
(3)言語においては、言語表現と非言語表現というかたちの二重性が存在する。》(『言語過程説の研究』p.106)

 (1)の考え方は、ソシュールがすでにラングという言葉で説明している、という見方もあるかもしれませんが、言語表現過程において、言語規範が超感性的な概念を媒介することによって感性的な形式(=表象)が決定され、それが現実に言語として物質的に表現される、という言語規範による表現の媒介のあり方の具体的な説明をしたのは、三浦が初めてです。このような言語規範による表現の媒介ということを言語表現の本質的な特徴のひとつとして三浦が規定したことは、三浦にしてみれば、論理的に必然の結果でした。三浦はもともと、言語表現の特質を対象の類としての認識の表現すなわち超感性的な概念の表現という点にみていましたから、超感性的な認識を言語として物質的・感性的に表現するためには、必ずその過程において、超感性的な存在と感性的な存在とを媒介する過程が存在しなければならない、と考えたわけです。そして結局、この両者の間を媒介するのが、かくかくしかじかの概念にはかくかくしかじかの表象(音声や文字)を結びつける、という認識におけるダイナミックな社会的な運動すなわち言語規範の運動である、という結論に達したのです。それで、三浦は、《(言語表現においては――引用者)現実的な表現の背後に、表現のための規範が存在していて、表現主体の頭の中でこのような認識にはこのような音声や文字を使うべしという、観念的な語のありかたが規定されていた。(中略)言語は規範によってささえられ、規範の媒介によって具体的な意味を持つ表現が成立したのであって、この表現に対する規範の先行と媒介という点で絵画や彫刻などと本質的に異っている。(中略)言語の本質を論じるときは当然言語規範をとりあげねばならないのであって、言語表現の過程的構造に規範を正しく位置づけることを必要とするのである》(三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』)勁草書房。p.9。太字は原文)とまで述べていたのです。――話が少し横にそれてしまったようですが、私は、三浦つとむの言語学上の功績の三本柱を上のように考えています。異論のある方もあるかもしれませんが、その場合はその旨投稿していただければ幸です。

 さて、次に、「運用概念」と「規範概念」についてですが、まずは、小川さんがこのような私の概念の区別の仕方を《三浦つとむの理論をよく説明するもの》と認めてくださったことに感謝したいと思います。この考え方は、まったく私独自に考え出したものなので、一人でも賛意を表明してくださる方がいることは嬉しいことです。

 上の引用文において、小川さんは、「運用概念」と「規範概念」との関係について、実に的確な説明をしてくださっています。たしかに、両者の関係においては、「運用概念」が基礎的な存在であって、多くの場合、「規範概念」は、「運用概念」として何回も使われたのちに、表現主体の言語規範の働きによって「規範概念」として固定化され、頭の中に登録されることになります。そして一度「規範概念」として登録されると、以後、この概念(<概念/聴覚映像>)は思惟における「運用概念」の働きの手助けをする役割をすることになります。

 「規範概念」は固定的な概念ではありますが、たえず表現主体の現実の言語行為において、「運用概念」との相互浸透を通じて、刻々と変化・発展せざるをえません。時には、現実からの要請によって、それまで関係していた「運用概念」に新たな別の「規範概念」が関係するという変化を被ることもあるでしょう。たとえば、ひと昔前まで「今風の」とか「かっこいい」という意味で使われていた「ナウい」という形容詞を使う人は、今ではほとんどいません。今ではこの「ナウい」という語の代わりに、「今っぽい」とか「イケてる」とかいう語が使われることが比較的多いようです(もっとも、これはまだ俗語的な場面においてしか使われていないようですが)。この場合、かつて「ナウい」という表象を伴った「規範概念」と相互浸透することによって表現されていたところの「運用概念」(表現される概念)に、現在では、「今っぽい」とか「イケてる」とかいう表象を伴った「規範概念」(表現に役立てられる概念)が言語規範の働きによって相互浸透して表現に役立てられている、ということができるでしょう。また、かつては「中年」とか「老年」とか「お年寄り」とかいった語で表現されざるをえなかった50歳から60歳くらいにかけての人たちのことを、現在では私たちは「熟年」と呼んでいます。これなどは、かつては存在しなかったところの「規範概念」が、現実の対象と「運用概念」との間の矛盾が原動力となって形成されたものと考えられます。このように、「規範概念」は、たしかに固定的なものではありますが、決して絶対的に固定し変化しないものではなく、絶えず現実の世界と主体との関係によって変化・発展しているということができます。

 ここで、「運用概念」と「規範概念」との間の相違を理解しやすくするために、時枝誠記が自著の中で紹介していた言語表現の失敗例を、あらためて紹介しておくことにします。

 《 ……私の長女(当時小学四年生)が、友人のことを批評して「あの子はオッチョコチョイだ」といふのを聞いたので、「オッチョコチョイ」といふ語をどういふ意味に使つてゐるのかと思つて、それとなく尋ねてみると、どうも「乱暴者」を意味してゐるやうに受取られた。私は、「オッチョコチョイ」の意味を説明しようかと思つたが、到底、私の手には負へないと思つたし、いづれは、自分自身で修正して行くことであらうと思つて、そのまヽにしてしまつた。》(時枝誠記『国語学原論 続篇』p.39~40)

 この例では、表現主体(時枝誠記の長女)は、本来ならば「乱暴者」として表現されるべきところの「運用概念」を認識していたことになります。「運用概念」は、必ずしも表象が伴っているものとは限りませんから、たとえ外部に表現されたのが実際に「オッチョコチョイ」という物理的な形式だったとしても、表現主体が現実に認識した概念が、必ずしも、通常「オッチョコチョイ」という語で表現される概念と同じものだとはいえないわけです。時枝の推測が正しいとするならば、この表現主体の犯した過ちは、本来ならば「乱暴者」として表現されるべきところの「運用概念」に、「乱暴者」という適切な「規範概念」を結びつけることができなかった、というところにあります。もちろん、上のような記述だけでは、この表現主体が「乱暴者」という「規範概念」を言語規範において登録していたか、いなかったか、ということまではわかりません。私たちは、たとえ適切な「規範概念」を登録していても、表現する時に思い浮かばなかったり、またド忘れすることもあるからです。とりあえず、この表現主体は(あくまでも時枝の推測が正しかったとするならば)、自らが表現したい「運用概念」に適切な「規範概念」を結びつけて適切な表象を伴った言語表現をすることに失敗した、ということだけはたしかなことのようです。このような現実の言語表現の失敗を繰返すことによって、私たちは「規範概念」と「運用概念」との間の運動すなわち両者の相互浸透に社会性を持たせて行く作業を日々行っているわけです。

 「運用概念」と「規範概念」という区別を用いることは、このように、今までの概念論ではあまり細かく説明することができなかったさまざまな表現過程上の事象をある程度明確に説明することができる、という利点があると私は考えています。



(5)言語規範と「運用概念」「規範概念」

《●言語規範とそのはたらき

 このように、「規範概念」が「運用概念」を通じて検証され、それによって社会的な共通性が維持されるということも、言語規範が言語行為を拘束するはたらきの結果であって、そのはたらきが現われたものだと思います。

 ただし、こう考えるためには、言語規範自体を、規範の普遍的概念からも表現のための表象からも独立した、第三の存在として考えることが必要です。

 言語規範の本質は、対象超越的概念と、それを表現するための表象との関係であり、この本質=関係を、社会的な共同の意志という形で実現することによって、超感性的な認識を感性的に表現するという言語の矛盾は解決されるのだと考えることができます。

 三浦つとむの言語規範観は、このように把握するのがいいと私は考えるのですが、三浦の言語規範観が本当にこういうものだったかについては、議論の余地があるでしょう。

 三浦つとむに発見されたこの言語規範は、個々の言語行為を規定する普遍的存在であることから、あたかも定規の目盛りが不変固定であるように、不変固定的存在としての面があるはずですが、それと同時に、言語規範の概念自体が個々の言語行為を通じて生成し、変化・成長していくものでもあるという面があることも否定できません。それをつかもうというのが、前回と今回を通じての私の投稿の意図です。(以下略)》

 言語規範を、対象超越的概念すなわち規範の普遍的概念とも、表現のための表象とも異なる、第三の存在としてとらえるべきだという小川さんのご主張は、まさにそのとおりだと思います。言語規範自体は、これこれの概念にはこれこれの表象(音声表象や文字表象)を結びつけるべし、という観念的に対象化された意志の一形態であり、これは、普遍的概念とも表象とも相対的に独立して存在するところの、認識の特殊な運動形態のひとつです。

 言語規範の本質を、対象超越的概念すなわち規範の普遍的概念と、これに結びつけられる表象との間の関係に見ることは、たしかに的を射た考え方だと私も思います。三浦つとむも、超感性的な認識を他の人にも理解可能な感性的形式として表現しなければならないという、言語表現がかかえているある意味やっかいな宿命(=矛盾)を説明するもっとも合理的な論理として、――社会的な共同の意志の観念的な対象化として成立したところの――言語規範による表現の媒介という過程的構造を結果的に導き出したものと思われます。

 最後に、三浦つとむが言語規範の持つ相反する二つの性格、すなわちその固定性・拘束性と可変性・柔軟性とを対立物の統一としてきわめて明晰に叙述した文章を引用しておきます。

 《 …ソシュールは一方でlangueの「恣意性」を指摘しながら、他方で「大衆はあるがままのlangueにしばられている」「自由ではなくて押しつけられている」といい、恣意性と強制を両立させている。これは矛盾であるから、矛盾は不合理なものと思いこんでいる学者たちが納得できないのであるが、言語規範の正しい理解を持てばこの問題は簡単に解決する。表現のための音声表象は、表象としての二面性を、音声の感性的認識の側面と音声の種類についての超感性的認識の側面とを持っているし、規範における概念は超感性的認識の側面に結合されている。従ってparoleにあっても、その音声は二面性を持っていて、言語表現は音声の人工的な種類という超感性的な側面においてなされている。音声の感性的な側面は、言語としては語の弁別にとって必要ではあっても、それ自体が言語表現ではないのである。それだからこそ、どんな音声表象でも規範に採用できるのであって、他の語と弁別できないような音声を避けるという規制を受けはするものの、人工的な種類という超感性的な側面を持ちさえすれば言語表現に使用可能なのであり、ここに恣意性の根拠が存在している。ところが、一度どんな音声を使用するかを規範として決定してしまうと、こんどはある特定の概念の表現には特定の音声を使うべしという、客観的な意志が成立しているから、規範のこの意志によって強制され押しつけられるのである。恣意的かそれとも強制的かと、あれかこれかの形而上学的発想で解釈しようとして、規範の成立に際しては恣意的であり且つ規範の成立後においては強制的であるという、あれもこれもと対立物を統一してとらえる弁証法的発想で理解しようとしないところに、学者たちがキリキリ舞いから逃れられない原因があった。》(三浦つとむ『言語学と記号学』p.21~22)(傍線は原文では傍点、太字は原文)



おたより、ありがとうございました。


 




(2001/3/28 脱稿  2025/9/19 gooブログより転載)

 

2025年09月19日

時枝誠記における「対象の展開」論 1


はじめに

 最近、時枝誠記の初期文献を読み直していて気づいたことがいくつかあったので、それについて書いてみようと思います。時枝誠記は1937年に「心的過程としての言語本質観」という論文を発表しています(『文学』6月号、7月号)。 これは、一般には時枝が言語過程説を正面切って打ち出した最初の論文とされていますが、今回読み直してみて、いろいろと発見がありました。私はこの論文を途中までは普通に読み進んでいたのですが、最後の言語理論の核ともいうべき意味論(第4節 d 文の解釈に於ける語の意味の把握について)のところを読み進めるうちに、なにか尋常でない違和感を感じました。考えてみると、私は時枝誠記の理論を参照にする場合は、主著である『国語学原論』(以下、『原論』と表記します)や『日本文法 口語篇』をひもとく場合が多かったので、こうやって「原論」以前の論文を読み返すのは本当に久しぶりのことだったのです。

 その違和感はなにかというと、この論文では、時枝の意味論で有名な「主体的意味作用」や「意味的志向」、「主体的把握」という用語が一切使われていないだけでなく(使われているのはせいぜい「志向的関係」や「志向関係(対象)」ぐらいです)、「内容的なものは意味ではない」というこれまた有名な時枝独特の意味論がまったく述べられておらず、逆に語の意味の理解のためには「表現過程に於ける対象の展開」の考察が重要である旨が述べられているのです。さらにこの「対象の展開」過程についての詳細な図式が提示されています(「仏の光」という表現の伝達過程について説明している部分。おそらく私は以前読んだ時はこの図式を読み流しています)。これは、よく見ると、三浦つとむの有名な「概念の二重化」を彷彿とさせるレベルの、高度な伝達過程図式となっています。鈴木一彦氏によると、この「心的過程としての言語本質観」の全文は、一部の修正とともにほとんどすべて『原論』に収録されているとのことでした(1)ので、私はすぐにこの部分に該当する『原論』の箇所(第二篇第四章 意味論「二」意味の理解と語源)を確認してみたところ、「対象の展開」論を論述した少なからぬ文章と、この図式が削除されていました。そして代わりに、表現主体による「主体的対象把握」や「意味作用」、「主体の把握の仕方」「意味的志向」という用語があふれていました。ほとんど同じ論文とは思えないほどの「修正」ぶりです。時枝が「心的過程としての言語本質観」を脱稿したのが1937年2月8日(2)、『原論』をほぼ書き終えたのが1940年10月(3)ですから、この3年8ヶ月の間にいったい何があったのでしょうか?

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(1)鈴木一彦「言語過程説の成立と文法」(松村明ほか編『講座 日本語の文法 第一巻』【明治書院、1967年】所収。177頁)

(2)鈴木一彦「時枝誠記伝」(明治書院企画編集部編『日本語学者列伝』【明治書院、1997年】所収。180頁)

(3)鈴木一彦「時枝誠記伝」(明治書院企画編集部編『日本語学者列伝』【明治書院、1997年】所収。187頁)。ただし、「言語の存在条件」(『文学』1941年1月号)の脱稿が1940年12月なので、『原論』の内容の確定は1941年前半頃かもしれません。

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「追記」について

右に述べた修正について述べる前に、触れておかなければならないことがあります。この論文には最後に「追記」と称して、それまで時枝が自身縷々述べてきた意味論の内容をこれから変えるであろう旨が予告されているのです。

《 以上の私の所説は、意味の論究としては、甚だ未熟であることを感ずる。只従来の所説に比して進め得たと考へることは、音声に対する内容として固定的に考へられて居つたものを、志向作用に対応する対象の展開に於いて考察したことであった。併し私が述べて来た意味は、やはり外形に対する内容としての表象にあったことは依然として従来の所説と等しい。併し乍ら言語を表現過程自体と考へるとき、その過程に於いて把握された表象は、それは何処迄も表象であつて、意味はこの場合表象と同義語であるかの質問も成立する。内容的なものを意味と呼ぶのは、猶言語構成観の旧套を脱し切れないのであると云ふ評を受けたとするならば、それは甘んじて受けなければならない。私は、本論に於いては、特に混雑を恐れてそれを避けたのであつた。対象が意識に於いて或る特定の対象として把握された時、それは対象と意識する者との間に特定の関係が成立したことを意味するのであつて、言語の「意味」を云ふ時、実は此の志向作用の一性質を云はなければならなかつたのである。学者は書籍を知識の蔵として把握し、商人は同一物を商品として把握する。これらの把握にこそ意味作用が認められるのであつて、書籍それ自体に意味があり得べきではない。かくの如き考方に於いては、意味と対象とは別物であつて、意味は意味作用と考へることによつて、意味の正しき認識を得る。対象それ自体に意味があると考へるのは、対象に対する意味作用を、対象の中に投影したものに他ならない。(中略)私は本論に於いては、専ら内容的に意味を把握することを説いたのであるが、それは、直に意味作用に置き換へらるべく、私は充分に注意を以て説いた積りである。言語過程観もそこにこそ真の効力が認めらるべきである》(時枝誠記「心的過程としての言語本質観 〈追記〉」)

 これはかなり奇異な「追記」といえるでしょう。いましがた自分が主張してきた内容は書き換えられるべきであるということを当然のことのように述べているのです。おそらく、この論文は、雑誌『文学』編集部の要請によって書かれた前の論文、「文の解釈上より見た助詞助動詞」(1937年3月号)の流れから同じく『文学』に書かれた論文なので、厳密な締め切りが決められていた可能性があり、書き換える時間がなかったのかもしれません。また、内容の変更が必要とは言っても、「意味論」の部分だけなので致し方ないと思ったのかもしれません。ただ、意味論というのは言語理論の中核をなす部分だと思いますので、その部分に疑義が存在するというのも悩ましいことだとは思います。

  それにしてもどういう経緯があって、伝達過程論を含む意味論という言語理論の中核部分にこのような「修正」が施されてしまったのでしょうか? 「追記」には、意味を内容的にとらえたことに対する否定的な考えと「意味作用」を重視すべきことが述べられています。おそらくこのような考えの延長線上に、『原論』の意味論が形成されたものと思われます。もちろん、時枝は1937年2月から1941年にかけていくつか論文を書いているので、それらが『原論』の内容に影響を及ぼしていることは当然のこととして、そこには、よくいわれているように、フッサールの現象学の影響もあるのでしょうか?小論で私は、これらのことを追究するとともに、あわせて秘められた時枝誠記の可能性についても探っていこうと思います。

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伝達過程論と三浦つとむの図式

 私は以前、『言語過程説の研究』(リーベル出版、1999年。第二章)において、「言語表現の過程的構造図式」の比較を行なったことがあります(「言語表現の過程的構造」というと、中には意味が分かりづらい方もおられると思うので、ここから先、伝達過程論の図式とよぶことにします)。伝達過程論とは、1回1回の具体的な言語表現の伝達過程は、精神的な過程も含めてどのように行われるかということについての理論であり、私は前掲書において、ソシュール、橋本進吉、時枝誠記、三浦つとむという各理論家の説の比較をしてみました。その結果、ラング中心の理論では言語の個別性・特殊性の説明が困難であり、一方で時枝誠記のようにラング的なものを排除した理論では、言語の普遍性・社会性の説明が困難となっていることが分かりました。そのときは結局、三浦つとむのように言語規範(1)による表現の媒介という考え方を導入し、言語の個別性・特殊性と普遍性とを統一的に把握した図式がもっとも納得のいくものであるという結論に達しました。

《 ソシュールは思想を「不定形のかたまり」にしてしまったから、この学派の学者の発想では音声言語で表現されている概念も、langue の一面である非個性的な概念が思想と結合することによって具体化され個性的になったものと解釈されている。だが実際には、言語規範の概念と、現実の世界から思想として形成された概念と、概念が二種類存在しているのであって、言語で表現される概念は前者のそれではなく、後者のそれなのである。前者の概念は、後者の概念を表現するための言語規範を選択し聴覚表象を決定する契機として役立つだけであって、前者の概念が具体化されるわけでもなく表現されるわけでもない。概念が超感性的であることは、この二種の区別と連関を理解することを妨げて来た。言語規範の概念は、ソシュールもいうように聴覚表象と最初から不可分に連結されている。連結されなければ規範が成立しない。これに対して、表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである》(三浦つとむ『言語学と記号学』【勁草書房、1977年】27〜28頁)(傍線は原文では傍点。太字は引用者)

 このように三浦は、物質としての言語に表現される概念は、ラングすなわち言語規範のそれではなく、表現主体が表現の際にそのつど認識する個別的・特殊的な概念であり、言語規範の概念は、表現される概念の聴覚映像を決定する契機として役立つにすぎない、というのです。

三浦つとむの伝達過程論の図式を簡略化して示すと、

〈対象〉→〈概念〉→〈概念/聴覚映像〉→〈表現〉

となります。この図式について詳しく説明すると、まず最初に表現主体が対象を認識し、独自の概念を形成し、つぎに言語規範における感性的な概念すなわち感性的なかたちの決まっている概念( = 〈概念/聴覚映像〉)が最初の独自の概念に二重化されて、この段階で独自の概念の感性的なかたちも決定し、そうしてそれが物質的な音声や文字などに模写されて表現が完成する、というものです(2)。三浦のこの伝達過程図式によると、同じ対象が異なる形式で表現されているというよくある事実を、合法則的に説明することができます。たとえば、目の前にある机という具体的事物を見て、音声言語で「ツクエ」と表現する場合と、「モノ」と表現する場合とを考えてみましょう。どちらの場合も、表現主体が〈対象〉を見て、そこからある〈概念〉を抽出するところまでは同じ過程です。ただし、次の言語規範の媒介の段階で、一方は「ツクエ」という〈概念/聴覚映像〉を選択し、他方は「モノ」という〈概念/聴覚映像〉を選択し、さらにそれぞれがそれぞれにふさわしい音声言語を物理的に表出し、表現が完了した、と説明することができます。


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(1)言語規範とは、「対象と語彙とのむすびつきに関する社会的な約束」であり、個々人が頭の中に蓄えている「観念的な辞書」のようなものです。学問的には、観念的に対象化された意志の一形態とされます。これが、ソシュールのいうラングの正体です。三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年)第一部第三章参照。

(2)この「対象」には、具体的な事物だけてなく、認識など観念的な存在も含まれます。


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時枝誠記のもうひとつの「対象の展開」図式

 時枝誠記の伝達過程論における図式として有名なのは、『原論』(91頁)の図式でしょう(1)。この図式によると、まず最初に具体的事物あるいは表象が「第一次過程」において概念化され、「第二次過程」においてそれに「聴覚映像」が連合し、「第三次過程」において音声が、「第四次過程」において文字が表出されるに至る、というものです。この図式には三浦つとむのいう言語規範、ソシュールのいうラングに該当するものが含まれていないので、言語における社会的な性格をうまく説明できていません。時枝はそこで表現主体による「主体の概念作用」(2)という機能主義的な考えかたを導入し、これに解決を与えています。

 これが、これまで理解されてきた時枝誠記の伝達過程論です。ところが「心的過程としての言語本質観」のなかでは、時枝は、実践的な解釈作業の際には、ラングにおける「意義」とパロールにおける「意味」とがどのように関係するかということの解答が求められるとして、次のような独自の「対象の展開」論を展開しています(ここで「言語」とは、ラングのことをさしています)。

《·····例へば、一個の具体的机を表現するために、「ツクエ」(机)なる語を使用したとする。その時、非限定的概念的「ツクエ」は、ここに特定の個物をさすことによつて限定されて、それは机一般ではなくして、特殊な机を意味することになると云ふのであるが、この理論は、次の様な場合に於いては如何に適用されるのであるか。今、一個の具体的な机を表現する場合に「モノ」(物)なる語によつて表したとする。その時「モノ」は、特定の机によつて限定される故に、意味内容として特定の机をその中に包含すると考へるべきであるか。又次の様に、「仏の功徳」と云ふべき場合に、「仏の光」と云つたとする。「光」とは此の場合「功徳」を指す故、「光」の意味内容に「功徳」なる意味を包摂すべきであるか。かく考へて来ると、抽象的な広義の概念は、その意味内容としてあらゆる事物を包摂しなければならなくなる。更に不合理に感ぜられることは、アイロニカルな云ひ方で、馬鹿を利口と云つた時、「利口」なる語は「馬鹿」を意味内容として持たなければならなくなる。この様な場合、これは臨時的意味であると云ふ説明を以て、その本格的意味と区別する方法もあり得るであらうが、「言語」が具体的事物によつてその意味が限定されると云ふ立場をとる限り、「言語」の使用は、その如何なる場合に於いても、臨時的でないことはない。甲が使用した場合の「ツクエ」は、決して同じ意味内容では乙によつて使用されない。此の矛盾は畢竟、我々の言語行為を以て、「言語」の具体的実現であると考へる処から来るのである。私は言語過程観を以て如上の問題を次の如く説明したいと思ふ。

 「仏の功徳」を「仏の」と表現した場合、「功徳」を、「光」の他の意味と同列に位する意味と考へるべきではない。「功徳」と「光」との意味内容は、その間に過程的区別が存すると認めなければならない。話者の表現対象となつた具体的事実は、「功徳」と云ふ事実或は表象である。この事実は、次の過程に於いて話者によつて光的性質のもの即ち讃歎の対象として、或は光それ自体として表象される。かくてこの表象は、「光」として概念され「ヒカリ」と云ふ聴覚映像或は音声に聯合する。この表象の展開過程は、音声より意味を逆推して行く場合に極めて大切なことである。言語過程図によつてこれを示せば、

 

 

 



 上の「功徳」より「光的性質」へ更に「光」としての対象の把握に現れる対象の展開は、何によつて規定されるかと云へば、それは、具体的事物に対する話者の立場即ち対象に対する話者の志向的関係である。例へば、巡査の出現は、暴漢に襲はれようとした者にとつては、「救」と表象されるが故に、「救が現れた」と表現されるであらう。是に反して、暴漢にとつては、「邪魔」として表象されるが故に、「邪魔が入つた」と表現されるであらう。「救」「邪魔」と云ふ二の語が、この場合限定されて巡査を意味すると考へるならば、それは表現過程に於ける対象の展開を無視した意味の理解である。若し又この二語が、単に概念的な「救」「邪魔」を意味するだけであると考へるならば、これ又この二語の表現過程を完全に再建した理解過程であるとは云ひ得ない。語の意味の理解は、必ずその語の表現過程に沿うて、その起点である具体的事物或は表象に迄遡らなければならない。そしてこの過程に参与した各の表象が即ちこの語の意味内容となるべきものである。かくして語の意味の把握に於いては、音声に対応する内容的意味よりも、先づ表現対象である具体的事物が対象として如何に把握されつつ表現されるかの展開過程の考察が重要である》(時枝誠記「心的過程としての言語本質観」。傍線は原文では圏点)

 ここでは、「対象の展開」という視点からの「意味」の考察が具体的に展開されています。時枝はこの「対象の展開」論において、実質的に三浦つとむの〈概念の二重化〉論に近い論旨を展開しています。まず表現の「起点」において「功徳」という対象が存在し、それをそのまま「功徳」として表象し、次の過程においてこれを「光的性質のもの」あるいは「讃歎の対象」として、あるいは「光そのもの」として表象し、概念する。そしてこの概念に「ヒカリ」という聴覚映像が「連合」し、それが音声として物質的に表現される、というのです。すなわち、時枝はここで、表現以前の認識における表現過程の話として、対象から表象が成立し、その表象から概念への発展を「過程的区別」としてとらえ、そこから最終的に感性的なかたちが決定するという伝達過程の構造について説明しているのです。これは、三浦の〈概念の二重化〉論にきわめて似ている、すぐれた伝達過程論だといえるでしょう。ここにみられる時枝の「対象の展開」図式は、言語規範についての認識論的な理解が欠けているということを除くと、ほぼ完璧なものといえると思います。

 この図式で、先ほどの、目の前にある机という具体的事物を「モノ」として表現する場合を考えてみます。まず、表現の「起点」において「机」という対象が存在し、それをそのまま「机」として表象します。ところが次の過程で、表現主体は「ツクエ」という聴覚映像が思い出せなかったか、あるいは意図的に「ツクエ」という聴覚映像を使うことをやめて、「モノ的なもの」あるいは「モノ」として表象し直し、概念します。そしてこの概念に「モノ」という聴覚映像が結合され音声として表現される、ということになります。三浦つとむのいう言語規範における〈概念/聴覚映像〉が継起的にとらえられている点が違うのと、言語規範についての理解を除くと、ほぼ同じ図式といってよいでしょう。

 時枝はこの図式を比喩的表現における図式として説明していますが、これはあらゆる表現に該当する展開過程図式だと思います。たとえば、目の前にある机を普通に「机」として表現する場合を考えてみます。この場合も、まず表現の「起点」において「机」という対象が存在し、それをそのまま「机」と表象します。次に表象から概念へという「過程的区別」に基づいて、この表象は「机的なもの」あるいはたんに「机」と概念され、さらに「ツクエ」という聴覚映像が連結され、表現されるに至ります。こうした時枝の「対象の展開」論は、経験的に、認識における言語規範の働きを認めるものといえるでしょう。

 ここで時枝は、《·····「功徳」より「光的性質」へ更に「光」としての対象の把握に現れる対象の展開は、何によつて規定されるかと云へば、それは、具体的事物に対する話者の立場即ち対象に対する話者の志向的関係である》といいますが、この辺の時枝の論述を総合すると、どうやらこの「対象に対する話者の志向的関係」とは、具体的事実としては、言語規範による表現の媒介運動のことを意味しているようです。

 また、上の引用で重要なのは、この時点では時枝はまだ、表象や概念など言語における内容的なものの存在を認めていたことと、対象から表象、概念、表現へと流れる展開過程の考察を重要視していたことです。正しい反映論による理論的アプローチの可能性を感じさせる論述だと思います。

 ところが、この論文が発表されて4年5ヶ月後に刊行された『原論』において、時枝のこの「対象の展開」論は、ほとんど原形をとどめないほど変形されてしまっています。次に、それについて具体的に見ていきましょう。

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(1)時枝誠記『国語学原論』(岩波書店、1941年版)91頁。
(2)同上。54~55頁。


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『国語学原論』における「修正」

 「心的過程としての言語本質観」という論文の全体の内容がどのように『原論』において配置され、どのように変更されたかということは、このあと見ていくこととして、とりあえずまずは、私が先ほど引用した「仏の光」という表現にからめて展開された「対象の展開」論のくだりがどのようなかたちで「修正」されているか、ご覧ください(『原論』では、「言語」には「ラング」、「言」には「パロル」という振り仮名が振られています。それを考慮した上でお読みください)。

《·····山道を歩いて一本の枝を折つて、「いい杖が出来た」といつた時、ソシュール的見解に従ふならば、「杖」といふ「言語」が、「言」に於いて限定されて一本の木の枝を表すと考へられるのである。この場合の「言」に於ける意味は、具体的個物としての枝であるのか。しかしながら、この様に考へたのでは、「枝」を表すに何故に「杖」といふ「言語」が選ばれたのであるかを明かにすることが出来ない。「言語」に於ける意義が非限定的であつて、「言」に於ける意味が限定的であるといふことは、例へば

町へ行つて下さい。

といふ様な場合には、「町」は特定の町に限定されるが故に右の様なことがいひ得るのであるが、前例の様な場合に、「言語」に於ける「杖」が非限定的であり、枝を意味する「言」に於ける「杖」が限定的であるといふことは出来ない。「杖」と「枝」とは限定非限定の関係で結ばれてゐるものではない。若し「言語」が「言」に於いて限定されるのであるならば、「枝」を表出する為に、必しも「杖」といふ語が必要でなく、「靴」でもよし、「机」でもよい訳であつて、「いい靴が出来た」といふことによつて、それは「枝」の意味に限定されて来ると考へなければならない。この不合理は畢竟意味を主体的意味作用の意にとらず、内容的素材的のものを意味と考へたからである

 又例へば、一個の具体的な机を表現する為に、「ツクエ」(机)なる語を使用したとする。その時非限定的「ツクエ」は、「言」に於いて使用されることによつて、一個の特定の個物を意味する様に限定されたと考へる。処が今、同様に一個の具体的な机を表すために、「モノ」(物)といふ語を用ゐたとする。その時、「モノ」は「言」に於ける意味として一個の特定の「ツクエ」に限定されて来るのであるか。

 又次の様に、「仏の功徳」といふべき場合に、「仏の光」といつたとする。「光」とはこの場合「功徳」を指す故、「光」の意味内容に「功徳」なる意味が含まれてゐると考へるべきであるか。かく考へて来ると、抽象的な広義の概念は、その意味内容としてあらゆる事物を包含しなければならなくなる。更に不合理に感ぜられることは、アイロニカルないひ方で、馬鹿を利口といつた時、「利口」なる語は「馬鹿」を意味内容として持たなければならなくなる。この様な場合、それは臨時的意味であるといふ説明を以て、その慣用的意味と区別する方法もあり得るであらうが、「言語」が具体的事物によつてその意味が限定されるといふ立場をとる限り、「言語」の使用は、その如何なる場合に於いても、臨時的でないことはない。甲が使用した場合の「ツクエ」は、決して同じ意味内容では乙によつて使用されない。この矛盾は畢竟、我々の言語行為を以て、「言語」の具体的実現であると考へる処から来るのである。私は言語過程観を以て如上の問題を次の如く説明したいと思ふ。

