三浦つとむの言語理論、その形成過程について 8

1948年9月


 これまで見てきたように、三浦は1948年6月に論文「弁証法は言語の謎をとく」において、1932年から始まった自らの言語研究の歴史の概観と、その時点における言語研究の成果を公表していました。それによると、三浦が21歳の1932年頃から言語の研究に興味をもち、いろいろと調べ始めており、そうして37歳のこの「弁証法は言語の謎をとく」において、自らの言語本質論の骨格となる4つの鍵概念(1)のうち3つをすでに公表していることが分かりました。三浦はそれから3ヶ月後の1948年9月に、「芸術学の変革−−北条元一の芸術認識論批判」(『綜合文化』1948年9月号)という論文を発表しています。はじめ私はこれは言語論にあまり関係ないものかと推察していたのですが、再読してみるとここには言語表現論の前提となる表現論(おもに芸術の分野における)および〈像〉の理論の具体的な展開や、観念的な自己分裂の理論の元となリうる準備的考察なども見られたので、ここで少しふれておこうと思います。
 次に示す引用文は、よく読むと、「対象→認識→表現」という基本図式を前提として表現論を展開していることが分かります。なおこの文章は、現実の船の製造は観念的原型の実現であるのに対し、芸術的表現は「心象」の「疎外」であるとした北条元一の芸術認識論を批判する文脈で書かれたものであり、実在の船を見て絵に描く表現の過程と、姉妹船を現実に造る場合の過程とを比較・分析したものです。

《私 (中略)画家はカンバスの上に、彼の視覚をとおして、自分のとらえた船を描いていく。もちろん、この画家が絵を描くには、反映内容としての実在の船がなければならなかったし、単に外観を視覚的にとらえるのではなく機能や所有関係や船上生活などについての理解も伴っているかも知れないが、いずれにしても自分のそのとらえた船のありかたを画布の上のかたちの創造で示そうとするのだから、この表現は作者の世界像を原型としている。実在の船は認識の原型ではあっても芸術の原型ではない。画家に見えない船の内部構造やかたちが、設計上どんな重要性を持っていようと、そんなことは芸術の原型と直接関係がない。ところが姉妹船をつくるときには、この実在の船そのものを原型として、その忠実なコピーを生産しなければならない。そのために生産者は、船の生産に重要な部分についてすべて観念的にとらえなおし、画家の必要としなかった船の認識を多面的にすすめていかなければならない。生産物によって程度の差はあるにしても、このような観念的な活動・観念的な創造の媒介なしには物による物のコピイをできぬということは一つの矛盾だが、この観念的な船は媒介物であって、ほんとうの意味の原型ではない。正しいコピイがつくられるかかは、この観念的な船のつくりかたや性質によって直接左右されるけれども、この観念的な船と直接関係なしに、原型の実在の船に対して忠実なコピイであることが要求されている。つまり、芸術作品と一般生産物とは原型がちがっているということがわかるだろう。

 わかった。画家が山の上から水平線を遠く走る船をながめようと、ドックに入っている船を下から見あげようと、甲板に腰を下して船客の散歩しているのを見ようと、どんな船の見かたをしてもいいのは、その自分自身の見かたがすべて観念的原型だからだね。極端ないいかたをすれば、船の百分の一しか見なくても画家はすむが、船全体を考えることなしには船は生産できないではないか、と北条氏に反駁できるわけだ》(三浦つとむ「芸術学の変革−−北条元一の芸術認識論批判」『認識と芸術の理論』【勁草書房、1970年】所収。64頁。初出は『綜合文化』1948年9月号。太字は原文)

 ここで三浦は表現と物のコピーでは観念的な原型のありかたがちがうと主張していますが、その主張の背後に「対象→認識→表現」という図式を読みとることができます。まず、表現者は実在の船を原型として認識の〈像〉をつくりだし、次にそれによって形成された認識における世界像を原型として、表現の〈像〉を形成すると。このように「対象→認識→表現」の図式どおりに表現過程を正確に説明しています。ここで抑えておくべきことは、「対象」も「認識」も「表現」も、それぞれが「実在の船」「脳細胞」「画布」というようにその物質的な基盤が存在し、この場合「認識」と「表現」は〈像〉として存在しつつ、それぞれが「脳細胞」と「画布」というようにその実体的な担い手との統一において存在しているいうことです。以上のように「対象→認識→表現」という基本図式や、それぞれの物質的な基盤・実体的な担い手についての整理ができていないと、観念論に陥ってしまう危険性があります(2)。

