三浦つとむの〈形式名詞〉論
最近、というよりもう5年くらい前から、日常会話の中で、文頭に「なので」を使う表現のかたちが急速に一般化してきた印象があります。この表現は一部では、文字言語の中でも使われる傾向があります。先日、ネットのある掲示板を見ていたら、文頭の「なので」と「だから」を比べて、「なので」の方が因果関係が緊密でなければならないと主張している人がいて、かつて三浦つとむが取り上げていた永野賢氏の学説を思い出しました。
《 「から」は、後件に対する理由や根拠を主観的に説明するものであり、言わば、後件がテーマで、前件がその解決である。すなわち、「から」で結びつけられる前件・後件は、元来二つのものであって、それが話し手の主観によって原因結果、理由帰結の関係で結びつけられる、さらに言えば、その結びつきは話し手の判断作用によるものであるから、それについては話し手の主観が充分の責任をもつ、という意味あいのものである。
これに対して、「ので」は、事がらのうちにすでに因果関係に立つ前件・後件が含まれていて、それをありのままに、客観的に描写する場合に使われる。因果関係に立つ事がらは二つのものであっても、その全体を一つの事態(一連の事件)として、なんの主観的な変更をも加えずに叙述する、裏から言えば、「ので」で結びつけられるものについては、主観の責任がない、という意味あいのものである。
これをひと口に言えば、
「から」は、表現者が前件を後件の原因・理由として主観的に措定して結びつける言い方、「ので」は、前件と後件とが原因・結果、理由・帰結の関係にあることが、表現者の主観を越えて存在する場合、その事態における因果関係をありのままに、主観を交えずに描写する言い方、 である。 》(太字は原文では傍点。永野賢『「ので」と「から」とはどう違うか』【『国語と国文学』昭和27年2月号】)
たとえば、
晴れているから、散歩に出た。
晴れているので、散歩に出た。
という例文において、「から」は「話し手の主観によって原因結果、理由帰結の関係で結びつけられる」ものであり、「ので」は「事がらのうちにすでに因果関係に立つ前件・後件が含まれていて、それをありのままに、客観的に描写する」ものである、と考えられるでしょうか? むしろ、逆のように感じられるのではないでしょうか? 多くの人は、「から」は普通の助詞であり因果関係の表現で、「ので」は「だ」という判断辞(助動詞)の連用形「で」が使われており、話し手の主観が強く関わった表現のように感じられるのではないでしょうか?
以上は、根本となる文法論の違いが、そのまま「から」論「ので」論の違いに出てきているといえます。永野氏の文法論=学校文法が形式重視の文法論であるのに対し、三浦の理論は内容重視の文法論です(現在では「ので」の内容的説明に関しては、永野氏の説が学校文法にとり入れられています)。三浦つとむは、話し手の主体的な感情や意志などの表現である主体的表現と、客体界の表現である客体的表現とを区別して、〈助詞〉〈助動詞〉などは前者、〈名詞〉〈動詞〉〈形容詞〉などは後者として規定しています(三浦の理論は時枝誠記の文法論を批判的に継承しているものです)。三浦の文法論で特徴的なのは、独特の判断辞論、〈形式名詞〉論などです。「ので」という表現は、〈形式名詞〉の「の」と判断辞(〈助動詞〉)の「で」が連結した表現であり、まさに三浦の得意分野であり、ここでもきわめて説得力のある叙述を展開しています。
まずは三浦の〈形式名詞〉論から見てみましょう。
《 いま、〈普通名詞〉を使って表現するならば
青いリンゴはすっぱく、赤いリンゴはあまい。(a)
私が干渉した行為は、よくなかった。 (b)
というところを、初出以後はもっと抽象的に、〈形式名詞〉を使って
青いものはすっぱく、赤いものはあまい。 (c)
私が干渉したことは、よくなかった。 (d)
と表現することも多いし、さらには「もの」と「こと」との段階をも超えてもっと抽象的にとらえて
青いのはすっぱく、赤いのはあまい。 (e)
私が干渉したのは、よくなかった。 (f)
とどちらも同じ形式の「の」で表現することすら、しばしば行われている。
