三浦つとむの言語理論、その形成過程について 2

4つの鍵概念

 三浦つとむは、ある本で、スターリンの言語学論文を批判したあとに、みずからの言語理論を体系的にまとめる仕事を始めたと述べています(1)。具体的には、1951年に三浦は「言語過程説の展開」という直筆ガリ版製のプリントを書きあげています(2)。本来ならばこの時点で公表したいところですが、三浦は1950年にスターリンを公然と批判したことで(その頃のスターリンは左翼にとって英雄でした)共産党を除名になり(1951年2月)、論文発表の場も奪われていたので、それもかないませんでした。1954年になってそのプリントの一部を抜き書きしたと思われる論文「言語における矛盾の構造--マルクス主義における言語学--」をようやく発表します(3)。この論文で三浦は、言語を表現として位置づけてその表現としての特殊性についてわかりやすく説明するとともに、表現の背後に存在する「対象→認識→表現」という基本図式や、言語規範による表現の媒介運動についても言及しており、三浦の言語理論のほぼ完成形がそこに提示されているといっても過言ではないでしょう。もちろんヨリ詳細な議論や本格的な体系的記述はのちの『認識と言語の理論』『日本語の文法』『言語学と記号学』などで行われることになりますが、ある一つの体系的な言語理論の完成形に近いものがそこに表現されていることはたしかです。これらの知見と、1951年2月に発表された論文「なぜ表現論が確立しないか」でおもに展開された観念的な自己分裂の理論を合わせると、ほぼ『日本語はどういう言語か』(1956年)で展開された言語本質論の記述部分と同じ内容になります。1954年に発表された「言語における矛盾の構造」は、1951年に書かれた「言語過程説の展開」というプリントの抜き書きなので、三浦の言語理論の体系的な基本的なかたちは1951年には完成していたといってもよいでしょう。

 ここで私がとりあげたいのは、1951年にほぼ骨格が定まったと思われる三浦の言語理論の形成過程です。その理由は、その形成の過程をたどることで、三浦のあの一見複雑に思える厖大な理論的な知見がどのようにして成立していったかを具体的に知ることができるのではないかと思うからです。まずは三浦の初期文献を丹念に見ていくことになると思いますが、ここでまず、次の三浦の言葉を引用しておきたいと思います。

《 言語にしても、音声や文字はその具体的なかたちで表現しているのではなく、人工の種類としての側面で表現しているのだと推定できた私が、概念とよばれる認識が対象の種類という側面を反映している事実と結びつけて、種類としての認識が同じように種類として表現されるこの対応関係を反映論の正しいことの証明として扱ったのは、当然のことである。残った問題は、超感性的な概念を感性的な音声や文字で表現しなければ、耳や目に訴えることができないという、矛盾のありかたであったが、これはマルクスの『資本論』が調和する矛盾は矛盾を実現しかつ解決するための運動形態をつくり出すと指摘しているのに示唆されて、言語規範による表現の媒介がこの運動形態であると理解することができた。こうして言語の謎は解明されたのである》(4)

 これは晩年の三浦がみずからの言語理論の形成の過程を簡略に述べたものですが、ここでは三浦の理論の鍵となる考えかたが述べられています。一つめは、言語表現の特質は概念とよばれる認識の種類としての表現というところにあり、その背後に存在する「対象→認識→表現」という各過程は種類という側面で相互につながり合っている、という考えかたであり、二つめは、言語規範による表現の媒介によって超感性的な概念を感性的な音声や文字に表現することが可能となっている、という考えかたです。三浦の言語理論のエッセンスをよくあらわしている言葉だと思います。私は、これらの考えかたのほかに、これらの考えかたの前提になっている、表現一般に妥当するとされる「対象→認識→表現」という図式の存在にも注目しようと思います。なぜなら、言語学者にしても芸術理論家にしても、三浦のようにこうした唯物論的な図式を措定して研究を進めた人はほとんどいないからです。しかも、この図式が存在することによって、あらゆる観念論的誤謬と三浦は無縁です。じつに重要な図式だと思います。また、ここでは触れられていませんが、私は観念的な自己分裂の理論もまた、鍵となる理論のひとつではないかと思います。これによって表現の主体と言語的な主体を相対的に区別して論じることが可能となり、過去・未来・想像の世界についての表現や、言語コミュニケーションを合法則的に理解する道が開かれたともいえるでしょう。

 ほかにも、「主体的表現と客体的表現」「主体的立場と客体的立場」「〈像〉の理論」「概念の二重化」「零記号」「言語と記号論」「文法論」などなど、三浦の言語理論の射程はきわめて広いものですが、ここではあくまで上の4つの基礎理論の部分に光を当てて、その形成の過程について見ていきたいと思います。次に、記号を割り振ってもう一度あげておきます。

 


✳ 三浦の言語理論における4つの鍵概念
(a)言語表現の特質は概念とよばれる認識の種類としての表現というところにある。
(b)超感性的な概念を感性的な音声や文字に表現することが可能であるのは、言語規範による表現の媒介によるものである。
(c)表現はすべてその背後に「対象→認識→表現」という図式が存在する。
(d)観念的な自己分裂の理論。



(1)『言語過程説の展開』(勁草書房、1983年8月)序文。ちなみに三浦は、1950年9月30日に東大で行われたスターリン言語学(「マルクス主義と言語学の諸問題」)に関するシンポジウムにおいて、大島義夫、石母田正らとともに発表を行っています。
(2)『日本語はどういう言語か』(季節社、1999年9月版)において、解説の上田博和氏がこのプリントについて語った三浦の言葉を紹介しています。《『言語過程説の展開』約500枚を書いております。時枝誠記氏の見解に対する分析・訂正・および上部構造について体系的にのべたもの。これは公約の実行で来春には完成するはずですが、刊行してくれるところがなければ自分で印刷して知人だけにでも配るつもりです》(『日本読書新聞』1951年9月12日号)。上田氏によると、このプリント分冊は散逸してしまい、さらに他に増補した原稿も著者の手で焼かれてしまったのでその全体を知ることはできないけれども、のちの論文「言語における矛盾の構造--マルクス主義における言語学--」(『思想』1954年6月号)はこの散逸した『--展開』の一部で構成されたものではないかというのが、上田氏の推察です。
(3)『思想』1954年6月号掲載。
(4)三浦つとむ「認識論はどういう科学か」(『唯物弁証法の成立と歪曲』【勁草書房、1991年2月】所収)。三浦の死後発見された未発表論文で、細かい執筆時期は不明です。





(2020/5/29 脱稿  2026/4/27 更新、再掲)

 

2026年04月27日