 (中略)芸術という「物的な像」と「観念的原型」の関係は、認識の場合の「物的な原型」と「観念的像」の関係と、ちょうど逆になっているのだから、認識の場合に原型と像とが対立し矛盾しているように、芸術の場合にも原型と像とが対立し矛盾しているものと把握しなければならないはずだ。それを北条氏は、観念の「他在」「外化」「疎外」と解釈するのだから、矛盾を抹殺してしまったことになる。「描かれた船なる絵画的形象すなわち画像は、船の絵なる絵画作品の芸術的内容である。しかし画布と絵具はこの観念的内容の質料的担い手をなす。」(39頁) つまり画像とよばれる表現形式が、そこに観念がそのまま他在しているという解釈によって、表現内容だと解釈されている。創作のときの作者の「観念的原型」、創作後に変化し消滅してしまったこの原型が表現内容を形成する実体だとは考えない。そして認識(「観念的原型」)と表現とを、以下約三五〇頁にわたって同一のものとして取扱っている。認識が観念でこの模写である表現が物質的実在である以上、この同一視が観念と実在とを混同する観念論であることはいうまでもない》(同上。72〜73頁。太字は原文)

 三浦はここで、芸術(表現)とその「芸術的内容」とを結びつけるのに、〈像〉の理論を使った矛盾の理論すなわち反映論を使わないと、このように観念論に陥ってしまうことを指摘しています。「対象→認識→表現」という図式も、三浦によると原型と〈像〉の結びつきよってその合法則性が説明されることになります。


 次に示すように、表現における形式の二重性についても、この時期に三浦はすでに指摘しています。

 (中略)芸術には表現形式と表現内容とが統一されている。花瓶の形式を創造することは、この作者の頭の中の観念的原型を表現したことであって、花瓶はその原型の物質的な像でもある。つまり、花瓶は物としての形式をそなえているが、自然物たとえば岩石などの形式とちがって、物としての形式が同時に表現形式でもある。この二種の形式は区別しなければならないが、現実に分離することはできない。物からはなれて表現形式は存在できない。そうだろう?


 その二種の形式は、対立しているが不可分に統一されたものとして、矛盾として理解すべきだ、というわけだね。


 けれども北条氏は、その二種の形式を現実に分離して存在できるかのように錯覚したんだよ。これは、非敵対的矛盾を扱う訓練が欠けているためだと思うけれども、まず物としての形式、「自然形態」が存在するところへ、頭の中の「感覚像」が「形象」として外化してまい下りてくるもの、分離している両者があとで結合し統一されるものと解釈した。


 絵を描くとき、筆についた絵具の持つ「自然形態」はカンバスの上で変化するが、その変化がとりもなおさず表現形式の成立であり同時に新しい「自然形態」の成立でもある、と理解すれば正しいわけだろう》(同上。78〜79頁。太字は原文)

 表現においては、物としての形式の成立が同時に表現形式の成立でもあるという、この目に見えない二重性を理解しなければならない、というわけです。以上みてきたこの「芸術学の変革」という論文によって、私たちは、三浦が言語表現論を本格的に展開する前に、すでに芸術に関する具体的な表現論を展開していたのだなということを知ることができます。その意味で貴重な論文だといえるでしょう。


 最後に、観念的な自己分裂の理論の萌芽ともいうべき、作者と鑑賞者との相互転化の構造について語っている箇所を引用してこの年を締めくくりたいと思います。

 画家が絵を描いている途中で、一足下って自分の絵のできぐあいをながめるね。そのとき現象的には画家であることに変りないけれども、実は自分の絵の鑑賞者に転化してしまっているのだよ。自分の絵から、さきに自分の表現した世界像をまた複製し、追体験しているのだよ。これは「観念的生産」だし、この世界像をさらに発展させ具体化するとき、またもや鑑賞者から作者に転化するのだが、これも現象的には別に変ったところがない。だから「制作過程は同時に視心象の生産過程でもある。」というのは、この作者と鑑賞者との相互転化を無視した現象論なのさ。