表現の直接の基盤は表現主体の認識なのだから、認識で比較してみればこの種の語のちがいも簡単に説明できる。「晩のおかずはどんなものにしようかな。」とまず〈形式名詞〉的に考えるところから出発して、「今晩は魚にするか。」「ひさしぶりに鮪のさしみにしよう。」と、抽象的な発想をだんだん具体化していくのは、右の例のちょうど逆の場合であり、われわれの認識はこのようにある場合は抽象的なところへのぼったりある場合は具体的なところへくだったりする、のぼりくだりにおいて発展している。このようなダイナミックな展開の中で、〈形式名詞〉ないし〈形式名詞〉的な発想の役割を理解しなければならない。右の例では、対象それ自体のありかたは何ら変化していないのだが、認識がヨリ抽象的ヨリ普遍的になったために、次第にその具体性・特殊性が後にかくれてしまったのであり、その抽象的な概念を表現するために適当な言語規範がつくり出されて「もの」や「こと」が生れ、ついには「の」が使われることになったのである。
(a)の「リンゴ」や(b)の「行為」ならば、誰でも口をそろえて〈名詞〉だというにちがいない。だとすれば、これらに代って使われる(c)の「もの」や(d)の「こと」も、具体と抽象とのちがいこそあれ、やはり〈名詞〉だと考えなければならない。通説も、先に山田が論じて以来、これらを〈名詞〉と認めて、いまでは〈形式名詞〉とよんでいるわけである(「山田」とは山田孝雄のこと。山田は、『日本文法論』の中で、「ほど」「ころ」「事」「物」など抽象的な意味内容の副詞的な、接続詞的な一連の語を「体言」として規定した−−−−引用者)。さらにすすんで、(e)(f)の「の」にしても、文法の教科書に縁のない素朴な人びとなら、これも「もの」や「こと」と同じ性格の語と受けとって、やはり〈名詞〉だというであろう。極度に抽象的で、対象がどんな実在かよくわからないけれども、客観的なものごとを扱った客体的表現であるぐらい、見当がつくのである 》(三浦つとむ「日本語の〈形式名詞〉----『の』とその使いかた」『日本語の文法』【勁草書房、1975】所収。傍線は原文では傍点。太字−−−引用者)
ここでは、認識の発展に伴って〈普通名詞〉から〈形式名詞〉がつくり出される過程がわかりやすく述べられています。三浦は、ここでの「の」を、「もの」や「こと」と同じく〈形式名詞〉としてとらえていますが、学校文法では、〈格助詞〉の「の」から派生した〈準体助詞〉なるものだとされています。〈準体助詞〉とは、先行する表現を〈体言〉に準ずるものにする機能をもつという〈助詞〉です。学校文法では、単独で「文節」を作られる語を「自立語」、単独で「文節」を作ることができす、「自立語」に付いて「文節」を作る語を「付属語」と規定しており、〈名詞〉は「自立語」、〈助詞〉は「付属語」であり、両者は別々の種類のものであるとされています。しかも〈名詞〉は、文の先頭に来て主語になることができるものとされています。それで学校文法では、三浦のいう〈形式名詞〉の「の」は、文の先頭に来て主語になることもできないし、〈格助詞〉の「の」と同じ形式だということで、〈助詞〉の仲間にされてしまったのです。こうして、通説では、内容的に明らかに〈名詞〉であるはずの「の」が〈助詞〉とされており、さらには現在では、「ので」全体が〈接続助詞〉とされてしまっています。
三浦の「の」という形式の語についての考え方をまとめると、「の」には〈格助詞〉と〈形式名詞〉とがあり、さらに〈形式名詞〉の「の」には(e)の系列に属する語と(f)の系列に属する語の2種類が存在します。(e)の系列に属する語とは、対象から直接に把握した実体概念を表現する語であり、(f)の系列に属する語とは、表現された対象をいま一度媒介的にとらえなおして実体的に表現する語です。
スマホは日本製のを買う。 (e)系
スマホを買うのは彼だ。 (f)系
ここでいう(e)系の「の」はスマホという実体を抽象的に表現した語であり、(f)系の「の」は「スマホを買う」という行為を実体的にとらえなおして表現した語です(実際には、〈形式名詞〉の「の」はそのほとんどが(f)系です)。さらに三浦は、《この二種類の区別は、「のだ」「のです」「のである」などについても、〈接続助詞〉と解釈されている「ので」「のに」などについても、同じように問題にされなければならない》(同前。傍線は原文では傍点)といいます。
「で」について
「ので」の「で」を〈格助詞〉と受けとるか〈助動詞〉と受けとるかによって、「ので」全体の解釈も大きく変わってきてしまうので、つぎに「で」について考えてみようと思います。
