三浦つとむの言語理論、その形成過程について 11
1950年9月
三浦つとむは、スターリンが言語論(1950年6月および7月)を発表したあとの1950年9月に「基礎理論把握の重要性 - 芸術論争・言語論争の教訓
- 」という論文を発表しています。これは、原稿用紙6枚ほどの短い論考ですが、スターリンの言語論はそもそも基礎理論の把握に問題があり、そのことが言語は土台にも上部構造にも属さないという考えや、全般的な形式主義的傾向の原因となっていると指摘しています。次の部分は、その後半部分です。
《 言語は表現であり、その内容の実体は語る者の認識である。この内容の優位を指摘し認識のなかにある矛盾をつかまえないならば、言語発生・発展の必然性は主体にとって外的なものとなってしまい、客観主義に転落するであろう。「言語を知っている人にとって、言語材料と関係のないむき出しの考えは存在しない」(1)というが、何ぞはからん、言語と関係のある考えと言語と関係のない考えとの対立の統一こそ、思惟の矛盾として言語を発展させるのである。この内容の矛盾をとらえず言語を機能や形式においてのみとりあげるなら、形式主義への転落は不可避である。声からコトバへ、絵から文字へ、ゼスチュアから身ぶり言語への移行は転化であり本質的な差別があるにもかかわらず、この差別を単に量的な機能上のものと考える形式主義におちいるのである》(三浦つとむ「基礎理論把握の重要性
- 芸術論争・言語論争の教訓 - 」【『民科研究ニュース』1号】1950年9月)
スターリンは言語と思惟の次元の差異を無化してしまっており、思惟と言語の関係を平面的にあつかい「言語」なしの思惟は存在しないと述べてしまっているので、三浦は「あいた口がふさがらない」状態になりはしましたが、この時点ではスターリンは崇拝されるほどの絶対的な存在なので、若干抑制的に内容重視の言語理論の必然性を主張しています。ここで「言語と関係のある考えと言語と関係のない考えとの対立の統一」という文脈における「考え」とは、「思惟」のことであり、この「対立の統一」は、のちに話し手の認識した概念と言語規範における「普遍的概念」との統一という観点、いいかえれば「概念の二重化」という観点から説明されることになります(2)。ちなみに「声からコトバへ、絵から文字へ、ゼスチュアから身ぶり言語への移行は転化であり本質的な差別がある」という部分は、1941年に書かれたプリントで論じられたという「個別的表現形式」から「一般的表現形式」への転化に関する論考が下敷きになっているものと思われます。この、「個別的表現形式」から「一般的表現形式」への転化という現象は、ようするに非言語が言語になるということであり、それは人間の社会生活の歴史においては「命がけの飛躍」に該当するものだったといえるでしょう。
(1)この部分は、スターリン「言語学の若干の問題について」(『マルクス主義と言語学の諸問題』所収【1950年6月】)のなかに、次のように詳述されています。
《 思惟は、言葉に言いあらわされないまえに人間の頭脳のうちに発生し、言語という素材なしに、言語という外被なしに、いわばむきだしで発生する、と言うものがある。だが、それはまったくまちがっている。どんな思想が人間の頭脳のうちに発生しようと、またそれがいつ発生しようとも、それは言語の素材にもとづいて、言語の語と句にもとづいて、はじめて発生し存在することができる。言語の素材から自由な、言語の「自然的素材」から自由な、むきだしの思想は存在しない。「言語は思想の直接的現実性である」(マルクス)思想の実在性は言語のうちにあらわれる。観念論者だけが、言語の「自然的素材」とむすびつかない思惟、言語なしの思惟を、うんぬんできるのである》(スターリン「言語学の若干の問題について」【スターリン『
マルクス主義と言語学の諸問題』所収。1950年6月】、田中克彦『「スターリン言語学」精読』【岩波書店、2000年1月】より引用。225~226頁)
言語と別個に思想というものが存在しないならば、言語発生の根拠や言語発展の論理も見いだせなくなってしまいますが、そんなことはまったく考えていないような論述になっています。また、スターリンが「思想の直接的現実性」を物質としてとらえていないことがよく分かります。マルクスの言葉をこれだけ堂々と観念論的に解釈できるということが、すなわち言語という研究対象の一筋縄ではいかない難しさを雄弁に物語っているといえるでしょう。