 言語の表現素材としての事物は、それが与へられた直観の姿に於いては、言語主体にとつて、何等意味のないものである。換言すれば、主体とは何の関係も持つてゐないものである。これを「ツクエ」と表現する為には、先づ事物を「ツクエ」として把握することが必要である。一本の枝を「杖」として表現する為には、その枝が「杖」として把握されなければならないと同様である。「ツクエ」といふ語は、一個の事物に対する主体の把握の仕方即ち意味の表現であつて、事物そのものの表現とはいふことが出来ない。若し素材に即していふならば、「ツクエ」として志向された対象の表現であるといふことが出来る。「モノ」といふ語は、事物に対する「ツクエ」とは異つた把握の仕方の表現である。客観的に見るならば、「ツクエ」といふ語によつて表現された物も、「モノ」といふ語によつて表現された物も、同一物であるかも知れない。しかしながら、主体的立場に於いて見るならば、同一事物に対する異つた意味的志向が存すると見なければならないのである。その相違が即ち「ツクエ」といふ語になり、「モノ」といふ語になるのである。更に厳密にいふならば、「ツクエ」と表現した場合と、「モノ」と表現した場合とでは、意味的志向対象としては、相違してゐるといはなければならないのである。山道で折られた一本の木の枝は、それが折られた瞬間に於いて、もはや「木の枝」でなく「杖」と把握されたのである。「杖が出来た」といふ表現は、右の様な主体的意味作用の段階なくしては成立し得ない。「杖」といふ語が用ゐられた処に意味を見るべきである。意味といふことは、以上の様に、音声に対応する内容的なものをいふのでなく、主体の事物に対する態度をいふべきである。又例へば、巡査の出現は、暴漢に襲はれようとした者にとつては、「邪魔」として表象されるが故に、「邪魔が入つた」と表現されるであらう。「救」「邪魔」といふ二の語が、この場合限定されて「巡査」を意味すると考へるならば、それは表現過程に於ける主体的対象把握を無視した意味の理解である。若し又この二語が、単に概念的な「救」「邪魔」を意味するだけであると考へるならば、これ亦この二語の過程を完全に再建した理解であるとはいひ得ない。語の意味の理解の実践に於いては、必ずその語の表現過程に沿うて、その素材である具体的事物或は表象に迄到達しなければならない。しかも、この過程に発展する表象即ち「巡査」→「救」、「巡査」→「邪魔」がこれらの語の意味であるかといふのに、意味は寧ろかかる表象の発展を導く主体的な作用に求めなければならないと思ふのである。以上の様なことから、語学教授に採用されてゐる所謂直観法に対して批判を下すことが出来る。「ツクエ」といふ音声に対して一個の具体的な机を示すといふ方法は、語によつて表現される素材それ自身を教へることは出来ても、その語によつて表現されてゐる処の意味を示すことが出来ない。処が「ツクエ」といふ語の表現する処のものは、事物それ自体ではなくして、事物に対する意味であるから、意味を教授することなくして、語の完き教授といふことは出来ないのである。「ツクエ」といふ語を教へるのに、仮に、「書物を読む為のものである」とするのは、語の意味を教授するに幾分近い。この様にして教へられるならば、凡そ机としての意味あるものであるならば、有合せの板や箱を重ねたものも、時には、「ツクエ」として表現されることが可能となるのである。この様にして、一本の枝も「杖」と表現されることが出来る。語の意味が音声形式に対応する表象でなく、表象成立の基礎となる処の事物に対する主体的把握の仕方の表現であるといふことは、古語の解釈にとつても重要なことである》(時枝誠記『国語学原論』408~413頁。太字は引用者)

 いきなり「山道を歩いて~内容的素材的のものを意味と考へたからである」まで長文がつけ加えられていますが、この部分は、ソシュールの翻訳者である小林英夫の考え方(ラングにおける記号の一般的な意味がパロールにおいて個別化されるという考え方)に対する批判が述べられたものです。「杖」という表現で実質的に「枝」を表現している例をあげて、これは一般的な意味が個別化されたとは言えない、こうした不合理は内容的なものを意味と考えるから生じるのであって、意味を「主体的意味作用」としてとらえるべきだ、と主張しています。ところが実は、この例も時枝の「対象の展開」論で説明することができます。まず、表現の「起点」において「枝」という対象を「枝」と表象し、次の過程において、この例でいえばおそらく枝が折られた瞬間、これを「杖的性質のもの」あるいは「杖そのもの」として表象し、概念する。そしてこの概念に「ツエ」という聴覚映像が結合し、表現される、と説明できるでしょう。三浦の理論でいうならば、まず対象を「枝」と認識し、概念化する。そして、言語規範において、「杖」という〈概念/聴覚映像〉と二重化させ、「ツエ」という感性的な形式で表現される、と説明できます。「主体的意味作用」という機能主義的な用語を使う必要はないといえるでしょう。

 また、「心的過程としての言語本質観」において、「仏の光」を例として展開された「対象の展開」論のほとんどすべてが、その優れた過程図式とともに削除されてしまっています。代わりに、対象に対する表現主体の「意味的志向」が異なることが表現される語の相違となって出てくるという論述が展開されています。そして、《·····山道で折られた一本の木の枝は、それが折られた瞬間に於いて、もはや「木の枝」でなく「杖」と把握されたのである》とありますが、反映論の立場からするならば、先ほども指摘したように、枝が折られた瞬間に違う概念が成立したと見るべきでしょう。

 そして前掲論文の引用箇所における結論部分である、対象の展開過程の考察が重要であるとした部分が削除され、代わりに「主体的把握の仕方」を重視した意味論が展開されています。

 また、前掲論文から『原論』への意味論の内容の変化を象徴する部分として、私がもっとも注目した部分は、『原論』における《·····巡査の出現は、暴漢に襲はれようとした者にとつては、「救」として表象されるが故に、「救が現れた」と表現されるであらう。これに反して、暴漢にとつては、「邪魔」として表象されるが故に、「邪魔が入つた」と表現されるであらう。「救」「邪魔」といふ二の語が、この場合限定されて「巡査」を意味すると考へるならば、それは表現過程における主体的対象把握を無視した意味の理解である》(『原論』411~412頁)という箇所の「主体的対象把握」の部分です。これは、前掲論文では、「対象の展開」となっていた部分です。意味論において時枝が「対象の展開」を重視する姿勢から「主体的対象把握」を重視する姿勢へと「転向」してしまったことを、象徴する変化だと思います。

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(続く)




(2020/8/19 脱稿  2025/9/19 gooブログより転載)

 

2025年09月19日

時枝誠記における「対象の展開」論 2


「こころもとなし」の成立過程

 「心的過程としての言語本質観」においては、以上紹介した「仏の光」にからめて展開された「対象の展開」論に続いて、次のような論述が展開されます。

《……展開の形式が如何なるものであるかは、後に述べることとして、展開の実際に就いて例を以て猶示すこととする。
  やをらん几帳の綻びより見給へば、こころもとなき程の光影に御髪いとをかしげに花やかにそぎて(源氏物語澪標)


 右の例のこころもとなきは、具体的事物に即して考へれば、意味は「ぼんやりした」と云ふ程の意である。処がこの語の他の用例を見る時、

  この世の栄末の世に過ぎて、身にこころもとなき事は無きを(源氏若菜上)

右の如く、不満足な事に対してかくあれかしと願ふ意である。それならば、この二の意味は、この語の持つニ義であると考へるべきであるか。前の例は、その第一義によつて限定され、後の例は、その第二義によつて限定されて居ると考へるべきか。私はこれも表象の展開過程として考へたい。即ち具体的事物である灯は、第一過程に於いて「淡き光」として表象される。第二過程に於いて、この対象は、話者に対して或る感情を刺戟し、かかる感情の志向対象として表象される。「もう少し明るければ」といふ感情が、ここに音声をとつてこころもとなきと表出される。従つてこの語の意味は、話者の感情と同時に、その起縁となつた淡き光である。これらの意味は、並列した意味ではなく、過程的な展開の段階に於いて現れる処の意味である》(「心的過程としての言語本質観」。傍線は原文)

 ここで時枝は、一回一回の伝達過程についての説明ではなく、言語規範において語彙の意義が追加される際の過程について説明しています(「後に述べる」という「展開の形式」については、あとで触れます)。「こころもとなし」は、もともと「こころもとなき〜」というかたちで「ぼんやりした」という意義の用例があり、それが発展して、その後「じれったい」「待ち遠しい」という意義をもつ語として成立したという歴史的な経緯があります。ここで時枝は、前者の意義の成立から後者の意義の成立への歴史的な過程についての説明をしていますが、これは、それまでの一回一回の表現における展開過程の話とは別の次元の話です。実際の表現に即して考えるならば、前者の「こころもとなき」と後者の「こころもとなき」は、形式は同じでも、そもそもその表現の背後の対象が異なっていたので、認識も異なっていたと見るべきでしょう。

 ちなみに『原論』では、右の《私はこれも表象の展開過程として考へたい》以降の部分が次のように書き換えられています。

《…若し右の様に考へるならば、この両者の意味に関連を求めることは困難である。この語については、私はこれを次の様に説明しようと思ふ。具体的事物である灯は、客観的には「淡き光」として表象される。しかしながら、この段階に於いては、未だ「こころもとなし」といふ語は成立しない。この「淡き光」は語手に対して、「も少し明くあれば」といふ感情を誘発させ、ここに「こころもとなし」といふ語が成立する。従つてこの語は、素材である「淡き光」に対する意味的志向から生まれたといふことが出来る。これを把握された対象に即して見るならば、「不明瞭」とか「ぼんやり」とかいふ意味に解せられるが、この場合、素材的事物そのものは問題でなく、重要なのはそれを把握する仕方である。故に客観的に事物が異つても、意味的志向が同じならば、斉しく「こころもとなし」といふことがいひ得るのである》(時枝誠記『国語学原論』413〜414頁)

 こちらも一回一回の伝達過程の説明ではなく、言語規範の概念が歴史的に成立する過程について説明しています。違うのは、「表象の展開過程」としての説明ではなく、表現主体の「意味的志向」による語の成立過程として説明されています。対象が異なっても、「意味的志向」が同じであるならば、同じかたちの語が成立するというのですから、この「意味的志向」の意味するところは、「表象」なり「概念」なりに感性的なかたちが付与される働きをさしているように思われます。つまり、「意味的志向」の働きと言語規範の働きはきわめて似通っているといえるでしょう。

 ちなみに、「こころもとなし」と似たような例を現代語に求めるとするならば、たとえば「おいしい」という語があると思います。通常「おいしい」という語は、「あそこのカレーはおいしい」というように、食べ物の味が優れていることを形容する語として使われますが、最近では、「この商談はおいしい話だ」のように、ある対象が自分あるいはその他の人にとって好ましいものである場合に、そのことを形容する場合にも使われるようになりました。たとえばこの、「おいしい」という語の第一義から第二義が成立した過程について、三浦つとむの理論で説明すると、次のようになります。言語表現とは、表現主体が対象から認識した独自の概念を言語規範の媒介によって、すなわち〈概念〉を〈概念/聴覚映像〉に媒介させ、すなわち〈概念の二重化〉という過程をへることによって感性的なかたちを決定させ、それを音声や文字として物質的な形式に表現したものである。「おいしい」という語は、長いあいだ食べ物の味が良いことを形容する語として使われてきたが、ある時ある人が自分にとって好ましいことや都合のよいことを形容する場合にも使ったものと思われる。その後、その用法は次第に広まっていって、いろいろな人が何回も繰り返しそのような類いの言語表現を行ううちに、そのような語の使用法が言語規範において固定化されるようになった。こうして、「おいしい」の第二義も一般的に使われるようにようになった。と、このように説明できます。このような規範における語彙の内容的変化についての説明を、一回一回の具体的な言語表現における意味の説明と並列的に語ることは適切ではないと思います。とりあえず、「こころもとなし」について、前掲論文では表象の展開過程を重視した説明を行い、『原論』では表現主体の「意味的志向」を重視した説明を行っていることを確認しておきます。
          〜〜〜

「恥かしき」について

 つづいて、「心的過程としての言語本質観」では、次のように論述が展開されます。

《…又次の様な例に於いて、

  斯く恥かしき参り給ふを、御心使ひして見え奉らせ給へ(源氏絵合)
  いと恥かしき御有様に、便なき事聞し召しつけられじと(源氏澪標)

これを単に形式に対応する内容として意味を把握するならば、恥かしき=立派な、端麗なと云ふ程の意味となり、又その様に解釈した註釈もあるが、次の例に於いては、

  いと恥かしき有様にて体面せむも、いとつつましく思したり(源氏蓬生)


恥かしきはみすぼらしいとでも解さなければならなくなる。右三例に於いても、対象の展開と考へるならば、端麗な人或は有様、みすぼらしい有様は、対象としては著しく異つたものであつても、話者の志向関係に於いて、共通した「恥かし」と云ふ感情に於いて把握されたものと考へることが出来るのである。かくの如くして、客観的には同一である対象も、話者の志向関係に於いて、「死」を「かくれる」と云ひ「なくなる」と云ひ、或は「くたばる」「のびる」と表象されるのである。「死」は又常に必ずしも生理的機能の停止として把握されない。寧ろ、それは、悲しいことであり、無常のことであり、未だ涅槃である》(同上。傍線は原文)

 ここでの議論も、「仏の光」の例のような一つの表現内における対象の展開過程についてのものではなく、同じ語彙ではあるものの、異なる表現間における展開過程についての議論となっています。時枝の「対象の展開」論でいうならば、最初のニ例における「恥かしき」の対象は、「立派な」とか「端麗な」などであり、こうした対象が起点においてまず表象されます。そして、次に「恥かし」的なものとして表象され、概念され、それから「ハズカシキ」という聴覚映像が連結され、それが言語として表現されます(ただし、この当時の表現主体にとっては、「立派な」に該当する概念と「恥かし」に該当する概念は意識上区別されていないものと思われます)。三浦理論でいうならば、「立派な」とか「端麗な」に該当する概念が形成され、次に言語規範において「恥かしき/ハズカシキ」という〈概念/聴覚映像〉が連結されて感性的なかたちが決定し、それが表現される、という説明になります。

 次の三例目は、まず起点において「みすぼらしい」対象が存在しそれを「みすぼらしい」と表象します。次に、「恥かし」的なものとして表象され、概念され、それから「ハズカシキ」という聴覚映像が連結され、それが表現として表出されます。これが本来の時枝の「対象の展開」論のはずですが、ここではなぜかこうした模写論的な説明が省略され、話者による「志向関係」的な把握を重要視した説明となっています。《(これらの三例は−−引用者)対象としては著しく異つたものであつても、話者の志向関係に於いて、共通した「恥かし」と云ふ感情に於いて把握されたものと考へることが出来る》といいますが、この話者による「志向関係」的な把握の過程は、具体的な事実としては、言語規範における〈概念/聴覚映像〉による独自の〈概念〉の媒介過程のことを意味しているものと思われます。現実の表現過程では、言語規範による〈概念の二重化〉の過程によって、最終的な感性的なかたちが決定するようになっていますが、時枝によると、話者による「志向関係」的把握が最終的な感性的なかたちを決定するようです。

 以上のように「恥かしき」についての論述は、これまでと違って主体による志向関係的把握を重視したものとなっているので、これらの部分は『原論』でも大きな修正は施されていません。ただ、《右三例に於いても、対象の展開と考へるならば》という部分は、『原論』では《右三例に於いても、意味を事物そのものとしてでなく、事物に対する主体的把握として理解するならば》と変更され、その少しあとの部分、《対象としては著しく異つたものであつても、話者の志向関係に於いて》という箇所は、《事物としては著しく異つたものであつても、話者のそれに対する意味的把握に於いて》と、主体による把握作用をヨリ重視した説明へと変更されています(1)。

          〜〜〜

(1)ちなみに、《「死」は又常に必ずしも生理的機能の停止として把握されない、寧ろ、それは、悲しいことであり、無常のことであり、又涅槃である》という箇所は、『原論』では《「死」は又常に必ずしも生理的機能の停止としてのみは把握されない。寧ろ、それは悲しいことであり、無常のことであり、極楽への誕生である》と変更されています。「涅槃」を「極楽への誕生」としたことの意味は分かりませんが、ただ時枝の仏教観が現れているのかなど非常に興味をそそられる変更です。

          〜〜〜

展開過程の図式

 つづいて、時枝は対象の展開過程の図式を提示します。

《かくの如く具体的事実の展開過程は、その各段階に於ける志向対象を a b とするならば、その形式は種々なる図式によつて示すことが出来るであらう。

  a ・・・・・・→ b・・・・・・→B(音声)

b が a のより広義なる概念の場合、b が a を機縁とする情緒的表象である場合、b が a の連想によつて生じた表象である場合、b が a の反対概念である場合等に分類することが出来る。音声 B の表す意味内容は、B より逆推して得た処の b a の表象である。

 忌詞は、「書」に於いて限定されると云ふ観点から云へば、その意味内容は具体的事実 a である。例へば、「アセ」(汗)の意味は「血」であり、「カミナガ」(髪長)の意味は「僧」である。これを過程観に立つて解するならば、話者に於いては、b 即ち「汗」の段階を経て、a 「血」を表現して居ることであり、聴者に於いては、b 「汗」の段階を遡つて、a 「血」を理解することであり、共に直接的に具体的事物を表現し理解することが避け得らるるのである。そこにこそ忌詞の本質を認めることが出来るのである。比喩の場合も同様であつて、その本質に於いて相違はないのであるが、前者は表現意識に即して忌詞と云ひ、後者は表現手段に即して比喩と云つた迄である。「血」を「アセ」と云ふのは忌詞であると同時に比喩である》(同上)

 これが、時枝が「こころもとなし」について述べる際にあとで述べるとしていた「展開の形式」です。a から b へと概念なり表象なりが展開し変化していくていくという考え方は、三浦つとむの概念の二重化を想起させるものであり、「仏の光」のところで見た図式のように、非常に優れた図式だといえるでしょう。これは、「心的過程としての言語本質観」での「仏の光」についての展開図式を簡略化して定式化したものともいえるでしょう。時枝の言語規範についての理解は度外視して、現実の表現過程に即していうと、この図式は、表現や理解における概念の二重化の過程を示した図式であるともいえるでしょう。

 以上の「展開の形式」についての論述は、もちろん『原論』において一部修正されています。どのように修正されているのかというと、やはり対象や表象の展開過程の図式であるという主張が姿を消し、主体による意味的把握の過程の図式であるとされています。たとえば、《かくの如く具体的事実の展開過程は、その各段階に於ける志向対象を a b とするならば、その形式は種々なる図式によつて示すことが出来るであらう》の部分は、『原論』では、「具体的事実の展開過程は」が「客観的事実の把握される過程は」と修正されています。つまり、「展開」は削除され、主体による「把握」過程が強調されています。「志向対象」は「意味的把握の対象」と変更されています。また、《音声 B の表す意味内容は、B より逆推して得た処の b a の表象である》の部分は、「意味内容」の「内容」が削除され、「表象」は「表象作用即ち、事物に対する主体的把握」と修正されています。さらに、忌詞の説明の箇所では、《そこにこそ忌詞の本質を認めることが出来るのである》の直前に、《意味は即ち、「血」や「僧」を、「汗」或は「髪長」と把握すること自体でなければならない》という短文が挿入されています。『原論』において、意味は主体による「把握」自体であるとされたわけです。

 『原論』における機能主義的変化をいろいろと見てきましたが、けれどもこの図式を残して提示しているところは褒められるべきことだと思います。なぜなら、時枝による機能主義的な考え方はとりあえず度外視して、この図式をたどることによって、概念や表象の移行という展開や、形式と内容の矛盾について理解する一助にはなるだろうと思われるからです。

 また、「心的過程としての言語本質観」における最後のまとめの言葉、《言語を表現自体であると考へる時、対象への志向関係に於いて、対象の把握に段階を生じ、意味の把握は、この展開過程を逆に再建するところに可能であること以上述べた如くである》(太字は引用者)は、『原論』では全文削除され、代わりに、日本の過去の語源研究に言及しつつ、「意味」を「事物に対する主体的な把握の仕方と考へる」論述が長文で展開されます。

          〜〜〜
(続く)






(2020/8/26 脱稿  2025/9/24 gooブログより転載)

 

2025年09月24日

時枝誠記における「対象の展開」論 3


「心的過程としての言語本質観」から『原論』への転載


 鈴木一彦氏の「言語過程説の成立と文法」によると、《この論文(「心的過程としての言語本質観」−−引用者)の全文は、部分的修正を加えられてはいるが、殆どそのまま『国語学原論』に収録されている。この論文の全貌を明らかにし、『国語学原論』との関係を示すとつぎのようになる》(1)として、次のような転載の詳細を示しています。左が「心的過程としての言語本質観」、右が『原論』の見出しです。

《「一 国語研究と言語学の立場」→「第一篇 総論、一 言語研究の態度」

「ニ 国語研究より見たソシュールの言語理論の批判 a 言語対象の分析と「言語」(langue)の概念の成立について」→「六 フェルディナン・ド・ソシュールの言語理論に対する批判、②言語対象の分析と langue概念の成立について」

「ニ b 「言」(langage)と「言語(langue)」との関係について」→「六 ③ 「言」(parole)と「言語(langue)」との関係について」「九 言語による理解と言語の鑑賞」

「ニ c 社会的事実( fait social )としての「言語」(langue)の概念について」→「六 ④ 社会的事実としての「言語」(langue)について」

「三 言語構成観より言語過程観へ」→「七 言語構成観より言語過程観へ」

「四 言語研究の課題−−国語に於ける実践的研究の例二三 a 複合語(合成語)の説明について」→「第二篇 各論 第三章 文法論 一 言語に於ける単位的なもの」

「四 b 国語用字法の組織について」

「四 c 概念語と観念語の区別について」→「ニ 単語に於ける詞・辞の分類とその分類基礎」

「四 d 文の解釈に於ける語の意味の把握について」→「第四章 意味論 ニ 意味の理解と語源」》(鈴木一彦「言語過程説の成立と文法」、松村明など編『講座 日本語の文法 第一巻』【明治書院、1967年】所収)


 一読して分かるように、「四 b 国語用字法の組織について」だけ、転載先が示されていません。そこで『原論』を調べてみたところ、用字法についての所論は、『原論』の「第二編 第ニ章 ニ 国語の文字記載法(用字法)の体系」に転載されています。ただし、内容がかなり発展的につけ加えられており、本質的に考え方は大きく変わってはいませんが、「転載」というより、「発展的修正」というべきものかもしれません。

 以上のような「転載」において、ほとんどの場合においては、量的な変化はあるものの、内容的に大きな変更はありません。けれどもすでに見てきたように、「四 d 文の解釈に於ける語の意味の把握について」から「第四章 意味論 ニ 意味の理解と把握」への転載においては、大きな内容的な変更が見られました。すなわち、伝達過程における模写論は削除され、「主体的意味作用」を重視する機能主義的な解釈が大胆に導入されています。また、「ニ b 「言」(langage)と「言語(langue)」との関係について」から「九 言語による理解と言語の鑑賞」への転載においても、若干内容的な変更が見られます。言語の理解過程において、《…聴手の受容し得るものは、単に音声或は文字であつて、限定された「言語」(ラング)ではない。聴手は彼自らの主体的な連合作用によつて、これを或る特定事物に結合して理解するに過ぎない》(『原論』122頁)と、言語理解における「主体的な連合作用」の重要性が強調されています。また、語論全体としては、主体論、立場論、敬語論などの導入によって大きく発展させられてはいますが、「四 c 概念語と観念語の区別について」から「ニ 単語に於ける詞・辞の分類とその分類基礎」への転載においては、大きな変化はないといってよいでしょう。
          〜〜〜
(続く)






(2020/9/3 脱稿  2025/9/24 gooブログより転載)

 

2025年09月24日

時枝誠記における「対象の展開」論 4


時枝誠記の言語本質観と伝達過程論

 時枝誠記が伝達過程論において模写論を排して主体の「意味作用」を重視する機能主義を採用するに至った経緯について、これから見ていこうと思うのですが、その前に、そもそも時枝誠記がどのような言語本質観を持っていたのか、ということについて簡単に振り返っておこうと思います。

 時枝は1924年に書き上げた卒業論文のなかで、すでに言語を絵画や音楽などと同じく表現活動のひとつとしてとらえ、《思想を音に表はし、文字に表はす、その手段こそ言語の本質といふべきではなからうか。言語学の対象は、実にその process を研究すべきものではなからうか。(中略)言語学者が音声を取扱ふのは、音声そのものが対象の如く見えて実は然らず。音声を仲介として思想の表はさるる process である》(1)と述べています。時枝にとって言語とは、ソシュール言語学におけるラングのような、静的な対象ではなく、表現や理解の過程を重視するところの動的な対象でした。

 また、1933年発表の「国語学の体系についての卑見」(2)という論文のなかで、時枝は次のように述べています。

《菊沢氏は、言語をその要素−−音声と意義−−に分析して、研究の根本とされようとします。それも一の見方であり、一の方法でありませう。併し私には、言語が一の表現活動であり、理解活動であるといふ本質観が先づ頭にこびりついて居るのを感ずるのであります。此の本質観は私に音声意義といふ言語の二面観をとらせることを躊躇させます。言語はさういふ出来上つた「もの」でなく、「こと」でありませう。宛も「波」が風と水との合成になる「もの」でなく、水が風によつて起される一の「こと」である様に、言語は、文字や音声と意義とに分析せられる「もの」でなく、文字や音声と意義とを連鎖する一の表現理解の活動であり、「こと」でありませう。かう一言に簡単に決めてしまふことは恐らく随分問題がありませう。金田一氏の国語音韻論第二節言語と国語の条を見ても私の考は誤の様に思はれます。併し私の理解の不敏な為か、私には言語を一の「もの」と見ることが納得出来ない不安があるのであります。金田一氏の説に従へば、「こと」としての言語には歴史がない単なる繰返しの活動の様に説かれてあります。併し「こと」としての言語ははたしてさう云ふものでありませうか。A といふ観念が a といふ音に結び付く此の言語の表現の働は、常に同一なる「こと」と考へられませうか。a といふ音に結び付くと云ふ概念は、常に動いて居るとは見られないでせうか。従つてその「こと」としての言語は異らねばなりますまい。宛も大洋の波が風の強弱により、波長を異にし高低を異にし変化して居ると同様でせう。波そのものとしては同じであらうとも波の運動としては相違して居ると思ひます。言語が一の「もの」と見える場合にも、それは依然として一の「こと」であると私には思はれます》(時枝誠記「国語学の体系についての卑見」。太字は引用者)

《そこで問題は国語学の研究部門の展開は、国語の中から音声や意義を分析して一の研究部門を立てることでなくて、音声や意義が言語の中に占むべき位置を明にし決定することに寧ろ存するのではないでせうか。言語を観察するに当つて、我々が公理として認めてよい只一つのものは、それが表現理解の一形態であると云ふこと以外には私には考へ得られないと思ひます。言語を音声と意義とに分析して考へることは、宛も「波」を水と風とに分析して考へる様なもので、遂にそれは「波」の本質的考察を逸脱するのではないかと云ふ不安が私には付き纏ふのであります。(中略)国語研究の私の方法は、国語に現はれた諸現象を大小となく拾ひ集めて、それを表現理解の働と云ふ言語の本質観を枢軸に置いて、考へて見ようといふのが、私の今持ち合はせて居る国語研究のプランであります》(同上)

《私が言語を経験し得るのは、私一個の日常生活に於ける表現理解の精神的活動それ以外にはないと思ひます。私は此の第一経験を先づ大切に持つて居なければならないと思ひます。そこが国語研究の出発点だと思ひます》(同上)

 つまり、「こと」としての言語を見た場合、ひとつひとつの物質的な音という表現の背後の「概念」は、《常に動いて居る》、ひとつひとつ違っている、このような言語本質観を《国語研究の出発点》としたい、と時枝は述べているのです。いいかえれば、ひとつひとつの言語表現の背後の概念は異なっている、このことを合法則的に説明しうる言語理論を構築しなければならない、ということです。さらに分かりやすくいうと、合法則的な伝達過程論をそのうちに含むところの、言語本質論を構築しなければならない、ともいえるでしょう。この「合法則的な伝達過程論」というのは、いいかえると言語表現(および言語理解)の過程的構造についての理論ということになります。

 これまで一般的に理解されてきた時枝の伝達過程論(それはおもに『原論』に拠るものです)は、はじめに具体的事物あるいは表象が「第一次過程」において概念化され、「第二次過程」においてそれに「聴覚映像」が連合し、「第3次過程」において音声が、「第四次過程」において文字が表出される、というものです。すでに述べたように、この図式には三浦つとむいうところの言語規範、ソシュールいうところのラングに該当するものが含まれていないので、言語のもつ社会的な性格をうまく説明できていません。時枝はそこで、言語の表現過程については表現主体による「概念作用或は意味作用」(3)という概念や、理解過程については表現主体による「受容的整序の能力」(4)という概念を導入して、機能主義的な解決を与えています。時枝はラング的なものを伝達過程論に含めると言語の過程的構造を重視する自らの言語理論が破綻してしまうと考えていたようですが、実際は三浦つとむのように、観念的に対象化された意志のひとつの形態である言語規範を表現主体が独自の意志をもって運用することにより、対象から認識、認識から表現(5)へと言語表現における一貫した反映関係が成立するものとしてとらえるべきだったのです。

          〜〜〜

(1)時枝誠記『国語学への道』(三省堂、1957年)29頁。
(2)時枝誠記「国語学の体系についての卑見」(『コトバ』1933年12月)。
(3)時枝誠記『国語学原論』55頁および418頁。
(4)『国語学原論』78頁。
(5)この部分、「認識から対象」となっていたものを「認識から表現」へと訂正しました(2020/10/14)。

          〜〜〜

「心的過程としての言語本質観」と『原論』の間のギャップ

 「心的過程としての言語本質観」は『国語学原論』より4年6ヶ月も前に発表された論文ですが、この論文における伝達過程論は、言語規範についての認識論的な理解はないけれども、すでに見たように、具体的事物や表象から概念への発展過程を「過程的区別」ととらえ、表現過程における概念の変化という現象をも射程に収めたところの、優れた反映論的伝達過程論でした。ここでは時枝はまだ、「概念作用」や「意味作用」という用語は使っておらず、また表象や概念などを言語の内容的なものとして認めています。そうして、意味の理解においては、対象や表象の展開過程の考察が重要であると述べていました。これは、言語理論における正しい反映論的アプローチに限りなく近づいているといえるでしょう。

 ところが、それからわずか4年6ヶ月後の『国語学原論』において、時枝は《意味は事物に対する主体的な把握の仕方と考へることによつてその本質を理解することが出来るのである》(1)と大胆な機能主義を導入し、かつ《言語は宛も思想を導く水道管の様に考へられ、全く無内容な形式のみのものと理解される》(2)とされ、表象や概念が内容的なものから外されてしまっています。

《…表象や概念が心的内容であるからとて、言語の内部的要素と見ることは出来ないのであつて、言語主体から見ればやはりこれに対立した外のものと考へなくてはならない》(3)

《…意味を言語の外形である音声に対応する内容として、表象的なものと考へるのは、言語構成観による意味の考方であつて、「言語(ラング)」に於ける語の意味が、「言(パロル)」に於いて限定されるといふ考方もそこから出て来るのであるが、それでは、具体的な言語に於ける忌詞、比喩或は皮肉な語の使用法といふ様なものを説明することが出来ない》(4)

 時枝はなぜ、表象や概念を言語の内容として認めることができなくなってしまったのでしょう。どうやらそういう考え方は、ソシュール的な「言語構成観」的な考え方であると理解しているようですが、本当にそうなのでしょうか。上の時枝の説明を読むかぎり、観念的な存在と物質的な存在の区別をはっきりとしていないように思われます。私は三浦つとむの理論を支持する者ですが、その立場からいうと、たしかに概念は意味を形成する実体的な存在といえますが、それは表現過程においては一回一回言語規範の媒介をうけ、ひとつひとつの概念はすべて異なる過程的構造を担っています。このような過程的構造を担う概念が物質的な音声や文字などの超感性的な側面に関係づけられたときに、言語の意味は成立します。物質的な表現における「関係」が意味なのですから、観念的な表象や概念を言語の内容として認めてもなんら問題はないということになります。それらは表現において止揚されているのです。忌詞や比喩表現の背後には、目に見えないけれども、概念や表象の移行に関する複雑な過程的構造が隠れているというわけです。

 これから、「心的過程としての言語本質観」から『原論』に至るまでの、時枝における言語本質観や伝達過程論上の考え方の推移について、具体的に見ていこうと思います。

          〜〜〜

(1)『国語学原論』420頁(太字は引用者)。
(2)『国語学原論』53頁。
(3)『国語学原論』52頁。
(4)『国語学原論』420頁。

 

(続く)






(2020/9/9 脱稿  2025/9/24 gooブログより転載)

 

2025年09月24日

時枝誠記における「対象の展開」論 5


「言語に於ける場面の制約について」


 「言語に於ける場面の制約について」という論文は、「心的過程としての言語本質観」の脱稿(1937年2月)からわずか11ヶ月後(1938年1月)に書かれた論文ですが、時枝はこの論文で具体的な伝達過程論については語っていませんが、私たちはここに、時枝による現象学理論の発展的吸収のたしかな痕跡をたどることができます。現象学理論といっても、それはあくまでもアロツ=ラファエル・アインゲルも言うように、おもに山内得立著『現象学叙説』(岩波書店、1929年)の内容に拠るところが大きいものと思われます(1)。私たちはたしかに、ここに、時枝による本格的な機能主義導入の第一歩を見ることができます。


 この論文は、実は「場面」についてだけ論じたものではなく、−−もちろんそれが重点的に論じられてはいますが−−、「主体」「場面」「素材」のそれぞれを表現の「三つの要素」として規定して、それぞれについて具体的に論じたものになっています。とくに「場面」と「素材」については、現象学の大きな影響のもとに書かれたことが分かる叙述になっています。けれども、内容的にはまだ、1941年の「言語の存在条件」(2)におけるように、厳密に理論的に構成されたものではなく、「素材」の内容などはまだ確定されておらずぼかされており、実際まだ表象や概念が言語の内容的なものとして扱われています(「言語の存在条件」では、「素材」の内容は「事物・表象・概念」とはっきりとしており、しかもそれらは言語の「構成要素」ではないとされています)。

 まずは「場面」について時枝が述べているところから見ていきましょう。

《「場面」の意味は、例へば「場面が変る」「不愉快な場面」「感激的な場面」などと使用される処のものであつて、一方それは場所の概念と相通ずるものがあるが、場所の概念が単に空間的位置的概念であるに対して、場面は内容を含むものである。場所に存在する或るものを包含するのである。かくして場面は又場所を満たす事物情景と相通ずる意味を持つのであるが、場面は単にかかる主観を離れた客観的存在としての事物情景を意味するのではない。かくして我々は常に何等かの場面に於いて生きて居るのである》(「言語に於ける場面の制約について」)

《言語が心的表現過程の一形式であり、主観の行為の一形式であると考へるならば、言語は単なる主観の内部的発動ではなくして、言語に於いて、これを拘束し、左右する処の場面が存在すると云ふことも当然予想せらるべきことである。言語的行為は、内部的欲求に基き、それ自身独立し、抽象された行為ではなく、必ず或る場面的体験に於いて行為されるものである。詳に云ふならば、言語は必ず或る場面を素地とするものである。場面は軌道の如く、言語はその上を走る車輌の如きものである。軌道は車輌の運動を拘束すると同時に、車輌の運動を完成さす処のものである。場面の素地を走ることによつて、始めて完成せる言語的表現となると云ふことが出来よう》(同上)

