三浦つとむの言語理論、その形成過程について 7
三浦は敗戦後、言語学上の「立派な」研究が公表されるだろうと期待していましたが、結局「裏切られた」のを感じずにはいられませんでした。マルの理論はブルジョワ言語学に対する批判としては評価できるものの、認識論的にはほとんど学ぶべきところがなかったと述べています。
《 同じく原始言語を論じても、レヴイ・ブルユルのような観念論的解決に陥らず、正しい方向をとったことはさすがにマルであるが、その言語の意義的側面のとりあつかいは平面的でまだ不十分であった。そして後継者がまだブルユルから脱れえないでいるのは、マルの学派が方法論的に充分成人していないことを示す一つの証拠である。唯物論者である限りにおいて、カント派の言語学のようなあやまった意義論は完全に清算されていた。「言語学における意義論の全部門を本質的にあたらしく打ちたてた」という評言は全く正当である。しかし「原始言語の多義性」及び「対立した観念の同一語による表現」という点に弁証法を見出したマルは、それを現実の現象的な構成乃至移行においてつかみ、内的な立体的な構成において充分つかんではいなかったのである。生産と言語との関係について、マルはエンゲルスに近い見解をもっていたが、社会的な階級的な一面が不当に強調されてしまった。正しい方法論をもたぬマルクス主義者が、階級的な面の不当な強調に陥ることは、日本に於ける技術論者や科学史研究者あるいは歴史学者と同様で、決して偶然ではない》《
・・貨幣は商品の交換において成立する。しかしこれを指摘したことによって、貨幣の起源は果して「基礎的に解決された」といえるであろうか。いうまでもなく貨幣の本質は商品の内面の深い分析によって、正しい価値論によってのみ基礎的に解決されるのである。現象的なあるいは実体的な言語論はいかに正しく有意義であろうと解決を与えるものではない。ソヴェトの言語学者のみならず、日本の唯物論言語学者たちも、フトコロ手のままこのエンゲルスの論文によりかかってすました顔をしているのは、はなはだ情けない次第である。マルは「言語学の分野におけるフオイエルバッハ」ともいうべき存在であって、むかしマルクスがやったような「フオイエルバッハの克服」はわたしたちの任務としてのこされているのである》(三浦つとむ「弁証法は言語の謎をとく」、太字は原文では波線)
ここで三浦は、マルが言語学の分野における唯物論的な立ち位置をかろうじて守ってはいるものの、言語そのものの立体的な深い分析がなされていない面を厳しく批判しています。たしかに、生産関係との比喩で言語について論じようとするならば、人間の認識の交換についての現実的な深い分析が必要です。生産と言語が類似するという観点から、私たちのなすべき言語の分析方法について三浦的にいうならば、おそらく次のようになるでしょう。「思想を交換することは言語(表現)の交換において成立する。しかしこれを指摘したことによって、思想交換の起源は果たして『基礎的に解決された』といえるであろうか。いうまでもなく思想交換の本質は言語の内面の深い分析によって、正しい意味論によってのみ基礎的に解決されるのである」(1)。マルの言語理論には認識論を射程に収めた深い言語分析が欠けていたので、マルという「フォイエルバッハの克服」という任務を、三浦はみずからに課すことにしたようです(2)。
つぎに三浦は、科学的認識は「現象論、実体論、本質論」の三段階をへながら発展するとした武谷三男、坂田昌一らの三段階論についてふれます。三浦はこの唯物弁証法の立場からする科学的認識論が《理論物理学の分野のみならず、科学史の研究においても技術論の建設においても画期的な成果をおさめていた事実》を称賛します。その上で、三浦は《言語理論とくに言語の歴史的研究においてこの理論が大きな示唆をあたえよき手引きとなることをわたしは確信している》として、次のように述べます。