(2)以下、参照。
①三浦つとむ「言語における矛盾の構造 - マルクス主義における言語学」(『思想』1954年6月号。『スターリン批判の時代』【勁草書房、1983年】109~110頁)
②三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』(勁草書房、1972年11月。13~14頁)
③三浦つとむ『言語学と記号学』(勁草書房、1977年7月。27~28頁)
④三浦つとむ『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月。429~430頁)
1950年10月
スターリンの言語論の発表をうけて、民主主義科学者協会の主催で9月30日に東大でシンポジウムが開かれることとなり、三浦はその報告者のひとりに選ばれます。ここでの三浦の報告要旨が「スターリンの見解と私の見解とはどこがちがうか」です。論文ではなく、報告の要旨ですので箇条書きになっています。言語論に関係のある箇所を次に引用します。
《 B 言語の本質について
1. 言語は表現である。形式と内容との統一、内容、内容を形成する実体、および内容の現象形態。
2. 言語は具体的な文法性をもつ。文法性から文法の抽象、文法性と内容との相対的独立、内容の階級性は必ず文法的なあるいは形式的な階級性を意味するものではない。隠語の文法性。
3. 具体的な言語と、抽象的な形式・文法『意義』との混同は形式主義である。言語道具観を克服せよ。
「辞書は具体的言語に対する科学的浄化の結果出来上がつたものであって、それ自身具体的な言語ではないのである。辞書の言語の如きものが主体の外に実在し、我々はこれらの語を運用するに過ぎないと考える(言語道具説
- 三浦)ならば具体的な経験を無視して、科学的に抽象された結論をその学の対象と考えることとなつて、言語研究の根本的な態度に反するのである。我々は何処までも具体的な経験に即してこれを対象とし、そこに理論と法則とを求めなければならないのである。……辞書は語を登録したものではなくして、言語的表現行為、或は言語的理解行為を成立せしめる媒介となるものに過ぎない。」(時枝誠記『国語学原論』一三~四頁)
4. 個別的表現形式(声、絵画、身ぶり)から一般的表現形式(言葉、文字、身ぶり言語)への移行。ゼスチュアと身ぶり言語とを混同する二つの傾向 --
ゼスチュア一色にぬりつぶす偏向と言語一色にぬりつぶす偏向(例、今村太平映画論における映画即言語説)
5. 言語を発展せしめる直接の矛盾は生産そのものではなく思惟の矛盾である。》(三浦つとむ「スターリンの見解とわたしの見解とはどこがちがうか」【『民科研究ニュース』臨時特集1号。1950年10月】。『スターリン批判の時代』より引用。48~49頁。太字は引用者)
まず最初に言語を表現の一種と見るところからはじめて、言語と文法性の相対的独立について(つまり具体的な言語とラングとの峻別)述べ、具体的な言語の意味と辞書的な意義との相対的独立(つまり「意味」と「意義」の差異)について述べ、個別的表現形式から一般的表現形式への移行すなわち非言語から言語への転化について述べ、最後に認識の矛盾が言語を発展させるという言語発展の論理について述べ、締めくくっています。ここで私が注目したいのは、「3」の引用文で、時枝誠記が辞書を具体的な言語と別のものとして把握して、言語表現や言語理解の「媒介」となるものであると述べているところです。これは、三浦つとむの「言語規範による表現の媒介」論に似ている表現なので、一瞬驚くのですが、よく考えてみると、時枝は辞書的なものを三浦のように観念的に対象化された意志としてとらえなおす作業をしているわけでもないし、そもそも概念の存在を言語表現論において追放してしまっているので、三浦の「言語規範による表現の媒介」論の要諦である「概念の二重化」説とも無縁であり、時枝のこの表現は、きわめて常識的な意味に近いものと理解するのが妥当と思われます。ただ、ソシュールの概念アプリオリ説すなわち「ラング」学説に対する批判としてはよく的を射たものであるとは思います。
(2020/6/16 脱稿 2026/5/4 更新、再掲)