 言語を心的表現過程の一形式とみる立場からするならば、このように表現過程のそもそもの前提的な場所的環境的な側面を研究領域として含める態度は、ある程度理解できないことはありません。時枝のいう「場面」は、表現の主体にとっての「聞き手」であり、かつ表現の内容に影響を及ぼしてくるところの主観的な環境のようなものとして規定されています。このあと、時枝は、たとえば自分が人と喋っている最中に大先輩がそばに現れた場合、自分は威儀を正して言葉遣いに気をつけるであろうという例をあげて説明しています。このように、時枝のいう「場面」概念は、単なる場所的な概念ではなく、何かしら主観的な要素を含む概念であり、何かしら哲学的な匂いが感じられますが、時枝はこの論文ではそのことを正直に吐露しています。

《場面は、主観を囲繞する世界と主観の志向関係によつて結ばれた一の意識状態である。若し場面を、主観を離れて客体に即して云ふならば、それは志向的客体( intentionales Objekt )といひ得るであらう(山内得立氏 現象学序説 三ニ一頁)。私が少年少女を前にしてお話をしようとする場合、少年少女は私の前に愛らしく無邪気なものとして存在して居る。それは私がお話を始める前にも、又お話の最中にも、私の志向的対象として私の前に存在して居る。これ即ち私のお話に於ける場面である。場面は、主観の志向的客体であるが故に、一定の対象が一定の志向的客体即ち場面を形造るとは限らない。客観的には同一と考へられるものも、場面としては相違する場合がある。私が少年少女に対する関係と、先生がこれに対する関係とは自ら異らざるを得ない。現象学的に云へば場面の注意的変様( attentionale Modifikation )とでも名付くべきであらう(現象学序説 三ニ五頁)。場面は、話をする主体が素材となり得ないと同様に−−若し素材化されたならば、それはもはや話者自体ではない−−私のお話に於いて、決して素材となり得ないものである。それが素材となる時、もはやそれは場面的志向対象ではなくなり、表現の素材的対象として変様されるのである》(同上)

 このように時枝はこの「場面」概念が山内得立著『現象学叙説』の影響を受けていることを公にしていますが、ここで使われている「志向的客体」という現象学における概念を理解するためには、「素材」概念の説明も見ておいた方がよいと思われるので、つぎに引用しておきます。

《第三に表現の素材である。場面的志向的客体が絶対に素材的客体になり得ないといふことは、場面的客体と素材的客体とは、その客体としての現象的性質を異にするといふことである。赤い花と表現する時、かかる表現の素材は、我々が現実に見る花即ち志向された客体そのままではない。或る事件に就いて驚き悲しんで居る場合、かかる表現の素材はそのままでは表現の素材とはなり得ない。表現の素材たるが為には、それが一度捕捉されることが必要である。志向的対象に対して、素材的対象は、これを捕捉された客体( erfasstes Objekt )と云ふことが出来るであらう(山内得立氏 現象学序説 三ニ一頁)。詩歌が感情情熱の表現であると云つても、それは決して感情情熱の燃焼の最中に生まれることは出来ないのである。かく見て来るならば、表現に於いては、ニの異つた客体に対して、それに相応するニの志向関係が同時に働くことを認めることが出来る。一は表現の素材に対して働く志向と、他は表現の行はれる場面に働く志向である。例へば狼に出会つたことを少年少女の前に物語らうとする時、私が狼に対して持つた判断感情想像は素材に対する志向であり、私が話相手である少年少女に対して持つ親しみの感情は場面に対する志向である。素材に対する志向関係は、場面に対する志向関係の素地、軌道の上に表現せられるのであつて、ここに両者の相関関係が問題にされることになるのである》(同上)

 ちなみに「三つの要素」の「第一」は「主体」で、これは「表現行為の主体」であり、第一人称「私」「我」などとは次元の異なる存在であり、対象や表象や概念の次元における主体とは明瞭に区別されるべき存在です。さて、「第ニ」の「場面」は、このように「素材」との対概念のようなかたちで説明されており、さきの「場面」たる「志向的客体」は、「素材」たる「捕捉された客体」との対比において語られています。

 そもそもフッサールは、意識における意識されるもの、対象的なものをノエマと名づけ、ノエマに対する「意識作用」「思惟作用」をノエシスと名づけ、さらにノエマにおいて常に変わらない「ノエマ的核」と、「ノエマ的核」がいろいろと変化して現れる「ノエマ的意味」という2つの概念を区別します。ここで時枝のいう「志向的客体」は「ノエマ的意味」に該当し、「捕捉された客体」は「ノエマ的核」に該当します。いろいろに変化する「志向的客体」は「場面」であり、捕捉されてしまえば固定して変わらない「捕捉された客体」は「素材」です。つまり、「場面」はおもに意識における主観的な聞き手・場面であり、動的なものとしてとらえられており、「素材」は表現の素材であり、静的なものとしてとらえられたわけです。これらの概念規定の元となったと思われる山内得立による叙述をつぎに挙げておきます。

《ノエマについて最初に問題となるのはノエマ的核である。ノエシスとしての志向的作用にはそれぞれに其等の様相に応じてのノエマ的客体が対応するであらう。一つの対象は時として知覚せられ、時として判断せられ、時として想像せられる。厳密にいへば此等のノエシス的変様に従つてそれに対応するノエマ的客体も夫々に変様しなければならない。知覚せられたる客観と判断せられたる客体とは具体的には決して同一であるとはいへない。併し一つの対象が時に知覚せられ、時に判断せらるるのであるが故に夫々の客体が変つてゐるにも拘らず、そこには共通なる或ものが存在することも否定し難いであらう。茲に於て人は志向的客体( intentionales Objekt )と捕捉せられたる客体( erfasstes Objekt )とを区別することの必要に迫られる。捕捉せられたる客体とは我々がそれについて何かをいひ表はし、それについて意識する場合の言ひ表はされ意識せられるところのものを、我々の注意のその上に向けられるところのもの( bemerkte Objekt )をいふのであるが、志向的客体とはそれについての我々の具体的なる態度又は評価を含んだものである。例へば同一の花を或時は赤いといひ次に美しいといつてもそこに捕捉された客観は同一であるが、志向された客体は前には赤い花であり次には美しい花であつて決して同一であることができない。即ち捕捉された客体とは種々なる意識作用の変様に無関係に−−といふよりも此等の変様の根底にあつて常に同一なるものであり、志向的客体とはノエシスの変様に応じてそれぞれに異るところの具体的なる客体である》(山内得立『現象学叙説』321~322頁)

 以上を読めば明らかであるように、時枝は、「場面」と「素材」という概念を、それぞれ「志向的客体=ノエマ的意味」、「捕捉された客体=ノエマ的核」という山内の著書によるフッサールの概念をヒントに構築しています。このことは、私には何か不自然なことのように思われます。なぜなら、フッサールは、ノエマ・ノエシスという概念を意識内部の存在として語っており、「ノエマ的意味」は「ノエマ的核」の変様として規定しているにも関わらず、時枝は「聞き手」や「場所」的概念を「場面」に含め、かつ「場面=志向的客体」に対する志向関係の上に「素材=捕捉された客体」が表現されると述べており、フッサール理論を自己流に変えてしまっている感が否めません(3)。もちろん哲学と違って時枝は独自の言語理論を構築しようとしているのですから、理論を自分なりに発展させて利用することは許されることだろうと思います。けれども時枝は伝達過程論としてはすでに「対象の展開」論という優れた理論を持っているのですから、これをたとえばフッサールのノエマ理論を使って比喩的に語ってみればよかったのではないでしょうか。時枝の「対象の展開」論をフッサールの理論を使って比喩的に表現しようとするならば、おそらくつぎのようになるでしょう。まず、表現過程の「起点」における「具体的事物」やその「表象」は変わらない「ノエマ的核」として、次に「第一次過程」の「概念」や「第二次過程」の「聴覚映像」は「ノエマ的意味」の段階であり、この段階で概念の感性的なかたちが決定し、こうして最終的には「ノエマ的意味」の表象が物質的に表現されるのだ、と。たとえばこのように比喩的に語るほうが、少なくとも伝達過程論上はよほど理解の助けになったのではないかと思います。しかも意識内部の話であるならば、このように、「表象」や「概念」の運動・発展の比喩としてノエマ理論を活用するほうが自然だと思います(4)。

 時枝は本論文の最後に、「場面」による表現の変形の例として、敬語的表現や標準語・方言などを挙げています(5)が、とりあえずここで私は、時枝が現象学の理論を背景とし、「場面」概念を「素材」概念と対で構築し、「場面」を表現の内容に対して変容をもたらす動的な対象とする一方で、「素材」を変化しない静的な対象として規定したことを確認しておこうと思います。「素材」がこうして固定的静的にとらえられたということは、伝達過程論や意味論における主体の側の「作用」を重視する理論への第一歩といってよいでしょう。ただし、時枝にとってこの時点の「素材」はまだ、「表現の要素」であり、「表象」や「概念」もまだ言語における内容的なものとしてとらえられていることも確認しておかなければなりません。これは重要です。なぜなら、「言語の存在条件」(1941年1月)のように、「表象」や「概念」を含む「素材」が言語の「構成要素」から外されてしまうと、それらを使った具体的な「対象の展開」論を展開することができなくなってしまうからです。つまり、この時点ではまだ、「対象の展開」論を展開することはかろうじて可能なのではないかと推察されます。

          〜〜〜
(1)アロツ=ラファエル・アインゲル「時枝誠記の理論における〈志向性〉の問題について」(『アルザス日欧知的交流事業日本研究セミナー「大正/戦前」報告書』国際交流基金アルザス・欧州日本学研究所( CEEJA )編、2014年)
(2)時枝誠記「言語の存在条件−−主体、場面、素材−−」(『文学』1941年1月号)
(3)アロツ=ラファエル・アインゲルは、前掲論文において、時枝がフッサールの「誤読」により、敬語論に役立つ場面論を構築させることができたとして肯定的に評価しています。
(4)ちなみに三浦つとむの言語理論の立場からするならば、話し手の認識した〈概念〉が「ノエマ的核」に該当し、言語規範における〈概念/聴覚映像〉が「ノエマ的意味」に該当するものと思われます。
(5)この論文が書かれている頃(1937年頃)、時枝のいた朝鮮において、「皇国臣民の誓詞」が成立しています(1937年10月)。また、前年に就任した朝鮮総督府の南総督のもと、「国語常用運動」が繰り広げられていた時期なので、時枝はこうした時局的背景のもと、「場面」の概念を構築した可能性もあります。「標準語」と、「方言」「朝鮮語」とを、「場面」によって使い分けるべきという理論は、のちに「立場」によって使い分けるべきという立場論へと発展していきます。


(続く)




(2020/9/14 脱稿  2025/9/24 gooブログより転載)

 

2025年09月24日

時枝誠記における「対象の展開」論 6


「場面と敬辞法との機能的関係について」

 「言語に於ける場面の制約について」において時枝は、表現における3つの要素(主体、場面、素材)について具体的な叙述を展開し、そのうち「場面」と「素材」については、その概念成立の背景に山内得立(やまうちとくりゅう)の著書による現象学理論が存在することはすでに見てきたとおりです。一方で、表現論の立場からする「主体」概念の構築も、これから紹介する日本語の敬語分析を展開する上できわめて有効な武器として機能するものでした。時枝は、現実の表現の主体および聞き手(場面)と、「私」「我」「あなた」「彼」または某(甲乙丙丁)など、観念的な人物とを区別と連関において把握することによって、ヨリ俯瞰した立場からから敬語的事象を立体的・構造的にとらえることに成功しています。三浦つとむ的にいうならば、現実の世界およびそこでの主体と、観念的世界およびそこでの主体とを区別と連関において分析することによって、唯物論的な敬語論を構築することに成功した、ともいえるでしょう。時枝は、「場面と敬辞法との機能的関係について」(『国語と国文学』1938年6月)において、表現における「3つの要素」を駆使して独自の敬語論を展開しています。

時枝誠記の語の分類・敬語論

 すでに時枝は、「文の解釈上より見た助詞助動詞」(『国語と国文学』1937年3月)において、その独自の語の分類法を披露しています。語を表現過程の相違に基づいて「概念語」「観念語」とにニ大別します。

《第一の概念語とは、話者の意識内容を概念過程を経て表出したものであり、従つてかくして表出された対象は、話者に於いては、自我の外に置かれたものと考へられる対象の世界を構成する。「我は行かむ」の「我」は、自我を対象化して表出したもので、「汝」「彼」と全く同等の位置に置かれた「我」なのである。第二の観念語とは、右の様な概念過程を経ない、対象化せられない処の表出であつて、それは概念語によつて表出された対象世界に対する、話者の種々なる立場の表出である。此のニ種の語は、表現過程を異にすると同時に、対象世界と自我とのニの世界を示すものであり、解釈上からは、此の截然とした区別は常に実践的に要求される所のものなのである。所謂助詞助動詞の大部分は、かくして私の所謂観念語の中に包摂することが出来ると思ふのである》(「文の解釈上より見た助詞助動詞」)

 こうして時枝は、概念過程をへて表現される・対象世界を表現する「概念語」と、概念過程をへない・自我を表現する「観念語」とに、語をニ大別します(1)。そうして、前者には「名詞」「動詞」「形容詞」が、後者には「助詞」「助動詞」「感嘆詞」などが分類されることになります。時枝は「場面と敬辞法との機能的関係について」の途中から、「概念語」は「詞」へと、「観念語」は「辞」へと言いかえています。本論文もそれにならい、「詞」「辞」と表記することとします。それでは、「場面と敬辞法との機能的関係について」における敬語論を少し見ておくことにしましょう。

《…敬意の表現と云はれて居る事実に、凡そ次の三者を区別することが出来ると思ふのである。

(一)は敬意をさし表す処の表現。換言すれば、観念内容の概念的表現である。或る思想内容を、一旦主観から切り離し、客観化し、対象化して、そのこととして表現するのである。私が或る人に対して持つ敬意を、「うやまふ」「たつとぶ」等と表現するのは即ちそれである。「君の意見を尊重する」などといふのは、対者の意見に対する敬意をさし表して表現したことになるのである。これは敬意の概念語(詞)的表現であるから、話手の敬意のみならず、第三者の敬意をも、「彼は君の意見を尊重する」と云ふ風に表現することが出来るのである。

(ニ)は敬意に基く表現。例へば、私が人の前を通らうとする時、私がこの人を敬ふ気持ちから、静粛に腰をかがめて通つたとするならば、この私の歩き方には敬意が表現されて居る。歩き方それ自身は敬意をさし表しては居ないが、敬意に基いて、私の歩き方が変容されたのである。私が人の馳走になつた時、「食ひます」とはいはないで、「いただきます」と云つたとしたならば、それは相手に対する敬意即ち自他の関係から、「食ふ」と云ふ事実を変容して表現したのである。敬意は、この語の概念内容に表現されて居るのではなく、この事実の表現過程に表されて居るのである。かくの如き敬意に基く表現は、語の発音過程にも表れるのであつて、「いただきまあす」と云ふ様な投げやりな発音法よりも、一音一音を慎重に表す処にも同様に敬意が表れるのである。これは要するに、敬意に基く丁寧な云ひ方なのである。

(三)は敬意の直接的表現。私が長上の前に出た時、帽子をとつて頭を下げたとすれば、それは敬意そのものの直接的表現であつて、かかる行為が敬意をさし表して居るのでもなければ、敬意に基いてかかる行為が実現したのでもない。頭を下げるのは、敬意の表現以外別に何等の目的もないのである。「暑うございますね」と云ふ時の「ございます」は、「暑いね」と云ふ表現に比して、私が相手に対して敬意を持つて居ると云ふことを直接的に表現したことになる。観念内容の直接的表現は、観念語(辞)的表現であるから、話手の持つ敬意以外の第三者の敬意を表現することが出来ない。「お淋しうございませう」の「お淋しう」は第三者の感情を表現して居つても、「ございませう」は話手の敬意であつて、断じて第三者の持つ敬意を表現することは出来ないのである》(時枝誠記「場面と敬辞法との機能的関係について」)

 時枝は、(一)の例を敬語とすると、「あがめる」「重んずる」「敬礼する」なども同じように敬語として扱わなければならなくなり、常識的に考えてこれらを敬語とよぶことはできない、とします。

 また、(三)は、場面の制約に基づき、変容をうけた辞的表現である、とします。

《 暑いね……暑いですね……暑うございますね
右の三の対立は、即ち聴手の相違であり、聴手の相違は即ち場面的相違である》(同上。傍線は原文では圏点)

 この「です」「ございます」は聞き手に対する敬意の直接的表現であり、それは同時に「場面的志向関係の表現」であり、これらは「敬辞」と命名されます。この場合だと、零記号の「場面的変形」の表現であるということになります。これら「敬辞」は、話し手の聞き手に対する敬意を表現するものであり、第三者の敬意を表現することはできないと時枝は述べています。「敬辞」は、今日一般に「丁寧語」とよばれているものです。

 (二)の場合について、時枝は次のように述べています。

《…第二の場合に就いて、敬意の対象が明瞭に観取出来るのは、これらの語が、話手に関して用ゐられた場合である。例へば、

 貴方に差上げます
 お宅に明日あがります

等の「差上げる」「あがる」は、話手の聴手に対する敬意の表現の如く考へられるのであるが、実はそれは誤認であつて、話手の敬意は、「ます」によつてこそ表現されて居るであらうが、「差上げる」「あがる」によつては表現されて居ないのである。事実これらの語が、第三者の行為に就いて用ゐられて、

 甲は乙に差上げたでせうか
 甲は乙の処にあがつたでせうか

などと表現された時、話手が乙に対して敬意を払つて居ることを必しも表現したことにはならないのである。これらの語の本質が如何なるものであるかに就いては、次の項に於いて詳細に論ずる積りであるが、これらの語については敬意の対象の所在を問題にすることは甚しい見当違ひであると云ふことを、先づ明らかにして置きたいと思ふのである。例へば、母が子供に向つて、

 さあ、御飯をいただきなさい

と云つたとする。敬意の対象を話手である母自らに置くことも不合理であるし、謙譲の表現と考へても、誰が誰に対する謙譲かも分らない。かくの如き不合理は、敬意に基く表現を、敬意そのものの表現であるかの如く誤認する処から起こるのである》(同上。傍線は原文では圏点)

 時枝はこのように、誰の誰に対する敬意か分からないという理由から、これら「差上げる」「あげる」「いただく」などの語は、《敬意の表現ではなくして、事物のありかたに対する特殊なる把握の表現である》(同上。傍線は原文では圏点)と一般化して規定しています。けれども、たとえば時枝は上の「貴方に差上げます」「お宅に明日あがります」の「差上げる」「あがる」は話し手の聞き手に対する敬意の表現ではないといいますが、本当にそうでしょうか。私たちの常識的な言語意識からすると、これらは話し手の聞き手に対する敬意の表現であるように感じられます。「甲は乙に差上げたでせうか」「甲は乙の処にあがつたでせうか」の「差上げる」「あがる」は、たしかに話し手の乙に対する敬意の表現ではありませんが、甲の乙に対する敬意の表現と考えれば、違和感はないでしょう。ただ、この場合、表現の主体が甲ではない別人であることで、違和感が感じられてしまうということでしょう。「さあ、御飯をいただきなさい」の「いただく」も、たしかに話し手の自分に対する敬意の表現と考えれば違和感が感じられますが、子供の母親に対する敬意の表現と考えれば違和感はありません。では仮に、いま母親が観念的に子供の立場になって表現を行なっていると考えてみると、どうでしょう。 観念的に子供になっていると考えれば、その立場から母親に対して敬意を表現することはある意味自然なことです。もうお気づきでしょうが、この問題は、三浦つとむの観念的な自己分裂の理論を使えば、合理的に理解することが可能なのです(2)。

          〜〜〜

(1)三浦つとむは、主体的表現の語(=観念語)について、「ここで表現されているのは、古い認識論でいわれている意味での概念ではありませんが、言語表現によって感情や意志が普遍的・抽象的なものとしてとらえられるという意味で、新しい認識論ではこれを特殊な概念と認めるのが適当でしょう」(『日本語はどういう言語か』【講談社学術文庫版、1976年】77頁)と述べています。私も、語はそれが表現であるかぎり、すべて「概念過程」をへていると考えているので、「概念過程」の存否が分類の基準とはなりえないと考えています。客体的表現の語(=概念語)は対象世界・客体界の表現であり、主体的表現の語は主観の世界・自我の表現である(両者ともに概念の表現であることは前提条件である)という定義でよいのではないかと考えています。

(2)三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年)参照。

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観念的な自己分裂の理論と敬語論

 三浦つとむの観念的な自己分裂の理論は、唯物論的認識論の立場からする主体の分裂に関する理論であり、人間が現実的な自己を基礎としつつ、そこから観念的な自己を分裂させてさまざまに認識を発展させている事実を法則的にとらえたものです。簡単にいうと、人間は観念的な自己分裂と復帰とをくり返すことにより、認識を発展させているという理論です。「甲は乙に差上げたでせうか」では、話し手は観念的に甲になって、その立場から乙に対して「差上げて」いるのであり、「甲は乙の処にあがつたでせうか」では、話し手は観念的に甲になって、その立場から乙の処に「あがつて」いるのです。両表現とも、話し手は「た」でそれらが過去の行為であることを示して、その次の「で」で現実的な自己の立場に戻ってきています。このように、日本語においては、表現の主体が観念的に他者になって他者の立場から敬意を表現することがすでに敬語の体系として定着してしまっているといえるでしょう(もちろんそのような敬語的体系の深度は時代よって異なるものであり、最近はそのような体系の表現に対する規定の仕方はだいぶ緩くなってきているようです)。時枝には、観念的に分裂して他者の立場から敬意を表現するという三浦理論的発想は当然ないので、誰の誰に対しての敬意か分からない表現が多い客体的表現における敬語について、《上下尊卑の識別に基く事物の特殊なるありかたの表現である》(1)と規定せざるをえなかったものと思われます。明らかな敬意の表現であるにもかかわらず、対象たる実体や行為が誰の誰に対する敬意の表現なのか判然としない場合が多々あるので、それらを「事物の特殊なるありかたの表現」としたわけです。けれどもひとつひとつ確かめてみると、実際は、表現の主体が観念的に分裂して、観念的な他者の立場から特定の人や物や行為に対して敬意を表している場合が多々あるのであり、ほとんどの場合合理的に理解することが可能なのです。本稿は伝達過程論がテーマなので、敬語論についてこれ以上深く掘り下げるようなことはしないでおこうと思います。また別の場所で論じられればと思います。

          〜〜〜

(1)時枝誠記「敬語法及び敬辞法の研究」(京城帝大文学会論纂第八集、1939年2月。傍線は原文では傍点)

          〜〜〜

敬語論における時枝誠記の図解

 時枝は観念的な自己分裂の理論は知りませんでしたが、けれどもすでに述べたように、現実の表現の主体および聞き手(場面)と、観念的な人物とを区別と連関において把握することによって、ヨリ俯瞰した立場からから敬語的事象を立体的・構造的にとらえることに成功しています。

《表現素材の概念的把握に際して、これを上下関係或は自他関係に於いて規定すると云ふことは、素材的事項が多くなるに従つて次第に複雑な様相を呈して来る。今甲を話手、乙を聴手、丙丁を素材的事項とする時、この関係は次の如き四辺形を以て表すことが出来る。

 

 


右の如き関係に於いて、丙の或る動作が、丁に対して上向関係の時、例へば物を呈上する様な時、かかる事実を「差上げる」と云ふ様に概念することが出来る。併し乍らこの概念的把握は、単に丙丁間の上下関係のみを顧慮したので、未だ、乙或は甲との関係に於いては規定されない。点線は丙丁の関係に対する乙甲関係の関与を示すもので、丙が乙よりも下位の場合は、「差上げる」でよいのであるが、丙が乙より上位の場合は、「差上げなさる」と表現されねばならない。同様にして、「丁が丙を御覧なさる」と云へば、甲の関与は希薄であるが、「丁が丙を御覧下さる」と云へば、丁丙の間が下向関係であると同時に、丁甲の間も下向関係が著しくなつて来る。これはごく一班を示したに止る》(「場面と敬辞法との機能的関係について」)

 ここで時枝が示した図解は、甲と乙のラインは現実の世界の人物、丙と丁のラインは甲と乙の会話に出て来る観念的な世界の人物(本当は二人とも現実の世界の人物ですが、ここでは言語表現=会話には出てくるけれどもその場にはいない人物、というほどの意味です)だと思ってください。時枝はこの図を使うことによって、さまざまな敬語的表現を合理的に説明することに成功しています(1)。たとえば、今、架空の会社員である「私」が話し手で甲、その架空の会社の部長が聞き手で乙、会社における「私」の後輩であるAが丙、「私」やAから見て上司にあたる課長が丁、だとします。この状況で、「私」が部長に対して、「Aが課長に指示を仰いだのは1時間前でございます」と報告したとします。上の時枝の図解を以てすれば、ここでの敬意の表現が誰の誰に対するものなのか、一目瞭然です。「請う」という意味の敬語「仰ぐ」は、Aの課長に対する敬意の表現であり、「ございます」は話し手甲の聞き手乙に対する敬意すなわち「私」の部長に対する敬意の表現ということになります。「課長がAに指示を出されたのは1時間前でございます」の場合、「出された」の敬意の表現「れる」は、点線で示された「私」(甲)の課長(丁)に対する敬意の表現ということになります。このように、ここで時枝が提示した図解は、日本語の複雑な相対敬語の体系を理解するのにきわめて役立つ武器として今なお光り輝いています。

          〜〜〜

(1)萩野貞樹『みなさん これが敬語ですよ』(リヨン社、2001年)には、時枝のこの図を参考にしたものと思われる、きわめて分かりやすい敬語分析の図解(「伝達」の世界と「話題」の世界とを分けて、その区別と連関を法則的に図示したもの)が示されています。この著書は萩野氏の時枝に対する「あこがれと尊敬」によって書かれたものであるという萩野氏自身の述懐が付記されています。

          〜〜〜


敬語論を通して見えてきた時枝誠記の「素材」論

《所謂敬語なるものは、敬意の表現と考へられる場合もあるにはあるが、それは聴手に対する敬意の表現でなく、表現素材に対する処のものである》(「場面と敬辞法との機能的関係について」)

《それ(「敬語」−−引用者)は一般に辞が素材に志向する判断感情意志を表現するのと異り、敬意を基調とする事物の関係の認識に基く概念的把握である》(同上)

《それ(「敬語」−−引用者)は辞の領域に属するものでなく、詞即ち客観界対象界のありかたの表現に属するものである》(同上。傍線は原文では圏点)

 このように、時枝は敬語論をとおして、「素材」から辞的な要素を取り除き、そこに詞(客体的表現)の素材としての側面を重視するようになったものと思われます。この延長線上に、1941年1月発表の論文「言語の存在条件」があるのであり、そこでは、「素材」は「事物・表象・概念」として規定され、さらにそれらは言語の「構成要素」から除外されることになります。時枝の敬語論は、「素材」の客体的把握に大きく貢献している側面があると同時に、それは伝達過程論における「作用」重視の理論への傾倒につながるものとも考えられます。


(続く)



(2020/9/21 脱稿  2025/9/24 更新し、gooブログより転載)

 

2025年09月24日

時枝誠記における「対象の展開」論 7

時枝誠記の「意味作用」論について

 ここで、時枝誠記の『国語学原論』における「意味作用」論を振り返っておこうと思います。

《…私はこれら(事物、表象、概念−−引用者)を言語表現の素材として、言語の存在条件の一とは認めるが、これを言語の構成要素とは認めなかつた(総論第五項第八項)。これを譬へていふならば、言語の音声によつて或る表象や概念を理解し、具体的事物を認知するといふことは、宛も橋によつて対岸に渡り得た様なものである。川の対岸は、橋にとつては欠くことの出来ない存在条件ではあり得ても、橋それ自体の内部的な構成要素ではあり得ない。言語は橋ではあるが、対岸は言語ではない。絵画についても同様なことがいひ得る。画家によつて描かれる処の景色や静物が絵の構成要素でなく素材であるならば、画家の想像的題材も亦同様に素材でなければならない。この様に考へて来るならば、言語の意味は、言語の外にある処のものであつて、言語の構成要素とは関係のないものと考へられるのである。若し意味といふものを、音声によって喚起せられる内容的なものと考へる限り、それは言語研究の埒外である。しかしながら、意味はその様な内容的な素材的なものではなくして、素材に対する言語主体の把握の仕方であると私は考へる。言語は、写真が物をそのまま写す様に、素材をそのまま表現するのでなく、素材に対する言語主体の把握の仕方を表現し、それによつて聴手に素材を喚起させようとするのである。絵画の表さうとする処のものも同様に素材そのものでなく、素材に対する画家の把握の仕方である。意味の本質は、実にこれら素材に対する把握の仕方即ち客体に対する主体の意味作用そのものでなければならない》(時枝誠記『国語学原論』404~405頁。太字は引用者)
《…言語に於いて意味を理解するといふことは、言語によつて喚起せられる事物や表象を受容することではなくして、主体の、事物や表象に対する把へ方を理解することとなるのである。その様な把へ方を理解することが、我々に事物や表象を喚起させることとなるのである》(同上。406頁。太字は引用者)

 これは、『原論』の意味論において伝達過程論と関係する部分を引用したものですが、言語の構成要素から表象や概念を除外して、表現主体の「意味作用」を極端に重視したものとなっています。常識的に考えて、具体的な表現行為や理解行為そのものが言語であるならば、その行為過程に関係してくる表象や概念も言語に含まれるものと見なされそうなものですが、時枝はこれらを截然として言語から除外して、意味は主体による素材に対する把握の仕方すなわち「意味作用」であるというのです。1937年に発表された「心的過程としての言語本質観」(『文学』1937年6月7月。1937年2月8日脱稿)において時枝が《語の意味の理解は、必ずその語の表現過程に沿うて、その起点である具体的事物或は表象に迄遡らなければならない。そしてこの過程に参与した各の表象が即ちこの語の意味内容となるべきものである。かくして語の意味の把握に於いては、音声に対応する内容的意味よりも、先づ表現対象である具体的事物が対象として如何に把握されつつ表現されるかの展開過程の考察が重要である》と述べていたことを考えると、その見解のあまりの違いに愕然としてしまいます。ちなみに、時枝は「心的過程としての言語本質観」の7ヶ月後に脱稿された「文の概念について」においては、次のように述べています。

《…我々が若し意識に映ずる種々なる表象或は概念を文字或は音声に表現して、山、川、月、花、行く、見る、走る、等と云つた場合、それは意識の内容を表出したのであつて、これを思想の表現とは云ひ得ないであらう。それは思想の素材内容の表現であつて、未だ自我の活動を意味する思想そのものの表現ではない。人は或は反問するであらう。我々が表象し概念する処に、既に自我の表象作用或は概念作用が存在する故、それは即ち思想の表現ではないかと。勿論我々が「山」といひ、「行く」といふ時、具体的事象に加へられた概念作用の存在することは否定しない。論理学にいふ原始的判断とはそれである(速水滉氏論理学四一頁)。併し乍ら「山」「行く」と云ふ言語自体は、概念作用を表現して居るのではなくして、概念作用によつて素材化され、内容化されたものを表現して居るのである。従つてこれを思想の表現とはいふことが出来ない。若し、「山だ」「川だ」と云つた場合、そこに始めて、概念作用とその内容である概念とが表現されたので、これを思想の表現と云ふことが出来る。ここに思想と云ふ語が曖昧であるならば、意識と呼んでもよい。表象や概念は意識内容であつても、意識作用自体ではない。語は一般に概念作用を経過する表現であるが故に、それは意識内容として客観化され、対象化された思想の一面的表現であると云ふことが出来る。以下私は思想と云ふ語を、意識内容と意識作用との融合した意識した意識状態を指すことにするであらう。右述べた「山」「行く」の如き表象或は概念のみの言語表現は、思想の一面的表現であつて、実は極めて抽象的にのみ考へ得られる事実であり、或は時として脳神経の病的状態に於いてのみ現れる現象であつて、現実的な我々の思想は、常に、意識に現れる内容的な表象或は概念と同時に、それらに対する判断、感情、意志、立場の如き自我の活動を伴ふものであつて、両者合体して始めて思想表現となるのである》(時枝誠記「文の概念について」【『國語と國文学』1937年11月12月。1937年9月21日脱稿】)

 時枝はここで、「概念作用」のありかたにも二種類あることを述べています。すなわち、対象から内容を表象し概念して語そのものを成立させる「概念作用」と、思想を表現する際の意識内容と融合されるところの「概念作用」です。その上で言語表現の実際は、後者の詞辞の融合的表現が一般的であり、意識内容と意識作用とは統一的にとらえるべきであるという考え方がうかがえます。つまり、ここではまだ、「内容」と「作用」とは平等の関係にあります。

          〜〜〜

「敬語法及び敬辞法の研究」

 ところが、「文の概念について」の脱稿から約1年後に脱稿された「敬語法及び敬辞法の研究」において、時枝は次のように述べています。

《…事物が観念として或は表象として与へられた時には、それは全く無規定のものである。これらの事物が表現の素材として概念的に把握される時に、ここに夫々意味が付与される。語が意味を持つとは、語が表象を表現するが為ではなくして、表現的素材が意味的志向作用によつて規定されるが故に云ひ得ることである。概念とは客体的に見れば語の内容の様に考へられるが実は主観の規定に他ならない。故に客観的には同一物と考へられるものでも、意味的志向作用換言すれば概念規定の異るに従つて異つた語として表現されるのは当然である。一の天変地異でも、甲はこれを禍として把握し、乙はこれを福と概念するかも分らない。又天変地異と概念することそれ自身、これを自然現象と概念することとは、同一事象に対する意味的志向作用の相違と見るべきである》(時枝誠記「敬語法及び敬辞法の研究」【『京城帝大文学会論纂第八集』1939年2月。1938年9月8日脱稿】。太字は引用者)