《 〈格助詞〉「で」について、国語調査委員会の編になる『口語法』(大正五年)はつぎのように四つの場合を区別した。
(一) 動作の行われる場所を示すもの
うちで仕事をする。
こちらではじめて聞きました。
切符を三ケ所で買つてゐる。
(ニ) 動作をするときの道具・手段などを示すもの
筆で書く。
これでこしらえる。
指二本でもつ。
木ばかりで造る。
(三) 動作の行われる縁由を示すもの
お蔭で都合よくまいりました。
これで難儀しました。
試験でいそがしかった。
何やかやでとりこんでゐた。
(四) 指定の意味をあらわすもの、第一類の「で」と同じものであるが、ここでは、上のことを指定して下へ言い続けるだけの用をする。
あれは桜で、これは桃だ。
売ったのは君で、買ったのは僕だ。
牛が一匹で、馬が二匹だ。
(一)(ニ)(三)と(四)とは意味に大きなちがいがあるが、〈名詞〉に結びつくという形式的な共通点から、これも同じく〈格助詞〉だと見ているわけである。ここで「第一類」の「で」というのは、「これは熊の皮である。」のように、「ある」「ない」に伴って使われる「で」であって、これも〈助詞〉と規定されている。山田文法や橋本文法も、ここにあげられた(四)の場合を、やはり〈助詞〉と説明している。
これに対して松下文法は、(四)を断定の意味を持つものとして、〈動助詞〉の系列に入れた。一般のいいかたでは〈助動詞〉である。時枝文法も「で」に〈格助詞〉と〈助動詞〉の二種類を認めて、(四)の例に似た
体は健康で、性質は愉快だ。
の「で」と「だ」はどちらも「指定の助動詞」で、連用形と終止形とちがうだけだと規定する。私は、どちらも判断表現と見るから、時枝に賛成である 》(三浦つとむ、同前)
三浦の言うように、明らかに(四)の「で」と(一)(ニ)(三)の「で」とは異質でしょう。(四)の「で」は、「あれは桜である」ことや、「売ったのは君である」ことや、「牛が一匹である」ことの話し手の判断を、それぞれ表現していると見るべきでしょう。ちなみに永野賢氏は判断辞を「だ」しか認めなかったため、「で」に判断辞の場合があることを想定することができず、このことがのちの「ので」論「から」論に大きく影響を及ぼすことになります。
「ので」について
「ので」の「で」は、〈格助詞〉の場合もあれば、〈助動詞〉の場合もあります。山で出発したばかりのケーブルカーを見ながら、
つぎに来るので、行こう。
という場合は、先に三浦が示した(e)系の「の」と上の(ニ)の場合の「で」であり、〈形式名詞〉と〈格助詞〉とが連結されたものです。
《 そんな風に、家のなかのことはすべてお内儀さんが切り盛りして行くので、汚い風采をして玄関の机に向って坐っている亭主はいわば飾り物みたいなものでしたが、これがまた無類の好人物で、退屈しているせいかフランス語の稽古になるという口実で、しきりに人をつかまえて話しこみたがるので、初めのうちは煩さくて閉口しましたが、だんだん気心が知れて見ると、話の仕方が少しくどくてもフランス人には珍らしく見え透いたお世辞や嘘は絶対に云わないし、なかなか親切にこっちの為を思ってくれるような所もあるので、暇なときにはなるべく相手になることにしました 》(中村光夫『戦争まで』中公文庫。傍線は引用者)
これは文芸批評家中村光夫のフランスでの生活の一場面ですが、「切り盛りして行くので」の「の」は〈形式名詞〉の「の」、「で」は〈助動詞〉で、前件の結果当然後件のようなことになるという書き手の強い主観的な断定が感じられます。「飾り物みたいなものでしたが」の「もの」は〈形式名詞〉、「でし」は〈敬辞〉とよばれる〈助動詞〉で、「飾り物みたい」という低い評価を「もの」で実体的にとらえなおしてから、「でし」でこれまた断定を下し、過去をあらわす「た」に続いて〈接続助詞〉の「が」を使うことによって後件にまた前件の反対の意味内容が来ることをあらわしています。「無類の好人物で」の「で」は、〈助動詞〉の「で」で、「亭主」の人物観についての著者の判断をあらわしています。
