時枝誠記における「対象の展開」論 5
「言語に於ける場面の制約について」
「言語に於ける場面の制約について」という論文は、「心的過程としての言語本質観」の脱稿(1937年2月)からわずか11ヶ月後(1938年1月)に書かれた論文ですが、時枝はこの論文で具体的な伝達過程論については語っていませんが、私たちはここに、時枝による現象学理論の発展的吸収のたしかな痕跡をたどることができます。現象学理論といっても、それはあくまでもアロツ=ラファエル・アインゲルも言うように、おもに山内得立著『現象学叙説』(岩波書店、1929年)の内容に拠るところが大きいものと思われます(1)。私たちはたしかに、ここに、時枝による本格的な機能主義導入の第一歩を見ることができます。
この論文は、実は「場面」についてだけ論じたものではなく、−−もちろんそれが重点的に論じられてはいますが−−、「主体」「場面」「素材」のそれぞれを表現の「三つの要素」として規定して、それぞれについて具体的に論じたものになっています。とくに「場面」と「素材」については、現象学の大きな影響のもとに書かれたことが分かる叙述になっています。けれども、内容的にはまだ、1941年の「言語の存在条件」(2)におけるように、厳密に理論的に構成されたものではなく、「素材」の内容などはまだ確定されておらずぼかされており、実際まだ表象や概念が言語の内容的なものとして扱われています(「言語の存在条件」では、「素材」の内容は「事物・表象・概念」とはっきりとしており、しかもそれらは言語の「構成要素」ではないとされています)。
まずは「場面」について時枝が述べているところから見ていきましょう。
《「場面」の意味は、例へば「場面が変る」「不愉快な場面」「感激的な場面」などと使用される処のものであつて、一方それは場所の概念と相通ずるものがあるが、場所の概念が単に空間的位置的概念であるに対して、場面は内容を含むものである。場所に存在する或るものを包含するのである。かくして場面は又場所を満たす事物情景と相通ずる意味を持つのであるが、場面は単にかかる主観を離れた客観的存在としての事物情景を意味するのではない。かくして我々は常に何等かの場面に於いて生きて居るのである》(「言語に於ける場面の制約について」)
《言語が心的表現過程の一形式であり、主観の行為の一形式であると考へるならば、言語は単なる主観の内部的発動ではなくして、言語に於いて、これを拘束し、左右する処の場面が存在すると云ふことも当然予想せらるべきことである。言語的行為は、内部的欲求に基き、それ自身独立し、抽象された行為ではなく、必ず或る場面的体験に於いて行為されるものである。詳に云ふならば、言語は必ず或る場面を素地とするものである。場面は軌道の如く、言語はその上を走る車輌の如きものである。軌道は車輌の運動を拘束すると同時に、車輌の運動を完成さす処のものである。場面の素地を走ることによつて、始めて完成せる言語的表現となると云ふことが出来よう》(同上)
言語を心的表現過程の一形式とみる立場からするならば、このように表現過程のそもそもの前提的な場所的環境的な側面を研究領域として含める態度は、ある程度理解できないことはありません。時枝のいう「場面」は、表現の主体にとっての「聞き手」であり、かつ表現の内容に影響を及ぼしてくるところの主観的な環境のようなものとして規定されています。このあと、時枝は、たとえば自分が人と喋っている最中に大先輩がそばに現れた場合、自分は威儀を正して言葉遣いに気をつけるであろうという例をあげて説明しています。このように、時枝のいう「場面」概念は、単なる場所的な概念ではなく、何かしら主観的な要素を含む概念であり、何かしら哲学的な匂いが感じられますが、時枝はこの論文ではそのことを正直に吐露しています。
《場面は、主観を囲繞する世界と主観の志向関係によつて結ばれた一の意識状態である。若し場面を、主観を離れて客体に即して云ふならば、それは志向的客体(
intentionales Objekt )といひ得るであらう(山内得立氏 現象学序説 三ニ一頁)。私が少年少女を前にしてお話をしようとする場合、少年少女は私の前に愛らしく無邪気なものとして存在して居る。それは私がお話を始める前にも、又お話の最中にも、私の志向的対象として私の前に存在して居る。これ即ち私のお話に於ける場面である。場面は、主観の志向的客体であるが故に、一定の対象が一定の志向的客体即ち場面を形造るとは限らない。客観的には同一と考へられるものも、場面としては相違する場合がある。私が少年少女に対する関係と、先生がこれに対する関係とは自ら異らざるを得ない。現象学的に云へば場面の注意的変様(