 これは、時枝の伝達過程論および意味論における機能主義の初出といってよいでしょう。ここで時枝は、事物や観念や表象が「意味的志向作用」によって概念規定されるがゆえに語が意味を持つと述べています。また、「語が意味を持つとは、語が表象を表現するが為ではな(い)」とか、「概念とは客体的に見れば語の内容の様に考へられるが実は主観の規定に他ならない」と述べているところからして、どうやら時枝はこの時点で、語の内容としての表象や概念の存在を否定してしまっているようです。私の考えるところでは、概念は表現内容を形成する実体であると同時に、「主観の規定」でもあります。表現主体による、表現主体の脳内における〈概念の二重化〉の過程は、観念的に対象化された意志の一形態である言語規範による媒介過程を含むけれども、その過程はあくまでも表現主体の意志の統御による過程であり、それゆえ語は内容=概念を表現しているということと語の内容は主観の概念規定によるという考え方は、時枝のようにあれかこれか的発想で切り離す必要はなく、両立は可能なのです。また、表現主体による概念規定について言及するならば、その概念規定はどのように行われるのか、あるいはそもそも、概念はどのように成立するのか、ということをさらに論理的に追究しなければならないでしょう。三浦つとむは概念規定のありかたについて、言語規範の媒介を含む〈概念の二重化〉現象として具体的にして説明しています(1)。また、概念の成立については、認識における対象の一般化において過程的構造を含みつつ成立する旨を述べています(2)。

 時枝がこのように意味論や伝達過程論において「意味作用」や「概念作用」重視の考え方に陥ってしまったことの背景には、敬語論において「敬語を、話者の敬意の表現としてでなく、概念的把握の仕方に関するものとして考へ(た)」(3)こと(ようするに、概念的把握すなわち概念作用によって「敬語」が「敬語ならざる語」の代わりに選択されるという考え方)も影響しているでしょうが、言語を構成する音声や意味(概念)に意味を求めるというソシュール的・言語構成観的な考え方に陥らないようにしなければならないという論理的な強制もあったものと思われます。また、山内得立著『現象学叙説』のなかの意味の規定に関する次のような論述も、時枝に対してなにがしかの影響を及ぼした可能性はあります。

《全きノエマ( volle Noema )に於て我々は志向的客体と捕捉せられたる客体とを二つの象面( Schicht )として明別する。さうして前者をノエマ的意味( noemaTISche )と名づけ、後者をノエマ的核( noematische Kern )と呼ぶ。ノエマ的意味とはノエマ的核を或性質に於て規定せられたるもの、或規定の仕方に於て与へられたところの対象( Genenstand im Wie seiner Bestimmtheit )に外ならぬのである。我々はこの関係を種々なるノエマ的意味の下に同一のノエマ的核があるとも、又は同一なる核が種々なる意味に於て自らを表はすとも言ふことができるであらう。意味とは対象を意識すべき種々なる志向の仕方を与へるものであり、対象がそれ自らを表現するためにとるべき種々なる現象の仕方であるにすぎない。ノエマ的核は其故に一にして常に同一( das Identische )であるが、ノエマ的意味は多にして群属的である。我々が一つの花を赤いと見、次に美しいと感ずるとき、同一なる花は時として一つの意味に、時としては他の意味に規定せられるであらう。赤いといふ意味、美しいといふ意味は一つの花をそれぞれに規定するところの規定の仕方の差別であるにすぎない。一つの花は此等の種々なる規定の仕方を通してそれ自らを表現するのであり、此等の孰れかの規定によることなしには現象することができないのである》(山内得立『現象学叙説』【岩波書店、1929年】323頁)

 このようなフッサールの、主体による意味の規定の仕方重視の考え方も、時枝の言語理論になにがしかの影響を与えた可能性はあるでしょう。

 いずれにしろ、ここでは、この「敬語法及び敬辞法の研究」において初めて、時枝が伝達過程論および意味論における「意味作用」重視の考え方を公にしたということを、確認しておきたいと思います。


          〜〜〜

(1)三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年。【第二部 言語の理論 第二章 言語表現の二重性 「五」概念の要求する矛盾】)参照。

(2)同『言語過程説の展開』(【第二部 言語の理論 第二章 言語表現の二重性 「四」言語における「一般化」】)参照。

(3)時枝誠記「場面と敬辞法との機能的関係について」(『國語と國文学』1938年6月)

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(続く)






(2020/9/25 脱稿  2025/10/1 gooブログより転載)

 

2025年10月01日

時枝誠記における「対象の展開」論 8


「言語に対する二の立場」
 
時枝は、1940年7月に発表した「言語に対するニの立場」の(註)において、次のような伝達過程論を展開しています。

《(註)ソシュールは、右の如き概念と聴覚映像との連合過程及びそれに随伴する生理的物理的過程を言語活動(ランガージュ)と考へた(小林英夫氏著「言語学原論」第三章第二節)
ここにソシュールは凡てを循行過程として理解したのである。然るにかかる循行過程に存する連合の作用から、直に概念と聴覚映像の連合したものが成立し、存在する如く考へたのは、甚だしい誤解であると云はなければならない。我々の考へ得る処のものは、主体的な循行過程以外の何ものでもない。若し言語に社会的な面を求めるならば、右の如き個人個人に存する循行過程そのものの中に求めなければならない。循行過程は社会生活によつて制約せられ、共通性を帯びて来る。言語が理解の媒材となり得るのはその為であつて、決して、概念と音声表象との連合したものが各人の脳中に存在するが為ではない》(時枝誠記「言語に対する二の立場−−主体的立場と観察者的立場−−」【『コトバ』1940年7月】1940年6月1日脱稿)

 ここで「循行過程」というのは、言語表現行為や言語理解行為の精神的生理的物理的過程のことをさします。このように時枝は、この時点ではすでに、「概念」と「聴覚映像」とが連合する事実は認めるけれども、それらが連合したものが存在することは否定しています。「敬語法及び敬辞法の研究」と同じように、言語の内容としての概念や表象は存在しないというスタンスがうかがえます。ここまで来ると、『原論』における「意味作用」論・「概念作用」論まであと一歩という観があります。ちなみに、上の「主体的な循行過程」は、『原論』では「主体的な連合作用」に書き換えられ、「個人個人に存する循行過程」は「個人個人に存する循行過程或は連合作用」に書き換えられています。

 また、注目すべきことは、時枝が言語における社会的な面が概念規定の行われる表現主体の脳内におけるこの「連合作用」過程に存在すると述べているところです。三浦つとむによる言語規範の媒介や〈概念の二重化〉もこの過程にて行われるものです。やはり時枝も三浦も見つめている対象は同じなのだなということがよく分かります。時枝は規範論を含む認識論の助けがなかったので現象学へと近づき独自の機能主義理論を構築し、三浦は唯物論的認識論の助けをえて、独自に認識論を構築し、この問題を処理したというわけです。


(続く)





(2020/9/30 脱稿  2025/10/1 gooブログより転載)

 

2025年10月01日

時枝誠記における「対象の展開」論 9

「言語の存在条件−−主体、場面、素材−−」

 時枝は「言語に於ける場面の制約について」(1938年1月11日脱稿)において、「主体、場面、素材」を表現の「三つの要素」として規定して、それらの相互の連関として言語表現行為について説明していたことはすでに見てきたとおりです。「言語の存在条件」(1940年12月2日脱稿)において時枝は、ついにこれらを言語の「構成要素」から除外して、言語の「存在条件」として規定し直します。

《言語を観察するのに、これを言語自体に限定して、これを構成する要素に分析することは、従来一般に試みられて来た方法であつて、言語を音声と概念との結合であるとするが如きはそれである。しかしながら、我々はかくの如き言語自体の分析をなす前に、更に重要なる観察を忘れてはならない。それは言語の存在条件が如何なるものであるかを知ることである。存在条件といふことが、いかなることであるかは、これを譬へていへば、家屋を観察する時、これを玄関とか、客間とか、居間とかに分析して、家屋の構造を明かにするのは、言語を音声と概念とに分つ処の方法に類する。しかしながら家屋の本質を明かにする為には、右の様な要素の分析と同時に、家屋を成立さす処の条件の存在を考慮に入れることが必要である。家屋が成立する為には、第一に地盤が必要である。地盤は家屋の構成要素とはいひ得ないが、地盤なくして家屋は存在することが出来ない。(中略)地盤なり、設計者なり、居住者なりは、皆家屋の構成要素とはいひ難いものであるにも拘はらず、家屋の本質はそれによつて成立し、その構造はそれによつて本質的な規定を受けてゐると考へなければならない。それらのものを、今家屋の存在条件と名付けるならば、物を観察するのに、その構成要素を明かにすると同時に、或はそれ以上に存在条件を考慮するといふことは重要なことである。然らば言語の存在条件とは如何なるものであるかといふに、第一主体(話手)、第二場面(聴手及びその他)、第三素材(事物)の三者を挙げることが出来ると思ふ。これは言葉を換えていふならば、言語は、誰か(主体)が、誰か(場面)に、何物(素材)かについて語ることによつて成立するものであることを意味する。この中の一を除いても言語は成立し得ないし、又言語はこの三者の制約の下に成立するといふ意味でこれを言語の存在条件といふことが出来るのである》(時枝誠記「言語の存在条件−−主体、場面、素材−−」)

 このように、ここにおいて、言語の成立を下支えしているところの「主体」「場面」「素材」が言語の「存在条件」として規定されました。「存在条件」とは、家屋の比喩で語られているように、あるものの構成要素ではないが、そのものの成立を支え、制約を与えているところの重要なものという意味です。このうち「主体」と「場面」については、「言語に於ける場面の制約について」とほぼ同じ内容となっています。「素材」の内容については、以前はぼかされたかたちでその具体的な内容が明らかにされていませんでしたが、この論文においては、時枝は次のように「素材」について具体的に論じています。

《素材は言語に於いて一般に音声形式に対応するものとして考へられてゐる事物、表象、概念であつて、意味の名称によつて普通には音声と共に言語の要素として考へられてゐる。しかしながら、言語を主体の表現行為であると見る立場に於いては、事物にしろ、表象にしろ、概念にしろ、それらは凡て主体によつて、ついて語られる客体であり、素材であるといふ点に於いて共通したものであり、言語の内部的な構成要素と見ることは出来ない》(同上。太字は引用者)

 このように、「素材」の内容が「事物、表象、概念」であることが明らかになりました。けれども、それらは「ついて語られる客体であり、素材であるといふ点に於いて共通」しており、「言語の内部的な構成要素」ではない、と言われても、いまひとつ理解しがたいところがあります。そもそも、「言語の内容」について諸説ある状況下において、さらに「言語の存在条件」を云々するということ自体、すでにある種の困難さを予想させます。ここではさらに、「素材」について語る、時枝の次のような比喩について検討してみることにします。

《…しかしながら、言語が成立する為には、それについて語られる処の素材が絶対に必要であつて、語られる素材の無い言語の無意味であることは、搬ばれる貨物や旅客の予想されない鉄道の様なものである。従つて素材も亦言語の存在条件といふことが出来る。右の様に素材を言語の内部から除外して、これを存在条件と見る見方は、従来の言語学説と著しく相違してゐる様に考へられるかも知れない。しかしこれは、言語を主体的な表現行為とする説の重要な結論である。これを譬へていへば、言語は、一方の岸より他方の岸へ、人を搬ぶ機能を有する橋の様なものである。渡る人があつて始めて橋の存在といふことがあり得るのであるが、さりとて橋を渡る人そのものは、橋の構成要素ではあり得ない。橋の構成要素は、欄干、橋桁、橋脚の様なものであつて、人は橋の存在条件である。しかし、橋は渡る人に制約され、又如何にこれを渡すかによつて構造が規定されるのである。言語と橋との相違は、橋は人をそのままに対岸に搬ぶことが出来るが、言語は、素材をそのままの形で搬んで、他人にこれを受渡す様なものではない》(同上)

 このように時枝は、言語を人を運ぶ橋に見立てて、「素材」は言語によって伝達されるところのものであり、橋を渡る人のようなものであり、言語の「構成要素」ではないが、言語の「存在条件」であるといいます。「存在条件」とは、あるものを構成するものそのものではないが、それが形成されるにあたって欠くことのできない重要なもののことをいうので、渡る人が橋の存在条件であるということは理解できます。橋と人とは別々の物質的な実体であり、渡る人からの規定が橋を構築する際に大きな制約を及ぼすことは事実だからです。けれども、言語において、「素材」のなかの「表象」や「概念」は観念的な存在であり、これらが言語の構成要素ではない、存在条件である、と言われてもいまひとつピンときません。人は橋に含まれるものではないが、「表象」や「概念」は言語に影響を及ぼすものの、人の脳内に含まれるので「構成要素」といえるのではないか、という疑問は残るからです。


「表象」や「概念」も言語の外へ

《…素材が如何にして主体によつて把握され、変形されて聴手に伝へられるかは、言語研究の重要な課題であるばかりでなく、言語の実践の基礎となる事柄である。音声の対応物が事物そのものである時は、これを言語の要素であると考へることはないが、抽象的な概念或は単なる表象である場合には、屢々それが言語の内部的なものであると誤認され、これが言語の意味と呼ばれることがあるが、表象や概念が心的内容であるからとて、言語の内部的要素とは見ることが出来ないのであつて、それらは言語主体から見れば、やはり客体的なものであり、外のものと考へなくてはならない》(同上)

 時枝はさらにこのようにいいますが、言語を主体による表現行為そのもの、理解行為そのものと見る立場からするならば、主体に含まれる「表象」や「概念」はやはり言語を構成する要素ということになるのではないか、という疑問が残ります。この、「表象」や「概念」でさえも言語の構成要素ではないとする考えかたは、かなり大胆な考えかたですので、これを受け入れるためには、それなりに具体的・論理的な説明が必要でしょう。ところがこの論文において、そうした実証的・論理的な説明はありません。この論文発表(1941年1月)から11ヶ月後に発表された『原論』において、唯一、次のような具体的な説明があります。
《…構成的言語観に於いても、言語によつて表現せられる事物自体、たとへば、「サクラ」によつて理解せられる「桜」そのものは、言語の構成要素と考へられないのに対して、概念「桜」は、構成要素であるといはれることは正しいであらうか。概念は成程心的内容として言語主体の外に在るものでなく、その意味で言語の構成要素と考へられる可能性があるが、しかしながら、それは一方は物的なものであり、他方は心的なものであるといふ相違だけであつて、素材として、言語主体に対立してゐる関係から見れば、何等の相違をも見出すことは出来ないのである。宛も画家が実際の風景を見て描いた場合と、想像によつて描いた場合と、描かれた素材に即していへば、斉しく絵画の素材である。同様にして言語に於いても、具体的な一個の犬を指して

  犬が来た。

といふ場合に指された一個の犬と、単に抽象的に、

  犬は哺乳動物である。

といつた場合に、指された概念「犬」について、前者は言語の構成要素でないが、後者は構成要素であるといふことは出来ないのである。具体的な個物であつても、心理的な概念であつても、言語主体によつて、表現の素材として把握された以上、主体に対立したものと考へなくてはならない》(時枝誠記『国語学原論』53~54頁)

 ここに示された、具体的な「事物」は言語の構成要素ではない、それゆえ「概念」も構成要素ではない、という考えかたは、明らかに逆立ちした考えかたであるといえるでしょう。言語表現には、背後に「対象→認識→表現」という過程的構造が存在するのであり、概念は、元となる対象が「事物」だろうと、「概念」や「表象」だろうと、対象の抽象化、一般化、あるいは対象的「概念」の横すべりの過程をへて成立します。そして、そこから言語規範の媒介によって概念の感性的なかたちが決定され、物質的な音声や文字として表現にまで高められることになります。「事物」としての「桜」を表現した場合であろうと、「概念」としての「桜」を表現した場合であろうと、言語表現としてはいずれも概念化の過程をへざるをえないのであり、いずれも表現の背後には確固とした概念内容が存在します。対象としての「事物」も、「概念」や「表象」も、概念としての受容という過程を通っている、その意味において、「関係」としてのつながりでみるならば、言語の構成要素と言えるでしょう。また、基本的には、表現主体の意志の統御のもとで表現が行われているので、この概念内容を「主体と対立したもの」と考える必要はありません。もちろん、表現されたあとでは、「概念内容」は物質的な表現に結びつけられた「関係」として存在するので、表現主体と一応離れて存在しますが、「関係」自体は残っているといえます。画家が実物を見て描いた場合も、想像の物を見て描いた場合も、ともに、「対象→認識→表現」内の認識におけるとらえ返しの過程が存在します。その認識の過程を表現へとつなげているので、ここでも「素材」は表現の内容を形成しているといえるでしょう。


機能主義理論の完成

 すでに見てきたように、時枝は「言語の存在条件」という論文において、「素材」の内容として「事物」だけでなく、「表象」と「概念」を含め、それらを言語の外のもの(存在条件)として規定しました。こうして、「表象」や「概念」でさえも言語の外のものであると認識されるに至ると、言語の本質、言語の意味は、次のように把握されることになります。

《以上の様に考へて来ると、言語は宛も思想を導く水道管の様に考へられ、全く無内容な形式のみのものと理解されるであらうが、そこにこそ言語の本質があり、言語過程説の根拠があるのである。素材の意味を明かにする前に、素材を言語の外に置いた時、言語自体としては何が残るかを検討して見ようと思ふ。列車の例によつてこれを考へて見るに、乗客は、列車の構成要素でなく、列車の存在条件であることは既に述べた。しかしながら、列車が乗客を収容する設備は、列車の本質的機能の現れとして、列車の構成要素と考へなくてはならない。この場合乗客の座席といふものは、列車が乗客を収容する機能と見なければならないのである。言語に於いて、事物表象概念は、言語の内部に属するものではないが、事物を認識する主体的な作用或は概念し表象する主体的作用は、言語の表現過程の第一階梯と考へなくてはならない。所謂意味といふことは、主体が言語表現に於いて素材を把握する把握の仕方と考へるのが意味の正しい概念であると思ふのである。勿論意味する作用には、意味される概念や表象があり、一般に意味といふ時、かく概念されたもの、表象されたものを考へてゐる。しかしこの考方は以上の様に訂正されねばならないのである。列車に於ける座席は必ず乗客を予想する。それは列車によつて把握されたものではあるが、列車の把握作用そのものではない。座席は列車の乗客を把握する仕方の具体的表現である。言語の意味を考へる時、列車に於ける乗客をでなく、座席を考へなくてはならない。意味をこの様に考へる時、意味は言語に於ける真に内部的なものであり、言語は実ににこの意味作用を表現してゐることとなるのである。言語は素材をそのままの姿に於いてでなく、素材に対する意味作用を表現してゐるのである。素材はこの様な意味作用によつて把握される客体といふことが出来るのである》(「言語の存在条件」。太字は引用者)

 こうして、ここに、時枝の機能主義的意味論は完成をみることになります。列車の「構成要素」は座席であり、「存在条件」は乗客であるように、言語の「構成要素」は「意味作用」であり、「存在条件」は「素材(表象や概念を含む)」であると、ここに宣言されたのです。ここにおいて、「表象」や「概念」が言語の外のものとして規定されてしまったので、「心的過程としての言語本質観」におけるような伝達過程論、すなわち「対象の展開」論を展開することは事実上不可能となってしまいました。時枝が「表象」や「概念」を言語の内容から除外してしまったこの時点(1940年12月2日)において、唯物論的反映論は否定されてしまったといえるでしょう。そしてそれは同時に、主体による「意味作用」論という機能主義の導入を意味することでもありました。「心的過程としての言語本質観」を脱稿した1937年2月8日から機能主義理論の完成まで、実に3年10ヶ月という時間が経過しています(2)。

 ここでの列車の比喩も、よく考えてみるとあまり適切なものではないことが分かります。橋の比喩の場合と同じように、列車と乗客とはそれぞれ別の物質的な実体です。乗客は列車から降りることができますが、「表象」や「概念」は観念的な存在であり、いいかえれば表現主体の脳内において成立するものであり、そのままのかたちで外の世界に出ることはできません。「表象」や「概念」は脳細胞において〈像〉として成立しているので、物質的な音声や文字として同じく〈像〉として模写されることによって初めて近似的に外の世界に出ることができます(1)。「表象」や「概念」は、表現においても内容を形成する実体として関係づけられているので、いいかえれば表現において止揚されているので、これらの「表象」や「概念」は、言語の構成要素ということができるでしょう。

          〜〜〜

(1)拙著『言語過程説の研究』(【リーベル出版、1999年】98~104頁)において、私は三浦つとむの〈像〉の理論について概説しています。

(2)この3年10ヶ月という期間は、時枝にとってはいろいろな意味で濃密な時間だったと言えるでしょう。戦中朝鮮において、その最高学府の国語学者として責任ある立場にあった時枝にとって、対峙しなければならないことは実に多くありました。それらについてはまた稿を改めて考察してみようと思います。

          〜〜〜

「同類異化」としての「意味作用」論

 時枝はこの論文の最後のほうで、次のように述べています。

《言語に於いて真に内部的なものとして重要なのは、素材でなく、素材の把握の仕方としての意味作用であるといふことは、言語自体がこれを示すと同時に、又そのことが言語教育の眼目となるのである。嘗て音義学説は、言語の音声が、言語の素材の模写である様に考へて、その方面から語を音声に分析し、各音の持つ表象を検討した。しかしながら、言語は事物の模写でなく、言語主体の素材に対する意味作用の表現でなければならない。それは例へば、「あふぎ」(扇)といふ語と、「すゑひろ」(末広)といふ語とを比較して見ても明かである。このニ語は共に素材的には同一物をいつてゐるのであるが、「あふぎ」といふ時と、「すゑひろ」といふ時とは、素材に対する言語主体の意味的把握の仕方を異にし、一方は「あふぐもの」として把握し、他方は「末広がりなるもの」として把握したことを表現し、それによつて夫々同一素材を理解させようとするのである。言語の素材は千差万別で、一として同一なものがないのであるが、言語主体は、種々なる意味把握の仕方に於いて同類のものを規定するのである。概念とはかく規定された客体についていふのであるが、その根柢には、素材に対するかくの如き同類異化の作用である意味作用を認めなければならない。そして言語はかくの如き規定された概念をでなく、規定する仕方を表現してゐるのである。榊といふ本邦製作の文字について見ても、それは異つた素材のものを、「神事に用ゐる木」といふ把握の仕方で規定し、その規定をそのまま表現してゐるのである。言語に於ける意味の理解とは以上の如き把握の仕方を理解することであり、素材の理解は、右の様な意味の理解を通して始めて可能となるのである。言語が素材そのものの模写でなく、意味の表現であるといふことは、言語経済にとつては好都合なことであつて、さもなければ、言語は森羅万象の個々に応ずる表現を用意しなければならなかつたであらうと思ふのである》(同上。179~180頁)

 ある言語理論をてっとり早く評価しようとするとき、まず検討すべき箇所は、同じ対象を異なる語で表現している事実についての見解でしょう。三浦つとむが初めて言語学の理論書を手にしたのも、同じ事物を異なる名称で表現している事実の理論的な説明を確認しようとしたためでした(1)。時枝は上のように、「主体の意味作用」や「意味的把握」によってさまざまな「同類異化」的な表現が可能となると述べています。三浦つとむ的にいうならば、話し手による対象のとらえ方の違いによってそれぞれ異なる概念が成立し、それが言語規範の媒介によって、すなわち〈概念の二重化〉によって、それにふさわしい感性的なかたちが決定し、表現へと模写されることになるという説明になるでしょう。時枝の「対象の展開」論は、この三浦の理論に近いものであり、それによっても説明は可能だったはずなのですが、それだと「表象」や「概念」に意味を付与することになってしまうので、それは「言語構成観」的な考えかたであり、採用することはできないと思われたのだと思います。そこで山内得立の『現象学叙説』を参考にして、機能主義的意味論、機能主義的伝達過程論を構築したのだと思います。たしかに「意味作用」という概念は便利なものかもしれませんが、一方で、この言葉に頼りすぎると、概念の本質を見誤る可能性があります。概念は「素材そのものの模写」として成立するものではなく、対象の抽象化一般化において成立するのであり、その段階ですでにもろもろの個別的なものが捨象されているのであり、概念そのものが本質的に「言語経済にとって好都合」な存在なのです。このことと、「同類異化」や「異類同化」における「概念の移行」という現象とはまた別のことがらなのです。「意味作用」論は論旨が明快であり、一見整合性のとれたな理論のように見えますが、やはり言語理論としては、「対象の展開」論のほうが優れているといえるでしょう。

          〜〜〜

(1)三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく−−言語学批判序説−−」(『思想の科学』1948年5月)

          〜〜〜


(続く)




(2020/10/6 脱稿  2025/10/1 gooブログより転載)

 

2025年10月01日

時枝誠記における「対象の展開」論 10

まとめ

 時枝誠記は、自らの言語学説・言語過程説に関する初めての体系的な論文である「心的過程としての言語本質観」(1937年2月8日脱稿)において、「対象の展開」論という−−三浦つとむの〈概念の二重化〉論にも比すべき−−優れた伝達過程論を展開していましたが、それから約4年後に発表した『国語学原論』において、伝達過程論における「対象の展開」論を撤回して、主体による「意味作用」論という機能主義的理論を主張するようになります。「心的過程としての言語本質観」における伝達過程論は、具体的事物や表象から概念への発展過程を「過程的区別」ととらえ、表現過程における概念の変化・移行という現象をも射程に収めたところの、優れた反映論的伝達過程論でした。時枝のこの「対象の展開」論は、三浦つとむのいう言語規範についての理解が欠けていることを除くと、三浦の〈概念の二重化〉論とほぼ同じ伝達過程論となっています。すなわちここで時枝は、言語規範についての認識論的な理解が欠けていることを除くと、言語理論における正しい反映論的アプローチに限りなく近づいていたといえるでしょう。けれども『原論』において時枝は、反映論的アプローチを捨て、機能主義的アプローチに切り替えてしまいました。その変化の過程は、以下のような段階をへて進行しました。


「言語に於ける場面の制約について」(1938年1月11日脱稿)

 山内得立著『現象学叙説』を参考にしつつ、言語における「場面」という概念を表現の内容に対して変容をもたらす動的なものとして把握する一方で、「素材」という概念を「捕捉された客体」や「ノエマ的核」として、すなわち変化しない静的な対象として規定する。ここではまだ、「素材」は表現の要素であり、「表象」や「概念」もまだ言語における内容的なものとしてとらえられている。


「場面と敬辞法との機能的関係について」(1938年1月30日脱稿)

 敬語論を通して、「素材」の内容として事物のみならず、さまざまな属性や実体がとりあげられ「素材」の客体的把握が強化される。「敬語」が「敬語ならざる語」の代わりに選択されるということ、すなわち概念の変化・移行は、主体による概念的把握によるという考え方が促進される。


「敬語法及び敬辞法の研究」(1938年9月8日脱稿)

 事物や観念や表象が主体による「意味的志向作用」によって概念規定されるがゆえに語が意味を持つとされる。語の内容としての「表象」や「概念」の存在が実質的に否定される。「作用」重視理論の第一歩。この論文から、意味論においても主体の側の「作用」を全面に押し出すようになった。


「言語の存在条件 −−主体、場面、素材−−」(1940年12月2日脱稿)

 「事物、表象、概念」が「素材」として規定され、「主体、場面、素材」が「言語の存在条件」として規定される。「言語の構成要素」から「表象」や「概念」が除外されたことで、《言語は宛も思想を導く水道管の様に考へられ、全く無内容な形式のみのものと理解され》、《言語において真に内部的なものとして重要なのは、素材でなく、素材の把握の仕方としての意味作用である》とされるに至る。ここにおいて、「対象の展開」論のような反映論は完全に否定され、意味論や伝達過程論における機能主義論が完成する。


時枝はなぜ、反映論から機能主義へ移行したのか?

 時枝が意味論および伝達過程論において、反映論から機能主義へ移行したのは、やはり「こと」重視の言語本質観を堅持する立場からするならば、言語によって表現される「表象」や「概念」に意味的なものを見出すことは、「言語を心的実体と見る立場」(『原論』403頁)であり、それはソシュール的な「もの」的、構成主義的言語論であると思われたからでしょう(三浦的な、物質的な表現において意味は「関係」として成立するという考えかたからするならば、たとえ「表象」や「概念」を意味的な実体としてとらえてもさして問題はないということはすでに述べたとおりです)。そこへ持ってきて、現象学が「概念」的なものや「表象」的なものに依存しない独特な「ノエマ・ノエシス」的意味論を展開していたので、それを参照にして、言語学的な機能主義理論を構築したというわけです。


特殊な表現の系列の問題

《…意味を言語の外形である音声に対応する内容として、表象的なものと考へるのは、言語構成観による意味の考方であつて、「言語(ラング)」に於ける語の意味が、「言(パロル)」に於いて限定されるといふ考方もそこから出て来るのであるが、それでは、具体的な言語に於ける忌詞、比喩或は皮肉な語の使用法といふ様なものを説明することが出来ない》(『原論』420頁)

 時枝が構築した機能主義的な意味論は、「忌詞、比喩或は皮肉な語の使用法」といった特殊な表現の系列にも対応するところのものであることは、たしかにそのとおりであると一応はいえると思います。ソシュール学派的な、概念と聴覚映像とが結合した記号の体系がパロールにおいて具体化されて意味は成立するのだという意味論は、たしかに理論としては稚拙な感じが否めませんが、けれども一方で、時枝的な、表現主体による「素材」に対する「意味作用」や「意味的把握」が意味であるという考え方も、そういった系列の表現を説明しうるものであるとは思いますが、あまりにも「作用」や「把握の仕方」に片寄り過ぎていて、表現過程における「概念の移行」や「概念の二重化」という問題構成を見えにくくしている部分があるのではないかと私は考えてしまいます。そうしてみると、「心的過程としての言語本質観」における時枝の「対象の展開」論は、特殊な表現の系列の問題にも対応しつつ、「概念の移行」や「概念の二重化」という問題も可視化しうる、きわめて優れた意味論であり、伝達過程論でもあったと思います(ただし、言語規範についての認識が欠けていたことは否めませんが)。


         〜〜〜

 ※「時枝誠記における『対象の展開』論」という論文は一応これで脱稿しますが、そこで見えてきた問題や付随すること、あるいはまたそれらについて考えたことなどが実はたくさんあります。それらについて、これから引き続き書いていこうと思います。意味論、伝達過程論に現象学の影響が見られたからといって、時枝の言語過程説がすべて現象学の影響を受けたものであるということにはなりません。その辺についても、これから詳しく見ていこうと思います。


(完)




(2020/10/17 脱稿  2025/10/1 gooブログより転載)

 

2025年10月01日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 1

 

学問とスペキュレーション

 時枝誠記は、『国語学への道』という本のなかで、学問に必要とされるスペキュレーション(speculation【あてこみ、推測、予想】)というものについて語っています。これは、「学者は自殺しない」というタイトルのつけられた、対談形式の文章です。


《 A (中略)・・・君のやつてゐることを見てゐると、結論が先に出てゐて、事実が、あとを追ひかけて行つてゐるやうに見える。事実を出来るだけ集めて、そこから結論を帰納して行くこの頃の実証主義者の逆を行つてゐるやうな気がする。
 B あれは結論じゃない。スペキュレーション(あてこみ、見込み)なんだ。学問の至極の妙味は、スペキュレーションにあると、僕は思つてゐる。事実を山ほど集めて、そこから素晴らしい結論が出るだらうなんて期待するのは、学問の邪道さ》(時枝誠記『国語学への道』三省堂、1957年10月)


 ここではさらに、コペルニクスの地動説を例に出して最初の見込みがたしかであるならば事実はあとからついてくる、第一スペキュレーションのない学問なんてスリルがなくて気が滅入る、「常夜の闇」みたいなものだと一刀両断しています。たしかに、ある程度の事実の積み重ねのうえに予想という段階がなければ理論の発展はなかなか難しいのではないか、逆にいえば、ある理論の予想が成立した背景にはそれなりにある種の事実の集積が存在したのではないか、とここまで考えると、これはきわめて妥当な考えのように思われてきます。アインシュタインの光速度不変の原理にしても、マイケルソン・モーリーの実験でも光速が一定であることが示されていたことや、誰もが「エーテル」の存在を前提にしていたけれども「エーテル」そのものはまだ検出されていなかったこと、およびマクスウェルの電磁気学の普及など、いろいろな下地となる事実の集積がそれなりにあったことはよく知られています。当然、三浦つとむの言語理論の成立にもそれなりに諸事実や諸理論の集積があったものと思われます。一般の人がはじめて三浦の言語理論にふれると、その独特な・重層的かつ分野横断的な理論の展開に驚かれることと思います。また、その膨大な量の論文の集積に圧倒され、あるいは最初の段階で、難解さを感じてしまう人もあるかもしれません。そこで、私はここで、三浦の言語理論の形成過程を初期文献を参照にしつつ光を当て、それによって理論の全貌がさまざまな事実とスペキュレーションの連続によって必然性をもって構築されたものであることを見ていきたいと思います。






(2020/5/20 脱稿  2026/4/27 更新、再掲)

 

2026年04月27日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 2

4つの鍵概念

 三浦つとむは、ある本で、スターリンの言語学論文を批判したあとに、みずからの言語理論を体系的にまとめる仕事を始めたと述べています(1)。具体的には、1951年に三浦は「言語過程説の展開」という直筆ガリ版製のプリントを書きあげています(2)。本来ならばこの時点で公表したいところですが、三浦は1950年にスターリンを公然と批判したことで(その頃のスターリンは左翼にとって英雄でした)共産党を除名になり(1951年2月)、論文発表の場も奪われていたので、それもかないませんでした。1954年になってそのプリントの一部を抜き書きしたと思われる論文「言語における矛盾の構造--マルクス主義における言語学--」をようやく発表します(3)。この論文で三浦は、言語を表現として位置づけてその表現としての特殊性についてわかりやすく説明するとともに、表現の背後に存在する「対象→認識→表現」という基本図式や、言語規範による表現の媒介運動についても言及しており、三浦の言語理論のほぼ完成形がそこに提示されているといっても過言ではないでしょう。もちろんヨリ詳細な議論や本格的な体系的記述はのちの『認識と言語の理論』『日本語の文法』『言語学と記号学』などで行われることになりますが、ある一つの体系的な言語理論の完成形に近いものがそこに表現されていることはたしかです。これらの知見と、1951年2月に発表された論文「なぜ表現論が確立しないか」でおもに展開された観念的な自己分裂の理論を合わせると、ほぼ『日本語はどういう言語か』(1956年)で展開された言語本質論の記述部分と同じ内容になります。1954年に発表された「言語における矛盾の構造」は、1951年に書かれた「言語過程説の展開」というプリントの抜き書きなので、三浦の言語理論の体系的な基本的なかたちは1951年には完成していたといってもよいでしょう。