「口実で」の「で」は、先ほどの(三)に該当する、「動作の行われる縁由を示す」〈格助詞〉の「で」です。「話しこみたがるので」の「の」は〈形式名詞〉、「で」は〈助動詞〉で、前件の内容を実体的にとらえなおしてから「で」で前件を原因として強調して判断辞を加えて表現し、後件のさらに発展させた具体化した表現へとつなげています。「所もあるので」の「の」は〈形式名詞〉、「で」は〈助動詞〉で、これも前件を原因として重視・強調して後件のさらなる具体的な表現へとつなげるかたちとなっています(中村光夫は、「ので」を多用した文芸批評家として有名ですが、戦後のある時期から「です・ます」体を採用してこの「ので」を多用することになったのは、前件の思想内容を抽象的に大きくわくづけする意識で確認し強調し、それを原因として後件の具体的な思想内容へとつなげ、論理的整合性の強くとれたところの、ダイナミックな思想的展開を意図したためと思われます。また、日本語は判断辞がしばしば零記号化されることが規範化されているために判断表現が弱くなりがちですが、「です・ます」を採用すると判断辞がつねに言表化されることになり、強い明確な判断表現の実現が可能となり、論理的表現の充実につながリます。中村はある時期からそのことに気づいていた可能性があります。『風俗小説論』以降の彼の評論を読むと、『戦争まで』や青春論・幸福論あたりまでのいわば普通の「です・ます」体を脱皮して、明らかに彼が意識的に「エラボレートして」評論に適した独特の文体を構築したことが分かります。詳述はまた別の機会に行いたいと思います)。
「ので」と「から」の違いについて
ここで、前に紹介した永野賢氏の「から」と「ので」の違いについての定義をもう一度読んで見ましょう。
《 「から」は、表現者が前件を後件の原因・理由として主観的に措定して結びつける言い方、
「ので」は、前件と後件とが原因・結果、理由・帰結の関係にあることが、表現者の主観を越えて存在する場合、その事態における因果関係をありのままに、主観を交えずに描写する言い方 》(永野賢『「ので」と「から」とはどう違うか』【『国語と国文学』昭和27年2月号】)
ここまで読んでこられた方であれば、以上の永野氏の定義が必ずしも正しいとは限らないことを理解していただけると思います。
キャッチャーがボールをそらしたから、私はホームへ走った。 (g)
という例では、後件に対する理由や根拠を話し手が主観的に説明しているといえますが、たとえば、
キャッチャーがボールをそらしたから、彼はホームへ走った。 (h)
という場合は、「彼」は話し手の主観を越えて行動していることは明らかで、話し手は前件の内容と後件の内容を結びつけただけにすぎません。明らかに永野氏の結論と異なっています。なぜこうなってしまったのかというと、やはりその〈助動詞〉論(=判断辞論)の弱さと形式主義的発想が影響しているものと思われます。彼は〈助動詞〉の「だ」のみが判断表現であると見なすことにより、「ので」の「で」を原因をあらわす〈格助詞〉と見なさざるをえなくなり、そのため「ので」の判断表現の側面を過小評価することとなり、ひいては判断表現の存在しない「から」にそれを押しつけることとなってしまったのです。「から」は本来、出発点・起点の意識を表現する〈格助詞〉と、そこから派生して二つの事柄を因果関係で結びつける〈接続助詞〉とに区別されます。さきの(h)は後者の例です。
ここで、「から」と「ので」の認識構造に着目しつつ、その使いわけかたについて調べてみようと思います。
Aという人が観客席から野球の試合を観戦していました。状況はツーアウト、ランナーなし。投手が投球モーションに入ったところ、打者はバントの構えをし、その直後、1塁手と3塁手は打者めがけて走ります。この場合、Aが1塁手と3塁手の心の動きがわからずに現象的にとらえれば、「打者がバントの構えをして、それから1塁手と3塁手は走った」と、二つの別の事実を単なる時間の流れにそって結びつける〈格助詞〉を使うことになるでしょう。けれども、1塁手と3塁手の立場に立ってみれば、打者がバントの構えをしたことで二人とも走る意志が出てきたので、二つの事実の間には因果関係があります。ただし、ツーアウト、ランナーなしという状況から考えてみても、それはどうしても走らなければならないという理由があってのことではありません。走る構えだけをしてバスターエンドランに備えるという選択肢もあるでしょうし、走る走らないはそれぞれの意志でどちらにも決められることです。が、実際には二人とも走ったので、別の話し手であるAが、これを単なる継起ではなく原因であったという意識で、
打者がバントの構えをしたから、1塁手と3塁手は走った。 ( i )
と、〈接続助詞〉の「から」を使って因果関係を表現しても違和感はないでしょう。