 「形象がまた新に心象を喚起する」というのも、作者が鑑賞者に転化していることを無視しているわけだな。


 そうだよ。画家の場合は転化が行われても現象的に見分けがつきにくいが、小説家の場合はすぐわかる。原稿用紙に二十枚三十枚と書いていくと、作者の世界像はつぎつぎと発展しながら表現されていくから、はじめの部分は記憶がうすれていく。長編小説の連載などでは、登場人物の名前さえ忘れてしまう。そんなときには、作者は自分の小説の読者に転化して、うすれたり失われたりした世界像を再生産しなければならない。そこで書きあげた原稿や古い雑誌を手にして読みはじめるから、作者が読者に転化したことは現象的にも明らかになる。追体験がすんで、またペンをにぎり原稿用紙にむかって考えはじめたら、読者からまたもや作者に転化したことが現象的にも読みとれるわけだね》(同上。82〜83頁。太字は原文)



(1)拙論「三浦つとむの言語理論、その形成過程について 2」を参照。
(2)この辺を深く理解するためには、三浦の〈像〉の理論について理解しておく必要があります。三浦は、表現を物質的な材料と〈像〉との統一においてとらえるべきことを主張しています。

《 われわれはかつて見たものを記憶している。対象が消滅してもそれから受けとった精神的な〈像〉は残っていて、父親がこの世から姿を消してもそのすがたは頭の中に想い浮べることができる。これが〈像〉の特徴であって、原物から独立して存在することができるけれども、それが原物から受けとったという関係は依然として維持されている。関係概念を持たなければ、反映ないし〈像〉を理解することはできない》(三浦つとむ『現実・弁証法・言語』【国文社、1972年】264〜265頁。傍線は原文では傍点。太字は原文)
《 〈像〉には現実的な存在と観念的な存在とがあって、イメージの名のもとに両者を混同して隠蔽された観念論を提出する学者もすくなくない。太陽の光が、建築物や樹木や人間などにさえぎられて、地上にそれらの影をつくり出すのも、あるいはカメラのレンズをとおして、ピントグラスの上にそれらの映像をつくり出すのも、ともに一つの現実的な〈像〉である。これらの〈像〉は、建築物や樹木や人間とは別個に、地上やピントグラス上に成立しているけれども、建築物や樹木や人間が存在してはじめてそれらのありかたに似た〈像〉が成立したのであるから、過程的構造を無視して論じるわけにはいかない。人間はその肉眼を使って、網膜の上にカメラと同じように外界の〈像〉をとらえ、さらにこれを脳によって認識すなわち観念的な〈像〉としてとりあげている。しかも〈像〉の特徴は、太陽のつくり出す影が端的に示しているように、たとえ現実的な存在であってもそれ自体を手で握ることができないところにある。スクリーン上の〈像〉もブラウン管上の〈像〉も、その点では太陽のつくり出す影と変りがない。映画館の経営者は、シャミッソーの小説の主人公と同じように、影を売って金を手に入れているわけである。
 〈像〉の過程的構造には、建築物や樹木や人間など諸実体が含まれているけれども、これらの実体から形成されたところの〈像〉それ自体は何ら実体的なものではないから、それ自体として空中に浮んでいることはできない。それをささえる実体的な担い手がなければならない。それが影の場合には大地でありカメラの場合にはピントグラスである。人間の認識の場合には脳細胞であり、〈表現〉の場合には空気でありインクでありスクリーンであり蛍光面である。〈像〉の変化から過程的構造における実体を読みとるのが、日蝕や月蝕、あるいは暗黒星雲の問題である。したがってすべての〈像〉は、その形成の過程と担い手という相異った二つの面の統一において検討されるべきであって、一面的な検討だけで解明したもののように錯覚してはならない》(同上。213〜214頁。傍線は原文では傍点)


 ここの例でいうならば、作者の「世界像」は、実在の船と作者の脳細胞との統一においてとらえなければならないし、完成した絵=〈像〉は作者の「世界像」という認識と画布という担い手との統一においてとらえなければならないことになります。







(2020/6/11 脱稿  2026/5/4 更新、再掲)

 

2026年05月04日