 ここで私がとりあげたいのは、1951年にほぼ骨格が定まったと思われる三浦の言語理論の形成過程です。その理由は、その形成の過程をたどることで、三浦のあの一見複雑に思える厖大な理論的な知見がどのようにして成立していったかを具体的に知ることができるのではないかと思うからです。まずは三浦の初期文献を丹念に見ていくことになると思いますが、ここでまず、次の三浦の言葉を引用しておきたいと思います。

《 言語にしても、音声や文字はその具体的なかたちで表現しているのではなく、人工の種類としての側面で表現しているのだと推定できた私が、概念とよばれる認識が対象の種類という側面を反映している事実と結びつけて、種類としての認識が同じように種類として表現されるこの対応関係を反映論の正しいことの証明として扱ったのは、当然のことである。残った問題は、超感性的な概念を感性的な音声や文字で表現しなければ、耳や目に訴えることができないという、矛盾のありかたであったが、これはマルクスの『資本論』が調和する矛盾は矛盾を実現しかつ解決するための運動形態をつくり出すと指摘しているのに示唆されて、言語規範による表現の媒介がこの運動形態であると理解することができた。こうして言語の謎は解明されたのである》(4)

 これは晩年の三浦がみずからの言語理論の形成の過程を簡略に述べたものですが、ここでは三浦の理論の鍵となる考えかたが述べられています。一つめは、言語表現の特質は概念とよばれる認識の種類としての表現というところにあり、その背後に存在する「対象→認識→表現」という各過程は種類という側面で相互につながり合っている、という考えかたであり、二つめは、言語規範による表現の媒介によって超感性的な概念を感性的な音声や文字に表現することが可能となっている、という考えかたです。三浦の言語理論のエッセンスをよくあらわしている言葉だと思います。私は、これらの考えかたのほかに、これらの考えかたの前提になっている、表現一般に妥当するとされる「対象→認識→表現」という図式の存在にも注目しようと思います。なぜなら、言語学者にしても芸術理論家にしても、三浦のようにこうした唯物論的な図式を措定して研究を進めた人はほとんどいないからです。しかも、この図式が存在することによって、あらゆる観念論的誤謬と三浦は無縁です。じつに重要な図式だと思います。また、ここでは触れられていませんが、私は観念的な自己分裂の理論もまた、鍵となる理論のひとつではないかと思います。これによって表現の主体と言語的な主体を相対的に区別して論じることが可能となり、過去・未来・想像の世界についての表現や、言語コミュニケーションを合法則的に理解する道が開かれたともいえるでしょう。

 ほかにも、「主体的表現と客体的表現」「主体的立場と客体的立場」「〈像〉の理論」「概念の二重化」「零記号」「言語と記号論」「文法論」などなど、三浦の言語理論の射程はきわめて広いものですが、ここではあくまで上の4つの基礎理論の部分に光を当てて、その形成の過程について見ていきたいと思います。次に、記号を割り振ってもう一度あげておきます。

 


✳ 三浦の言語理論における4つの鍵概念
(a)言語表現の特質は概念とよばれる認識の種類としての表現というところにある。
(b)超感性的な概念を感性的な音声や文字に表現することが可能であるのは、言語規範による表現の媒介によるものである。
(c)表現はすべてその背後に「対象→認識→表現」という図式が存在する。
(d)観念的な自己分裂の理論。



(1)『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月)序文。ちなみに三浦は、1950年9月30日に東大で行われたスターリン言語学(「マルクス主義と言語学の諸問題」)に関するシンポジウムにおいて、大島義夫、石母田正らとともに発表を行っています。
(2)『日本語はどういう言語か』(季節社、1999年9月版)において、解説の上田博和氏がこのプリントについて語った三浦の言葉を紹介しています。《『言語過程説の展開』約500枚を書いております。時枝誠記氏の見解に対する分析・訂正・および上部構造について体系的にのべたもの。これは公約の実行で来春には完成するはずですが、刊行してくれるところがなければ自分で印刷して知人だけにでも配るつもりです》(『日本読書新聞』1951年9月12日号)。上田氏によると、このプリント分冊は散逸してしまい、さらに他に増補した原稿も著者の手で焼かれてしまったのでその全体を知ることはできないけれども、のちの論文「言語における矛盾の構造--マルクス主義における言語学--」(『思想』1954年6月号)はこの散逸した『--展開』の一部で構成されたものではないかというのが、上田氏の推察です。
(3)『思想』1954年6月号掲載。
(4)三浦つとむ「認識論はどういう科学か」(『唯物弁証法の成立と歪曲』【勁草書房、1991年2月】所収)。三浦の死後発見された未発表論文で、細かい執筆時期は不明です。





(2020/5/29 脱稿  2026/4/27 更新、再掲)

 

2026年04月27日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 3

三浦つとむの言語研究の歴史と概観(〜1954年)


1932年(昭和7年)春 名称にあらわれた、対象のとらえかたの立体性に興味をもち、言語学の本を読むが役に立つ本は見つからず。けれども三浦は、現実の世界の立体的な構造・結びつきが基礎となり、言語の構造・結びつきがこれに従っていくのであろうと予測をたてる。

1936年(昭和11年) 芸術理論の研究に手をつけるが、そのためにはどうしても言語の本質を明らかにする必要があった。だが、言語学者や芸術理論家の著作に満足のいくものはなく、唯物論の理論家を頼りにしつつも、自力で現実から理論をひき出してくることにした。

1940年(昭和15年)秋 雑誌に小論文(おそらく「映画は言語に属さない」【『映画評論』22巻10号】)を発表し、言語を「一般的表現形式」と規定するとともに、絵画としての身ぶりから言語としての身ぶりへの転化を論じる。

1941年(昭和16年) 自作のプリントにて、声、絵画、身ぶりなどを「個別的表現形式」、言葉、文字、身ぶり言語などを「一般的表現形式」と規定する。

❉1941年から1945年の間に、製図用のトレース紙千枚にみずからの言語研究の全貌をノートしたが、敗戦1ヶ月前に空襲で焼かれてしまう。

1948年(昭和23年)5月 言語に関する初めての本格的な論文であり記念碑的な労作「弁証法は言語の謎をとく−−−言語学批判序説」(『思想の科学』5月号)を発表する。「対象→認識→表現」という図式や、「種類としての表現」説がすでに展開されている。また、「観念的な自己分裂の理論」の萌芽的な記述もみられる。

1948年(昭和23年)9月 「芸術学の変革 - 北条元一氏の芸術認識論批判 -」(『 綜合文化』)を発表する。「対象→認識→表現」という基本図式を前提として具体的な表現論を展開。また、追体験を考えるところから観念的な自己分裂の理論の萌芽的説明もみられる。

1948年(昭和23年)12月 「時枝言語学の功績」(『綜合文化』12月号)を発表する。時枝理論に関する初めての論評であり、自力で本質をとらえようとする学問態度や特殊の研究のうちに普遍があるとする弁証法的な考えかたを称賛する。時枝理論の支持については、すでに「弁証法は言語の謎をとく」においてなされている。

1950年(昭和25年)5月 『弁証法・いかに学ぶべきか』のなかで、時枝の言語理論に関し「言語そのものの内的な構造・過程」の研究について大きく評価するものの、「言語とその理解・鑑賞の面」ではその理解不足を指摘する(「時枝誠記『国語学原論』」)。

1950年(昭和25年)9月 「基礎理論把握の重要性−−−芸術論争・言語論争の教訓−−−」(『民科研究ニュース』1号)発表。スターリンの言語理論(1950年6月発表)についての初めての論評。その「言語材料」説を批判し、内容優位の言語理論の必要性を訴える。

1950年(昭和25年)10月 「スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか」(『民科研究ニュース』臨時特集1号)発表。言語の本質に関する5項目の見解を公表。

1951年(昭和26年)2月 「なぜ表現論が確立しないか」(『文学』2月号)発表。初めて「観念的な自己分裂の理論」の本格的な展開がみられる。

1951年(昭和26年) 「言語過程説の展開」(直筆ガリ版、非売品−−−その後の諸論文に分割して発表)を書く。時枝理論の分析・訂正、および上部構造について体系的にのべたもの。のちに散逸してしまう。

1954年(昭和29年)6月 「言語における矛盾の構造−−−マルクス主義における言語学−−−」(『思想』6月号)発表。上記「言語過程説の展開」から抜き書きしたものが大部分を占めると思われる。「種類としての表現」説、「言語規範による表現の媒介」説、「対象→認識→表現」説が展開されており、ここに至って三浦の言語本質論の骨格は定まったものと思われる。このあと、言語理論は『日本語はどういう言語か』(1956年)、『認識と言語の理論』(1967〜1972年)、『日本語の文法』(1975年)、『言語学と記号学』(1977年)などで主に展開され、芸術理論は『認識と芸術の理論』(1970年)で展開、発展されることになる。
 
 以上が三浦つとむの言語研究の足跡を概観したもの(基本的な流れは「弁証法は言語の謎をとく」【『思想の科学』、1948年】に拠ります)ですが、次節から、時系列でもう少しくわしく見ていくことにします。

 

 

 

(2020/5/30 脱稿  2026/4/30 更新、再掲)

 

2026年04月30日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 4

1932年 春

 三浦つとむが初めて「三浦つとむ」名で論文を発表したのは、1948年5月に『思想の科学』に掲載された「弁証法は言語の謎をとく」でした(1)。三浦はこの論文の前半部分で、みずからの言語研究の足跡を簡単にたどっています。それによると、三浦が初めて言語の理論に興味をもったのは1932年(昭和7年)春とあります。

《 洋の東西をとわず、「浪花のアシも伊勢のハマオギ」というような例は珍しくない。学術用語にもこれに似た例がある。昭和7年の春だったと覚えているが、当時ラジオ会社ではたらいていたわたしは、ラジオの術語にこういう例がいくつかあることを知って、興味をもち、一体言語学はこういう事実をどう説明しているか、しらべにかかった。radio(米)はイギリスとその植民地に於てwireless(英)と呼ばれている。また真空管は、tube(米)、valve(英)であり、その電極についても、anode , cathode(英)をアメリカではplate , filament と呼んでいるのである。同じ事物をちがった面でとらえていることはすぐわかるが、そのとらえかたのちがいに問題があると考えたのである》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」。太字は原文)

 「浪花のアシも伊勢のハマオギ」というのはことわざの一つであり、現在一般に「難波の葦は伊勢の浜荻」とよばれるもので、物の名前や風俗・習慣などは土地によってちがうことのたとえとして使われます。また、三浦は見方とらえかたの違いが名称の違いとなってあらわれる諸事実を指摘して、こういう問題を言語学がどのように説明しているのか調べますが、その結果失望することになります。

《 ところが、失望したことには、どの書物をみても、同じ事物にちがった名まえのあることは指摘してあるが、こういうとらえかたの立体的なちがいは全くとりあげられていなかった。なるほど、言語学者のやっている各国語の比較や、文法の研究や、発音がどういう歴史的なかわりかたをしたかをしらべるようなことは、それぞれ重要なことであろう。しかし、現実の世界が立体的な構造をもち互にむすびついていて、これを人間がつかんでいき、名をつけるのであるからには、たとえ自分であきらかに意識していないにせよ、現実の世界の構造・むすびつきと言語の構造・結びつきとの関係は、現実のそれが基礎となり、言語のそれがこれに従っていくというかたちをとるのであろう。さすれば、現実の構造を研究することが言語の研究の基礎でなければならぬし、合理的な言語の改革・創造という仕事の根本的な規準もまたここに求めるべきであろう。従って、この分析を無視している現在の言語学では、現在のまた未来の言語をどうするかという変革の理論として役立ちそうもない。−−これが、そのときのわたしの感じであった》(同上。太字は原文)

 比較言語学や従来の言語学では、対象把握のありかたと命名の関係の構造さえ明らかにしていないではないか、言語の専門家であれば当然しているべき、対象をちがった面でとらえて表現している事実の構造的な分析が行われていない、といって三浦は失望しています(2)。そして、現実の世界の構造を研究することを基礎として言語の構造を分析するべきであろうとみずからスペキュレート(予測、推測)しています。ここには明らかにマルクス主義の影響がみられます。《われわれは、現実の事物を絶対的概念のあれこれの段階の模写と見るのではなしに、ふたたび唯物論的にわれわれの頭脳のなかの概念を現実の事物の模写と解した。これによって弁証法は、外部の世界および人間の思考の運動の一般的諸法則にかんする科学に還元されたのである》(エンゲルス『フォイエルバッハ論』)。現実の世界の模写として認識を理解して、さらに言語(表現)は認識の模写と理解する、まさに「対象→認識→表現」という図式の萌芽がマルクス主義の概念論、認識論にはみられます。三浦は1929年ころからマルクス主義の文献を読みはじめていた(3)ので、こうした現実の世界の分析重視の姿勢の背景には、マルクス主義の世界観、認識論が強く影響を及ぼしていたであろうことは想像にかたくないと思われます。

 また、この1932年ということに関連していうと、後年三浦は《私がソ連から輸入されたモンタアジュ論の批判的検討を契機として、時枝と似た結論に達したのも、一九三二年ニニ歳のときと記憶している》(4)と述べています。この「時枝と似た結論」を私なりに要約すると、「言語は絵画、音楽、舞踏などと同じく表現の一種であり、言語の表現としての特質を考えることが言語の本質を考えることになるのである。言語は現実的な行為として成立するものなのだから、言語という表現の背後に存在する目に見えぬ過程を研究すべきである」(※厳密にいうと、時枝は言語を表現として見ていたというよりも、表現行為、理解行為そのものとして見ていました)となります。この考えかたは、時枝の大学の卒業論文にある文章をまとめたものですので、奇遇にも時枝と三浦は同じくらいの年齢で同じような言語観に到達していたことになります(5)。

 ともあれ、1932年時点ですでに三浦は相当高いレベルの言語理論上の視野を獲得していたようですが、この時点ではまだまとまった論文を書いたりはしていないようでした。

 



(1)この「弁証法は言語の謎をとく」(『思想の科学』1948年5月)という論文は、いまの基準でいわゆる「差別用語」に該当する用語をふくむ関係上か、どの選集にもふくまれておらず、これまであまり深い分析が行われてきませんでした。けれども実はこの論文は、三浦の初期文献のなかでもっとも重要なもののひとつといえます。戦前・戦中におけるみずからの言語研究の足跡をたどりつつ、現時点(1948年)における言語研究の成果を惜しみなく披歴してくれています。最初に私が提示した三浦の言語理論の4つの鍵概念のうち、3つの概念(種類論と、「対象→認識→表現」という図式論、観念的な自己分裂の理論)は萌芽的なかたちではあるものの、すでにその見解が示されています。

(2)対象を把握して命名するという行為は、観念的に対象化された意志の一形態である言語規範において、ある特定の概念にはある特定の表象を使うということを決定することを意味します(それは多くの場合、自然成長的に行われます)。この際、規範という認識のもつ矛盾、すなわち規範の決定の際は表象は恣意的だが決定後は強制的であるという矛盾が発生することになります。ただし、対象の把握のしかたは時代とともに変化していくものであり、ときには規範の変化につながることもあり、結局規範における強制も相対的なものでしかありません。ゲーテのことをいまだに「ギョエテ」と書いているひとはいないでしょう。
(3)『唯物弁証法の成立と歪曲』(勁草書房、1991年2月)に掲載の略年譜には、「1929(昭和4) ディーツゲンの『弁証法的唯物論』【「一労働者のみた人間頭脳のはたらきの本質−−引用者注」】などを読む」とあります。

 また、『弁証法・いかに学ぶべきか』(季節社、1999年6月版)の背表紙には、「若い読者のために」と題して、次のような記述があります。

《 小学校を卒業したつぎの年にポオの『モルグ街の殺人事件』と『ぬすまれた手紙』を手にしたのだが、この本は謎を解くためのものの見方考え方を事件というかたちで教えてくれているように感じられた。

 それから五年あとに、兄貴の本棚からエンゲルス『反デューリング論』をひっぱり出してひろい読みしていると、弁証法の説明のところにぶつかった。とたんに電光のように心にひらめくものがあって、ポオが教えてくれているものの見方考え方は弁証法的な考え方ではないかと気づいた。

 −−なるほど、弁証法的に思惟するとはこういうことか、こりゃ面白いし役に立つな、と私は思った。

 弁証法といわれる理論を私は自分の仕事に使ってみて、エンゲルスが「われわれの最も鋭利な武器」だといった理由が体得できた。非常に役に立つ、ありがたいものだと痛感した。

 若い読者諸君も、ぜひ弁証法を学んでほしい。それによって、ものの見方考え方はさらに深くなり、人生と社会の謎を解く能力はさらに高まると思う》

 三浦が小学校を卒業したのは1923年(大正12年)なので、三浦が『反デューリング論』の内容に衝撃をうけたのも1929年となり、ディーツゲンを読みはじめた頃と一致します。また、ここで三浦は弁証法を自分の仕事に使ったと言っていますが、彼の学者としての仕事の大きな部分を占める言語理論の構築に弁証法が大いに役立ったことはいうまでもないことでしょう。

(4)三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(『文学』、1968年2月号)。

(5)三浦が自分と「似た結論」と評した時枝の文章の引用は以下のとおりです。

《 私は言語は絵画、音楽、舞踏等と斉しく、人間の表現活動の一つであるとした。然らば言語と云はれるものは、表現活動として如何なる特質を持つものであるかを考へて、始めて、言語の本質が何であるかを明かにすることが出来るであらうといふ予想を立てたのであつた》《 思ふに言語の本質は、音でもない、文字でもない、思想でもない。思想を音に表はし、文字に表はす、その手段こそ言語の本質といふべきではなからうか。言語学の対象は、実にその process を研究すべきものではなからうか。ここにおいて、言語学の対象は、音響学の対象とは明かに区別せられるであらう。言語学者が音声を取扱ふのは、音声そのものが対象の如く見えて実は然らず。音声を仲介として思想の表はさるる process である》(時枝誠記「日本における言語意識の発達及び言語研究の目的とその方法」、時枝誠記『国語学への道』【三省堂、1957年10月】より引用)
 
※なお、「弁証法は言語の謎をとく」における本文の強調は、原文では波線であったものを太字にして表示してあります。



 

(2020/6/1 脱稿  2026/4/30 更新、再掲)

 

2026年04月30日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 5

1936年(昭和11年)

 三浦がはじめて言語理論に興味をもった1932年から4年後、1936年に彼は芸術理論の研究に手をつけます。芸術のなかで大きな位置を占める文学は言語による芸術であり、芸術について体系的な理論を構築しようとするならば、どうしても言語の本質を研究して、言語表現である文学と、絵画や音楽など他の表現との関係も明らかにしなければならないと、三浦は思いあたります。そこで、言語学者や哲学者、美学者たちが言語をどのように理解しているか、調べて見ることにします。

《 このときは、以前とちがってわたしの理解力もいくらか進歩していたので、いろいろな事物を相当深く研究することができた。その結果、現在の言語学も芸術学も、基礎的な理論を述べたものは殆んど全部ナンセンスであり、信をおきえないものであるということがわかった》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」。太字は原文)

 三浦によると、フィードラー (1) やシラー (2) の美学理論や、西田哲学系の理論などに見るべきものはなく、唯物論者を自認する者たちの理論も、ブハーリン (3) 流の考えかた(科学と芸術とを概念的認識と形象的認識として区別する)が浸透しており、芸術理論のみならず言語理論においても観念論的なまちがいが蔓延している状態でした。

《 ・・・このあやまった言語観は大体二つのコースをとっている。その一つはソヴェト映画作家の主張した「モンタジュ」論と称する理論のなかにふくまれている。個々の単語は符号であって現実的な内容をもたず、これをつなぎ合わせることによってはじめて芸術的な現実的な内容をもつと考え、映画もまたこの言語の組みたてと同様の性質をもつと論じて、芸術の基礎を「組み立て」( monter )に置くのである。(中略) モンタアジュ論の帰依者乃至布教者は、言語の意味が符号そのものの中に存在しあるいは発生すると考えているのであるが、これは燃焼の本質を燃えるものの中に存在する元素に求めた、かのフロギストン説を想起させる

《 第二のコースは、科学と芸術とを概念的認識 対 形象的認識として区別するというブハーリンの見解からの必然的な発展である。この見解はカント主義からも出てくるのであるが、マルクスの史的唯物論の規定の誤った解釈からも同じ結果がうまれてくる。イデオロギー的諸形態は、ブハーリン主義者の考えるようにすべて観念それ自体において区別すべきものではなく、あるものは観念自体において(科学と非科学)、あるものは観念の表現において(芸術と非芸術)区別されるべきものである。しかしブハーリンのこの誤りはソヴェトの芸術理論を支配し、蔵原惟人「芸術論」、甘粕石介「芸術論」、北條元一「芸術認識論」等においてひきつがれひろく普及させられている》(同上、太字は原文)

 1920年代のソ連で流行したモンタージュ論においては、フィルムをモンタージュ(組み立て)することと言語記号をモンタージュすることとが並列的に語られており、この考えかたは結局《言語の意味が符号そのものの中に存在しあるいは発生すると考えている》として、三浦はこれを化学におけるフロギストン説に比して批判しています。フロギストン説とは18世紀に支持されていた化学界の仮説で、可燃物質のなかにもともと含まれているフロギストンとよばれる可燃元素が燃焼の際にその物質から放出されるものと仮定されていたものです。ところが、のちにラボアジェという学者が燃焼とは物質がフロギストンを放出することではなく、酸素と結びつくことであるとして、定説を覆しました。三浦にとって、モンタージュ論的言語論は「意味」と「意義」の区別もできておらず、このフロギストン説と同じくあまりに平面的な、現実を説明できない理論と思われたのだと思います(4)。おそらく三浦のなかでは、話し手の認識した概念はどこへ行った、所与の記号だけで複雑怪奇な言語現象を説明できるはずがないであろう、と思っていたにちがいありません(5)。

 また、三浦によるブハーリン主義の批判を見るかぎり、この時期(1936年)から三浦が表現を物質としてとらえていたことがよく分かります。つまり、このとき三浦はすでに、イデオロギー諸形態は、すべてが観念において区別できるものではなく、科学とか非科学ということに関しては観念自体において、芸術とか非芸術ということに関しては観念の表現において、区別すべきものと認識していたわけです(6)。このブハーリン主義について、三浦はさらに次のように述べています。
 
《 この見解にしたがうと、科学も芸術も同じく言語を用いて表現しているという事実を説明するために、やはり言語を一つの素材として、あるいは概念を伝達しあるいは形象を伝達する「絵具や画布や大理石のごとくひとつの媒材」として考える必要が起ってくる。かくして、言語がつねに概念を直接表現しているという事実及び言語の内容の持つ立体構造は否定されざるをえなくなり、認識の発展からくる言語発生の必然性はまったく解らなくなってしまうのである。更にまた、表現形式すなわち文章そのものについても科学と芸術とを区別しなければならなくなり、彼等は、論文そのものを科学とよんでいる。これは、観念である科学と、物である文字とを混同させたことによって、観念論へ一足ふみこんでいるのである》(同上、太字は原文)

 三浦はすでにこの時期に認識と表現とを別の次元のものとしっかり認識しており、かつ言語表現には概念が表現されており、その背後に複雑な内容の立体構造が存在すると想定していることが分かります。また、「言語素材説」では、認識の発展から言語が発生する必然性を説明することができないとも述べています。まだ言語学の学者でもなんでもない青年が、そこいらの学者なんかより広い視野に立って言語本質論をきわめてやろうという意気込みが感じられて、感動的でさえあります。

 また、この時期に三浦が調べた言語学者の見解も、混乱した内容のものだったようです。

《 ・・・言語学は、言語現象つまり符号や音声をしらべる学問であると称して、本質論は哲学の領分に属するものだとこれを切りはなし、本質論なしに言語を分析にかかる者もいた。ほかの表現形式を充分しらべて、その発展において言語を論ずる者はなく、言語をきりはなしてとりあげ、言語の持つ特殊性を絶対的なもの神秘的なものにしてしまっていた。ソシュール言語学の功績だといわれている「言」と「言語」の区別にしても、実は表現形式と表現内容との区別を歪めてとりあげたものであり、表現形式と表現内容との一般的な関係をしらべてその特殊性において論ずべき筋合のものである。ソシュールはどうしてこれをやれなかったかというと、彼が信奉していた認識論がカント主義であったためである。言語が直接に表現するのは概念であるが、カント主義はこの概念を現実の世界の反映としてではなしに、アプリオリにひきだしてくるのである。感覚的なかたちを表現する表現形式と、概念を表現する表現形式のあいだのちがいは、同一性のなかの差別として取扱われることなく、感覚と概念とが根本的にひきさかれる結果これまた全然別個の関係のないものとして取扱われるのである。しかし概念そのものに差別のある事実を肯定するからには、この差別が何に原因するかを説明しないわけにはゆかない。しかも概念の原型である現実それ自身の差別からこれを導いてくることは、カント主義の根本的立場が許さない。言語にあっては「自然的所与なるものはどこにも見当たらぬ」とするソシュールは、この差別を観念そのもののなかに求めざるを得なくなったこと言うまでもない》(同上、太字は原文)

 言語学者でさえ、言語を表現の一種と位置づけて、まず表現一般を論じてから言語表現の特質を論じるというプロセスをとっている者がいないと三浦は嘆いています。《表現形式と表現内容との一般的な関係をしらべてその特殊性において論ずべき筋合のものである》という表現を私なりにいうと、「すべて表現とよばれるものにおいては、表現形式と表現内容とは不可分に統一されている。では、言語表現におけるこの統一のありかたの特殊性とは何か、という順序で論ずべきだ」となります。事実、三浦はのちに身振りと身振り言語のちがいを論じることから始めることになります。また、ソシュールは概念をカント主義的にアプリオリにひき出してきたので、内容と形式の一般的な関係をしらべる道が閉ざされてしまったと、三浦は述べています。たしかに、(根本的には)概念を現実の世界の反映として理解しないと、その概念にまつわる「形式」の問題や、概念が発展して言語として表現される過程的構造も理解する道が閉ざされてしまうでしょう。以上の三浦の言葉から、私たちは、私が最初に措定した三浦言語理論の4つの鍵概念のうちのひとつ、「対象→認識→表現」という図式の萌芽的な認識を読みとることができます。「現実それ自身の差別から」概念を導きだすといい、なおかつ「言語が直接に表現するのは概念である」というのですから、概念が直接的に存在する場所は認識であることを考えても、この時点で「対象→認識→表現」という基本的な表現図式を想定することはできるでしょう。ちなみに、「感覚的なかたちを表現する表現形式と、概念を表現する表現形式のあいだのちがい」を「同一性のなかの差別として取扱う」ということの意味は、少し分かりにくいかもしれません。これは、弁証法でいう「対立物の直接的同一性」という論理構造です(7)。
 
 こうしていろいろな学者の説を吟味したあと、三浦はこう述べます。

《 わたしは、こういう言語学や芸術学を相手にするのをやめて、自分で現実から理論をひき出してくることにした。その手びきとしては、感覚からはじまって概念に発展する認識の形式を内容との関連において正しくとりあげたレーニンの「哲学ノート」と、本質が現象する現実の立体構造を経済の分野において追跡したマルクスの「資本論」特に一般的交換手段の成立を分析する貨幣論の部分と、認識に於ける原型と像との矛盾をとりあつかったエンゲルスの「反デューリング論」とに援助をもとめた。これらのすばらしい分析にたすけられて、わたしは以前発見した言語におけるとらえかたの立体性という問題を発展させることができ、言語が発生する必然性を理解し、言語がその単純な形式のうしろに驚くべき複雑な構造をかくしもっている事実を知った。すでにアリストテレスは、数学を観念的なものとする見かたに反対して、もし数学が現実のなかにその根拠をもっていなかったらどうしてこれを適用できるのかと云っている。言語の場合も同じであって、数字はすなわち数言語(ホグベン)であり数式は数文章である一つの事実からおしてもわかるように、「自然的所与」をもたない言語などというものは存在しないのである。言語が扱う現実の世界の分析は弁証法の力をかりることなくしては不可能で、これまで唯物論言語学と称するものの浅薄と機械的傾向がこれを欠くところに原因したことを、わたしはつくづくと感じた》(同上、太字は原文)

 こうして、三浦は唯物弁証法という高度な論理学に助けをもとめつつ、現実の世界から与えられる客観的な関係を分析し研究していくことにします(8)。このあと三浦は、物理学者の武谷三男が提唱した科学認識論、三段階論にも言及しつつ、1936年における言語研究の項を次のような言葉で締めくくっています。 

言語は、現象において個別的なものがそれ自身一般的であることを人間が認識するとき発生の可能性があたえられたものというべく、以後現実の構成段階をその平面に進みあるいは立体にたどって、一般的な面での認識が発展してゆくことにより発展してゆくものである》(同上、太字は原文)

 武谷理論とレーニンのノートの影響が色濃く出ている論述といえるでしょう。現実の世界は現象・実体・本質という立体的な構造をもっており、それぞれの段階は個別的なものと一般的なものとの統一であり、言語は、現象において個別的なものを人間が一般的に把握し認識するとき、発生の可能性が与えられた。そしてそこから発展して行った、と。ここにきて三浦の言語理解もだいぶ論理的にまとまってきている印象があります。



(1)コンラート・フィードラー。19世紀ドイツの美術史家。

(2)フリードリヒ・フォン・シラー。18世紀ドイツの詩人、劇作家。

(3)ニコライ・ブハーリン。20世紀前半に活動したソ連の革命運動家。プラウダ編集長。

(4)三浦が参照にしたエンゲルスによるフロギストン説への言及は、エンゲルスの「『反デューリング論』への旧序文」および『資本論』「第2巻」のエンゲルスの序文にあります。

(5)モンタージュ論に対する三浦の本格的な論評は、「モンタアジュ論は逆立ち論であった」(【『認識と芸術の理論』勁草書房、1970年11月】所収)にあります。

(6)後年三浦は、イデオロギーと言語の関係に関するマルクスやエンゲルスからの影響について次のように語っています。

《「言語は実践的な意識、他の人間にとっても実存し、したがってまた私自身にとってもはじめて実存する現実的な意識(wirkliche Bewuβtsein)である。」「思想の直接的な現実性(unmittelbare Wirklichkeit)は言語である。」と、『ドイツ・イデオロギー』は記している。つまり言語は意識や思想それ自体ではなく、それらを私の実践によって運動する空気層のかたちに表現したものであり、その結果他の人間にとっても私自身にとっても、意識や思想から媒介されたその物質的な形態として存在するのだ、とマルクスやエンゲルスは主張するのである。ここで「現実的」「現実性」と記しているのは、人間の存在を彼らの現実的な生活過程(wirklicher Lebensprozeβ)だと述べているのと同じように、物質的という意味である》(三浦つとむ「認識論はどういう科学か」、『唯物弁証法の成立と歪曲』【勁草書房、1991年2月】所収)

(7)三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書、1968年9月)91〜93頁参照。

(8)なお、三浦は別のところで、戦前の青年期に影響をうけた書物について次のように述べています。

《 理論的な仕事としては、戦前の青年の頃に芸術理論や言語理論に関心を持って、当時ソヴエトから輸入され、もてはやされたモンタアジュ論やソシュール言語学について調べてみたのだが、これらがあまりにも幼稚に思われたので、自分で何とかもうすこしまともな理論を立ててみようと考えていた。

 聞くところによると、弁証法という科学があって、これを武器として研究すると大きな成果があるという、では一つ弁証法を研究してやろう、−−これが哲学というものに関心を持つようになったきっかけだった。

 それでエンゲルスの『反デューリング論』『フォイエルバッハ論』、ディーツゲンの『弁証法的唯物論』などを読み、また春秋社の世界大思想全集の中におさめられていたマルクスの『経済学批判序説』から非常に教えられるところがあった。

 自分で理論的な仕事をするために哲学の力をかりようというのだから、文献のむづかしいか、やさしいかは第二のこと、役に立つか立たないかが一番大きな基準であって、役に立ちそうな文献なら、むづかしそうなものでも根気よく読むことにした。

 この点で、レーニンの読みかたや評価についても、ほかの哲学者たちとはちがっているように思う。もっとも古くから読んだ、もっとも好きな本は『左翼小児病』で、太田黒から出た伏字のない訳本を大切にしていたが、海軍に徴用のとき持っていって、空襲を受けて焼かれてしまった。

 『唯物論と経験批判論』は、はじめ特殊な本のように思えたので敬遠していたが、読んでみたら面白くて面白くて腹をかかえさせられた。ただ、私が不満だったのは、弁証法的唯物論の認識論が正しいことを力説しながら、マルクス、エンゲルスの解説にとどまっていて、認識論を前進させていない点だった。プレハーノフが認識を象形と考えたのはまちがいにちがいないが、では象形はどう理解したらいいかといえば、その説明はない。観念論者への反駁としてはこの本で充分であっても、理論的な仕事の協力者としては物足りないと思った。理論の水準はこれより高いが、『哲学ノート』でもやはり同じことを感じている。

 ソヴエトの二十回大会でレーニン主義を高唱したからといって、ソレッと今度はレーニンの文献を個人崇拝的に教典主義的に扱うような哲学者が出てこなければいいが》(『日本読書新聞』1956年4月16日付掲載の「私の読書遍歴」と題する回顧的文章より。三浦つとむ『弁証法・いかに学ぶべきか』【季節社、1999年6月版】所収)


❉ なお、「弁証法は言語の謎をとく」における本文の強調は、原文では波線であったものを太字にして表示してあります。




 