次に、状況はノーアウト、ランナー3塁、バントが成功すれば得点が入ってしまう場面を考えます。しかも同点で迎えた9回裏の場面とします。この場合も、打者がバントの構えをしたことが1塁手と3塁手が走る契機になるので、二つの事柄の間には因果関係があるといえます。けれどもこれは( i )とはちがい、下手をすれば得点が入り試合に負けてしまうという現実からの強制を受けていて、走るか否かを二人の意志で勝手に決められるものではありません。バントの構えをして1塁手3塁手が走るという関係は必然的ともいえるでしょう。この場合、打者がバントの構えをしたら二人とも走るということはあまりにも当たり前のことなので、あえて因果関係を表現する必要もない、別の話し手であるAが、その意味で( i )とちがった意識で、
打者がバントの構えをしたので、1塁手と3塁手は走った。 ( j )
と、原因それ自体を重視・強調して打者の行動をとらえなおし判断辞を加え、「ので」と表現しても、不思議はないでしょう(以上、(g)〜( j )の例示とその説明は、三浦の『日本語の文法』【118頁〜121頁】における内容を私なりに表現し直したものです)。
ここまで「から」と「ので」の背後にある認識の構造についてみてきましたが、最後にまとめとして三浦のつぎの言葉を引用しておきます。
《 永野の論文のまえおきには、
空気がきれいだから、健康によい。
空気がきれいなので、健康によい。
という例があげられている。たしかにこの種の例は、「から」と「ので」とが大体同じ意味だと結論づけるにふさわしい。けれども前者は「だ」というだけなのに、後者は「な」「で」と判断辞が重加され、ヨリ強調されていることを見なければならない。どちらも因果関係をとりあげている点では同じなのだが、前者はいわば常識的な知識として説いているのに対して、後者は自分や家族の経験から得られた確信であるとか、科学的な調査で得られた結論であるとか、そこに必然的な関係のあることを把握し強調する場合に使われることを、反省する必要があろう》(三浦つとむ『日本語の文法』122頁〜123頁。太字は原文では傍点)
「なので」について
以下、『TRANS.Biz』というwebマガジンに載っていた記事です。
《 最近、若い層の人を中心に、「なので」を文頭の接続詞として使う人が増えています。また、ビジネスメールで「なので、〜です」と「なので」を使うことも増えています。
年代によっては昨今の「なので」の使い方に違和感を覚える人も多いようです。「なので」の正しい使い方について紹介します。参考にして下さい。
そもそも「なので」はどのような意味なのでしょう?
(中略)
古くは「なので」の意味は、断定の助動詞「だ」+接続助詞「ので」ので2つので語が連結した「連語」とされており、接続詞としては認められていませんでした。(中略)
「なので」の意味は、接続詞「だから」と同じ意味です。「だから」は「前に述べたことを原因・理由として、あとに述べる事がらが結果・結論となることを示す」順接の接続詞です。(中略)
従来の文法では「なので」は接続詞とされていませんでしたが、近年は接続詞の現代用法として、辞書などで解説される事例も出てきました。次のような使い方です。
◯「昨日は遅くまで残業をした。なので、今朝は寝坊をしてしまった。」
○「デスクワークは運動不足になりがちです。なので駅まで歩くようにしましょう。」 》(lismIle「『なので』の敬語と言い換えは? ビジネスでの使い方を例文で紹介」。【2019.8.31】。傍線は引用者)
ここでは、「なので」はもともとは《指定の助動詞「だ」+接続助詞「ので」》の連結したものであったと説明されていますが、実際は〈助動詞〉「だ」の「連体形」「な」と、( f )系の〈形式名詞〉「の」、および〈助動詞〉「だ」の「連用形」「で」が結びついたものです。「の」の前にご丁寧に「連体形」の「な」がついているというのに、なぜ素直に「の」を名詞として認めない人が多いのでしょう? ともかく、「なので」は、名詞に直接「で」を結びつけるのではなく、判断辞プラス( f )系の〈形式名詞〉から成る「なの」を加え、対象を実体的にとらえなおして「な・で」のかたちの判断の重加表現が可能となっています。《つまり、独自の対象を持たない「の」を媒介することで、判断をさらに強調したり、主体的意識が生れた根拠の断定を行ったり、している》(三浦つとむ『日本語の文法』138頁。傍線は原文では傍点)のです。ここでは「なので」は「だから」と同じ意味だとされていますが、すでに指摘したように、「なので」は主体的意識に基づいた表現、判断が重加されて判断それ自体が重視・強調された表現であり、客観的な因果関係の表現である「から」に判断辞が一つついた「だから」とはその内容を異にするものです。