《 人間の認識が現実の外面的なものから内面的なものへ段階的に深まるということは、現象的に次から次へとマワリドウロのように学説があらわれることを意味するものではない。現実の段階はその統一において存在するのであるから、理論が現象から実体ヘ更に本質へとヨリ深い段階に進むときは、さきに獲得されたものはあたらしい理論体系の中に正しい位置ずけをあたえられ立体構造をとって発展するのであり、現実の立体構造を忠実に反映するわけである。人間は社会的文化的な条件において存在しており、また認識しようとする相手の性質も事物によって異っているのであるから、これらの諸条件のいかんによって理論の段階は異ったかたちをとらざるをえない。(中略)社会科学に於けるフロギストン説がイデオロギー的支柱を有することは無視してはならぬが、その本質が実体ならぬものを実体として取扱っている点と対象の諸性質が現象的にながめるとき実体論的解釈を強要するようなものであることを忘れてはならぬのである》(同上、太字は原文では波線)
最後の《その本質が実体ならぬものを実体として取扱っている点と対象の諸性質が現象的にながめるとき実体論的解釈を強要するようなものであることを忘れてはならぬ》という箇所は、言語という対象の一筋縄ではいかない難しさについて本音を吐露した部分だと思います。現実の個々の言語記号は実体のように見えるけれども実はそうではなく、その本質は「関係」として表現されている。けれども現象的には、現実のあらゆる発言や文章は個々の言語記号の寄せ集めのようにしか見えない。だからこそ、「現象」の背後の立体的な矛盾の構造を注意深く分析しなければならないと、三浦は言いたかったのだと思います。
つぎに三浦、は従来の言語学に依存した現象的な言語改革運動について簡単にふれたあとで、時枝誠記の『国語学原論』についてふれます(3)。1941年に発表された時枝の『国語学原論』は「例外」的に注目に値するものであり、その「過程」を重視する言語本質観はソシュール的な構成主義的「言語実体観」に優越するとして本質論としては称賛しながらも、「概念」の存在を言語表現過程から除外してしまったことについては、批判をしています。
《 ・・時枝氏はソシュールの「実体」に自らの「過程」を対立させている。一体なぜソシュールが過程を無視したかという点を時枝氏は理解していない。自然科学でなく哲学的な根拠があった。つまりカント主義は概念と客観的な素材とのあいだの過程をみとめず、これをアプリオリにもち出してくるからである。時枝氏は自ら意識せずして、ソシュールのカント主義と自分の唯物論的立場とを対置した。この限りにおいて時枝氏のソシュール批判は方法論的にも国語の分析おいてもつくべき点をついている。時枝氏の提出した図面(前掲書九一頁)においては、素材から概念をひきだして、これを過程とし、「概念と、我々が表現しようとする素材的な事物を対立させて考えるならば、この両者が如何なる契機によって結合すべきかを明かにしなければならないのであるが、ソシュール言語学は、この点について明かな説明を下してはいない」と、認識論的に唯物論に反することを指摘したのは美事である。だが、この唯物論は自生的なもので、正しい論理学に裏ずけられていなかったために、次のような大きなあやまりを生んでしまった。それは、自分の概念そのものが対象になるということから、これを素材に入れてしまい、言語の内容すなわち概念を言語の構成要素から抹殺して、言語における実体的なものを否定したことである。概念は、他人の立場でみるときにおいてはじめて客観的な存在であり、素材であって、自分自身の概念をこういう他人の立場でながめるからといって、概念自体が主観であり言語の内容であることを否定してはならない。自分自身を他人の立場でみることは誰でもやる。たとえば昨日の自分現在の自分がどういう行動をとっているかを反省することが行われる。しかし、これは自分自身が観念的にその場における他人を代行しているのであって、いわば観念的な自己分裂であり、現実に自分が他人になってしまったことにはならぬ。概念も同じく観念的に他人の立場で見られるが、観念的な自己分裂で、他人の概念と同様、自分にとって全く客観的な対象になってしまったわけではない。自らつくった空想をこのように全く客観化して考えたものが実に神であり、ここにこそ宗教の本質があることはフオイエルバッハの正当に指摘した如くである。時枝氏はこの誤解から、過程を以て言語なりと見、「言語はあたかも思想を導く水道管のようなもので、形式のみあって全く無内容なものと考えられるであろう。