(2020/6/2 脱稿  2026/5/3 更新、再掲)

 

2026年05月03日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 6

1940年秋および1941年

 三浦つとむは、1940年(昭和15年)から1941年(昭和16年)にかけての研究については、次のように述べています。

《 わたしは昭和十五年秋雑誌に発表した小論文(1)で、言語を「一般的表現形式」と規定した。符号や数字をふくんだ広い意味での言語(2)は、一般的表現形式の総括的な名称と考えられ、コトバは一般的表現の一種類なのである。形式上いかに言語に似ていても、話し手書き手の一般的な認識の上に立たぬものは言語ではない。わたしがアラビア字をひきうつしたところで、それは符号のもつ形象をながめ、その感覚を忠実に模写したものであって、わたしの表現として見るとき、本質的にこれは絵画なのである。わたしはこの昭和十五年の論文で、絵画としての身ぶりから言語としての身ぶりへの転化を論じ、昭和十六年のプリントに於て個別的表現形式と一般的表現形式と一般的表現形式の統一及び交互転化をとりあげて、言語が一般的表現形式でありながら個別的表現形式の一面をも持つという矛盾した存在であり、これが内容の一般性及び個別性という矛盾とからみあい、さらに言語が芸術として個別的表現形式及び一般的表現形式の両面において独立し且つ不可分なものとして存在する実例を指摘した。独唱などはこの例であって、一般的表現形式としては作詞者の、個別的表現形式としては作曲者の芸術として歌手の芸術をとうしてあらわれるのである》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」、太字は原文)(3)

 ここに私たちは、「言語表現の特質は、一般的な認識である概念の種類としての表現である」という三浦の「種類」論の萌芽的なかたちをみることができます。言語(身ぶり言語)が非言語(身ぶり)の転化として生まれるその発生の経緯について語ると同時に、三浦は言語の特質を「一般的表現形式」である点に見いだしています。ここから一歩ふみ出して、「感覚的(=個別的)なもの」と「感覚的なものを超越した(一般的な)もの」という視点がえられると、三浦の「種類論」に限りなく近づいてくるものと思われます。また、ここでの「昭和十六年のプリント」がどのようなものであるかについては何も分かっていませんが、9年後の1950年に三浦が言語の本質について次のように述べていることから、「個別的表現形式」と「一般的表現形式」がどのようなものであったか、大まかに知ることはできます。

《 4 . 個別的表現形式(声、絵画、身ぶり)から一般的表現形式(言葉、文字、身ぶり言語)への移行。−−ゼスチュア一色にぬりつぶす偏向と言語一色にぬりつぶす偏向(今村太平映画論における映画即言語説)》(「スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか」『民科研究ニュース』臨時特集1号、1950年10月。のち、『スターリン批判の時代』に収録される)(4)

 このように、「声、絵画、身ぶり」などが「個別的表現形式」であり、「言葉、文字、身ぶり言語」などが「一般的表現形式」であると、規定していた可能性が高いものと思われます。また、ここでもう一つ注目すべき点は、認識における個別的なものと一般的なものとが、表現においても、その個別的な形式と一般的な形式とにそれぞれ結びついていると言っている点です。これは、認識を脳髄のはたらきと見ると同時に、それから独立して物が存在するという正しい唯物論の立場に立たないかぎり、なかなか出てこない発想だといえるでしょう。この部分は、正しい意味での反映論の萌芽的な記述とみることができると思います。

(1)この「昭和十五年秋雑誌に発表した小論文」とは、三浦の著作目録を見るかぎり、「映画は言語に属さない」(『映画評論』22巻10号、昭和15年10月)であるものと思われます。後日確認して追記する予定です。

(2)ここでいう「符号」は、いまでいう「記号」に相当するのではないかと思われます。ゆえに、三浦はこの時期、「記号、数字を含んだ広い意味での言語」を「一般的表現形式」としてとらえていたものと思われます。

(3)この引用文の「プリントに於て個別的表現形式と一般的表現形式と一般的表現形式の統一及び交互転化をとりあげて」とある箇所は、もしかすると「一般的表現形式」がひとつ多い可能性がありますが、とりあえず原文のままにしてあります。

(4)これは、1950年9月30日に行われたスターリンの言語論に関するシンポジウムの要旨なので、箇条書きになっています。

1941年〜1945年

 その後、三浦はニコライ・マルやオグデンの論文に興味をもち、それらを吟味しつつ研究を続けようとしますが、戦争が勃発してしまいます。

《 ・・わたしは海軍工廠に徴用工員として働かねばならなかった。幸いにも時間的な余裕をえて、製図用のトレース紙一千枚にわたしの研究の全貌をノートしたが、終戦一ヶ月前空襲で焼かれてしまった》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」)

 このノートが具体的にどのようなものであったかについては明らかになっていませんが、おそらく1940年から1941年にかけてのみずからの研究の成果に加筆したものと思われます。戦争中でも身の回りにあるものを使い、みずからの研究をつづける独学者の凄みを感じるエピソードですね。




(2020/6/4 脱稿  2026/5/3 更新、再掲)

 

2026年05月03日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 7

1948年5月 「弁証法は言語の謎をとく」


 三浦は敗戦後、言語学上の「立派な」研究が公表されるだろうと期待していましたが、結局「裏切られた」のを感じずにはいられませんでした。マルの理論はブルジョワ言語学に対する批判としては評価できるものの、認識論的にはほとんど学ぶべきところがなかったと述べています。

《 同じく原始言語を論じても、レヴイ・ブルユルのような観念論的解決に陥らず、正しい方向をとったことはさすがにマルであるが、その言語の意義的側面のとりあつかいは平面的でまだ不十分であった。そして後継者がまだブルユルから脱れえないでいるのは、マルの学派が方法論的に充分成人していないことを示す一つの証拠である。唯物論者である限りにおいて、カント派の言語学のようなあやまった意義論は完全に清算されていた。「言語学における意義論の全部門を本質的にあたらしく打ちたてた」という評言は全く正当である。しかし「原始言語の多義性」及び「対立した観念の同一語による表現」という点に弁証法を見出したマルは、それを現実の現象的な構成乃至移行においてつかみ、内的な立体的な構成において充分つかんではいなかったのである。生産と言語との関係について、マルはエンゲルスに近い見解をもっていたが、社会的な階級的な一面が不当に強調されてしまった。正しい方法論をもたぬマルクス主義者が、階級的な面の不当な強調に陥ることは、日本に於ける技術論者や科学史研究者あるいは歴史学者と同様で、決して偶然ではない》《 ・・貨幣は商品の交換において成立する。しかしこれを指摘したことによって、貨幣の起源は果して「基礎的に解決された」といえるであろうか。いうまでもなく貨幣の本質は商品の内面の深い分析によって、正しい価値論によってのみ基礎的に解決されるのである。現象的なあるいは実体的な言語論はいかに正しく有意義であろうと解決を与えるものではない。ソヴェトの言語学者のみならず、日本の唯物論言語学者たちも、フトコロ手のままこのエンゲルスの論文によりかかってすました顔をしているのは、はなはだ情けない次第である。マルは「言語学の分野におけるフオイエルバッハ」ともいうべき存在であって、むかしマルクスがやったような「フオイエルバッハの克服」はわたしたちの任務としてのこされているのである》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」、太字は原文では波線)

 ここで三浦は、マルが言語学の分野における唯物論的な立ち位置をかろうじて守ってはいるものの、言語そのものの立体的な深い分析がなされていない面を厳しく批判しています。たしかに、生産関係との比喩で言語について論じようとするならば、人間の認識の交換についての現実的な深い分析が必要です。生産と言語が類似するという観点から、私たちのなすべき言語の分析方法について三浦的にいうならば、おそらく次のようになるでしょう。「思想を交換することは言語(表現)の交換において成立する。しかしこれを指摘したことによって、思想交換の起源は果たして『基礎的に解決された』といえるであろうか。いうまでもなく思想交換の本質は言語の内面の深い分析によって、正しい意味論によってのみ基礎的に解決されるのである」(1)。マルの言語理論には認識論を射程に収めた深い言語分析が欠けていたので、マルという「フォイエルバッハの克服」という任務を、三浦はみずからに課すことにしたようです(2)。


 つぎに三浦は、科学的認識は「現象論、実体論、本質論」の三段階をへながら発展するとした武谷三男、坂田昌一らの三段階論についてふれます。三浦はこの唯物弁証法の立場からする科学的認識論が《理論物理学の分野のみならず、科学史の研究においても技術論の建設においても画期的な成果をおさめていた事実》を称賛します。その上で、三浦は《言語理論とくに言語の歴史的研究においてこの理論が大きな示唆をあたえよき手引きとなることをわたしは確信している》として、次のように述べます。

《 人間の認識が現実の外面的なものから内面的なものへ段階的に深まるということは、現象的に次から次へとマワリドウロのように学説があらわれることを意味するものではない。現実の段階はその統一において存在するのであるから、理論が現象から実体ヘ更に本質へとヨリ深い段階に進むときは、さきに獲得されたものはあたらしい理論体系の中に正しい位置ずけをあたえられ立体構造をとって発展するのであり、現実の立体構造を忠実に反映するわけである。人間は社会的文化的な条件において存在しており、また認識しようとする相手の性質も事物によって異っているのであるから、これらの諸条件のいかんによって理論の段階は異ったかたちをとらざるをえない。(中略)社会科学に於けるフロギストン説がイデオロギー的支柱を有することは無視してはならぬが、その本質が実体ならぬものを実体として取扱っている点と対象の諸性質が現象的にながめるとき実体論的解釈を強要するようなものであることを忘れてはならぬのである》(同上、太字は原文では波線)

 最後の《その本質が実体ならぬものを実体として取扱っている点と対象の諸性質が現象的にながめるとき実体論的解釈を強要するようなものであることを忘れてはならぬ》という箇所は、言語という対象の一筋縄ではいかない難しさについて本音を吐露した部分だと思います。現実の個々の言語記号は実体のように見えるけれども実はそうではなく、その本質は「関係」として表現されている。けれども現象的には、現実のあらゆる発言や文章は個々の言語記号の寄せ集めのようにしか見えない。だからこそ、「現象」の背後の立体的な矛盾の構造を注意深く分析しなければならないと、三浦は言いたかったのだと思います。


 つぎに三浦、は従来の言語学に依存した現象的な言語改革運動について簡単にふれたあとで、時枝誠記の『国語学原論』についてふれます(3)。1941年に発表された時枝の『国語学原論』は「例外」的に注目に値するものであり、その「過程」を重視する言語本質観はソシュール的な構成主義的「言語実体観」に優越するとして本質論としては称賛しながらも、「概念」の存在を言語表現過程から除外してしまったことについては、批判をしています。

《 ・・時枝氏はソシュールの「実体」に自らの「過程」を対立させている。一体なぜソシュールが過程を無視したかという点を時枝氏は理解していない。自然科学でなく哲学的な根拠があった。つまりカント主義は概念と客観的な素材とのあいだの過程をみとめず、これをアプリオリにもち出してくるからである。時枝氏は自ら意識せずして、ソシュールのカント主義と自分の唯物論的立場とを対置した。この限りにおいて時枝氏のソシュール批判は方法論的にも国語の分析おいてもつくべき点をついている。時枝氏の提出した図面(前掲書九一頁)においては、素材から概念をひきだして、これを過程とし、「概念と、我々が表現しようとする素材的な事物を対立させて考えるならば、この両者が如何なる契機によって結合すべきかを明かにしなければならないのであるが、ソシュール言語学は、この点について明かな説明を下してはいない」と、認識論的に唯物論に反することを指摘したのは美事である。だが、この唯物論は自生的なもので、正しい論理学に裏ずけられていなかったために、次のような大きなあやまりを生んでしまった。それは、自分の概念そのものが対象になるということから、これを素材に入れてしまい、言語の内容すなわち概念を言語の構成要素から抹殺して、言語における実体的なものを否定したことである。概念は、他人の立場でみるときにおいてはじめて客観的な存在であり、素材であって、自分自身の概念をこういう他人の立場でながめるからといって、概念自体が主観であり言語の内容であることを否定してはならない。自分自身を他人の立場でみることは誰でもやる。たとえば昨日の自分現在の自分がどういう行動をとっているかを反省することが行われる。しかし、これは自分自身が観念的にその場における他人を代行しているのであって、いわば観念的な自己分裂であり、現実に自分が他人になってしまったことにはならぬ。概念も同じく観念的に他人の立場で見られるが、観念的な自己分裂で、他人の概念と同様、自分にとって全く客観的な対象になってしまったわけではない。自らつくった空想をこのように全く客観化して考えたものが実に神であり、ここにこそ宗教の本質があることはフオイエルバッハの正当に指摘した如くである。時枝氏はこの誤解から、過程を以て言語なりと見、「言語はあたかも思想を導く水道管のようなもので、形式のみあって全く無内容なものと考えられるであろう。…言語の本質もこのような形式自体にあると考えねばならない」と結論したのである。「実体を含みつつこれを否定、」(武谷)するのでなく、実体を含まぬ過程を以て、過程を含まぬ実体にかえるという、裏がえしの誤謬がとりいれられたのである。ソシュール言語学は、とにもかくにも「言」と「言語」という関係において、表現形式と表現内容との関係をとりあつかっているのに時枝過程説は内容の存在を否定するのであるから、この点ではソシュールよりも後退しているが、全体としてみればソシュールよりもはるかに前進しており、相当欠陥があるとはいえ力作として何人も一読する価値をもっている》(同上、太字は原文では波線)

 このように三浦は、言語の本質をその過程的構造にあるとした時枝の本質論を評価しつつも、言語の構成要素から「概念」を追放したその不可知論を批判しています。たしかに言語の理解の際に私たちは私たちの思うように恣意的に言語を理解することも可能ですが、多くの場合は実際に客観的に正しく理解することが可能となっています。だとすれば、この言語理解の際にはいかなる過程が存在して合理的な概念理解が可能となっているのであるか。そして、このような問題構成において、「観念的な自己分裂」の理論が登場してくるわけです。三浦が「観念的な自己分裂」という言葉を使ったのは、これが初出です。そしてここでの議論が、3年後に「なぜ表現論が確立しないか」でさらに深められていくことになります。


 ここからさらに、三浦は自らの言語理論の要諦のひとつである「種類論」を初めて展開していきます。

《 言語学者・芸術学者のいずれもが、文字や音声を「道具」として考えあるいは内容を否定してしまい、歪めたかたちでとりあげて、絵画や彫刻のように作者の世界像の表現形式と認めることをしないのは何故であろうか。概念は感覚的なものを捨象している。ところが文字や音声は感覚的なかたちであるし、名づけかたは自由でありカナでも漢字でも自由にかきわけれるというようにその感覚的なかたちは拘束されていない。こういう外観は、両者のあいだの相似性を全然否定し言語が全く偶然的な存在であることを証明するかのようである。たが、この文字や音声それ自身もまた一般的なものと個別的ななものとの統一である。個別的な面すなわち感覚的なかたちにおいては、記憶された観念的な符号の模写であり、一般的な面すなわち文字や音声の種類においては、概念が模写され、かくして感覚的なものをもたぬ概念は同様感覚的なものをもたぬ種類において表現されている。感覚的なかたちの自由は、この種類という限界をこえない範囲に於て存在するのであり、この統一において現実に正しく対応している、このように、言語は対立する二種類の表現形式の統一体であるが、その一般的な面において本来の内容が表現されているのである。認識対象すなわち認識内容において、事物の一般的な存在そのものをとらえるか、あるいは一般的な面を通して個別的な存在をとらえるかという対立を内部にふくみつつ、概念と呼ばれる認識の一般的な部分が直接表現形式の一般的な面において表現されるゆえに、わたしは言語の本質をもって一般的表現形式と規定し、これまでの言語学者の規定にかえるものである》(同上、太字は原文では波線)

 ここに私たちは、のちに「言語における矛盾の構造」(1954年)で本格的に展開されることになる三浦の言語表現論の要諦のひとつである「種類論」、すなわち言語表現の特質は概念と呼ばれる認識が物質的な表現形式に認識の種類として模写されるところにある、という考えかたの萌芽的なかたちをみることができます。この考えかたは、言語表現そのものは感覚的なものを超えた種類としての表現であるが、このことは逆に表現形象の感覚的な面を感覚的な認識の表現として独自に発展させる契機ともなっているという「言語表現と非言語表現」論として、のちにまた独自に発展していくことにもつながっていきます(けれどもここではまだ、「超感性的」という語彙は出てきていません)。
 また、三浦は表現は複雑豊富な内容を背後にかくしもっているとして、「対象→認識→表現」という図式をとらえる必要性をつぎのように述べています。

 《 ハサミで辞書から言語を切りぬき、これを組みたてる人間はあまり見たことがない。同じ種類の言語はたしかに同じ意味を持っているが、側面に差別をひそませているのであって、対象においても認識においても一般的なものと個別的なものとが統一されていることを知れば、同じ言葉でありながら意味がどうしてちがうのか直ちに了解できることである》《 ソシュールが観念論的にきりはなした、概念をうみだす過程すなわち現実との結びつき(この現実が客観的な自然や社会や他人の精神であろうと、または客観的な存在としての自分自身の精神であろうと、それは問わない)をとりいれ、言語としての表現をもって第一の段階を終了したものとし、対象−−認識−−表現というコースを言語の基礎的な成立過程としなければならない。話しかける相手の存在するときは、この過程が発展するのであり、翻訳の場合はこの言語を対象として再び対象−−認識−−表現というコースがうまれ、この対象とことなった形式の言語があらわれてくる。観念論的にこの中間項をきりとり、認識−−表現−−認識というコースを基本的なものとしてはならない。言語の理論的な分析は、まず対象そのものからはじめて、基礎的な成立過程全体の論理的立体構造をしらべることにある。いままでの言語学者のように、言語とそれを表現するときの場との関係においてとりあげる現象的なやりかたを清算するのでなければ、言語はいつまでたっても謎的存在であろう》(同上、太字は原文では波線)

 ここに至ってはじめて、「対象→認識→表現」という表現における基本図式が定式化されたといってよいでしょう。この図式は、個々の表現の背後に隠れている複雑豊富な内容を論理的に視覚化し、図式化したものであり、言語や認識の分析において観念論的な誤謬に陥りそうなときにいつでも助けてくれる強力な武器として、いつもそばにいてくれる頼りがいのある存在となっていきます。


 では次に、この「対象−−認識−−表現」のそれぞれはどのようにして結びついているのであるか。ここで登場するのが「反映論」です。

《 全体はそれぞれ相互関係にあり、更にそれらが置かれている社会的文化的諸条件との相互関係にあるとはいえ、基礎は対象である。対象そのものの立体的な構造は、認識の立体的な構造をうみだし、ここから表現形式の立体的な体系を押し出してゆく。すなわち、言語における文法は、客観的な対象自体のもっている諸関係が認識を媒介して独自なかたちにあらわれたものである。ソシュール的に概念と対象をきりはなすと、文法は「言語活動の論理」(小林)として、根本的に概念の産物としてあらわれてくる。認識は反映であって、対象である事物が原型、観念が像であるが、これを表現するときは、観念そのものが原型であり、表現形式が観念の物的な像としての立場をとる。すなわち表現は像と原型との関係をもつ限りに於て反映と同一であるがそのコースは全く逆であって、わたしはここから表現を以て逆反映であると規定しておいた》(同上、太字は原文では波線)

 このように、三浦は「対象−−認識−−表現」の各過程のあいだには、原型と像という反映関係が成立している、これによって各過程は相互に結びついており、一見対象と表現のあいだに何の関係もないようにみえるものでも実は深いところで結びつきが存在しているのだ、というのです(4)。


 最後に、三浦は対象から表現にわたる全体構造を調べるにあたって注意すべき重要な3つの点をあげています。1つめは、社会生活の変化・発展が対象や認識、言語の変化・発展をもたらす。2つめは、各言語集団における自然的社会的文化的諸条件のちがいによって、表現形式の歴史的な発展のありかたも変わってくる。3つめは、表現内容と表現形式とのあいだの矛盾を理解し、その発展をたどってゆくこと、これが表現形式の謎を終局的に解決するカギとなる。

 以上みてきたように、この「弁証法は言語の謎をとく」という論文は、自らの足跡の回顧を含め、きわめて豊富な内容の記念碑的な論文となっています。また、私があげた4つの鍵概念のうち、3つはすでに明確に論じられています。この時点で、三浦の言語本質論のほぼ8割方は完成していたといってよいのではないかと思われます。


(1)三浦は後年、言語による思想交換の過程について、次のように述べています。《 マルクスは労働と価値をいっしょくたにした労働価値説を訂正する。労働そのものが価値ではない。労働は価値を形成する実体であり、抽象的・人間的労働の対象化において価値が形成されるものと理解する。同じように、作者の具体的な認識と言語の意味をいっしょくたにしてはならない。認識そのものが意味ではない。認識は意味を形成する実体であり、抽象的認識である概念が表現されることにおいて意味が形成されるものと理解すべきなのである。それゆえ、表現された作者の認識が真理であるか否かが意味にとって重要であり、「いつでもその真理性を問題にすることができる」のである。意味そのものが真理なのではなく、意味が真理に結びついているゆえにそこから真理を追体験して「正しく考え」ることができるわけである。
 言語表現は、人びとが自分の具体的な認識を精神的な交通に位置づけるために、社会的に成立した規範に従ってその物質的な〈像〉をつくり出したものであるから、ここから追体験によって具体的な認識を再現してはじめて精神的な交通が成立することになる》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』国文社、1972年。268頁)

(2)のちに三浦は言語の意味について、次のように述べています。
《 …音声や文字には、その背後に存在した対象から認識への複雑な過程的構造が関係づけられているわけで、このようにして音声や文字の種類にむすびつき固定された客観的な関係を、言語の「意味」とよんでいるのです》(『日本語はどういう言語か』)
《 (ルフェーブルは)意味は価値と同じように超感性的に関係づけられていて、抽象的・人間的労働が対象化されたという関係において商品が価値を持つように、作者の認識を〈像〉で物質的に表示したという関係において言語が意味を持つことを、その意味で物に結びつき物として扱われるべきことを理解できなかった。
 意味を関係においてとらえることができなければ、構造や機能において考えるよりしかたがない》(『現実・弁証法・言語』266頁)

(3)おそらくこれが三浦による初めての時枝理論への言及になると思われます。
(4)次にあげるのは、三浦が〈像〉の理論についてやさしく語ったものです。
《 われわれはかつて見たものを記憶している。対象が消滅してもそれから受けとった精神的な〈像〉は残っていて、父親がこの世から姿を消してもそのすがたは頭の中に想い浮べることができる。これが〈像〉の特徴であって、原物から独立して存在することができるけれども、それが原物から受けとったという関係は依然として維持されている。関係概念を持たなければ、反映ないし〈像〉を理解することはできない。ここに、ルフェーブルが〈像〉の論理をつかめず、〈像〉の理論を身につけて言語ととりくめない理由がある。障子に映った縁側の物の影を見て、「ネコがいるな」と思うのは、その影が物に関係づけられていることを知っているために、影のかたちから原物のかたちを想像してみて、ネコという判断を下したのである。影からその関係を逆にたどってみるという精神活動がここには存在している。これは絵画のネコでも変るところがない。現実の世界のネコであれ、あるいは空想の世界のネコであれ、画家が対象をイメージとしてとらえてそれをさらに絵具やインクで物質的に模写したものが、藤田の作品やビアズレーの作品としてわれわれの目の前に与えられているのである。〈像〉としてのネコからその関係を逆にたどって画家のイメージを再現するという精神活動がいわゆる鑑賞である。ただポカンと絵画を見るだけで、その関係に結びついているけれども表現できず「失われる」ことになった部分をもふくめた、画家のイメージの全体を意慾的にとらえようとしないなら、それは鑑賞といえないのである。もしその関係に結びついている過程的構造を正しくたどれないなら、誤解や曲解が生れることになろう》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』264〜265頁。太字は原文、傍線は原文では傍点)





(2020/6/6 脱稿  2026/5/3 更新、再掲)

 

2026年05月03日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 8

1948年9月


 これまで見てきたように、三浦は1948年6月に論文「弁証法は言語の謎をとく」において、1932年から始まった自らの言語研究の歴史の概観と、その時点における言語研究の成果を公表していました。それによると、三浦が21歳の1932年頃から言語の研究に興味をもち、いろいろと調べ始めており、そうして37歳のこの「弁証法は言語の謎をとく」において、自らの言語本質論の骨格となる4つの鍵概念(1)のうち3つをすでに公表していることが分かりました。三浦はそれから3ヶ月後の1948年9月に、「芸術学の変革−−北条元一の芸術認識論批判」(『綜合文化』1948年9月号)という論文を発表しています。はじめ私はこれは言語論にあまり関係ないものかと推察していたのですが、再読してみるとここには言語表現論の前提となる表現論(おもに芸術の分野における)および〈像〉の理論の具体的な展開や、観念的な自己分裂の理論の元となリうる準備的考察なども見られたので、ここで少しふれておこうと思います。
 次に示す引用文は、よく読むと、「対象→認識→表現」という基本図式を前提として表現論を展開していることが分かります。なおこの文章は、現実の船の製造は観念的原型の実現であるのに対し、芸術的表現は「心象」の「疎外」であるとした北条元一の芸術認識論を批判する文脈で書かれたものであり、実在の船を見て絵に描く表現の過程と、姉妹船を現実に造る場合の過程とを比較・分析したものです。

《私 (中略)画家はカンバスの上に、彼の視覚をとおして、自分のとらえた船を描いていく。もちろん、この画家が絵を描くには、反映内容としての実在の船がなければならなかったし、単に外観を視覚的にとらえるのではなく機能や所有関係や船上生活などについての理解も伴っているかも知れないが、いずれにしても自分のそのとらえた船のありかたを画布の上のかたちの創造で示そうとするのだから、この表現は作者の世界像を原型としている。実在の船は認識の原型ではあっても芸術の原型ではない。画家に見えない船の内部構造やかたちが、設計上どんな重要性を持っていようと、そんなことは芸術の原型と直接関係がない。ところが姉妹船をつくるときには、この実在の船そのものを原型として、その忠実なコピーを生産しなければならない。そのために生産者は、船の生産に重要な部分についてすべて観念的にとらえなおし、画家の必要としなかった船の認識を多面的にすすめていかなければならない。生産物によって程度の差はあるにしても、このような観念的な活動・観念的な創造の媒介なしには物による物のコピイをできぬということは一つの矛盾だが、この観念的な船は媒介物であって、ほんとうの意味の原型ではない。正しいコピイがつくられるかかは、この観念的な船のつくりかたや性質によって直接左右されるけれども、この観念的な船と直接関係なしに、原型の実在の船に対して忠実なコピイであることが要求されている。つまり、芸術作品と一般生産物とは原型がちがっているということがわかるだろう。

 わかった。画家が山の上から水平線を遠く走る船をながめようと、ドックに入っている船を下から見あげようと、甲板に腰を下して船客の散歩しているのを見ようと、どんな船の見かたをしてもいいのは、その自分自身の見かたがすべて観念的原型だからだね。極端ないいかたをすれば、船の百分の一しか見なくても画家はすむが、船全体を考えることなしには船は生産できないではないか、と北条氏に反駁できるわけだ》(三浦つとむ「芸術学の変革−−北条元一の芸術認識論批判」『認識と芸術の理論』【勁草書房、1970年】所収。64頁。初出は『綜合文化』1948年9月号。太字は原文)

 ここで三浦は表現と物のコピーでは観念的な原型のありかたがちがうと主張していますが、その主張の背後に「対象→認識→表現」という図式を読みとることができます。まず、表現者は実在の船を原型として認識の〈像〉をつくりだし、次にそれによって形成された認識における世界像を原型として、表現の〈像〉を形成すると。このように「対象→認識→表現」の図式どおりに表現過程を正確に説明しています。ここで抑えておくべきことは、「対象」も「認識」も「表現」も、それぞれが「実在の船」「脳細胞」「画布」というようにその物質的な基盤が存在し、この場合「認識」と「表現」は〈像〉として存在しつつ、それぞれが「脳細胞」と「画布」というようにその実体的な担い手との統一において存在しているいうことです。以上のように「対象→認識→表現」という基本図式や、それぞれの物質的な基盤・実体的な担い手についての整理ができていないと、観念論に陥ってしまう危険性があります(2)。

 (中略)芸術という「物的な像」と「観念的原型」の関係は、認識の場合の「物的な原型」と「観念的像」の関係と、ちょうど逆になっているのだから、認識の場合に原型と像とが対立し矛盾しているように、芸術の場合にも原型と像とが対立し矛盾しているものと把握しなければならないはずだ。それを北条氏は、観念の「他在」「外化」「疎外」と解釈するのだから、矛盾を抹殺してしまったことになる。「描かれた船なる絵画的形象すなわち画像は、船の絵なる絵画作品の芸術的内容である。しかし画布と絵具はこの観念的内容の質料的担い手をなす。」(39頁) つまり画像とよばれる表現形式が、そこに観念がそのまま他在しているという解釈によって、表現内容だと解釈されている。創作のときの作者の「観念的原型」、創作後に変化し消滅してしまったこの原型が表現内容を形成する実体だとは考えない。そして認識(「観念的原型」)と表現とを、以下約三五〇頁にわたって同一のものとして取扱っている。認識が観念でこの模写である表現が物質的実在である以上、この同一視が観念と実在とを混同する観念論であることはいうまでもない》(同上。72〜73頁。太字は原文)

 三浦はここで、芸術(表現)とその「芸術的内容」とを結びつけるのに、〈像〉の理論を使った矛盾の理論すなわち反映論を使わないと、このように観念論に陥ってしまうことを指摘しています。「対象→認識→表現」という図式も、三浦によると原型と〈像〉の結びつきよってその合法則性が説明されることになります。


 次に示すように、表現における形式の二重性についても、この時期に三浦はすでに指摘しています。

 (中略)芸術には表現形式と表現内容とが統一されている。花瓶の形式を創造することは、この作者の頭の中の観念的原型を表現したことであって、花瓶はその原型の物質的な像でもある。つまり、花瓶は物としての形式をそなえているが、自然物たとえば岩石などの形式とちがって、物としての形式が同時に表現形式でもある。この二種の形式は区別しなければならないが、現実に分離することはできない。物からはなれて表現形式は存在できない。そうだろう?