attentionale Modifikation )とでも名付くべきであらう(現象学序説 三ニ五頁)。場面は、話をする主体が素材となり得ないと同様に−−若し素材化されたならば、それはもはや話者自体ではない−−私のお話に於いて、決して素材となり得ないものである。それが素材となる時、もはやそれは場面的志向対象ではなくなり、表現の素材的対象として変様されるのである》(同上)
このように時枝はこの「場面」概念が山内得立著『現象学叙説』の影響を受けていることを公にしていますが、ここで使われている「志向的客体」という現象学における概念を理解するためには、「素材」概念の説明も見ておいた方がよいと思われるので、つぎに引用しておきます。
《第三に表現の素材である。場面的志向的客体が絶対に素材的客体になり得ないといふことは、場面的客体と素材的客体とは、その客体としての現象的性質を異にするといふことである。赤い花と表現する時、かかる表現の素材は、我々が現実に見る花即ち志向された客体そのままではない。或る事件に就いて驚き悲しんで居る場合、かかる表現の素材はそのままでは表現の素材とはなり得ない。表現の素材たるが為には、それが一度捕捉されることが必要である。志向的対象に対して、素材的対象は、これを捕捉された客体(
erfasstes Objekt )と云ふことが出来るであらう(山内得立氏 現象学序説 三ニ一頁)。詩歌が感情情熱の表現であると云つても、それは決して感情情熱の燃焼の最中に生まれることは出来ないのである。かく見て来るならば、表現に於いては、ニの異つた客体に対して、それに相応するニの志向関係が同時に働くことを認めることが出来る。一は表現の素材に対して働く志向と、他は表現の行はれる場面に働く志向である。例へば狼に出会つたことを少年少女の前に物語らうとする時、私が狼に対して持つた判断感情想像は素材に対する志向であり、私が話相手である少年少女に対して持つ親しみの感情は場面に対する志向である。素材に対する志向関係は、場面に対する志向関係の素地、軌道の上に表現せられるのであつて、ここに両者の相関関係が問題にされることになるのである》(同上)
ちなみに「三つの要素」の「第一」は「主体」で、これは「表現行為の主体」であり、第一人称「私」「我」などとは次元の異なる存在であり、対象や表象や概念の次元における主体とは明瞭に区別されるべき存在です。さて、「第ニ」の「場面」は、このように「素材」との対概念のようなかたちで説明されており、さきの「場面」たる「志向的客体」は、「素材」たる「捕捉された客体」との対比において語られています。
そもそもフッサールは、意識における意識されるもの、対象的なものをノエマと名づけ、ノエマに対する「意識作用」「思惟作用」をノエシスと名づけ、さらにノエマにおいて常に変わらない「ノエマ的核」と、「ノエマ的核」がいろいろと変化して現れる「ノエマ的意味」という2つの概念を区別します。ここで時枝のいう「志向的客体」は「ノエマ的意味」に該当し、「捕捉された客体」は「ノエマ的核」に該当します。いろいろに変化する「志向的客体」は「場面」であり、捕捉されてしまえば固定して変わらない「捕捉された客体」は「素材」です。つまり、「場面」はおもに意識における主観的な聞き手・場面であり、動的なものとしてとらえられており、「素材」は表現の素材であり、静的なものとしてとらえられたわけです。これらの概念規定の元となったと思われる山内得立による叙述をつぎに挙げておきます。
《ノエマについて最初に問題となるのはノエマ的核である。ノエシスとしての志向的作用にはそれぞれに其等の様相に応じてのノエマ的客体が対応するであらう。一つの対象は時として知覚せられ、時として判断せられ、時として想像せられる。厳密にいへば此等のノエシス的変様に従つてそれに対応するノエマ的客体も夫々に変様しなければならない。知覚せられたる客観と判断せられたる客体とは具体的には決して同一であるとはいへない。併し一つの対象が時に知覚せられ、時に判断せらるるのであるが故に夫々の客体が変つてゐるにも拘らず、そこには共通なる或ものが存在することも否定し難いであらう。茲に於て人は志向的客体(
intentionales Objekt )と捕捉せられたる客体( erfasstes Objekt )とを区別することの必要に迫られる。捕捉せられたる客体とは我々がそれについて何かをいひ表はし、それについて意識する場合の言ひ表はされ意識せられるところのものを、我々の注意のその上に向けられるところのもの(
bemerkte Objekt )をいふのであるが、志向的客体とはそれについての我々の具体的なる態度又は評価を含んだものである。例へば同一の花を或時は赤いといひ次に美しいといつてもそこに捕捉された客観は同一であるが、志向された客体は前には赤い花であり次には美しい花であつて決して同一であることができない。即ち捕捉された客体とは種々なる意識作用の変様に無関係に−−といふよりも此等の変様の根底にあつて常に同一なるものであり、志向的客体とはノエシスの変様に応じてそれぞれに異るところの具体的なる客体である》(山内得立『現象学叙説』321~322頁)