…言語の本質もこのような形式自体にあると考えねばならない」と結論したのである。「実体を含みつつこれを否定、」(武谷)するのでなく、実体を含まぬ過程を以て、過程を含まぬ実体にかえるという、裏がえしの誤謬がとりいれられたのである。ソシュール言語学は、とにもかくにも「言」と「言語」という関係において、表現形式と表現内容との関係をとりあつかっているのに時枝過程説は内容の存在を否定するのであるから、この点ではソシュールよりも後退しているが、全体としてみればソシュールよりもはるかに前進しており、相当欠陥があるとはいえ力作として何人も一読する価値をもっている》(同上、太字は原文では波線)
このように三浦は、言語の本質をその過程的構造にあるとした時枝の本質論を評価しつつも、言語の構成要素から「概念」を追放したその不可知論を批判しています。たしかに言語の理解の際に私たちは私たちの思うように恣意的に言語を理解することも可能ですが、多くの場合は実際に客観的に正しく理解することが可能となっています。だとすれば、この言語理解の際にはいかなる過程が存在して合理的な概念理解が可能となっているのであるか。そして、このような問題構成において、「観念的な自己分裂」の理論が登場してくるわけです。三浦が「観念的な自己分裂」という言葉を使ったのは、これが初出です。そしてここでの議論が、3年後に「なぜ表現論が確立しないか」でさらに深められていくことになります。
ここからさらに、三浦は自らの言語理論の要諦のひとつである「種類論」を初めて展開していきます。
《 言語学者・芸術学者のいずれもが、文字や音声を「道具」として考えあるいは内容を否定してしまい、歪めたかたちでとりあげて、絵画や彫刻のように作者の世界像の表現形式と認めることをしないのは何故であろうか。概念は感覚的なものを捨象している。ところが文字や音声は感覚的なかたちであるし、名づけかたは自由でありカナでも漢字でも自由にかきわけれるというようにその感覚的なかたちは拘束されていない。こういう外観は、両者のあいだの相似性を全然否定し言語が全く偶然的な存在であることを証明するかのようである。たが、この文字や音声それ自身もまた一般的なものと個別的ななものとの統一である。個別的な面すなわち感覚的なかたちにおいては、記憶された観念的な符号の模写であり、一般的な面すなわち文字や音声の種類においては、概念が模写され、かくして感覚的なものをもたぬ概念は同様感覚的なものをもたぬ種類において表現されている。感覚的なかたちの自由は、この種類という限界をこえない範囲に於て存在するのであり、この統一において現実に正しく対応している、このように、言語は対立する二種類の表現形式の統一体であるが、その一般的な面において本来の内容が表現されているのである。認識対象すなわち認識内容において、事物の一般的な存在そのものをとらえるか、あるいは一般的な面を通して個別的な存在をとらえるかという対立を内部にふくみつつ、概念と呼ばれる認識の一般的な部分が直接表現形式の一般的な面において表現されるゆえに、わたしは言語の本質をもって一般的表現形式と規定し、これまでの言語学者の規定にかえるものである》(同上、太字は原文では波線)
ここに私たちは、のちに「言語における矛盾の構造」(1954年)で本格的に展開されることになる三浦の言語表現論の要諦のひとつである「種類論」、すなわち言語表現の特質は概念と呼ばれる認識が物質的な表現形式に認識の種類として模写されるところにある、という考えかたの萌芽的なかたちをみることができます。この考えかたは、言語表現そのものは感覚的なものを超えた種類としての表現であるが、このことは逆に表現形象の感覚的な面を感覚的な認識の表現として独自に発展させる契機ともなっているという「言語表現と非言語表現」論として、のちにまた独自に発展していくことにもつながっていきます(けれどもここではまだ、「超感性的」という語彙は出てきていません)。
また、三浦は表現は複雑豊富な内容を背後にかくしもっているとして、「対象→認識→表現」という図式をとらえる必要性をつぎのように述べています。
