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まゆみ
MAYUMI さんより
はじめまして。
言語学に関してまったく知識のない者ですが、ひとつ質問があります。
言語って一つの言語から枝分かれして行ったの?
それとも各地でそれぞれ生まれたの?
よかったら教えてください。
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〇 筆者の応答(2001/7/5)
MAYUMIさんの質問は、18世紀から19世紀にかけて、西欧で盛んに論じられた「言語の起源」に関する問題領域に属するもので、専門家の間でもいまだにその結論が統一されていないところの、難しい問題のひとつです。
「言語の起源」に関する問題領域においては、さまざまな問題、たとえば①「言語の起源は何か?」という問題や、②「言語の発生した時期はいつごろか?」という問題、それからMAYUMIさんのおっしゃるような③「現在世界に存在している言語は、すべて一つの言語から分岐して変化・発展して行ったものなのか?」という問題など、いろいろな問題が議論されて来ましたが、そのどれをとっても、専門家のすべてが認めるきわめて有力な結論というものは出ていないようです。
ただ、①や②の問題が所説が乱立して侃侃諤諤の議論があるのに対して、③の問題は、その確固とした根拠がないにもかかわらず、比較的多くの人が同じような考えを抱いているようです。
それは、すべての言語はひとつの言語から分岐して変化・発展して行った、という考え方です。中世の西欧の神学者や哲学者たちは、聖書はヘブライ語で書かれていたのだから、世界最古の言語はヘブライ語だと主張し、古代インド人たちはサンスクリット語が世界最古の言語であると言い、17世紀の哲学者スピノザは中国語がもっとも古い言語であると主張していました。これら所説の前提になっている考え方は、言語は一つの言語から分岐して変化・発展し、多様な言語が生れたのだ、という考え方でしょう。そうでなければ、以上のような所説は意味をなさないからです。
「言語年代学」の手法を用いて人類最古の共通言語の使われていた時代を約1万5千年前から1万年前と特定した現代のアメリカの言語学者M.スワディッシュも、この前提に立って自らの研究を進めた人です。
けれども、すでに述べたように、このような考え方を支える確固とした根拠は何もありません。おそらく、19世紀に盛んだった比較言語学の延長線上でそのように信じている人が今でも多いのではないでしょうか。
19世紀の比較言語学とは、諸言語の間に同系の言語を見出して、それら同系の言語の基となった共通の一つの言語(祖語)を再建することを試みた学問でした。このような比較言語学の立場からするならば、必然的に、さまざまな祖語と祖語の背後にもそれらの基となった共通の一つの言語が存在するにちがいない、ということになるからです。
ただ、何度もいうようですが、このような考え方を立証するものは今のところ何もありません。私自身も、この問題に関して特に深い知識を持っているわけでもなく、また、深く研究したこともありませんので、この問題に関する私の答えは「分らない」ということになります。せっかく質問していただいたのに、申し訳ございません。
※参考文献
ジーン・エイチスン『ことば 始まりと進化の謎を解く』新曜社、1999年7月刊。
G.A.ミラー『入門 ことばの科学』誠信書房、1983年7月刊。
中島平三・外池滋生編著『言語学への招待』大修館書店、1994年3月刊。
――ところで、「言語の起源」に関する議論を耳にするとき、私がいつも疑問に思うことが一つあります。
それは、その議論をしている人たちは何をもって「言語」としているのだろう、という疑問です。
欧米の学者は、一般的に、音声言語をもって「言語(Language)」としているようです。三浦つとむが継承した言語過程説では、言語とは人間が対象の種類としての認識(概念)を言語規範の媒介によって一般的・物質的に表現したものですが、この考え方によると、「言語」の中には、音声言語も文字言語も身ぶり言語も点字言語も含まれることになります。
つまり、三浦つとむの考え方によると、表現の媒材が何であれ、その表現が言語としての本質に貫かれているならば、それは立派な言語である、ということになるのです。それに対して、欧米の学者は、一般的に、身ぶり言語や文字言語を音声言語に従属したものとみなす傾向が強いようです。
ですから、当然、「言語の起源」に関する三浦の考え方も、欧米の学者とは異なったものとなります。
三浦つとむは、言語発展のごく初期の段階では、身ぶり言語の相対的な優勢のもとに、音声言語と身ぶり言語と文字言語とが複雑に交じり合って共存していたものと考えています。
《対象の感性的な模写としての音声でも、絵画でも、あるいは身ぶりでも、この非言語表現としての性格を捨てて、言語表現へと移行することができる。いわゆる擬声語は、対象の感性的な模写から移行した言語表現であって、たとえば「かっこう」の声の模写としての性格を持つとともに鳥についての概念を表現しているわけである。この種のごく低い段階の音声言語と、身ぶりから移行した身ぶり言語とは、どちらが多種多様な現実の世界をヨリ広汎にとりあげることができるかといえば、それは後者である。まだ抽象的な認識があまり発達していない状態で、現象的な多様性について語ることが精神的な交通の大部分を占めているような未開の種族にあっては、聴覚的なありかたを概念の感性的な手がかりに使って表現に延長する言語と、視覚的なありかたを概念の手がかりに使って表現に延長する言語と、どちらが豊富な語彙を持ちうるかといえば、それは後者である。身ぶり言語がこの段階で優勢であったとしても、別に驚くには当らない。
この身ぶり言語の一時的な優勢は、やがて概念的把握の発展と音声言語の発展によって消滅することになる。それは言語の本質がそうさせるのであって、合理的な変化である。言語表現は、身ぶりであろうと音声であろうと、その種類の面でなされるのであって、物質的なささえ手から相対的に独立している。擬声語の「ワンワン」や「かっこう」は、概念に対象のなき声の感性的な模写が手がかりとしてむすびつけられているのであるが、手がかりは何も対象からみちびいてこなければならぬ必要はない。感性的で区別に役立ちさえすればいいわけである。対象を文字言語で「犬」と表現するときは、概念にこの視覚映像が手がかりとしてむすびつく。音声言語で「いぬ」と表現するときも同じである。それゆえ、概念に新しい感性的な手がかりを連結させることによって、新しい言語規範をつくり出し翻訳することができるから、音声言語から文字言語への翻訳も身ぶり言語から音声言語への翻訳もすすめられていく。身ぶり言語がいかに豊富な語彙を持っていても、暗黒の中では相手に通じないし、むこうを向いている者によびかけることもできないし、それに音声にくらべて重労働である。それゆえ言語としての本質が、身ぶり言語の語彙を音声言語の語彙に翻訳し音声言語の語彙が豊富化するというかたちをとって発展していくときに、暗黒の中の相手にもむこうを向いている相手にも簡単によびかけることのできる音声言語に対して、身ぶり言語はその優勢を失うに至ったのである》(三浦つとむ『言語過程説の展開』p.408~409)(太字――引用者)
これも一応、三浦の「仮説」ですが、私はこの三浦つとむの考え方を支持しています。
ご質問、ありがとうございました。
(2001年7月1日 脱稿 2026年5月11日更新、再掲)