以上を読めば明らかであるように、時枝は、「場面」と「素材」という概念を、それぞれ「志向的客体=ノエマ的意味」、「捕捉された客体=ノエマ的核」という山内の著書によるフッサールの概念をヒントに構築しています。このことは、私には何か不自然なことのように思われます。なぜなら、フッサールは、ノエマ・ノエシスという概念を意識内部の存在として語っており、「ノエマ的意味」は「ノエマ的核」の変様として規定しているにも関わらず、時枝は「聞き手」や「場所」的概念を「場面」に含め、かつ「場面=志向的客体」に対する志向関係の上に「素材=捕捉された客体」が表現されると述べており、フッサール理論を自己流に変えてしまっている感が否めません(3)。もちろん哲学と違って時枝は独自の言語理論を構築しようとしているのですから、理論を自分なりに発展させて利用することは許されることだろうと思います。けれども時枝は伝達過程論としてはすでに「対象の展開」論という優れた理論を持っているのですから、これをたとえばフッサールのノエマ理論を使って比喩的に語ってみればよかったのではないでしょうか。時枝の「対象の展開」論をフッサールの理論を使って比喩的に表現しようとするならば、おそらくつぎのようになるでしょう。まず、表現過程の「起点」における「具体的事物」やその「表象」は変わらない「ノエマ的核」として、次に「第一次過程」の「概念」や「第二次過程」の「聴覚映像」は「ノエマ的意味」の段階であり、この段階で概念の感性的なかたちが決定し、こうして最終的には「ノエマ的意味」の表象が物質的に表現されるのだ、と。たとえばこのように比喩的に語るほうが、少なくとも伝達過程論上はよほど理解の助けになったのではないかと思います。しかも意識内部の話であるならば、このように、「表象」や「概念」の運動・発展の比喩としてノエマ理論を活用するほうが自然だと思います(4)。
時枝は本論文の最後に、「場面」による表現の変形の例として、敬語的表現や標準語・方言などを挙げています(5)が、とりあえずここで私は、時枝が現象学の理論を背景とし、「場面」概念を「素材」概念と対で構築し、「場面」を表現の内容に対して変容をもたらす動的な対象とする一方で、「素材」を変化しない静的な対象として規定したことを確認しておこうと思います。「素材」がこうして固定的静的にとらえられたということは、伝達過程論や意味論における主体の側の「作用」を重視する理論への第一歩といってよいでしょう。ただし、時枝にとってこの時点の「素材」はまだ、「表現の要素」であり、「表象」や「概念」もまだ言語における内容的なものとしてとらえられていることも確認しておかなければなりません。これは重要です。なぜなら、「言語の存在条件」(1941年1月)のように、「表象」や「概念」を含む「素材」が言語の「構成要素」から外されてしまうと、それらを使った具体的な「対象の展開」論を展開することができなくなってしまうからです。つまり、この時点ではまだ、「対象の展開」論を展開することはかろうじて可能なのではないかと推察されます。
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(1)アロツ=ラファエル・アインゲル「時枝誠記の理論における〈志向性〉の問題について」(『アルザス日欧知的交流事業日本研究セミナー「大正/戦前」報告書』国際交流基金アルザス・欧州日本学研究所(
CEEJA )編、2014年)
(2)時枝誠記「言語の存在条件−−主体、場面、素材−−」(『文学』1941年1月号)
(3)アロツ=ラファエル・アインゲルは、前掲論文において、時枝がフッサールの「誤読」により、敬語論に役立つ場面論を構築させることができたとして肯定的に評価しています。
(4)ちなみに三浦つとむの言語理論の立場からするならば、話し手の認識した〈概念〉が「ノエマ的核」に該当し、言語規範における〈概念/聴覚映像〉が「ノエマ的意味」に該当するものと思われます。
(5)この論文が書かれている頃(1937年頃)、時枝のいた朝鮮において、「皇国臣民の誓詞」が成立しています(1937年10月)。また、前年に就任した朝鮮総督府の南総督のもと、「国語常用運動」が繰り広げられていた時期なので、時枝はこうした時局的背景のもと、「場面」の概念を構築した可能性もあります。「標準語」と、「方言」「朝鮮語」とを、「場面」によって使い分けるべきという理論は、のちに「立場」によって使い分けるべきという立場論へと発展していきます。
(続く)
(2020/9/14 脱稿 2025/9/24 gooブログより転載)