《 ハサミで辞書から言語を切りぬき、これを組みたてる人間はあまり見たことがない。同じ種類の言語はたしかに同じ意味を持っているが、側面に差別をひそませているのであって、対象においても認識においても一般的なものと個別的なものとが統一されていることを知れば、同じ言葉でありながら意味がどうしてちがうのか直ちに了解できることである》《
ソシュールが観念論的にきりはなした、概念をうみだす過程すなわち現実との結びつき(この現実が客観的な自然や社会や他人の精神であろうと、または客観的な存在としての自分自身の精神であろうと、それは問わない)をとりいれ、言語としての表現をもって第一の段階を終了したものとし、対象−−認識−−表現というコースを言語の基礎的な成立過程としなければならない。話しかける相手の存在するときは、この過程が発展するのであり、翻訳の場合はこの言語を対象として再び対象−−認識−−表現というコースがうまれ、この対象とことなった形式の言語があらわれてくる。観念論的にこの中間項をきりとり、認識−−表現−−認識というコースを基本的なものとしてはならない。言語の理論的な分析は、まず対象そのものからはじめて、基礎的な成立過程全体の論理的立体構造をしらべることにある。いままでの言語学者のように、言語とそれを表現するときの場との関係においてとりあげる現象的なやりかたを清算するのでなければ、言語はいつまでたっても謎的存在であろう》(同上、太字は原文では波線)
ここに至ってはじめて、「対象→認識→表現」という表現における基本図式が定式化されたといってよいでしょう。この図式は、個々の表現の背後に隠れている複雑豊富な内容を論理的に視覚化し、図式化したものであり、言語や認識の分析において観念論的な誤謬に陥りそうなときにいつでも助けてくれる強力な武器として、いつもそばにいてくれる頼りがいのある存在となっていきます。
では次に、この「対象−−認識−−表現」のそれぞれはどのようにして結びついているのであるか。ここで登場するのが「反映論」です。
《 全体はそれぞれ相互関係にあり、更にそれらが置かれている社会的文化的諸条件との相互関係にあるとはいえ、基礎は対象である。対象そのものの立体的な構造は、認識の立体的な構造をうみだし、ここから表現形式の立体的な体系を押し出してゆく。すなわち、言語における文法は、客観的な対象自体のもっている諸関係が認識を媒介して独自なかたちにあらわれたものである。ソシュール的に概念と対象をきりはなすと、文法は「言語活動の論理」(小林)として、根本的に概念の産物としてあらわれてくる。認識は反映であって、対象である事物が原型、観念が像であるが、これを表現するときは、観念そのものが原型であり、表現形式が観念の物的な像としての立場をとる。すなわち表現は像と原型との関係をもつ限りに於て反映と同一であるがそのコースは全く逆であって、わたしはここから表現を以て逆反映であると規定しておいた》(同上、太字は原文では波線)
このように、三浦は「対象−−認識−−表現」の各過程のあいだには、原型と像という反映関係が成立している、これによって各過程は相互に結びついており、一見対象と表現のあいだに何の関係もないようにみえるものでも実は深いところで結びつきが存在しているのだ、というのです(4)。
最後に、三浦は対象から表現にわたる全体構造を調べるにあたって注意すべき重要な3つの点をあげています。1つめは、社会生活の変化・発展が対象や認識、言語の変化・発展をもたらす。2つめは、各言語集団における自然的社会的文化的諸条件のちがいによって、表現形式の歴史的な発展のありかたも変わってくる。3つめは、表現内容と表現形式とのあいだの矛盾を理解し、その発展をたどってゆくこと、これが表現形式の謎を終局的に解決するカギとなる。
以上みてきたように、この「弁証法は言語の謎をとく」という論文は、自らの足跡の回顧を含め、きわめて豊富な内容の記念碑的な論文となっています。また、私があげた4つの鍵概念のうち、3つはすでに明確に論じられています。この時点で、三浦の言語本質論のほぼ8割方は完成していたといってよいのではないかと思われます。