 その二種の形式は、対立しているが不可分に統一されたものとして、矛盾として理解すべきだ、というわけだね。


 けれども北条氏は、その二種の形式を現実に分離して存在できるかのように錯覚したんだよ。これは、非敵対的矛盾を扱う訓練が欠けているためだと思うけれども、まず物としての形式、「自然形態」が存在するところへ、頭の中の「感覚像」が「形象」として外化してまい下りてくるもの、分離している両者があとで結合し統一されるものと解釈した。


 絵を描くとき、筆についた絵具の持つ「自然形態」はカンバスの上で変化するが、その変化がとりもなおさず表現形式の成立であり同時に新しい「自然形態」の成立でもある、と理解すれば正しいわけだろう》(同上。78〜79頁。太字は原文)

 表現においては、物としての形式の成立が同時に表現形式の成立でもあるという、この目に見えない二重性を理解しなければならない、というわけです。以上みてきたこの「芸術学の変革」という論文によって、私たちは、三浦が言語表現論を本格的に展開する前に、すでに芸術に関する具体的な表現論を展開していたのだなということを知ることができます。その意味で貴重な論文だといえるでしょう。


 最後に、観念的な自己分裂の理論の萌芽ともいうべき、作者と鑑賞者との相互転化の構造について語っている箇所を引用してこの年を締めくくりたいと思います。

 画家が絵を描いている途中で、一足下って自分の絵のできぐあいをながめるね。そのとき現象的には画家であることに変りないけれども、実は自分の絵の鑑賞者に転化してしまっているのだよ。自分の絵から、さきに自分の表現した世界像をまた複製し、追体験しているのだよ。これは「観念的生産」だし、この世界像をさらに発展させ具体化するとき、またもや鑑賞者から作者に転化するのだが、これも現象的には別に変ったところがない。だから「制作過程は同時に視心象の生産過程でもある。」というのは、この作者と鑑賞者との相互転化を無視した現象論なのさ。


 「形象がまた新に心象を喚起する」というのも、作者が鑑賞者に転化していることを無視しているわけだな。


 そうだよ。画家の場合は転化が行われても現象的に見分けがつきにくいが、小説家の場合はすぐわかる。原稿用紙に二十枚三十枚と書いていくと、作者の世界像はつぎつぎと発展しながら表現されていくから、はじめの部分は記憶がうすれていく。長編小説の連載などでは、登場人物の名前さえ忘れてしまう。そんなときには、作者は自分の小説の読者に転化して、うすれたり失われたりした世界像を再生産しなければならない。そこで書きあげた原稿や古い雑誌を手にして読みはじめるから、作者が読者に転化したことは現象的にも明らかになる。追体験がすんで、またペンをにぎり原稿用紙にむかって考えはじめたら、読者からまたもや作者に転化したことが現象的にも読みとれるわけだね》(同上。82〜83頁。太字は原文)



(1)拙論「三浦つとむの言語理論、その形成過程について 2」を参照。
(2)この辺を深く理解するためには、三浦の〈像〉の理論について理解しておく必要があります。三浦は、表現を物質的な材料と〈像〉との統一においてとらえるべきことを主張しています。

《 われわれはかつて見たものを記憶している。対象が消滅してもそれから受けとった精神的な〈像〉は残っていて、父親がこの世から姿を消してもそのすがたは頭の中に想い浮べることができる。これが〈像〉の特徴であって、原物から独立して存在することができるけれども、それが原物から受けとったという関係は依然として維持されている。関係概念を持たなければ、反映ないし〈像〉を理解することはできない》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』【国文社、1972年】264〜265頁。傍線は原文では傍点。太字は原文)
《 〈像〉には現実的な存在と観念的な存在とがあって、イメージの名のもとに両者を混同して隠蔽された観念論を提出する学者もすくなくない。太陽の光が、建築物や樹木や人間などにさえぎられて、地上にそれらの影をつくり出すのも、あるいはカメラのレンズをとおして、ピントグラスの上にそれらの映像をつくり出すのも、ともに一つの現実的な〈像〉である。これらの〈像〉は、建築物や樹木や人間とは別個に、地上やピントグラス上に成立しているけれども、建築物や樹木や人間が存在してはじめてそれらのありかたに似た〈像〉が成立したのであるから、過程的構造を無視して論じるわけにはいかない。人間はその肉眼を使って、網膜の上にカメラと同じように外界の〈像〉をとらえ、さらにこれを脳によって認識すなわち観念的な〈像〉としてとりあげている。しかも〈像〉の特徴は、太陽のつくり出す影が端的に示しているように、たとえ現実的な存在であってもそれ自体を手で握ることができないところにある。スクリーン上の〈像〉もブラウン管上の〈像〉も、その点では太陽のつくり出す影と変りがない。映画館の経営者は、シャミッソーの小説の主人公と同じように、影を売って金を手に入れているわけである。
 〈像〉の過程的構造には、建築物や樹木や人間など諸実体が含まれているけれども、これらの実体から形成されたところの〈像〉それ自体は何ら実体的なものではないから、それ自体として空中に浮んでいることはできない。それをささえる実体的な担い手がなければならない。それが影の場合には大地でありカメラの場合にはピントグラスである。人間の認識の場合には脳細胞であり、〈表現〉の場合には空気でありインクでありスクリーンであり蛍光面である。〈像〉の変化から過程的構造における実体を読みとるのが、日蝕や月蝕、あるいは暗黒星雲の問題である。したがってすべての〈像〉は、その形成の過程と担い手という相異った二つの面の統一において検討されるべきであって、一面的な検討だけで解明したもののように錯覚してはならない》(同上。213〜214頁。傍線は原文では傍点)


 ここの例でいうならば、作者の「世界像」は、実在の船と作者の脳細胞との統一においてとらえなければならないし、完成した絵=〈像〉は作者の「世界像」という認識と画布という担い手との統一においてとらえなければならないことになります。







(2020/6/11 脱稿  2026/5/4 更新、再掲)

 

2026年05月04日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 9

1948年12月


 三浦つとむは、1948年12月に「時枝言語学の功績」という小論を発表しています。三浦はすでに「弁証法は言語の謎をとく」において時枝理論を支持する旨を公表し、部分的に欠陥もあるが全体としてはソシュール理論より優れているとしてその批判的継承を自任していましたが、ここでは、自分のまわりの「唯物論者」たちによる表層的な時枝批判についておもに言及しています。まず最初に、三浦は時枝の学問する態度すなわち既成の理論を適用することよりもみずから対象ととりくむことに力点をおく研究態度と、国語の研究に真摯にとりくむことが言語学の発展に寄与するはずであるという、特殊のなかに普遍をみるその弁証法的態度をほめています。そして、「唯物論言語学者と称する人」たちが時枝誠記に保守反動のレッテルをはって批判している文章を読んで「あいた口がふさがらなかった」といいます。さらに、《 言語政策上の意見と基本的な学説とは一応別個であるから、理論を慎重に検討・分析して正しい判断を下すのが学者としての責任ある態度ではないか。津田左右吉氏が現在の天皇制に対してまちがった見解をとっていても、それは津田氏の神代史研究の業績を抹殺すべしという主張を正当づけるものではない。進歩的言語学者諸君は、時枝・小林論争に対して「自らの力によって対象と取組む勇気」を出そうとしないのか、検討・分析の能力に欠けているのか、それとも両方なのか、それはわたしも知らないが、軽率な理論の排撃は百害あって一利なしである》(「時枝言語学の功績」【『 綜合文化』1948年12月】)と、時枝理論を抹殺しようとする「唯物論言語学者」たちを批判します(1)。このように、三浦は内容によっては自陣営の学者をも公然と批判する、学者としての真摯な態度を一貫して保つ人でしたが、その態度の極北が2年後のスターリン言語学批判にあらわれることになります。


 さらに三浦は、時枝理論の本質を理解するという仕事もせずに時枝の使用する語彙の一部をもってして「観念論だ!」と騒ぐ「観念的唯物論者」たちを批判しつつ、彼らに《ブルジョア科学に真理の粒を発見し救い出して唯物論の宝庫におさめる仕事》(同上)をするべきだと進言して、この短い論評を終わらせています。

 


(1)拙著『言語過程説の研究』第5章において、私は90年代に流行したポストコロニアル研究の文脈において不当に批判されていた時枝誠記の言語政策論およびその人間性と倫理の問題について、詳しく論じています。




(2020/6/13 脱稿  2026/5/4 更新、再掲)

 

2026年05月04日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 10

1950年5月 『弁証法・いかに学ぶべきか』


「思惟」の位置づけ


 三浦つとむの言語理論を理解しようとするとき、きわめて重要なキーワードのひとつに「思惟」や「認識」の位置づけがあります。これらをその物質的基盤とともにつねに関係づけて考える習慣を身につける必要があります。三浦は、エンゲルスの『 フォイエルバッハ論』を引用しつつ、認識自体のもつ弁証法性について次のように語っています。

《 「われわれは……われわれの頭脳のなかの概念を、再び唯物論的に、現実の事物の模像として把握した。これによって弁証法は、運動の - 外部の世界の運動でもあり、人間の思惟の運動でもあるところの一つの運動の - 一般的法則に関する学にまで還元されたのである。この二つの系列の法則、それは性質的には同一であるが、しかし現われにおいては少なくも次の点でちがっている。すなわち、一方においてこの法則は人間の頭脳において意識的に使用され得るが、同時に他方においてこれは、自然において、のみならず今までのところ大部分、人類の歴史においても、意識されない仕方で、外的必然性の形をとって、見かけの上では偶然的なものごとの無際限の連鎖の真只中をつらぬいて行われている。」


 人間の思惟の運動、それ自体が弁証法的性質をもっているのです。これは外部の世界の運動の弁証法的性質と本質的に同一であるが、差別がある。根本的な点は、思惟は模像であるから、外部の世界からつくりだされたということ、これが唯物弁証法の立場です》(三浦つとむ『 弁証法・いかに学ぶべきか』【季節社、1999年6月】117頁。太字は三浦)

 外部の世界すなわち自然の模写として成立したのが思惟(あるいは認識、思考)ですが、その基盤となっているのはあくまで脳細胞です。この脳細胞から離れて思惟が存在すると考えてしまうと、音声や文字には「思惟」や「認識」がへばりついている、という観念論的誤謬に陥りがちです。いま引用した『 弁証法・いかに学ぶべきか』より1年5ヶ月前に刊行された『哲学入門』において、すでに三浦は次のように述べています。

《 精神とは物質の働きです。しかしそれは一定の構成をもつ物質においてあらわれるはたらきです。具体的にいえば脳髄のはたらきです。脳髄がなくなれば、その構成が失われれば、精神もなくなります。これはあらゆる物・すべての道具のはたらきと共通した点をもっています。物から別個にはたらきだけあるということはありません。道具がなくてははたらきはありません。しかし物とはたらきとはちがいます。同じ道具もちがったはたらきをします。そしてまた、たとえはたらきをしていなくても、道具を破壊しても、物がなくなったわけではありません。精神は物のはたらきで、脳髄においてこういうはたらきがあらわれますが、ただふつうの物ではそうなる可能性があるだけで、そこに現実に精神がふくまれているわけではないのです》(三浦つとむ『哲学入門』 真善美社、1948年12月。【『スターリン批判の時代』[勁草書房、1983年]より引用。225~226頁。太字は原文 )


 三浦つとむの言語理論の根底には、こうした徹底的な唯物論が存在します。ですので、三浦の言語理論を理解するまえに、こうした理論の前提となる言説にふれておくことは決して無意味なことではないと思います。三浦にとって「思惟」は「脳髄」を離れては存在しえないわけです。言語の内容を形成する実体である「思惟」は「脳髄」にある、一方で「思惟」が表現されたものとされる音声や文字は外部の世界に存在します。このギャップを認識することが重要です。そこから、では、「思惟」が音声や文字に表現されるその過程的構造を分析しなければならぬ、となるわけです。マルクスやエンゲルスも言語についてそこまでの分析をしているわけではないので、三浦はみずから弁証法という高度の論理学を駆使してみずから理論を構築していくことになるわけです。


 三浦はこの『弁証法・いかに学ぶべきか』の文献紹介のところで、時枝の『国語学原論』についてふたたびふれています。基本的には、「弁証法は言語の謎をとく」における時枝評と同じことを述べているのですが、そこに次のような記述があります。

《 しかしながら、著者のこの努力が、高度の論理学に正しく媒介されていなかったために、本質論的規定における混乱と誤謬とをのがれえなかったことも附言しておく必要がある。言語そのものの内的な構造・過程は、実証的研究のなかに前人未踏のきわめて美事な弁証法の展開となって結実したが、言語の理解・鑑賞の面においては、本質が偶然性を媒介として現象する論理構造を正しくとらえることができず、ここから逆に、言語における実体が「言語実体説」の否定とともに否定されてしまったのである》(『弁証法・いかに学ぶべきか』237頁。太字は原文)

 私はこの「本質が偶然性を媒介として現象する…」という部分を読んでぎょっとしてしまいました。なんとも難しい表現をサラッと言ってのけている印象です。ひととおり三浦理論・時枝理論を学んだ人であれば、これが概念が音声や文字という偶然的=感性的なものによってあらわされるその構造について述べているということが分かると思いますが、これから『原論』を読もうという人にはおそらくなんのことだかさっぱり分からないと思います。「言語における実体」も概念のことをさしているので、これから『原論』を読むひとはそのことを頭に入れておくといいと思います。


 また、ここで三浦は『原論』のことを《言語理論として世界の最高水準を行くものであり、弁証法的唯物論の立場からこの本を深く検討し改作することは唯物論言語学者の義務である》(同上238頁)とも述べています。三浦が時枝理論を部分的な欠陥にもかかわらず、世界レベルでみてもきわめて高度なレベルに到達しているものと把握していたことが分かります。






(2020/6/16 脱稿  2026/5/4 更新、再掲)

 

2026年05月04日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 11

1950年9月

  三浦つとむは、スターリンが言語論(1950年6月および7月)を発表したあとの1950年9月に「基礎理論把握の重要性 - 芸術論争・言語論争の教訓 - 」という論文を発表しています。これは、原稿用紙6枚ほどの短い論考ですが、スターリンの言語論はそもそも基礎理論の把握に問題があり、そのことが言語は土台にも上部構造にも属さないという考えや、全般的な形式主義的傾向の原因となっていると指摘しています。次の部分は、その後半部分です。

《 言語は表現であり、その内容の実体は語る者の認識である。この内容の優位を指摘し認識のなかにある矛盾をつかまえないならば、言語発生・発展の必然性は主体にとって外的なものとなってしまい、客観主義に転落するであろう。「言語を知っている人にとって、言語材料と関係のないむき出しの考えは存在しない」(1)というが、何ぞはからん、言語と関係のある考えと言語と関係のない考えとの対立の統一こそ、思惟の矛盾として言語を発展させるのである。この内容の矛盾をとらえず言語を機能や形式においてのみとりあげるなら、形式主義への転落は不可避である。声からコトバへ、絵から文字へ、ゼスチュアから身ぶり言語への移行は転化であり本質的な差別があるにもかかわらず、この差別を単に量的な機能上のものと考える形式主義におちいるのである》(三浦つとむ「基礎理論把握の重要性 - 芸術論争・言語論争の教訓 - 」【『民科研究ニュース』1号】1950年9月)

 スターリンは言語と思惟の次元の差異を無化してしまっており、思惟と言語の関係を平面的にあつかい「言語」なしの思惟は存在しないと述べてしまっているので、三浦は「あいた口がふさがらない」状態になりはしましたが、この時点ではスターリンは崇拝されるほどの絶対的な存在なので、若干抑制的に内容重視の言語理論の必然性を主張しています。ここで「言語と関係のある考えと言語と関係のない考えとの対立の統一」という文脈における「考え」とは、「思惟」のことであり、この「対立の統一」は、のちに話し手の認識した概念と言語規範における「普遍的概念」との統一という観点、いいかえれば「概念の二重化」という観点から説明されることになります(2)。ちなみに「声からコトバへ、絵から文字へ、ゼスチュアから身ぶり言語への移行は転化であり本質的な差別がある」という部分は、1941年に書かれたプリントで論じられたという「個別的表現形式」から「一般的表現形式」への転化に関する論考が下敷きになっているものと思われます。この、「個別的表現形式」から「一般的表現形式」への転化という現象は、ようするに非言語が言語になるということであり、それは人間の社会生活の歴史においては「命がけの飛躍」に該当するものだったといえるでしょう。

(1)この部分は、スターリン「言語学の若干の問題について」(『マルクス主義と言語学の諸問題』所収【1950年6月】)のなかに、次のように詳述されています。


《 思惟は、言葉に言いあらわされないまえに人間の頭脳のうちに発生し、言語という素材なしに、言語という外被なしに、いわばむきだしで発生する、と言うものがある。だが、それはまったくまちがっている。どんな思想が人間の頭脳のうちに発生しようと、またそれがいつ発生しようとも、それは言語の素材にもとづいて、言語の語と句にもとづいて、はじめて発生し存在することができる。言語の素材から自由な、言語の「自然的素材」から自由な、むきだしの思想は存在しない。「言語は思想の直接的現実性である」(マルクス)思想の実在性は言語のうちにあらわれる。観念論者だけが、言語の「自然的素材」とむすびつかない思惟、言語なしの思惟を、うんぬんできるのである》(スターリン「言語学の若干の問題について」【スターリン『 マルクス主義と言語学の諸問題』所収。1950年6月】、田中克彦『「スターリン言語学」精読』【岩波書店、2000年1月】より引用。225~226頁)


 言語と別個に思想というものが存在しないならば、言語発生の根拠や言語発展の論理も見いだせなくなってしまいますが、そんなことはまったく考えていないような論述になっています。また、スターリンが「思想の直接的現実性」を物質としてとらえていないことがよく分かります。マルクスの言葉をこれだけ堂々と観念論的に解釈できるということが、すなわち言語という研究対象の一筋縄ではいかない難しさを雄弁に物語っているといえるでしょう。

(2)以下、参照。
①三浦つとむ「言語における矛盾の構造 - マルクス主義における言語学」(『思想』1954年6月号。『スターリン批判の時代』【勁草書房、1983年】109~110頁)
②三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』(勁草書房、1972年11月。13~14頁)
③三浦つとむ『言語学と記号学』(勁草書房、1977年7月。27~28頁)
④三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月。429~430頁)


1950年10月

 スターリンの言語論の発表をうけて、民主主義科学者協会の主催で9月30日に東大でシンポジウムが開かれることとなり、三浦はその報告者のひとりに選ばれます。ここでの三浦の報告要旨が「スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか」です。論文ではなく、報告の要旨ですので箇条書きになっています。言語論に関係のある箇所を次に引用します。

《 B 言語の本質について
1. 言語は表現である。形式と内容との統一、内容、内容を形成する実体、および内容の現象形態。
2. 言語は具体的な文法性をもつ。文法性から文法の抽象、文法性と内容との相対的独立、内容の階級性は必ず文法的なあるいは形式的な階級性を意味するものではない。隠語の文法性。
3. 具体的な言語と、抽象的な形式・文法『意義』との混同は形式主義である。言語道具観を克服せよ。
「辞書は具体的言語に対する科学的浄化の結果出来上がつたものであって、それ自身具体的な言語ではないのである。辞書の言語の如きものが主体の外に実在し、我々はこれらの語を運用するに過ぎないと考える(言語道具説 - 三浦)ならば具体的な経験を無視して、科学的に抽象された結論をその学の対象と考えることとなつて、言語研究の根本的な態度に反するのである。我々は何処までも具体的な経験に即してこれを対象とし、そこに理論と法則とを求めなければならないのである。……辞書は語を登録したものではなくして、言語的表現行為、或は言語的理解行為を成立せしめる媒介となるものに過ぎない。」(時枝誠記『国語学原論』一三~四頁)
4. 個別的表現形式(声、絵画、身ぶり)から一般的表現形式(言葉、文字、身ぶり言語)への移行。ゼスチュアと身ぶり言語とを混同する二つの傾向 -- ゼスチュア一色にぬりつぶす偏向と言語一色にぬりつぶす偏向(例、今村太平映画論における映画即言語説)
5. 言語を発展せしめる直接の矛盾は生産そのものではなく思惟の矛盾である。》(三浦つとむ「スターリンの見解とわたしの見解とはどこがちがうか」【『民科研究ニュース』臨時特集1号。1950年10月】。『スターリン批判の時代』より引用。48~49頁。太字は引用者)


 まず最初に言語を表現の一種と見るところからはじめて、言語と文法性の相対的独立について(つまり具体的な言語とラングとの峻別)述べ、具体的な言語の意味と辞書的な意義との相対的独立(つまり「意味」と「意義」の差異)について述べ、個別的表現形式から一般的表現形式への移行すなわち非言語から言語への転化について述べ、最後に認識の矛盾が言語を発展させるという言語発展の論理について述べ、締めくくっています。ここで私が注目したいのは、「3」の引用文で、時枝誠記が辞書を具体的な言語と別のものとして把握して、言語表現や言語理解の「媒介」となるものであると述べているところです。これは、三浦つとむの「言語規範による表現の媒介」論に似ている表現なので、一瞬驚くのですが、よく考えてみると、時枝は辞書的なものを三浦のように観念的に対象化された意志としてとらえなおす作業をしているわけでもないし、そもそも概念の存在を言語表現論において追放してしまっているので、三浦の「言語規範による表現の媒介」論の要諦である「概念の二重化」説とも無縁であり、時枝のこの表現は、きわめて常識的な意味に近いものと理解するのが妥当と思われます。ただ、ソシュールの概念アプリオリ説すなわち「ラング」学説に対する批判としてはよく的を射たものであるとは思います。






(2020/6/16 脱稿  2026/5/4 更新、再掲)

 

2026年05月04日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 12

1951年2月 「なぜ表現論が確立しないか」(『文学』2月号)


 1950年9月30日に東大で行われたスターリン言語学に関するシンポジウムで発表をおこなった(1)三浦は、その報告の内容が岩波書店の『文学』(1951年2月号)に掲載されることになったので、当日の報告内容にとらわれることなく、「この際云うべきことを云おうと考えて」、論文を仕上げます(2)。シンポジウムの報告要旨(「スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか」)の内容がわりと控えめなスターリン批判であったことを考えると、シンポジウムの終了を機に、三浦は学者としての覚悟を決め、スターリンに遠慮せず、いいたいことを言う決心をしたようです。三浦はこの論文で、身ぶり言語を言語から除外し、言語を「用具」と規定し言語「材料」説を展開したスターリンを容赦なく批判しています。言語について論じるのであれば、まず表現一般について論じてそれから言語表現の特殊性について論じるべきだ、言語「材料」説やモンタージュ論は化学史におけるフロギストン説と本質的に同じ位置を占めるものである、と。そうして、スターリンの論文さえ理解すればマルクス・エンゲルス・レーニンの成果は全部わがものになるという考えはマルクス主義の発展を阻害するものであるとして、ここからマルクスの文献を紹介しつつ、観念的な自己分裂の理論の説明に入ります。

《 「ある意味では、人間も商品と同じことである。人間は、鏡をもって生れてくるのでもなく、また、吾は吾なりというフィヒテ的哲学者として生れてくるのでもないから、人間はまず、他の人間という鏡に自分を映して見る。人間たるペーテルは、自分と同等なるものとしての人間たるパウルに関連することによって、初めて、人間としての自分自身に関連する。だがそれによって、ペーテルにとっては、パウル全体がまた、彼のパウル然たる肉体のままで、人間種族の現象形態としての意義をもつのである。」
一言一句冷静に検討するなら、マルクスはここで人間の認識の根本的なありかた、実践の論理の一端をのべていることが、おぼろげながらもつかめるだろうと思う。認識はあたかも鏡のような作用をしている。客観的な実在のすがたを写しとる、これがすなわち反映論であり、この立場がマルクス主義の認識論である -と、哲学者はオームのようにしゃべり立てた。こういうお説教をよむと、わきの下から冷汗が流れる思いである。何がマルクス主義なものか。そんな反映論なら、大昔からある俗流唯物論とすこしもちがっていないではないか。マルクスは、認識そのものに一方的に鏡としての性格を認めるのではなく、更に進んで認識の対象についてもやはり鏡としての性格があることを承認して、その交互関係のなかで反映論をとりあげている。これこそが生きた現実の人間の認識論なのである。対象という「鏡」は、物質的な構造を示すものもあれば人間の観念を映し出すもの(表現)もある。「他の人間という鏡に自分を映す」事実を正しくつかまなければ、人間が自己を識る認識、すなわち主体的自覚についての正しい理論は出てこない。(中略)話をわかりやすくするために、普通のガラス製の鏡を例にとろう。顔を近づければ、その上に顔がうつる。これは映像であって、鏡のなかに顔があるわけではない。だが、われわれは、そこに顔があるもの、自分自身がいるもの、と考えることもできるし、現にそう考えている。自分はほかの人間(たとえば恋人)から見てどう見えるだろう、などと考えながら鏡に向うのは、誰でもやっていることである。鏡は、ほかの人間の眼の位置に自分を置いて自分自身を眺めることを可能ならしめる、そういった性質の道具である。鏡のなかに自分がいると考えても、鏡のそとの自分が現実に自分であることにはかわりはない。しかし自分自身の像を現実の自分であるかのように考えている以上、観念的には、現実の自分に現実の自分としての資格を持たせたままそれから分離して、恋人その他の立場に移行していることになる。このように、現実の自己から観念的な自己が分裂する事実は、対象を「鏡」とする人間の認識において常につきまとうのであって、人間の認識にとっては本質的なものである》(三浦つとむ「なぜ表現論が確立しないか」【『文学』1951年2月 】傍線は原文では傍点)

 三浦はここで引用したマルクスの言葉および「人間は意識のなかで理知的に自分自身を二重化する」(『経済学・哲学草稿』)という言葉のなかに、人間の認識の根本的なありかたの一端をみます。ここから三浦は、人間が現実的な自己の立場から観念的に分裂して他者の立場に移行して、それからふたたび現実的な自己の立場に復帰してくることを、唯物論的な認識論として説明します。認識と対象との交互関係のなかで認識が発展し、拡大し、ついには観念的な自己が現実的な自己から分裂し、成立します。さらに観念的な自己が分裂をくり返すうちに、現実的な自己と観念的な自己との間に交互関係が定着し、人間の認識の爆発的な発展が可能となるというわけです。観念的な自己分裂という現象は、人間の認識にとって本質的なものであると三浦はいいます。ここで注意深く思い出さなければならないのは、認識はあくまでも精神であり、精神は脳細胞の働きであるとした三浦の認識です。ようするに、「自己分裂」するといってもあくまでもそれは観念的にの話なので、この原則を忘れるとすぐに観念論に堕してしまうので注意しなければならない、というわけです。


 つぎに三浦は、時枝誠記が「自分自身の二重化の問題」について語った箇所を『国語学原論』から引用します。具体的には、「表現の主体」と「客体化された主体」の区別の必要性を説いた箇所です(3)。これについて、三浦は次のように論評します。

《 時枝氏は、言語における「主体の客体化」を、自画像を描く場合と本質的に一致するものと見た。自画像を描く場合、われわれはどういう方法をとるだろうか? 鏡にむかってそこに映った自分のすがたを描きとるのである! 鏡のなかの自分を「もはや主体の外に置かれたもの」として扱うのである。前に説明したように、これを描いているのは「自画像を描く画家彼自身である」が、それと同時に、観念的には彼自身でなく、傍観者としての他人の立場に移行しているのである。時枝氏は表現の主体が客体化された主体と区別されなければならないことを「極めて重要」であると力説し、またこの主体が同時に現実の話し手自身であることをも認めているが、客体化された主体に対する表現の主体が、観念的な自分自身の二重化であることを論理的に明白に打ちだしてはいない。この二重化が確固として把握されれば、表現の主体は現実の主体の場合もあり、また観念的な主体にもなり、観念的な主体としてさらに無限に変化し(小説や戯曲の文章や会話のように、作者は登場する各人物それぞれの主体につぎからつぎへと移行していく)、ひとつの文のなかにおいてさえ主体が観念的に移行しあうことも、理論的にハッキリと示すことができたはずである。「主体の客体化」という言葉だけをながめると、観念論のようにみえるからわからずやの非難をうけやすいし、またここで誤ると観念論に顛落することにもなるのだが、何をのべてあるかを理解してそれを正しく仕上げることが必要なので、表現の主体を客体化された主体と区別したこと、言語理論にこのような主体の概念を導入し「展開の重要な基礎」としたことは、時枝言語学の功績の一つである》(同上。傍線は原文では傍点)

  時枝自身は現実的な自己から観念的な自己が分裂して認識の発展が行われるという認識論としての理解に到達してはいないものの、二種類の主体の区別の必要性を認識し、これを文法論に積極的に活用したことを、三浦は素直に評価しています。三浦自身は、5年後に発表する『日本語はどういう言語か』のなかで、この観念的な自己分裂の理論を、時の表現の構造・想像の表現の構造・助動詞論・判断辞論・代名詞の認識構造・文章論などの説明の際に具体的に援用し、理論を発展させています。このように、この論文において、観念的な自己分裂の理論の骨格はだいたい定まったものとみてよさそうです。


 ところで、三浦がこの観念的な自己分裂の理論の唯物論的な基礎をマルクスの文献に求めていたことは以上見てきたとおりですが、そもそも三浦がこの理論を構築するきっかけとなったのは、エドガー・アラン・ポーの小説でした。

《 絵画でも映画でもあるいは言語でも、その表現の場合に、そしてまたそれらを鑑賞や理解するという追体験の場合に、現実の自分から「もう一人の自分」が分裂するという観念的な自己分裂が行われることは、少年の時に経験的にわかっていたけれども、言語学や芸術学の本をいくら見ても、ソ連でミーチンたちがつくった哲学の教科書を見ても、このことについてはどこにも一言も述べてありませんでした。ところがただ一つ、ポオの『モルグ街の殺人事件』の中に、 C. August Dupin が散歩中に不思議な分析的才能を発揮した事実を記したあとに、こう書いてある。 I often dwalt meditatively upon the old philosophy of the Bi - Part Soul , and amused myself with the fancy of a Double Dupin -- the creative and the resolvent. 分析活動を行ってその結果を脳中に描くということになると、これは観念的な自己分裂を行っての活動だから、 Double - Dupin と呼ばれるのも当然であろう。そこで私は、ここでポオが古代哲学とよんでいるものを自己分裂の理論だろうと予想して、さがしはじめました。恐らくアリストテレスだろうと見当をつけて、シュヴェグラーの『西洋哲学史』を見たら、思った通りでした。しかしこれでは観念論的な解釈でもあるし、このままでは使いものになりません。それで私は自分自身で「人間の自己分裂」の理論をこしらえて、『日本語はどういう言語か』で、過去の回想や未来の予想など時の表現における主体の移行をこれで説明しました。『モルグ街』を読んだ者は世界に数多いだろうが、私のような理論作業へ進んだ者は居なかったのであろう》(三浦つとむ『言語過程説の展開』【勁草書房、1983年8月】巻頭言)

 このように、三浦が観念的な自己分裂の理論をつくる元々のきっかけとなった文献は、実はポーの小説『モルグ街の殺人事件』でした(4)。この小説において「私」がデュパンの分析的才能について語った場面に続いて、《 私はよく二重霊魂という昔の哲学について考えふけり、二重のデュパン - 創造的なのと分解的なのと - ということを考えて面白く思うのであった》とあった部分に三浦は着目し、シュヴェーグラーの『西洋哲学史』をしらべて「昔の哲学」がアリストテレスのヌース(理性)論であり、ここで説かれている「能動的理性」(永遠で肉体から分離しうるもの)が「創造的なデュパン」に該当し、「受動的理性」(有限で個人的なもの)が「分解的なデュパン」に該当するのだろうと見当をつけます。若かりしころ(戦前の)の三浦は、ポーがアリストテレスのこの「能動的理性」を唯物論的に創造的な立場にいる人間の精神活動と見ぬいたことに驚嘆します(5)が、そこからすぐに理論の構築に進んだわけではありませんでした。1950年にスターリン言語学の批判を行ったことをきっかけとして、かねてから興味のあった「人間の自己分裂」の理論の構築に着手したというわけです。

 


     ~~~     〜〜〜


(1)このシンポジウムは、当時の左派系学者の集まりである民主主義科学者協会(通称「民科」)主催で行われたものです。三浦のほかは、大島義夫、石母田正(いしもたしょう)の二人が報告者となっています。

(2)三浦はこのあと、1951年中には、「言語における矛盾の構造」の元となる諸論考をも収めたガリ版製の「言語過程説の展開」を書き上げます(三浦は後年、《 スターリンの言語学論文を批判した後に、私は自分の言語理論を体系的にまとめる仕事をはじめました》[『言語過程説の展開』巻頭言]と述べています)。


 『国語学原論』の元となる論文を矢継ぎばやに書き連ねた1937年における時枝誠記のように、1951年における三浦は共産党を除名になることをも恐れずに、矢継ぎばやに自分の書きたいように論文を書き連ねます。時枝は、1937年から1941年にわたる自分のことを《 堤の水は、遂に切って落された。もはや私は敢然として、この激流を泳ぎ切るより外に生きる道がないことを自覚した》、そしてその姿は《 死出の装束を纏った獅子奮迅の姿》とまで述べています( 時枝誠記『国語学への道』【三省堂、1957年10月】93~94頁。この自伝的回想録によると、時枝は背水の陣を布いて1937年3月、通説とまったく異なる独自の品詞論[ 詞辞論]を展開した「文の解釈上より見た助詞助動詞」【『文学』3月号】を発表し、続いてその流れからまた独自の言語本質観を説いた「心的過程としての言語本質観」【『文学』1937年6月号、7月号】を発表します。この一連の流れについて、《 堤の水は、遂に切って落された。…》という表現が使われています )が、このときの三浦も同じような心境だったのではないでしょうか。三浦の場合は案の定共産党を除名になり、論文発表の場も奪われることになったので、時枝以上に大変だったと思われます。いずれにせよこの論文は、ひとりの学者として引くにひけなくなった三浦が、スターリンやスターリンを担ぐ哲学者たちに対する本格的な批判に踏みきった記念碑的な論文だったといえるでしょう。

(3)時枝誠記『国語学原論』(岩波書店、1941年12月)41~43頁。
(4)三浦が『モルグ街の殺人事件』のこの部分に着目し、シュヴェーグラーの『西洋哲学史』をしらべたのは、戦前の話でした(三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』【勁草書房、1972年11月】66頁)。
(5)三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』63頁。





(2020/6/17 脱稿  2026/5/6 更新、再掲)

 

2026年05月06日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 13

1951年


 「なぜ表現論が確立しないか」を書いた1951年、三浦はみずからの言語理論を体系的にまとめる仕事に着手して、ガリ版直筆製の約300頁・11章からなるプリント「言語過程説の展開」を書き上げ、ごく少数の人に配っています(これは1941年に執筆したプリントとは異なります)。けれども三浦はやはり1冊の本として出したいという思いから、これを増補したものを書き上げ、古い友人の協力で某出版社と話が一時まとまるも結局出版されず、のちに内容を大衆的な構成と叙述に改め、講談社から『日本語はどういう言語か』(講談社、1956年9月)として刊行されました。この未公表の「言語過程説の展開」の内容は、時枝理論に対する分析・訂正、上部構造について体系的に述べたもの、および細江逸記の動詞時制研究についての検討などとなっています。また、上田博和氏は、この「言語過程説の展開」の抜き書きが「言語における矛盾の構造」という論文の大部分を占めるのではないかと推察しています。

 公になった論文・著書で三浦言語理論の形成過程をたどってみると、次のようになります。

「弁証法は言語の謎をとく」(『思想の科学』、1948年5月)

     ↓

「なぜ表現論が確立しないか」(『文学』、1951年2月)

     ↓

「言語における矛盾の構造」(『思想』、1954年6月)

     ↓

『日本語はどういう言語か』(講談社ミリオンブックス、1956年9月)

 

     〜〜〜

 以上は、以下の文献を参照にしています。


○『日本語はどういう言語か』季節社、1999年9月版。解説(上田博和氏)。
○「言語における矛盾の構造 - マルクス主義における言語学」(『思想』、1954年6月)第4節注(9)。『スターリン批判の時代』113頁。
○『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月)巻頭言。




(2020/6/22 脱稿  2026/5/8 更新、再掲)

 

2026年05月08日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 14

1954年6月
「言語における矛盾の構造 - マルクス主義における言語学 - 」


「種類としての表現」論


  この論文で三浦はまず、商品と言語を比較して、商品において労働のもつ矛盾を分析することが重要であるのと同じように、言語においては認識のもつ矛盾の分析、すなわち私的認識が社会的な形態を獲得する過程を分析することが重要であると指摘して、絵画と言語を比較することから分析をはじめます。

《 いま、絵画と文字とを用意し、それぞれに加工をほどこしてみよう。肖像画の首や手足を二倍に太くしたり、顔に用いられた曲線を直線に変えて長方形としたりすれば、原作はひどく歪められてしまう。ところが文字では、ペン字の太さを二倍にしようと、活字体に修正しようと、ネオン管で複製しようと、その内容には何の変化も起らない。これは重要な差別である。この事実は、言語の意味が表現形象の感性的な面と直接の関係をもたないことを示している。しかしまったく関係がないわけではなく、点の位置の移動(太←→犬)、点の加減(水←→氷)、線の長短(未←→末、甲←→申)などによって、原作はひどく歪められてしまう。言語学者はこのような事実を検討しようとはしない。表現形象を現実の事物と直接にくらべてその性格を論じるだけである。たとえば「花」「はな」(flower)などを事物とくらべて、次のように主張する。
「記号と記号で示されているものとの間には何の必然的な関連もない。」
たしかにそうだ、 --感性的な面にしがみついているかぎりでは。けれども、いまの加工の結果が証明しているように、言語の意味は感性的な面と直接の関係をもたないのだから、このテーゼをいくら強調したところで言語の本質をついたことにはならない》(三浦つとむ「言語における矛盾の構造」【『思想』1954年6月】。傍線は原文では傍点)