一方、冒頭の「なので」が近頃口語的場面でよく使われているということは、私もテレビやラジオなどをとおしてよく知っています。たしかに以前に比べて、「なので」の使用頻度は高まっていると思います。これは、インターネットやスマホなど、さまざまなコミュニケーションツールの発展とともに、おのおのが自らの見解を明確な根拠とともに強調して伝える必要から徐々に浸透してきたのではないかと思われます。
先の記事は、次のようにまとめられています。
《「なので」は、(中略)文頭に使う用法はのぞましくないものの、間違いではないという見解も出ています。また、ビジネスシーンや履歴書などでの文語表現では、他の表現に言い換え、さらに状況に応じて、言い換え方の配慮も必要でした 》
「なので」を文頭に使うのは望ましくないというのは、文語的場面ではたしかにそうでしょう。けれども、口語的場面では、たとえば会社でプレゼンをするときなどは、重宝する言葉だと思います。すでに表現された事柄を、「なので」と続けることにより、その内容をいま一度媒介的にとらえなおして、そのこと自体を重視・強調しながら、次の展開へ向けてダイナミックに入っていくことができます。ただし、ここでも指摘されていますが、文語的場面でも口語的場面でも、かしこまった場面・目上の相手の場面では、冒頭でのこの種の表現は他の表現に言いかえることが望ましいと思います。まだそれほど定着した表現ではないからです。ただし、自分の意見を主張することが善とされる場面、たとえばプレゼンなどの場面では許されるのではないでしょうか。
今回、「なので」について調べるために、インターネットていろいろ調べていると、「なので」を論じる際についでに「ですので」と「ですから」のちがいについても触れているものが少なくなく、しかもそのほとんどが学校文法的理解なのには驚かされました。実際、いまとりあげたwebサイトでも、「ですので」を使った表現は、「曖昧」な「柔らかい」であり、「ですから」は、「曖昧さが」ない「断固とし」た表現、「明確な意思を伝え」る表現だとしています。一度定説になってしまうと固定してしまってなかなか訂正することができないのだなあ、とつくづく思った次第です。最後に、これもネット上ですが、一応書き言葉の記事として、堂々と使われている冒頭の「なので」を紹介して、とりあえず終わりにしようと思います。
《 ・・・ではなぜ他国との条約を、本来の担当である国務省ではなく、軍人が書くことになったのか。その理由は旧安保条約が調印された1951年の、前年(1950年)6月に起きた朝鮮戦争にあった。
この突如始まった戦争で米軍は当初、北朝鮮軍に連戦連敗する。その後も苦戦が続くなか米軍は、それまで一貫して拒否していた日本の独立(=占領集結)を認める代わりに、独立後の日本との軍事上の取り決め(安保条約)については、本体の平和条約から切り離して軍部自身が書いていい、朝鮮戦争への協力を約束させるような条文を書いていいという、凄腕外交官ジョン・フォスター・ダレスの提案に合意したのだ。
なので先の(1)【なぜ、これほど異常な(日米間の)状況が生まれたのか】への答えは非常に簡単だ。日米安保条約や地位協定は、もともとアメリカの軍部自身が書いたものだった。しかも平時に書いたのではなく、戦争中に書いた。だから米軍にとって徹底的に都合の良い内容になっているのは、極めて当然の話なのだ 》(矢部宏治「対米従属から脱却するために、いま日本がやるべき『3つのこと』」【2019.5.19】講談社オフィシャルウェブサイトより。太字は引用者)
※新型コロナで「巣籠っている」間に書いたもので、いわば「巣籠もり論文」ともいえるものです。よって、家から一歩も出ておらず、資料も持っている本と、あとはネットを利用して書いたのでそのへんはご容赦ください。 (2020-05-12 脱稿)
※中村光夫の文章の引用部分の内容を分析している部分について、誤りがあったので修正を加えました。(2023/12/26 更新)