(1)三浦は後年、言語による思想交換の過程について、次のように述べています。《 マルクスは労働と価値をいっしょくたにした労働価値説を訂正する。労働そのものが価値ではない。労働は価値を形成する実体であり、抽象的・人間的労働の対象化において価値が形成されるものと理解する。同じように、作者の具体的な認識と言語の意味をいっしょくたにしてはならない。認識そのものが意味ではない。認識は意味を形成する実体であり、抽象的認識である概念が表現されることにおいて意味が形成されるものと理解すべきなのである。それゆえ、表現された作者の認識が真理であるか否かが意味にとって重要であり、「いつでもその真理性を問題にすることができる」のである。意味そのものが真理なのではなく、意味が真理に結びついているゆえにそこから真理を追体験して「正しく考え」ることができるわけである。
言語表現は、人びとが自分の具体的な認識を精神的な交通に位置づけるために、社会的に成立した規範に従ってその物質的な〈像〉をつくり出したものであるから、ここから追体験によって具体的な認識を再現してはじめて精神的な交通が成立することになる》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』国文社、1972年。268頁)
(2)のちに三浦は言語の意味について、次のように述べています。
《 …音声や文字には、その背後に存在した対象から認識への複雑な過程的構造が関係づけられているわけで、このようにして音声や文字の種類にむすびつき固定された客観的な関係を、言語の「意味」とよんでいるのです》(『日本語はどういう言語か』)
《 (ルフェーブルは)意味は価値と同じように超感性的に関係づけられていて、抽象的・人間的労働が対象化されたという関係において商品が価値を持つように、作者の認識を〈像〉で物質的に表示したという関係において言語が意味を持つことを、その意味で物に結びつき物として扱われるべきことを理解できなかった。
意味を関係においてとらえることができなければ、構造や機能において考えるよりしかたがない》(『現実・弁証法・言語』266頁)
(3)おそらくこれが三浦による初めての時枝理論への言及になると思われます。
(4)次にあげるのは、三浦が〈像〉の理論についてやさしく語ったものです。
《 われわれはかつて見たものを記憶している。対象が消滅してもそれから受けとった精神的な〈像〉は残っていて、父親がこの世から姿を消してもそのすがたは頭の中に想い浮べることができる。これが〈像〉の特徴であって、原物から独立して存在することができるけれども、それが原物から受けとったという関係は依然として維持されている。関係概念を持たなければ、反映ないし〈像〉を理解することはできない。ここに、ルフェーブルが〈像〉の論理をつかめず、〈像〉の理論を身につけて言語ととりくめない理由がある。障子に映った縁側の物の影を見て、「ネコがいるな」と思うのは、その影が物に関係づけられていることを知っているために、影のかたちから原物のかたちを想像してみて、ネコという判断を下したのである。影からその関係を逆にたどってみるという精神活動がここには存在している。これは絵画のネコでも変るところがない。現実の世界のネコであれ、あるいは空想の世界のネコであれ、画家が対象をイメージとしてとらえてそれをさらに絵具やインクで物質的に模写したものが、藤田の作品やビアズレーの作品としてわれわれの目の前に与えられているのである。〈像〉としてのネコからその関係を逆にたどって画家のイメージを再現するという精神活動がいわゆる鑑賞である。ただポカンと絵画を見るだけで、その関係に結びついているけれども表現できず「失われる」ことになった部分をもふくめた、画家のイメージの全体を意慾的にとらえようとしないなら、それは鑑賞といえないのである。もしその関係に結びついている過程的構造を正しくたどれないなら、誤解や曲解が生れることになろう》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』264〜265頁。太字は原文、傍線は原文では傍点)
(2020/6/6 脱稿 2026/5/3 更新、再掲)