 先日、スペインで聖母マリアの絵画修復で出来上がった絵が元の絵と違う表情になっていたとして、国際的なニュースになっていましたが、絵画ではちょっとした線描のちがいであっても原作を歪めたことになってしまいます。一方、言語の複製では、それを活字で書こうが、手書きで書こうが、人文字で書こうが、アスキーアートで書こうが、それがある一定の種類に属していることが維持されていれば、内容を歪めたことにはなりません。ところが「間←→問」のように、少しの変更でも、それがある一定の種類に属していることを逸脱してしまえば、それは表現を著しく歪めたことになってしまいます。絵画と言語にはこのように表現としてきわめて大きな差異が存在するといえるでしょう。さらに三浦は、ここから次のように考察を深めていきます。

《 言語が直接表現するのは概念である。これは事物の感性的な面を捨象した認識であり、普遍性における認識である。従って、普遍的な認識を直接表現し模写するには、表現形象がそれに対応した普遍的な面をもっていなければならない。この普遍的な面の創造がすなわち表現でなければならない。符号や記号は、感性的な形象の面ではなく一定の種類に属しているという普遍的・超感性的な面で、概念の普遍的・超感性的な性格に対応し、その意味での模写として表現されているのである。だからこそ、その種類に属するかぎりでは感性的にどんなに大きな修正をほどこすことも許されるし、また感性的にいくら小さな修正でもそれによって他の種類に転化するような場合は許されないのである。また、わたしたちの創造した形象ではなく、自然にある形象であっても、それが一定の種類に属するという面に、言語の種類との結びつきさえあたえてやれば、この自然物は言語の代用品としての機能をはたすことができる。これが花言葉の本質である。


 言語ばかりでなく、すべて表現は感性的にして同時に超感性的な存在である。表現の意味・内容が商品の価値と同じように超感性的な関係として感性的な表現形象に結びついているからである。言語では、この表現形象自体がさらに二重化していて、超感性的な意味・内容が表現形象の超感性的な面において結びついている。この眼に見えぬ関係を追跡して眼に見えぬ二重性を見やぶることなくしては、言語の真の構造をあきらかにすることができない。見ぶりと見ぶり言語を正しく区別することができない。釣った魚の大きさを手真似で示すのは、対象の感性的な模写であって、いわば身体で描いた絵画であり、単なる見ぶりである。これに対して、親指と人差指で円をこしらえて紙幣を要求するのは、形象の種類の面で概念を表現したのであって、いわば身体で描いた文字であり、見ぶり言語である》(同上。傍線は原文では傍点。太字は引用者)

 ここで三浦がいうような、言語においては超感性的な意味・内容が表現形象の超感性的な面において結びついているという事実は、関係概念でしか説明できないので、おそらく物質の論理で証明することは不可能でしょう(1)。けれども、この事実は、多くの場合、言語理解の実践の結果をもって証明することは可能です。たとえば、私が「私はきのう、午後5時に夕食を食べました」と書いた紙を渡して、その意味を人にたずねた場合、おそらく小学生以上のほとんどの人がこの言語表現の意味を正しく理解することができるでしょう。そして、私が、この人びとの言語理解が正しいことを確認したならば、その時点で、私の言語表現すなわち私が紙に書いた一連の文字の連なりの背後の「対象→認識→表現」の各過程は正確に反映し合っているということ、すなわち各過程は超感性的につながり合っているということの、実践的な証明となることでしょう。目には見えないけれども、「対象→認識→表現」の間には、実践が証明するとおり、関係がある、つながりがあるのはたしかです。日々のみずからの言語実践の結果を鑑みても、このことを否定する人はいないでしょう。そこで、次に問題となるのは、この事実をどのように説明するか、ということです。多くの言語学者は、「記号と記号で示されているものとの間には何の必然的な関連もない」という言語学的不可知論を展開するか、それは哲学や認知科学、心理学の問題であるとして説明を放棄してしまっているか、のどちらかの場合がほとんどです。このあと、言語表現と不可分の非言語表現についての三浦の説明をひと通りみたあとで、この事実の三浦の説明をいま一度私なりにまとめて提示しておこうと思います。

     ~~~     〜〜〜

言語表現と非言語表現

 音声や文字や手のかたちに感性的な面が存在することは自明ですが、この感性的な面は超感性的な面から相対的に独立して存在しており、独自に発展する可能性が与えられています。種類としての超感性的な面の表現が言語表現であるならば、感性的な面の表現は非言語表現であると三浦は規定して、この両者を統一してとらえるべきことを主張しています。

《 言語の表現形象は、感性的でなければならない。そうでなければ相手に訴えることも、一定の種類に属するものを他の種類から区別することもできない。この区別のために感性的な「分節」が必要になる。このように、感性的な面は否応なしについてまわるのであるが、だからといって決して無用の長物ではなく、二義的ではあるが、感性的な面も表現としての性格をもっていることに注意しなければならない。この感性的な面での表現は超感性的な面に対立しており、質的に異ったものであるが、内容においては相互に浸透しあっている。そのために、表現形象の二重性を見やぶることのできなかったこれまでの理論では、この対立を抹殺し相対的な独立を無視して、すべてを言語表現として一しょくたに扱ってきた。わたしたちは、日常の会話において、声を大きくして強い感情を表現し、テンポをおそくして落ちつきを表現し、抑揚をあたえて部分を強調するなどの方法をとっているが、これらはすべて感性的な面での感性的な表現であり、本来の言語表現に伴ってはいてもこれと区別しなければならないものである。この区別は、文学理論ことに詩歌の理論にとって重要な意義をもつ。詩歌におけるリズムや押韻や定型の問題は、一部の人たちが考えているような形式上の問題ではなくて、感性的な面での表現の問題として考えられなければならないからである。感性的な面での表現内容は、超感性的な面での表現内容と相互浸透はしているが、そこには独自性があり、相対的な独立を有しているからである》(同上)


 言語表現が超感性的な概念の表現それ自体による認識の表現であるのに対し、非言語表現は概念に結びついている感性的な面、すなわちたとえば声音や字体などによる認識の表現であり、このように言語に言語表現と非言語表現とが統一されている事実を、三浦は「言語表現の二重性」あるいは「言語で表現される認識の二重性格」と名づけています(2)。この非言語表現の側面も時代とともにさまざまな発展を遂げています。現代では、WordやExcelなどのアプリケーションを使うことによって、字体の大きさや色や種類を誰でも簡単に操ることができるようになり、事実ブログのなかにはこの非言語表現の面で独創性を発揮して人気を博しているものも多数存在します(3)。


  以上の三浦の非言語表現論を含む言語表現論をいま一度私なりにまとめて、以下に提示しておこうと思います。


【 言語は表現の一種であり、言語表現には、概念すなわち対象の種類としての認識すなわち超感性的な認識が表現されており、これが表現形象の超感性的な側面に関係として結びついている。言語表現は、この超感性的な表現の系列と、音声や文字の感性的な表現形象における表現すなわち感性的な表現の系列との統一として現象している。すなわち言語では、概念の表現という特殊な形態ゆえに、感性的な表現の系列と超感性的な表現の系列とが相対的な独立として現象しており、かつこれらが不可分に統一されている。すべて表現は、背後に「対象→認識→表現」という過程的構造が関係として存在する。言語では、対象と表現との間には、形式的に一見なんの関係もないように思われる場合が多いが、個々の具体的な言語表現の背後には、この各過程が超感性的な種類の面において相互に結びついているのである。ただし、この「対象⇔認識」や「認識⇔表現」という各過程には矛盾が存在し、「表現」として現象していないのに、「認識」や「対象」が存在する場合(時枝のいう零記号)もあれば、「認識」や「対象」が存在しないのに「表現」が存在する場合(猫のタイピングなど)もあるので、注意しなければならない 】

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「対象→認識→表現」という図式

 三浦は、この論文ではじめて、言語表現行為の具体的な過程の図解を示しています(4)。これは、2年後すなわち1956年に発表する『日本語はどういう言語か』でも採用された図解と同じものです。この図解の優れているのは、「対象→認識→表現」という言語表現の過程的構造をたんに図示しているだけでなく、過去の言語表現から抽象された社会的な約束に関する認識が個々の具体的な言語表現を媒介する過程も描かれている点です。これによって、「対象→認識→表現」の各過程がそれぞれ個別的な面を維持しつつ、同時に普遍的な面すなわち種類としての側面すなわち超感性的な面において相互につながり合っていることを合法則的に理解することができます。「対象→認識→表現」という図式それ自体は表現一般に該当するものですが、ここでは三浦は言語表現の場合の認識の矛盾を図解することによって、言語の社会性という特徴を合法則的に表現することに成功しているといえるでしょう。また、言語表現の背後にこの基本図式を想定しておかないと、概念をアプリオリなものとして扱ったり、言語表現行為の過程から対象の存在を除外してしまったり、「記号と記号で表されるものとの間には必然的な関係は何もない」という不可知論の跋扈につながったりするので要注意です。ちなみにここでいう「対象」は、現実の世界の実在物である場合もあれば、認識の場合もあるし、表現が対象となる場合もあります。しかも「対象→認識」という過程も、実際には「対象⇔認識」というように往復運動的過程である場合が多くあり、「認識→表現」の過程もまた然りです。また、「対象→認識→表現」の物質的基礎についてもう一度確認しておくことも重要です。「対象」は認識の対象であり、現実の世界の事物であることもあれば、認識のとらえなおしや規範の概念のスライドによって認識が対象になることもあれば、表現(物質)が対象になることもあります。いうまでもなく認識の基盤は脳細胞にあります。表現の物質的基礎は音声や紙や手のかたちや点字盤などになります。

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「ラング」と辞書

 第3節「ソシュール理論の認識論的性格」では、ソシュールのいうラングが個々の具体的な言語といかにかけ離れた存在であるかについて、くわしく論じられます。たとえば、文字を知らない幼児がたまたまパソコンをいじってわれわれに理解可能な言葉をタイピングしたり、日本語をまったく知らない外国人が日本語の音声をまねて発音した場合、これらの記号を言語と呼ぶことができるでしょうか? 三浦は否といいます。なぜなら、《すべて表現活動は作者の認識を物的な形象によって模写し外面化すること》(同上)だからです。三浦にとって、個々の具体的な言語とは、すべて「対象→認識→表現」という具体的な過程をへて表現されたところのものなのです。


 続いて三浦は、ソシュールのいうラングの辞書的な性質、すなわちそのアプリオリな概念集合体としての性質について語ります。

《 いま、手もとにある辞書から、手あたりしだいに一行をひろいだしてみよう。
「混然(コンゼン)入りまじっていずれとも明瞭でないこと」
常識では「混然」があつめられのせられた言語と考えられ、「入りまじって……」はその説明と見られている。ソシュール的に考えれば「混然」が「言語(ラング)」の表出である。たしかに外観は言語とかわりがないが、普通の言語のときは事物のありさまが認識の対象であるのに、辞書の原稿の筆者にとっては「混然」と書かれあるいは印刷された表現形象そのものが認識の対象であることを考えなければならない。彼は、事物のありさまを概念として認識し表現したのではなく、文字についての表象を模写し表現したにすぎないのである。これは一種の絵画である。そのつぎの「コンゼン」も、音声の表象を表現したものである。それぞれの音を表現するために個々の表音文字をならべてあり、その意味での言語表現が行われていることは、全体が一概念の表現としての言語であることを意味するものではない。(言語であり且つ言語でないという矛盾! 楽譜と文学とのちがいもこれと同じことである。) それゆえ、このなかでは「入りまじって……」だけが言語なのである。(中略)
…ソシュールの学派の説明では、言語活動はまず概念から始められ、頭のなかで概念をよびさますと、これとかたく相連結している聴覚映像がよびさまされ(すなわち「言語〔ラング〕」のはたらき)て発音器官の運動神経を刺戟し、音波がおこって相手の耳に伝わるということになっている。認識の対象はまったく切りすてられており、対象なしの概念が出発点となっている。たしかに、想像や記憶で語っている場合は現実に眼の前に対象がないから、概念を出発点とするのが正しいようにも思えるかも知れないが、野球の実況放送などはどう説明するのであろうか。
「あッ……、打ちました、球がグングンのびています……スタンドにはいりました、ホームランです……満場総立ち……」と叫んでいるのを、対象を無視してとりあげてよいのであろうか。このような、対象の現実に存在する場合こそ、言語表現の基本的なありかたであって、想像や記憶の表現はこの変容として検討しなければならないにもかかわらず、ソシュール学派の人たちは対象の存在を無視している》(同上。傍線は原文では傍点)

 辞書における「見出し語」は文字についての表象を表現したものにすぎず、ソシュール的にいえば「ラングの表出」でしょうが、あくまでもこれは具体的な言語ではありません。表現の背後に「対象→認識→表現」という過程が存在しないからです。なぜソシュール理論が具体的な言語表現から離れた「記号の体系」を研究の中心にすえるようになってしまったのかというと、認識の対象を切りすててしまったからであると三浦はいいます。認識の対象を切りすててしまうと、概念をアプリオリにもってくるしかなくなります。概念をアプリオリにもってくると、現実の具体的な言語からはどんどん離れていってしまうというわけです。言語表現の基本形は、三浦のいうように、目の前の対象をとらえて表現する態のものであり、記憶や想像の表現はこの基本形の変容として理解すべきでしょう。

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「言語規範による表現の媒介」論

 三浦は第4節「いわゆる『ラング』なるものの正体 -- 直接表現される認識と媒介する認識との分離」において、はじめて、「言語規範による表現の媒介」論を具体的に展開します。それについて紹介する前に、まず、三浦が「ラング」の正体について語った部分を引用します。

《 長い文章のなかで一つくらいわからない単語があっても、何とか想像できないわけではない。「ロングフェロー・ディーズ氏は、tube を演奏するのが趣味である。」と書かれているなら、tube とは演奏の道具すなわち楽器の一種らしいことは想像できる。tube は「管」であることを知っているなら、それから推してこれが恐らく管楽器であろうというところまでつかめるはずである。英和辞書をひくと「一種のラッパ」という説明文がついている。これだけでもわからなくはないが、これでは楽器の大きさや形まで知ることはできない。もっと具体的なイメージを思いうかべるために、絵か写真を見たいという気持も出てこよう。それゆえ、挿画入りの辞書は辞書の機能をヨリ高めるばかりでなく、また辞書の本質を見ぬくために重要な存在である。そこには、ソシュールのいうように「言語(ラング)」そのものが表出されているのでは決してない。対象について理解するための文章があり、その対象を一概念としてとらえて表現するときの表現形象はこういうものだとそのかたちの見本を示してあるにすぎないのである。辞書は社会的な約束そのものを直接に示すことができないので(超感性的だから ! )対象についての理解を媒介としてそれを推察させる(矛盾 ! )のである。従って説明文がまちがうと対象について誤解し、社会的な約束をもまちがって推察することになる。認識から対象をきりはなすソシュール学派の考えかたでは、この辞書の構造をつかめなかったのも当然である。
辞書を引いて一度 tube の意味を理解できた人は、それ以後、同じ種類の対象なら、楽器店のウインドにあろうと、NHKのスタヂオにあろうと、同じく tube と表現することができる。なぜか?同じ種類に属する対象には同じ種類の表現形象を使うという社会的な約束を自分のものにしたからである。母親が幼児に対象を指さしながら、「これ、ネコよ、いってごらんなさい、ネ、コ……」と語りかけるのも、対象と表現形象の結びつきを示して、社会的な約束を教えようとするのである。幼児は、生活のなかで多くの言語表現に接することによって、このとき指さされた一個の対象ばかりでなく、同じ種類の動物でありさえすれば同じ種類の形象を使うということを会得していく。このように、個々の具体的な言語が持っている対象→認識→表現の具体的な結びつきのなかには、社会的な約束に基いた普遍的な関係がふくまれており、この普遍的な関係を抽象して認識しその後の言語表現を媒介させるのがいわゆる言語の習得である。この抽象的な認識こそ、ソシュールのいう『言語(ラング)』の正体である》(同上。傍線は原文では傍点)

 このように、言語の習得に利用される社会的な約束に関する抽象的な認識の総体がソシュールのいう「ラング」であると三浦はいうのです。つまり、「ラング」とは、具体的な言語でもなんでもないのです。「対象→認識→表現」という具体的な言語実践の結果、抽象され蓄積された社会的な約束の総体であり、三浦は後年本格的な意志論を展開して、そのなかでこの社会的な約束を観念的に対象化された意志のひとつのありかたであるとして、「言語規範」と呼んでいます(5)。言語規範は実際に物質的に表現される具体的な音声や文字や手のかたちではなく、あくまでも観念的に対象化された意志のひとつのありかたであり、言語に関する社会的な約束の総体です。一般には、この社会的な約束を獲得することを言語の習得と呼んでいます。ヘレン・ケラーがサリバン先生の導きで「water」という指文字の表現形象と水という現実の対象との結びつきを理解した際の逸話は有名ですが、彼女はこのとき、「水」という対象の種類としての側面と、「water」という指文字の種類としての側面とが、みずからの認識を媒介として結びついていることを自覚したのです。そして同時に彼女は、この種の「言語の習得」がいろいろな対象について行えることを自覚して、一気に世界が開けたように思えて喜びに満たされたのです。


 一方で、この社会的な約束すなわち言語規範は、個々の具体的な言語表現行為の際にも関わってきます。

《 ……認識を相手に伝えるには、まず感性的な物質を通じて相手の感覚に訴えなければならない。それで言語も音声(聴覚)文字(視覚)点字(触覚)などの感性的な形象を用いている。この、超感性的な認識を感性的な形象によって伝えなければならないという事実、これを言語表現に独自の客観的な矛盾としてとらえ、この矛盾がもって自らを実現すると共に解決するところの運動形態を認識と表現とのなかにたぐっていくことこそ、弁証法的唯物論の立場からの言語の分析である。矛盾はまず存在しそれから解決に媒介されるものとばかり思いこむのは形而上学であって、矛盾の実現自体が直接に解決でもあるような運動形態の存在をも自覚するのが解決についての弁証法的な理解であり、これを欠いたのでは言語の矛盾は分析しえない。これまでマルその他がマルクス主義言語学者と称しながら言語の矛盾の分析を全く行わなかった理由も、一つは矛盾の形而上学的な理解にもとづいていることを指摘したい。

 第二節でのべたように、超感性的な認識を感性的な形象によって伝えなければならないという矛盾は、表現形象の二重化として、超感性的な面での表現との対立の直接的な統一として、現象している。弁証法について通じている読者は、直接性と媒介性とが不可分であることから、この直接的な統一の背後に、認識における媒介運動の存在を推定されるであろう。まさにそうなのだ。そして、ここから、ソシュールの「言語(ラング)」や言語の「材料」と呼ばれているものが、言語表現に独自の矛盾がうみだした特殊な認識であることや、それ自体は言語の基盤でも材料でもなく言語表現の媒介者であることや、この特殊な認識の形態ゆえにあやまって認識そのものが言語であるかのように解釈されたことまでも、おぼろげながら想像することもできるはずである。弁証法は、こうして言語の謎を解いていく》(同上、傍線は原文では傍点。太字は引用者)


《 具体的な言語は、特定の語り手が特定の時刻に特定の場所で特定の対象について語ったものであるから、対象→認識→表現はこの意味での特殊性をもっている。概念は対象の普遍的な面をとらえていても、その背後には特定の感性的な認識がかくれており、また特定の個人の認識として存在している。表現形象が特定の感性的な面をもつことはいうまでもない。ここから普遍的な関係を抽象するのであるから、認識においても、表現においても、当然個人的な性格は捨象されてしまう。ソシュール的にいえば、「物理的な部分は雑作なく取除けられ」てしまう。まさにそのために、この抽象的な認識を、ソシュールは個人以外に存在する実体であるかのように歪めて解釈して、「言語(ラング)」は「個人を外」にした部分と説明することにもなったのである。これは、幾何学で「線」や「面」を抽象して扱うのを、これらがそのままのかたちで個人と無関係に客観的に存在するかのように思いこむのと似ている。

 時枝氏は、「言語(ラング)」の正体を、「個物を通し帰納せられた普遍的概念に相当するもの」と見た。これは正しかったのだが、惜しいことに検討がここで挫折して、あとは個人の整序能力であると解釈されてしまっている。すでに「辞書は……言語的表現行為、或いは言語的理解行為を成立せしめる媒介となるもの」と見たからには、ここから「言語(ラング)」の正体が媒介のための認識ではないか、具体的な表現のための具体的な概念とは別に「普遍的概念」が存在するのではないか、を疑うべきだったのである。この概念の二重化は、実に、超感性的な認識が感性的な形象によって表現されなければならないという矛盾を原動力として媒介されつくりあげられた、言語表現に特有の概念形態である。この二重化を発見してその過程を説明できなかったところに、これまでの形而上学的なソシュール批判の限界があり、克服することのできなかった原因がある》(三浦つとむ「言語における矛盾の構造」。傍線は原文では傍点。太字は引用者)

 概念という超感性的な認識を感性的な形象によって伝えなければならないという矛盾を、三浦は言語表現に独自の客観的な矛盾としてとらえ、《この矛盾がもって自らを実現すると共に解決するところの運動形態を認識と表現とのなかにたぐっていく》ことが重要だと指摘します。三浦はこの種の矛盾の実現が同時に解決でもあるような矛盾について、マルクスの『資本論』に含まれる記述(6)からヒントをえて、これを「調和する矛盾」あるいは「非敵対的矛盾」と呼んでいます。すでに見てきたように、表現としての具体的な音声や文字には概念の種類としての側面が反映しており、表現形象は明らかに感性的かつ超感性的というように二重化しています。では、その表現の元となった認識の段階において、超感性的なものと感性的なものとを結ぶ媒介運動がすでに存在していたはずです(7)。三浦はこの媒介運動を、ソシュールのいうラングに相当する「特殊な認識」による媒介運動であるとしました。この媒介運動をヨリ具体的にいうと、具体的な表現のための具体的な概念を、言語規範における感性的な形象と不可分の「普遍的概念」が媒介し、これによって具体的な概念の表現形象を決定させ、表現へとつなげているのです(8)。

 個々の具体的な言語表現においては、まず対象についての概念が成立し、これに言語規範の「普遍的概念」が関係することによって観念的な形象が決定し、それから認識における概念が止揚され、物質的な表現形象としての言語が成立するというわけです。このように、「言語規範による表現の媒介」論は必然的に「概念の二重化」論を含みます。私はこのブログの『〈概念の二重化〉説1~3』において、小川文昭氏との議論を通して「概念の二重化」論について詳しく論じています。興味のある方はそちらを参考にしてみてください。

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 私はこの論考の「2」において、三浦つとむの言語理論における4つの鍵概念を以下のように規定していました。

(a) 言語表現の特質は、概念とよばれる認識の種類としての表現というところにある。
(b) 超感性的な概念を感性的な音声や文字に表現することが可能であるのは、言語規範による表現の媒介によるものである。
(c) 表現はすべてその背後に「対象→認識→表現」という図式が存在する。
(d) 観念的な自己分裂の理論。

 以上見てきたように、三浦の言語研究は1932年に始まっていますが、(a)~(d)の鍵概念のすべてが、1954年に発表された「言語における矛盾の構造」までにその理論の土台となる考えかたができあがっていたと見ることができるでしょう。各概念にはそれに付随する考えかたや理論があるのでそれを合わせて覚えると理解しやすいのではないかと思います。「種類論」は「言語表現と非言語表現」論と、「言語規範による表現の媒介」論は「概念の二重化」論と合わせて検討し、「対象→認識→表現」という図式は表現論の基礎であると同時に、観念論的誤謬に陥らないための防波堤の役割をもかねていることや、観念的な自己分裂の理論は言語理解の際の認識構造や時の表現の構造などを理解するのにきわめて役に立つということなどを抱き合わせて覚えると、理解がヨリ一層進むのではないかと思います。


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(1)三浦が「超感性的」という言葉を用いたのはこの論文が初めてです。
(2)三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月)390頁。手話における表情豊かな表現の仕方もこの感性的な表現の系列に属します。コロナ禍において、一時期マスクをしながらの手話が行われていましたが、ある時期からマスクがフェイスシールドに取って代わられたのを見て、手話における感性的な表現の系列の重要性をあらためて認識させられました。
(3)かつてテキストサイトというブログの前身のようなPCサイトで、「侍魂」という個人運営の人気のサイトがありました(「ヒットマン事件簿」などが有名)。作者は、文字の色や大きさを自在に変えることにより、面白味やインパクトを醸し出し、内容のおもしろさも相まって若者から絶大の人気を誇っていました。また、言語の継時的特質を利用して、何もない背景黒の画面を継続的に現出させることにより、時間的なためをつくるなど、目的的な「零記号」的表現も使われており、言語における非言語表現のもつ可能性を感じさせるものだったといえるでしょう。
(4)三浦つとむ『スターリン批判の時代』(勁草書房、1983年4月)108頁。


(5)三浦つとむ『認識と言語の理論・第一部』(勁草書房、1967年7月)。第三章「規範の諸形態」。
(6)《 すでに見たように、諸商品の交換過程は、矛盾した・且つ相互に排除しあう・諸関連をふくんでいる。商品の発展は、これらの矛盾を止揚しはしないが、しかし、これらの矛盾がそれにおいて運動しうるところの、形態( Form )を創造する。かくの如きは、総じて、現実の諸矛盾がもって自らを解決する方法である。たとえば、ある物体が飛び去るということは、一の矛盾である。楕円は、この矛盾がもって自らを実現するとともに解決するところの、運動諸形態の一つである》(マルクス『資本論』第一巻第一篇第三章第二節)
(7)ヘーゲルは『大論理学』において、次のように述べています。
《 媒介と同時に直接性を含んでいないものは、天にも、自然にも、精神にも、どこにも存在しない》
(8)三浦は後年、この「概念の二重化」について次のように述べています。
《 ソシュールは思想を「不定形のかたまり」にしてしまったから、この学派の学者の発想では音声言語で表現されている概念も、 langue の一面である非個性的な概念が思想と結合することによって具体化され個性的になったものと解釈されている。だが実際には言語規範の概念と、現実の世界から思想として形成された概念と、概念が二種類存在しているのであって、言語で表現される概念は前者のそれではなく後者のそれなのである。前者の概念は、後者の概念を表現するための言語規範を選択し聴覚表象を決定する契機として役立つだけであって、前者の概念が具体化されるわけでもなく表現されるわけでもない。概念が超感性的であることは、この二者の区別と連関を理解することを妨げて来た。言語規範の概念は、ソシュールもいうように聴覚表象と最初から不可分に連結されている。連結されなければ規範が成立しない。これに対して、表現のとき対象の認識として成立した概念は、概念が成立した後に聴覚表象が連結され、現実の音声の種類の側面にこの概念が固定されて表現が完了するのである》(三浦つとむ『言語学と記号学』勁草書房、1977年7月。27~28頁。傍線は原文では傍点。太字は引用者)


 私は拙著『言語過程説の研究』第2章第4節において、言語表現過程における「概念の二重化」の図式を以下のように図示しています。「A」は超感性的な側面を、「B」は感性的な側面をあらわしています。

(川島正平『言語過程説の研究』85頁)






(2020/7/1 脱稿  2026/5/8 更新、再掲)

 

2026年05月08日

三浦つとむの言語理論、その形成過程について 15

まとめ


 この論考の最後に、私の掲げた三浦言語理論における4つの鍵概念のそれぞれの形成過程について、個別に概観しておこうと思います。

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(a)「種類としての表現」論

1932年
《言語は、現象において個別的なものがそれ自身一般的であることを人間が認識するとき発生の可能性があたえられ》、そこから平面的・立体的に一般的な面の認識が発展していくものと予測する。

1940~1941年
言語(音声言語、文字言語、身ぶり言語)を声、絵画、身ぶりなどの「個別的表現形式」から転化した「一般的表現形式」であると規定する。

1948年
簡潔な、はじめての「種類としての表現」論を展開する。言語においては、《感覚的なものをもたぬ概念は同様感覚的なものを持たぬ種類において表現されている》とし、言語を個別的な表現形式と一般的な表現形式との統一体として規定する(『弁証法は言語の謎をとく』)。

1954年
図解とともに本格的な「種類論」を展開する。言語においては、表現の超感性的な側面に概念が表現されており、その表現形象がある一定の種類に属していることが維持されていれば、表現の媒材がどんなに変化しようが、また表現の感性的なかたちがどんなに変化しようが、表現の内容をゆがめたことにはならない。言語表現の本質は、この認識の種類としての表現というところにある。一方、言語表現における感性的な面における表現は非言語表現であり、言語表現との統一において把握すべきことを主張する(『言語における矛盾の構造』)。

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(b)「言語規範による表現の媒介」論

1954年 「言語における矛盾の構造」
ここではまだ「言語規範」という用語は使われていないが、個々の具体的な言語表現から抽象された社会的な約束に関する抽象的な認識が個々の具体的な表現を媒介することで、言語表現は成立していることがこの論文ではじめて示される。この社会的な約束すなわち言語規範による媒介運動についてヨリ具体的にいうと、言語表現においては、具体的な表現のための具体的な概念を、言語規範における感性的な形象と不可分の「普遍的概念」が媒介し(概念の二重化!)、これによって具体的な概念の表現形象を決定させ、表現へとつなげている。このように、「言語規範による表現の媒介」論は、必然的に「概念の二重化」論を含むことがここにおいて明らかにされる。

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(c)「対象→認識→表現」という基本図式

1932年
現実の世界の構造を基礎とした上で言語の構造を分析すべきことを予想する。また、言語は表現の一種であり、その表現のプロセスを研究すべきことも予想する。

1936年
すでに「対象→認識→表現」という図式を前提に、モンタージュ論やブハーリン主義の批判を行っていた。認識と表現との次元のちがいについても理解していた。

1948年
反映論を背景に、表現における「対象→認識→表現」という基本図式を定式化(『弁証法は言語の謎をとく』)。
「対象→認識→表現」という図式を前提に、具体的な表現論を展開する(「芸術学の変革」)。

1954年
言語表現行為の具体的な過程の図解(「対象→認識→表現」という図式を含む)をはじめて提示する。この図式が表現および言語表現の図式として本格的に定式化される。

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(d)観念的な自己分裂の理論

 戦前にすでにポーの『モルグ街の殺人事件』のなかの記述から、現実的な自己から観念的な自己が分裂して創造的な精神活動を行いうることを知ってはいたが、これを理論的に深める作業までは進まなかった(「『二重霊魂』説の系譜」)。

1948年
 言語の理解についての論理的な分析の文脈で、はじめて観念的な自己分裂の理論の萌芽的な記述がみられる(「弁証法は言語の謎をとく」)。
 作者と鑑賞者との相互転化について語る場面において、この理論について語る(「芸術学の変革」)。

1951年
 ガラスの鏡のたとえ。《ほかの人間の眼の位置に自分を置いて自分自身を眺めること》を想定し、そのことの論理構造を説明し、《現実的な自己から観念的な自己が分裂する事実は、対象を「鏡」とする人間の認識において常につきまとうのであって、人間の認識にとっては本質的なものである》と、マルクスや時枝やポーに学びつつ、認識および言語の理論に適用しうる理論的認識にまでこれを高めた(「なぜ表現論が確立しないか」)。


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【最後に】

イメージとしての言語と会話

 かつて、小川文昭さんが「対象→認識→表現」という構造をもつ言語について、「だんご三兄弟」にたとえて語ったことがありました(1)。「対象」「認識」「表現」という三つのダンゴが一本の串に刺さっている状態を、側面から見たのが言語の過程的構造を実体的に眺めた場合であり、この串を縦にして上から眺めたのが、現実的な表現の理解の際の状態であると、小川さんは考えました。素晴らしい比喩だと思います。実際に私たちが理解の際に直面する言語は、この串を縦にして眺めたものであり、ちょっと見には「表現」しか見えないが、実際はその後ろに「対象」と「認識」が隠れている状態のものです。私たちは、言語規範の助けをかりて、また習慣の助けをかりて、この後ろに隠れている次男や三男の存在を発見し理解する作業を日々おこなっているわけです。

 先日、EXILEのミュージック・ビデオを見ていて、ふと気づいたことがありました。あの有名な、「Choo Choo TRAIN」のはじめのロールダンスですが、あれは実際の表現としての会話の動きに似ているのではないか、と思ったのです。会話はたくさんの単語の連なりですから、だんご三兄弟がたくさん連なっていて、ひとつの単語が表現されるやいなや、いいかえると、ひとつの「表現」「認識」「対象」があらわれるやいなや、すぐにまた次の単語があらわれる、しかも会話は流れるようになされるものですから、あのロールダンスにおける躍動的な動きはまさに会話の流れをうまくあらわしているのではないか、と。ただしこの場合、固い串ではだめで、ぐにゃりと曲がるやわらかい素材の串にしなければなりませんが。また、ロールダンスなので、「表現」のうしろの「認識」が、「認識」のうしろの「対象」が、一瞬ですが少しのぞいている状態が現出するわけであり、音声言語における刹那性および継時性をうまく表しているものだと思います。ただし、この比喩は、ダンスを踊っているのがダンゴということになってしまうので、ダンゴに足を生やさせなければなりませんし、そもそも人をダンゴに変えている時点でEXILEファンにその失礼をお詫びしなければなりませんが、実際の会話というものをイメージするとっかかりとしては、それなりに面白いものなのではないかと思ったりもしています。

(1)小川文昭「三浦つとむに学んだこと」【 横須賀壽子 編『胸中にあり火の柱』(明石書店、2002年8月)所収 】

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※ コロナ休暇を機に書きはじめたこの論考も、ここで終わりです。これからも、つづけて、論文をいろいろ書いていこうと考えています。読者の皆さま、これからもどうぞよろしくお願いします。



(2020/7/7 脱稿  2026/5/10 更新、再掲)

 

2026年05月10日